囚われ人 5

「なんで、てめえが・・・」




憮然とした表情で空を睨みつけているゾロの横顔を見つめているうちに、先ほどの男の言葉の意味が
漸く理解できた。
カッと頭に血が昇って、怒りのあまり身体が震える。


「てめえっ、てめえ・・・俺を試しやがったのか!」

男は『賭け』だと言った。
人を肴にして、見知らぬ男を使って遊んだってのか。
さすがにバツが悪いらしく、ゾロはこちらを見ようとしない。


「確かに、賭けは俺の負けだな。あんた好きにすればいい。」
ゾロはサンジを無視して男を見た。
男は腕を組んだまま苦笑している。
「好きにっつったって、なんせ肝心のサンジには振られちまったんだ。俺の出番は終いだろう。」
そう言って、掌をゾロに突き出した。
「酒代でちゃらにしてやるよ。」
「このクソ野郎共、なに勝手にぐるになってやがんだ!」
激昂するサンジを尻目にゾロは男に札を手渡した。
それをポケットに捻じ込んで振り向くと、サンジに片目をつぶって見せる。

「後はあんたがうまくやんな。」
もう一度ゾロにそう声をかけて、男はその場を立ち去った。




呆然と見送って、サンジは改めてゾロを睨みつける。
「どういうことか、その口で説明して貰おうか。」
男の背中を睨みつけていたゾロも、観念したように瞬きしてサンジを見る。

「てめえ、あの男使って俺で遊んだのか。」
「別に、遊んだ訳じゃねえ。たまたま寄った酒場で、てめえのことじっと見てる野郎がいたから、
 唆しただけだ。」
ゾロのタチの悪い台詞に、怒りのあまり眩暈さえ覚える。
「しかも、てめえ・・・賭けに負けたっつったな。負けたってことは、俺があの男の誘いに乗るって賭けたのか。」
酔いの回った頭でなんとかそこまで理解した。
サンジが断った時点で男は賭けに勝ったと言った。
口説けない方が勝ちなんて、おかしな賭けにのったものだ。

ゾロは歯でも痛いような顔をして少し口を尖らせている。
「それで、賭けに勝ったらあの男に好きにしろっつったのか、俺のことか?」
口に出して言えば言うほどひどく惨めで、怒るのを通り越して泣きたくなる。
既にちょっと涙目だ。
「てめえは一体どこまで俺をバカにすりゃあ、気が済むんだ。」
後はもう声にならない。
サンジは壁に凭れたまま片手で顔を覆った。
ゾロが動く気配がする。



「お前が簡単に、人のことを切ったりするからだ。」
ゾロの口調が非難めいていて思わずはあ?と声を上げる。

「てめえ、俺じゃなくても気持ちよけりゃ誰にでもついてくんじゃねーか。そう思ったからよ。」
言い種すら言い訳めいてゾロらしくない。
サンジは苛ついて煙草を投げ捨てた。
「冗談じゃねえ。俺はレディ専門だ。男なんざクソくらえだよ。」
「けど相手はそう思ってねえみてえだぜ。お前、俺と寝るようになってから、やたらと男に声掛けられてねえか。」

嫌なところをついてくる。
確かに、フェロモンがでてくるんだかホモのカンだか知らないが、そんなことは格段に増えた。
だがそれを認めるのも癪だ。
「んな訳ねーだろ。俺様のナンパ率はレディ相手で90%だ。野郎なんか範疇に入るか。」
「どうだかな。女はてめえが声掛けるんだろうが、声掛けられるのは野郎ばかりだろ。」
「んなことねー、絶対ねー。」
怒り心頭ながらも酔いも残っていて、不毛な言い争いに発展した。
「試しにその辺歩いてみろ。最初に声かけてくんのは男だ。」
「んな訳あるか、ぜってーレディに声かけられる。つうか、レディのいるところまで行ってやる!」

うまく乗せられた感はあるが、そう頓着せずサンジは千鳥足でふらふらと路地を曲がった。



島のガイドブックで花街の場所はチェック済みだ。
何もしなくても通りに立ってるお姉さんが声を掛けてくれるはず。








賑やかな嬌声が聞こえてきた。
大通りを1本入った裏には麗しいレディ達が佇んでいる。
サンジは鼻歌さえ歌ってその路地を曲がった。
少し離れてゾロがついてくる。



「悪いんだけど。」

背後から男の声がした。
俺かよ、と警戒しながら恐る恐る振り向く。
「火、貸してくれないかな。」
中年の男が手を上げて合図している。
なんだ煙草か。
これなら声かけられた内に入んねえだろ。

「あー、いいよ。おっさん」
サンジはゆらゆら揺れながらマッチを差し出す。
受け取ろうと腕を伸ばした男は、掌に持った煙草の箱の下で指を3本出してきた。













「おい、もうその辺にしといてやれ。死ぬぞ。」
「うっせ、殺す、コロス、オロす!」

思い切り蹴られて踏まれた哀れな男は、路上にぐったりと伸びて動かない。
サンジはゼイゼイ肩で息をしながら、きっとゾロを睨みつけた。

「だから言ったろ。俺の勝ちだな。」
あからさまに勝ち誇った顔をするゾロに、さらにムカツク。


「勝ちってえ・・・なんのことだっけな。」
「とぼけんな。なに、たいしたことあ言わねえよ。一つだけ言うことを聞いてもらおう。」
「一つだけ?」

ゾロが俺に望むものってのは、なんだ。
もっかい、やらせろってんじゃねえだろな。
いや、こいつなら1回じゃ終わらねえからこれからも続けさせろとか、そんなんか。
一瞬そこまで考えが過ぎったが直ぐに打ち消した。
ゾロがそこまで自分に執着するとは思えない。
けどなら何故、今こいつは俺の目の前にいるんだろう。



視線を彷徨わせて逡巡しているサンジを、ゾロは正面から見据えた。

「今夜一晩、お前は俺に抵抗するな。」
「――――は?」
「それだけだ。ついて来い。」
横柄に言い捨ててさっさと先を歩く。


「ちょっと待て、それってずるくねえ?」
抗議しながら慌ててその後を追い駆けた。

まだ足がふらつく。
まるで夢の中にいるようだ。


前を歩くゾロの広い背中でさえ、現実のものとは思えない。

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