囚われ人 2

サンジは手の甲に貼った絆創膏をそっと剥がした。
噛み後は、もうそれとは判別できないほど薄くなっている。
誰が噛んだものでも、自分で噛んだものでも不自然極まりない傷。

こうして隠さなければならない傷が、幾つも増えていく気がする。





「じゃあ俺、見張り台に戻るよ。ご馳走様。」
チョッパーがシンクに皿を置いて出て行った。
入れ替わりみたいにゾロが入ってきて、サンジはわずかに眉を顰める。
まるでタイミングを図っていたようで、そう詮索する自分が自意識過剰な気もして落ち着かない。

「なんだ、クソマリモも腹減ったのか?それとも酒か?」
「ああ、酒でいい。」
「なんだそれ。」
酒でいいだなんて、贅沢にも程がある。
大体この酒はこの俺が遣り繰りしてなんとか溜めたへそくりの中から…とかなんとか言い募っていたら
ゾロの手が腰に回ってきた。

「…おい。」
咎めるつもりで睨みつけたが、ゾロの口元は笑っている。
エプロンとシャツの間にでかい手が滑り込んで、布腰にぐりと乳首を押してきた。
思わず痛えと呟いて、その腕を止める。
「…急に触んな。」
「小っせえな。どこだかわかんねえや。」
ゾロは悪びれず、背中から抱くようにして腕を廻した。
開いた襟元から手を差し込んで無骨に撫でる。
「このバカ!まだ皆起きてんだぞ。」
ルフィは男部屋で寝てるだろうがウソップは風呂にいるはずだ。
ナミやロビンも女部屋からいつ出てくるか分からない。

「そうだな。まだ宵の口だな。」
世間話みたいに相槌だけ打って、それでもゾロは悪戯する手を止めなかった。
硬くて節くれた指が容赦なく小さな突起を弄繰り回す。
最初はふにゃふにゃと心もとなかった乳首はその刺激に応えるように固く尖って、より弄りやすいように
形を変えた。

「お、いい感じになってきた。」
ゾロは面白がっている。
それがわかるから、サンジは余計腹が立った。
「てめえ、人の身体で遊ぶなよ。いつでも好きなようにできるって、思い上がんじゃねえっ」
「いつでもできっだろうが。ちょっと触りゃあすぐに勃つしよ。」
きゅっと強めに抓られた。
気持ちいいよりも痛くて、ゾロの腕に噛り付いた。
「痛え…って、この馬鹿力!」
「おう、悪い…ここは優しくだな。」
ボタンをぷちぷちと外してエプロンの横から乳首だけ出して舐める。
とんでもない状態にサンジは恥ずかしさのあまり立ち眩みを覚えた。

ふらつく身体をイスに座らせて、ゾロは散々サンジの乳首を弄り倒した。
終いにはシャツが中途半端に脱がされて肩が剥き出しのまま、背もたれに仰け反る形で喘がされた。
それでも下半身には触れてこない。
どうにも我慢ができなくて、サンジはゾロの髪を掴んで耳を引っ張った。
「いい加減にしろよ、てめえ…ち、乳首ばっかり、触りやがって…」
引っこ抜く決意で掴んでいるのに、顔も顰めないでゾロは唾液で濡れた唇で笑った。
「んじゃ、どうして欲しいんだ。俺は今てめえの乳首が触りてえんだ。てめえは、どうして欲しいんだよ。」
意地の悪い言葉に顔を歪めて黙ってしまう。
そんなことを、自分の口から言えるわけがない。
ゾロはサンジの上に跨って、下半身を押し付けた。
押し返す感覚に思わず声が漏れる。

「なんか、とんでもねーことになってんな。なあ、乳首だけでもイけんのか。」
馬鹿にしている。
人を玩具にして遊んでいる。
心底腹が立つが、もうどうにも身動きすら取れない状態だ。
「い、イけるか阿呆!そんなもんでイってたまるか!」
「わかんねえぞ。イくまで試すか。」
口元は笑っているのに瞳は妙に真剣で、そんなゾロが恐ろしいと思う。
こいつならやりかねないと、本気で怯えた。

