triangle -11-



大好きなママが、声を殺して泣いている。

―――ずっとずっと我慢してきた。
でももう、限界。
今度という今度は、許せない。

短く厳しい言葉を吐いて、毅然と顔を上げたあの日からパパの姿は見えなくなった。
お洒落でスマートで、カッコよくて楽しかったパパ。
いつもママを笑わせて、優しく気遣って甘い言葉を囁いて。
ママがいつでもやさしく綺麗でいられるのは、パパの魔法だと思っていたのに。
そのパパのせいで、ママは泣いた。
パパがいなくなってからも、ママは時々一人で泣いていた。
全部全部、パパのせいだ。
だからボクは、パパのことがダイキライ。



胸が詰まるような苦しさを覚え、サンジはぱちりと目を覚ました。
もう随分と長いこと見ていなかった、幼い頃の哀しい夢。
目が覚めたら、ママが泣いていたことこそが夢だったらよかったのに。
何度もそう思い、それではまるでいなくなった父親を恋しがっているようだと気付いて、後ろめたく思った。
こうなったのも、全部全部、無責任な父が悪い。
サンジは今でもそう思っている。

大人になった今ならわかる。
父は多分、浮気をしたのだろう。
浮気と言えないほど、本気の恋になってしまっていたのかもしれない。
母と付き合っていた時から女性には見境なく声をかけていたというし、生まれついての遊び人だったと聞いたこともある。
あれはもう病気だからと、サンジが少し大きくなった頃、母は諦めたように笑いながら話してくれた。

一緒にいても無意識に他の女に目をやる夫。
困っていると手を貸さずはいられなくて、縋り付かれればその手を無碍に振りほどけない。
誰にでも優しくて、だからこそ残酷な男。

母が愛想を尽かすくらい、決定的な過ちがあって離婚に至ったのだろうけれど、そこまで深い事情は聞かなかった。
始終笑みを浮かべ、なんでもないことのように明るく話す母の隠された悲しみが伝わってきて、ただ黙って頷きながら聞くことしか出来なかった。

大きくなっても、父のようにだけはならない。
確かに、女の人はみんな等しく綺麗で優しくて大切な護るべき存在だけれども。
だからと言って、無闇に遊びの恋を繰り返したりなんかしない。
いつか人を好きになったなら、その人のことだけを思って一生その人のためだけに生きていくのだ。
そう、心に決めた。
心に決めていたのに―――



「ああああああああああ」
サンジは声に出して呻き、両手でガシガシと髪を掻き混ぜた。
恐る恐る寝返りを打てば、なにやら身体全体が軋むように痛い。
というか、局所もなんだか痛い。
口に出して言えないところが、痛いとまではいかないけど大いなる違和感がある。
いや、違和感というか異物感というかまだなんか挟まってそうと言うか・・・

「ぐああああああああ」
枕に顔を押し付けて呻くも、隣でガンガン高い体温を放ち続ける物体は知らぬ顔で高鼾だ。
腹立ち紛れに蹴ってやろうかと思って止めた。
無駄に起こしたくないし、並行して寝そべった体勢で蹴っても威力はないだろうし、第一動いた自分のが痛い気がする。
―――いっそ目の前の電気コード首に巻き付けて、思い切り引っ張ってやろうか。
やけに具体的な殺意が芽生えたけれど、それも一瞬のことだ。
それよりなにより、今現在の状況が信じられない。
まさかゾロと、男と寝てしまっただなんて―――

「うあああああああ・・・」
枕に突っ伏し頭を抱えていくら呻こうとも、起こってしまった事実は覆らない。
確かに、昨夜はちょっぴり酔っていたかもしれない。
夜も遅かったし、ペースも速かったし、気まずかったゾロとまた一緒に酒を酌み交わせてほんのちょっと浮かれていたかもしれない。
けれど、それがなんでこうなった?

原因を探りたくて記憶の糸を辿れば、更なる羞恥がサンジを打ちのめした。
なぜって、自分の記憶が確かならば、とにかくゾロは優しかったのだ。
最初のキスは啄ばむように軽く、何度も音を立てて宥めるように繰り返された。
体重を掛けて押し倒されても、すぐにひん剥くような真似はしないで布地の上から弄られた。
頭がぼうっとして抵抗らしい抵抗もできないまま、あちこちに口付けられて。
直に触れられただけで、達してしまったりして。
そんな粗相にも笑ったりなんかしないで、寧ろ嬉しそうに破顔して熱烈なキスをくれた。
てめえの中に入りたいと、欲情に掠れた声で告げてきた。

「ふんぬわぁぁぁあああっ」
今なら俺は死ねる!
羞恥で死ねる。
マジ死ねる。
つかもう、カケラも残さず消え去ってしまいたい。

うつ伏し呻くサンジの隣で、ゾロがぐあっと鼻を鳴らし寝返りを打った。
こともあろうに腕を伸ばし、裸の肩に手を掛け抱き込んでくる。
その熱が肌から直接染み込むみたいで、サンジは振りほどくのも忘れて硬直した。
昨夜の行為が、改めてまざまざと甦ってくる。

ゾロは決して無理強いなどせず、けれど執拗に宥めて撫でて揉んで解して入れてきた。
息継ぎするのも忘れるほど苦しい思いをしてなんとか全部入れた後も、無闇に動いたりしないで、そのままじっと馴染むのを待ち続けた。
自分の快楽より、サンジの負担を軽減させることを選んだ。
・・・と思う。
サンジにとっては初めての経験だったけれど、多分そうだったんじゃないかなと思う。
それぐらい、ゾロは優しかった。
とても、初対面で殴り掛かったり不意打ちしてアバラやらかすような凶暴な男と同一人物とは思えないほど、優しかった。
最中だって、サンジが痛そうに顔を顰めれば一々動きを止めたし、アバラに響くようならと折角入れたものをゆっくりと引き抜いてしまった。
それでいてサンジの腹の上で自分で扱き、射精した後満足そうに笑っていた。
だからつい、ちゃんとできなくてごめんなとサンジの方から謝ってしまったじゃないか。

