囚われ人 4

遠くに島影が見えて、一番ほっとしたのはサンジかもしれない。
無論そんな素振りはおくびにも出さないが安堵の溜息をついたことは確かだ。
これでぎくしゃくしたゾロとの関係にも終止符が打てるんじゃないかと思う。
お互いに発散すれば気が晴れるはずだ。

「なんとか無事に着けたみたいね。サンジ君もご苦労様。」
「いーえ、ナミさんこそお疲れ様でした。」
お互いに労いの言葉をかけながら、サンジは上機嫌でゾロにも笑顔を向けた。
「クソマリモもよかったなあ。これで無駄にカリカリしねえで済むじゃねえか。」
お前それは厭味かよ、と声に出さずにウソップが突っ込んでいる。
だがゾロは意に介さず涼しい顔でサンジを見返した。

「お互い様だろ。」
久しぶりに、本当に久しぶりにサンジに向けて言葉が投げられて、しかも穏やかに口元が笑んだりしてる
ものだから、どきりとする。
以前みたいにとは行かなくても、そこそこ普通に接しられる程度の仲間には戻れるんじゃないか。
ほのかな期待さえ抱いて胸が高鳴った。

もう触れられることはなくても、気持ちなんて入ってなくても側にいられるだけで充分だ。









目立たぬ入り江に船をつけて、上陸してすぐ解散となった。
今までは陸に上がる度に首根っこを捕まれて明るい内から宿に連れ込まれたりしていたけど、
もうそんなこともない。
あっという間に往来に消えて行った後ろ姿を見送って、サンジはぶらぶらと街を歩いた。

香辛料の店を覗いて、通りすがりの女の子をナンパしてお茶して過ごす。
すんなり逃げられて夕市を下見して歩けば、あっという間に日が暮れてしまった。

軽く食事を済ませて酒場に足を向ける。
なんとなく、飲みたい気分だ。

島自体が大きい割にはのんびりとした雰囲気で、酒場もにぎわってはいたが落ち着いた雰囲気だ。
蹴り倒して発散できそうな相手がいないのは残念だったが、とりあえずカウンターに腰を下ろした。
ビールを注文してさり気なく店内に視線を走らせる。
目ぼしい女性達は男連ればかりだ。
ちょっと飲んだら場所変えようかなーなんて考えていたら、ふわりと香水の香りが鼻腔を掠めた。
長い栗色の髪がすぐ隣で揺れる。
新しく入ってきた女性は常連らしく、いつものと注文してサンジの一つ空いた隣のイスに腰掛けた。
その美しい横顔に、サンジのラブコック魂に俄然火がついた。

「なんて美しいお嬢さん!今宵貴女と隣り合えた偶然を神に感謝しなくてわv」
突然目をハートにして身を乗り出してくるサンジに驚いた顔を返して、美女は苦笑した。
「あなた、見かけない顔ね。旅の人?」
「ええv風に任せて木の葉のように彷徨う船乗りです。でも今宵はその風にすら感謝したい。こうして貴女に
 巡り合えた。」
アルコールも手伝って絶好調だ。
けれど女は大人の余裕でもってその状況を楽しんでいる。
「面白い人ね。生憎待ち合わせなの。連れが来るまでお相手お願いできるかしら。」
「喜んで。」
連れが来るのは残念だが、素敵なレディと話せるだけで天にも昇る気持ちになる。
もしかしたら連れがこない可能性もあるし、その時は最後までお相手願っちゃおう。
サンジは上機嫌でお変わりを注文した。



たわいもない会話を交わしていると、女性がふと顔を上げた。
親しげに笑みを浮かべる。
もう連れが来たのかよと、内心舌打ちしてサンジも同じ方向を見上げた。
30手前くらいの恰幅のいい男が気の良さそうな笑顔で立っている。
「あ・・・お連れさん?」
女性に聞けばいいえと首を振った。
「私の友人よ。よく一緒に飲むの。」
「やあ、見かけないお客さんだね。俺もご一緒していいかな。」
女性の手前邪魔だから消えろとは言えず、それより先に『いいわよ』と了解されて、さっさと隣に
座られてしまった。
このクソ野郎が…なんて胸の内で悪態を吐いていたら、男はにこにこ笑ってサンジの顔を覗き込んでくきた。
「よかったら俺から1杯奢らせてくれ。この島は、結構いいところなんだぜ。」
話口調も穏やかで、人好きのするタイプらしい。
サンジは邪険にするのも諦めて3人で会話を楽しんだ。