「…冗談じゃねえ。責任取れ、コラ。」
最大限気勢を張って、ゾロの頬を抱きこんだ。
自分から口付けて、無言で強請る。
仕方ねえなと大げさな声を出して、ゾロはサンジを抱え上げた。










ずるりと、抜き去られる感触が惜しくて、追い縋るように腰を上げた。
背後で笑った気配がして、羞恥に顔を歪める。
どうせこの暗さなら何も見えない。
乱暴に揺すられて、床に擦り付けられた皮膚がひりひり痛んだ。
なんとか身体を起こして撫で擦っている間に、ゾロは手早く身支度を整えたようだ。
格納庫の扉を開けようとするから、サンジは思わず短く叫んだ。

「待て!」
いつにない声の調子に、ゾロが不審気に振り向くのがわかる。
「あのよ・・・話があんだ。」
裸で座ったままゾロを見上げる。
暗くて表情は見えないが、こちらを向いて次の言葉を待っているのは分かった。

「もう、終わりにしねえ。こういうの。」
「はあ?」
ゾロの声が訝しげに響く。
言ってしまってから、サンジはああ、と思った。
終わりもなにも、ゾロは多分最初から何も始まっていない。
「終わりっつうか、やめだやめ。もうてめえにやられんのは、これっきりで勘弁だ。」
「はあ?」
ゾロの声のトーンが上がった。
ナニ言ってんだお前、って感じだ。
サンジは傍らに脱ぎ捨てられたエプロンを手繰り寄せ、ポケットから煙草を取り出した。
火をつけた瞬間、睨みつけるように戸口に立つゾロの顔が浮かんで消える。

「てめえもちったあ、考えろってんだ。盛りのついた猿みてえに毎回ガンガンやりやがって。
 もう付き合いきれねえ。」
「・・・嫌だってのか?」
さも心外と言った風に問うてくる。
「当たり前だろ。」
「そうは見えねえが。」
あれだけよがっておいてなにを今更、なニュアンスを言外に含めて、ゾロが軽く笑った。
そんな態度に腹が立つと言うより、無性に悲しくなる。

「まあ、俺も流されやすい性質だしな。快楽に弱いってえのも事実だ。けどよ、てめえにだってこの状況は
 あんまよくねえ。」
「俺が?」
ゾロの声はまだ嘲笑っている。
サンジはなるべく言い訳めいて聞こえないように、言葉を選んで続けた。

「前はストイックに鍛錬ばっかして強さだけを求めてたじゃねえか。それがどうだ。今じゃ単なる
 エロオヤジみてえに人のこと弄繰り回してよ。そんなんで鷹の目に勝てるかってんだ。」

しばし、沈黙が流れる。
ゾロからの反応はない。
「俺は痛えし辛えし、てめえは堕落する。お互い、いいことなしだ。ここらで切れようぜ。」
「・・・」
ゾロからの返事がない。
サンジは焦れて煙草を床で押し潰した。

「少なくとも、俺はもうごめんだっつってんだ。これっきりだ。いいな。」
「・・・ああ。」
返事と同時に扉が開いた。
薄明かりが差し込んで、すぐに閉じられる。

元の闇の中に一人取り残されて、サンジはもう1本煙草に火をつけた。
今、確かにゾロは了解した。
もうこれで、あの手が触れてくることはないだろう。
サンジは口元を引き上げて、喉を鳴らした。
密やかに笑ってみる。


もう、求めることはない。
明日から、ただの仲間だ。
戻れるだろうか。
戻るしかない。
気の会わない、喧嘩仲間に。
例えそれが表面上の演技だけでも。





汗の引いた身体に、格納庫の気温は少し肌寒かった。
けれどサンジは裸のまま、ただじっと目を閉じて笑い続けた。

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