囚われ人 3

「おはようvロビンちゅわん。今日もお美しい〜」

1オクターブ高い声で出迎えて、イスを引く。
テーブルには焼きたてのクロワッサンやバゲット。
作り溜めておいたジャム。
暖かなスープに温野菜のサラダ。
デザートは冷蔵庫に準備してあるから、後でいいとして・・・
サンジはくるりとキッチンを見回した。
全員食卓に着いている。
後は寝腐れ腹巻を起こしてくるだけだ。



いつもと同じ朝。
習慣となった日常。
うかうか起こしに出向くとうっかり捕まってあれこれ悪戯されるのが常だったので、ほんの少し身構えて
キッチンを出た。
出会い頭にゾロと鉢合わせする。

「・・・」
咄嗟に言葉が出なくて無言で睨みあってしまった。
「あら、ゾロ早いのね。」
ナミの声に救われた形でゾロが動く。
「起こしに行かなくても起きてくるなんて珍しいよなあ。」
本来ならコックが突っ込むべき役割をウソップが買って出てくれた。
「・・・まったくだ。今日はタイフーンがくるかもしれませんよナミさん。」
強張った顔のまま素で言って、扉を閉める。
先に座ったゾロにコーヒーを淹れて、自分も席に着いた。

「全員揃っての食卓なんて久しぶりね。」
いただきますと唱えるナミに続いて全員で手を合わせた。
同じように神妙に合掌するゾロの顔をそっと伺い見る。

――――俺に起こされたくなくて、自分で起きてきやがったのかな。
いつまで持つことか、少しおかしくなった。














「海流の勢いがイマイチなのよね。」
船縁から身を乗り出して、ナミは海面を見つめている。
「島に着くのが予定より遅れそうだわ。
「了解ですよ、ナミさん。」
サンジは煙草を咥えたまま、余裕を見せて頷いた。
これから食料の在庫やペース配分に今まで以上に気を遣わなければならない。
神経の磨り減る仕事だが、個人的には都合がいい。
これでゾロのことばかり、考えずに済む。



「何度言ったらわかるんだゴム!!盗み食いすんな!」
派手に蹴り飛ばされてルフィがマストに絡んで揺れた。
「悪りいな〜、つい食っちまった。」
「つい、じゃねえ。ったく・・・」
どすどす音を立てて階段を下りると、怯えた顔したウソップが端っこまで身を避けて擦れ違うのを
待っている。
そんな態度が余計癇に障った。
「んだあ鼻!なにビビってんだ!」
「怖えーよサンジ。なんかお前、最近苛々してっぞ。」
「前からだ、ボケ!」
首を伸ばしてねめつけると、ひええと益々身を竦めて迷惑そうに顔を顰めている。

「ったく、お前と言いゾロと言い・・・なんか機嫌悪いぞ。」
ゾロの名を出されて、サンジは煙草を噛んだ。
一緒にされたくはない。
「あれは元からあんな顔だろが。一緒にすんな、舌噛むぞ。」
「いーや、どっちかってえとゾロのがひどい。まあお前は陸に着くのが遅れてるから苛つくってえのは
 わかるんだけど、ゾロのありゃなんだ?おっかねえったらありゃしねえ。」
ウソップが首を巡らせて甲板の方を向く。
そこから何も見えないが、つられるようにサンジも同じ方を見た。

――――ゾロが苛ついてる。
本当に、食料配分に夢中になっていてゾロのことは忘れていた。
意識的に避けていたとも言える。
その間に、ウソップに気を揉ませるほど荒れているんだろうか。

「一緒に乗り合わせてる仲間だからな、家族みてえなもんじゃねえか。どんな訳があるかわからねえけど、
 ちったあ抑えてくれねえと、共同生活は成り立たねえよ。」
言ってから、あ、お前のことじゃないからと慌てて訂正した。
あくまでゾロへの苦言らしい。
「まあ陸に着くまでの辛抱だろう。奴も島に上がれば発散できるだろうよ。」
意味深な発言にほんのり頬を赤らめて、そうかあ、そうなのかと一人納得しているウソップを残して、
サンジはキッチンに引っ込んだ。



ゾロが苛つく気持ちもわからないでもない。
自分もそうだからだ。
当たり前みたいに触れて発散されていた熱が、急に行き場を無くしてくすぶっている。
そんな感じだ。

サンジに触れて以降、タガが外れたみたいにちょっかいを出してばかりだったゾロにしたら尚更だろう。
鍛錬に没頭して誤魔化しているようだがそれも時間の問題かもしれない。
突然キレて見境なくレディにまで襲い掛かったら大問題だ。
そこまで考えて、サンジは頭を抱えてしまった。

もうこれっきりにしようと言い出しておいて、やっぱりするかとは言い難い。
そもそも処理目的なら終了を言い出した自分の方が変だ。
もう少し回数をセーブしようとか日を決めてしようとか、そんな風に割り振ればよかった。
けどそれじゃあ自分の気持ちが収まらない。
触れられて求められて、いつか心まで欲して欲しいと望んでしまいそうで怖かった。
身体を鎮めることだけが目的の行為と割り切れないほど、想いが深い。

けれどあくまでそれはサンジの気持ちの問題だけで。
ゾロにしたら、やはり不条理な申し出だっただろう。
今まで都合よくやれて急に手を出せなくなったら、確かに男として辛いだろう。
それもわかるから余計に考えてしまって、サンジは一人溜息をついた。











仕込みを終えてエプロンを外した。
今夜の不寝番はゾロだ。
到着が遅れるとわかった時から見張りの夜食はなしにしたから、差し入れの必要もない。
その分接触の機会が減って助かっている。
一服してから風呂に行こうと煙草に火をつけたら、重い靴音が近づいてきた。

咄嗟にどこかに隠れようと腰を浮かしてしまって、そんな自分に呆れてしまう。
ともかく落ち着けと心中で叱咤してシンクに凭れた。
殊更ゆっくりと煙を吐き出しゾロを待つ。

キッチンに入ってきたゾロは、サンジの方を見ないで真っ直ぐ目の前を横切った。
ワインラックから適当に1本抜く。
この非常時になにやってんだといつもなら蹴りかかるところだが、どうにも気まずくてサンジは黙ったまま
煙草を吹かした。
早くここから立ち去って欲しい。
そう願いながらも、いつもなら気紛れに伸びてきた手を、今は心のどこかで待っている。
もし触れられたなら、恐らく拒めない。


――――けれど
視線すら向けられることなく、ゾロは扉の向こうに消えた。
安堵の溜息は落胆に変わる。
自分から切れておいて、なんてザマだ。
ただのはけ口でもあの熱が欲しいと、身体が言っている。
もしかして俺こそが奴の身体目当てなのかもな。


自嘲に歪んだ口元から煙草を抜き取って、灰皿に押し潰す。

早く島に着いてくれと、今は祈るしかなかった。


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