■となりのストーカー -8-


「お気に召していただけましたか?」
皿が空になったところで、タイミングよくサンジが姿を現した。
「相変わらず、どれもとても美味しいよ」
「お肉も蕩けるほど柔らかいし、このソースがまた絶品!」
「ありがとうございます」
サンジはとても嬉しそうに、それでいてどこかはにかんだような笑顔で皿を下げる。
「お飲み物はコーヒーか紅茶、エスプレッソのどちらになさいますか?」
「アイスもできる?だったら私はアイスティー」
「ホット」
「俺もホットで」
「俺はエスプレッソね」
「畏まりました」

立ち去るサンジの後ろ姿を眺め、ゾロは小さく息を吐く。
「あいつがコックになりたいってのも、その亡くなった元のオーナーの後を継ぎたい・・・この店を継ぎたいからか?」
「店を継ぐこと自体、こだわっているとは思えない。ただ、この店に対しては思い入れは強そうだし、亡くなったオーナーのことは肉親以上に慕っていたと思う」
「だったら、この店を守るために?」
ゾロの言葉に、エースは曖昧に首を傾げた。
「もちろん店のことは大切だろうけど、サンちゃんはそもそも料理をすること、人に食べてもらうことが好きなんじゃないかな」
ゾロはそこで深く頷いた。
「そうだと、思います。あいつ、俺が飯食ってるのを見てる時、本当に嬉しそうな顔をする」
そう言うと、エースは肩を揺らすほど大きな溜め息を吐いた。
「なに?」
怪訝そうなナミに、エースは眉間に失を寄せて首を振る。
「いや、今一瞬殺意が沸いただけ」
「え?え?」
「店のオーナーになって久しい俺がだよ、それでもサンちゃんの手料理はこの店でしか味わえないってのに、なんでこんなポッと出が、毎晩サンちゃんの手料理にありつける訳?!」
いきなりキャラが変わった物言いに、ナミのみならずゾロまでもギョッとする。
なぜか、背後で隈男が大きく頷く気配がした。

「そりゃ、いきなり自宅に押しかけて「遊びに来たよー」ってのは失礼だと思うけどさあ、でもそれとなーくちょとずつでもお近づきになりたいって思いはあるじゃん。なのに、サンちゃんああ見えてガード固いし、用心深いし」
「いやそれはない」
すかさず全否定するゾロに、エースは食って掛かった。
「あるって!いくら俺が美味しい料理を食べに行こうとか、映画のチケットあるよとか、夜景の綺麗な場所知ってるんだとか誘っても『お気持ちだけで』と他人行儀にすげなく断られるんだぜ」
「へえ、俺ァ初対面で夕食に誘われたがな」
「なんだとぉ?!」
声を潜めながらも、いきなり言い合いを始めた男二人をナミは冷めた目で見つめた。
「なにこの茶番」
「まさか、こういう展開になるとは思ってもみなかったぜ」
ウソップも、額に汗をにじませたまま半笑いするしかない。

そこに、踊るような足取りで両手に大皿を4枚載せたサンジが近付いてきた。
「お待たせ〜。今日のデザートは、ショコラモンブランに洋梨のスフレ、甘酸っぱいタルトタタンの盛り合わせだよ」
「あら、可愛い。小さな鳥の巣みたい」
思わず声を上げたナミに、サンジはデレデレしながら答える。
「飴細工で作った鳥の巣の中に、アーモンドのキャラメリゼが入ってるんだ」
絹糸のように細い飴細工は、黄金色に光って実に繊細だ。
艶のあるアーモンドの香ばしい匂いと相まって、見た目にも食欲を誘った。

デザートサービスはナミにだけだと言っていたはずだが、全員同じプレートが配られた。
甘い物が好きなウソップも、嬉しそうだ。
「これはサンちゃんが作ったの?」
「うん、今日ゾロ達が来るって聞いてたから」
照れながら答えるサンジに、エースがふうんと含みを持たせて視線を逸らす。
「俺がランチに来ても、こーんなサービスして貰ったことないのになあ」
「え?だってエースはオーナーだし、しょっちゅう来てくれるじゃね?」
きょとんとするサンジの様子に、ウソップは額に手を当て俯き、ナミは小刻みに肩を震わせた。
「じゃあ、今度は俺にもサービスしてくれる?」
「やだよ、俺のサービスはレディ限定だから」
あっさりと断られ、エースは癖っ毛をふわりと逆立てた。
「ずるい、ゾロにはサービスしてるのに」
「ち、違うよ。これはナミさんが来るって聞いてたからだよ」
「ナミちゃんと知り合いだったの?」
「いや、今日初めて会ったけど・・・」
「だったらやっぱり、ゾロのためのサービスじゃないか」
「違うってば」
子どもっぽいやり取りにウソップとナミは揃って顔を伏せた。
ゾロはと言えば、満更でもなさそうな顔でアーモンドを噛んでいる。