どうしてもピッチの早くなるサンジを男がやんわり制止する。
「この酒は口当たりはいいけど酔いが回りやすいから、あまり早いと潰れるよ。」
「へえ、そうなんだ。あんたいい人だなあ。」
ふにゃんと笑ってレディに凭れかかった。
あらあらだめねと、柔らかな手が赤く染まった頬を撫でてくれる。
どうもいー感じに酔ってしまったみたいだ。

4杯目を空にした頃、女性の連れが迎えに来た。
腕を絡めて幸福そうに立ち去る女の後ろ姿を見送って、いいなあなんて声に出して溜息を吐く。
「サンジは船乗りだって言ってたな。特定の恋人はいないんだろ。」
「まあな。だからこうして陸に上がると一晩だけの恋人を探すんだよ。」
束の間の恋でも楽しければそれでいい。
身を焦がすような想いはもうこりごりだ。

「俺が見たところ、あんたどっちでもいけると思うんだが、そうじゃないか?」
それまでにこやかだった男が急に真顔で訪ねてくるから、最初なんのことだかわからなかった。
「・・・どっちでも?」
「そう、男でも。」
途端、さらに血行が良くなる。
「な、なななに言ってんだ、あんた。」
「いやーそんな反応されるとかえって新鮮だな。」
やべー、俺生ホモ見んの、はじめて。
心の中で言ったつもりがつい声に出ていたらしい。
生ホモって・・・とえらくツボに入ったのか男が笑っている。

「おっかしーなあ。こっちのカンは冴えてる筈なんだが。」
言いながらも男はサンジの腰に手を回してきた。
「ほら、ちゃんと座ってないと落ちるぞ。」
その仕種がわざとらしくてサンジも笑ってしまう。
「こっちこそびっくりだ。あんたホモなのか。へーそうかあ。見かけによらねえなあ。」
「ホモホモ言うなよ、女もいける。」
サンジはカウンターに突っ伏してから顔だけ傾けた。
「そういうのってやっぱカン?っつか、なんか匂う?空気、醸し出してる?」
とろんとした目で見つめられて、男の喉が大きく上下した。

「確かに俺、男に何度かされたことあるけど、そういうのって、わかんのかなあ。」
「・・・じゃあ、男も好きって訳じゃないのか。」
「そりゃそうだ。俺は世界一レディが好きな男だ。」
なにがおかしいのかケラケラ笑って、また突っ伏した。
「飲みすぎだな。次のナンパできなくなるぞ。」
「そうだなレッツナンパだ。よし行くぞっ」
立った途端足に来た。
ふらつく身体を男が支える。
会計まで任せて千鳥足で表に出た。




「その足でどこ行く気だ?宿取ってあるのか。」
男の声が面白がっている。
サンジは気だるげに振り返ってにへらと笑った。
「取ってねー。どこ行くあてもねー。」
「・・・なら、俺の部屋近くなんだ。休んでいくか?」
男の意図することがわかってサンジは歩みを止めた。
ふうんと気のない返事を返す。
男は近づいて肩を抱いた。
目線が高い。
肩幅は、ゾロと同じくらいだろうか。

多分今自分を支配している熱は、女性を抱いたくらいじゃ収まらないだろう。
気持ちよくなるためなら、別に相手は誰だっていい筈だ。

男でも女でも。
ゾロじゃなくても――――――





サンジは男の腕の中からするりと抜け出した。
煙草に火をつけて壁にも凭れる。
「あんたいい奴だからお話するのはいいけどな。」
「そうか?乱暴はしねえし。結構よくしてやれると思うぜ。」
男はサンジの顔の横に片手をついて口説きにかかる。
顔を背けて煙を吐いた。
「操立てしてんのか、あんたを抱いた男に。」
「は、そんなもんクソの役にも立たねえよ。」

それでも―――――
身体は騙せても、多分自分の気持ちに嘘は吐けない。
サンジは薄く笑んで男の腕を押し返した。
「悪いな。他を当たってくれ。」



その台詞に眉を上げて見せて、男はひらりと片手を上げる。
「この賭けは、俺の勝ち、だな。」
どこに向けて発せられた言葉かわからず、サンジは呆けたように視線を彷徨わせた。
暗い路地の死角から姿を現した影に、瞠目する。


何故ここに、ゾロがいるのか――――――

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