「んっがあああああああああ」
なにをどう思い起こしても、気恥ずかしい想いしか湧いてでない。
夢か?やっぱ夢なのか!?
あんなこと現実に起こりえる訳がない。
そんな、初めてで優しく抱かれてほだされたとか、そんなことありえない。
その証拠に尻の部分がズキズキ疼いても、コレは別に入れられただけだからで、中で出された訳でもガンガン突かれた訳でもないから、だからこの程度で済んでるんだなーとか思い知ったりなんかしちゃったりしてる訳では決して、決して―――

「おい」
「ふぎゃっ」
いきなり声を掛けられ、サンジは文字通りその場で飛び上がった。
実際には寝そべったままで、しかも振動で脇腹が痛んで呻いたりもしたけれどともかく背中に掛かっていた布団は捲れ上がった。
「なにしてんだ」
ゾロは寝起きの声で低く呟き、腕を伸ばして捲れた布団を直すとサンジの肩に掛けた。
「まだ早えだろ、もうちょい寝てろ」
少し掠れた声でセクシーだ・・・なんてぽーっとしている場合じゃない。
サンジは思わず寝転んだまま後ずさり、ベッドの端からずり落ちそうになった。
布団の中で腰をがしっと掴まれ、反射的にゾロにしがみ付いてしまった。
つか肌が、裸が、じかに肌が!
なんで全裸なんだよ二人とも!!

「寝ぼけてんじゃねえよ」
ゾロは半眼のまま、サンジの身体を引き起こし抱き込んでもう一度目を閉じた。
抵抗すること自体がこっ恥ずかしいと気付いて、サンジも大人しくゾロの胸に凭れ掛かる。
や、やっぱ違うだろこれは。
「あ、あのな・・・」
「んー」
「あのな、これはな、そのな」
「んー」
そのまま再度すかーっと寝入りそうなゾロの鼻を、サンジは思い切り抓んだ。
「寝るな、よく寝てられるなてめえ」
「ああ?てめえこそなんでんな早くに目が覚めんだよ」
さすがにむっとしたのか、目を閉じたまま眉間に皺を寄せてその手を払った。
「明け方までやってたの・・・」
「だーわーわーっ」
サンジは闇雲に叫んで、布団を頭から被り直した。
「し、信じらんねえ。夢じゃなかったのかよ」
「はあ?なに寝ぼけてやがんだ」
ゾロの手が、むぎゅっとサンジの尻を掴んだ。
ひっと呻いて背を撓らせる。
「散々弄くってやっただろうが。ここも」
「ば、ばかやろっ」
片手でモミモミと揉んで、その隙間を指で辿る。
「ばっ、やめ・・・」
「お、まだ柔らけえ」
ぴったりと合わさった腹の下辺りが、熱く硬く汗ばんできた。
なんだこれはと詰りたいが、ゾロだけじゃないかもという不安があって口に出せない。
「信じらん、ね・・・」
両手でゾロの胸を押しやって目を瞑るサンジに、ふっと笑う息が掛かった。
「お前、俺のこと好きだろ」
「ふ、はあああ?」
思わず声が裏返ってしまう。
「おま、なに言ってんのお前」
「んなもん、てめえ見てたらバレバレじゃねえか」
ぐりっと奥に指を差し込まれた。
仰け反って身を捩るのに、腰をがっしりと固定されていて下半身は身動きが取れない。
「それとも何か、てめえは好いてもいねえ男に、んなことさせんのか」
ぐにぐにと中を指で擦られる。
なんとか身を起こそうと足を開き、ゾロの足の間に膝が落ちてより深く重なってしまった。
「やめ、ろっ」
「前が当たんぜ」
くっくとゾロは喉で笑いながら、サンジの耳元に歯を立てた。
「ダメだ、だってナミさんがっ」
「ああ?」
がりっと、痛いほどに歯を立てられる。
「ナミさん、お前ナミさんのことを・・・」
「関係ねえだろ」
耳朶を食まれ、じゅっと吸い上げられた。
サンジのうなじの毛が、悪寒だけではないもので総毛立つ。
「関係、あるだろ!てめえはナミさんが好きなんだろうがっ」
ゾロの肩に爪を立てて、ついでに目の前にある肩にも噛み付いた。
そんなサンジをあやすように髪を撫で、ゾロがくるりと身体を反転させる。
「それはてめえには、関係ねえよ」
「なっ・・・」
「てめえが俺に惚れてんなら、構わねえだろ」
まるで、なんでもないことのように。
罪悪感も、背徳感の欠片もなく言い放って、ゾロは強引にサンジの中に押し入った。

「・・・ん、うああっ・・・」
馴染まされてまだ時間が立っていないせいか、思いの外スムーズに挿入を果たし、ゾロは慎重に腰を振り始めた。
サンジは両足を広げられしどけなく横たわったままで、身体を起こすことができない。
諦めたように横を向き目を閉じたサンジの、顔の横に手を着いてゾロの方から身を屈めた。
正面から付け、何か言おうとする唇を割り舌を吸い込む。
「・・・ん、ふっ・・・」
舌だけ絡めて唇を外した。
「てめえの舌は、味がする」
「―――?!」
サンジは目を瞠り、抵抗する動きを止めた。
「なんだかよくわからねえが、美味えと思う」

真っ直ぐ見据えてそう告げて、再び唇を合わせる。
そうしてゾロは、今度こそサンジの中で果てた。





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