「あーもうわかったよ、次にエースが来たらデザートサービスから」
「もちろん、サンちゃんが作るんだよ」
「だったら、カルネの許可貰わないと」
「俺も!」
突然、カウンターに座っていた隈男が立ち上がった。
「俺も、サンジさん特製のデザートが食いてえ!」
「ギン?」
サンジが驚いて振り返るのに、ギンと呼ばれた隈男はそうでなくとも血色が悪い顔を更に赤黒くして垂直に挙手した。
「サンジさんに出会ったのは俺が一番早いし、この店にだってずっと通い詰めてる。俺だってサービスしてもらう権利がある」
「早さの問題じゃねえだろ」
ゾロが立ち上がり、次いでエースも立ち上がった。
「なんで便乗してちゃっかりねだってんだよ。俺はこの店のオーナーだぞ!」
「俺は客だ!」
「俺はお隣さんだ!」
「3人とも座れ!俺はレディにしかサービスしねえっつってんだろが!」
サンジはつかつかと大股でギンに近寄り、手にした盆でパコンと後頭部を叩いた後、振り返ってエースとゾロにも同じように叩いた。
避けようと思えば避けられるが、ここは敢えて愛の鉄拳として受け止める。

「いった〜〜〜、オーナーにも容赦ねえなあ」
「ここは店だ、客なら大人しく食ってろ!」
ちゃんと着席してデザートを楽しんでいるナミに、サンジはぺこりと頭を下げた。
「ごめんねナミさん、なんでか騒がしくなっちゃって」
「いいのよ、こんなガサツな連中でごめんなさいね。デザートとっても美味しいわ」
「よかった〜v」
サンジはナミの目の前でくるりんと2回転してから、振り向きもせずさっさと立ち去った。

サンジに叩かれ、客の注目を浴びる形になった3人は、大人なしく席に着く。
「あんた、あの男知ってんのか」
ゾロが顔を近付けて視線だけでギンを示すと、エースはうーんと首を傾けた。
「いままで気にしたことがなかった。そういわれてみれば、この店に来る度にあそこに座ってるな。常連客だと思ってたんだが・・・」
「常連客だ」
ギンはもう盗み聞きするつもりもなく、ゾロたちのテーブルに身体を足を組んだ。
「オーナー・ゼフがこの店を初めてすぐに、サンジさんに飯を食わせてもらったんだ」
「だから、早さの問題じゃねえっての」
そう言いつつも、ゾロは内心穏やかではない。

「オーナー・ゼフが存命の頃って、それこそサンちゃんが子どもの頃?」
「いや、あれはサンジさんが高校生だった。夏休みに店を手伝ってらして、俺が裏口で腹空かせて蹲ってるのを見つけ、チャーハンを作ってくれたんだ」
ギンは、なにかを思い出すように遠くを見つめながらうっすらと笑う。
「クソ美味えだろって、俺を見つめてにっこりと笑ってくれたサンジさんは、まさに天使のようだった」
「――――・・・」
「ああ、わかるわかる。サンちゃんって、何気ない仕種が時折ビックリするほど煌めいて見えるよね」
「そう!それだよ、わかってくれるか!」
弾かれたようにエースに振り向き、二人してうんうんと頷き合う。
「それに、自覚してる以上に優しいんだよね。口と足は乱暴なのに、絶対に人を無下にしない」
「そう、そうだ。それに、夢中でチャーハンを食ってる俺を優しい目で見つめてくれた」
「人に食べさせるのが好きで、食べてる人を見るのが好きなんだろうねえ」
ギンは袖で鼻を拭い、俯いた。
「俺みてえなはみ出し者に勝手に飯なんか食わせたらオーナーに叱られるだろうって、俺がそう言ったら、あの人は空になった皿を受け取ってこう言ったんだ」
――――これは俺の賄い分だから、俺が食ったんだ。
「自分の分の賄を、あの人は俺に食わせてくれた。こんな、飯も食えねえような情けない男だった俺に」
「そういうことが、あったんだ」
ぐしっと鼻を啜るのに、厨房からサンジが出て来たのに気付いて慌てて背を向ける。

大股でギンに近寄ると、手にした一皿をさりげなくカウンターに置いた。
「今日は、特別だぞ」
耳元に顔を寄せ、そっと囁く。
皿に乗っているのは、飴細工の鳥の巣とアーモンド。
それに洋梨のスフレ。
「スフレは時間が勝負だから、萎まない内に食え」
偉そうに指図してから、ふんと鼻息も荒く顔を背けスタスタと立ち去ってしまった。
「サ、サンジさん・・・」
ギンは感極まったように口元を歪め、ぐしゅぐしゅと袖で顔を拭いながら夢中でケーキを頬張る。
背中から漏れ聞こえる嗚咽に、エースはそっと目頭を押さえゾロはアホらしいと肩を竦めた。
綺麗にデザートを平らげたナミが、ナプキンをテーブルに置く。
「さあて、いろんな意味でお腹いっぱいになったから、そろそろお暇しましょうか」
「・・・だな」
ウソップも同意し、全員揃ってご馳走様でしたと手を合わせた。




「ご馳走様ですー」
エースの申し出をゾロもありがたく受け入れ、すべてエースの奢りとなった。
「さすがオーナー、太っ腹」
「これからもどうぞ、バラティエをご贔屓に」
お蔭で楽しいランチだったよと笑顔で手を振り、エースは先に店を出ていく。
「やることがスマートねえ、若いのにやり手の実業家だけあるわ」
ナミが感心していると、サンジが厨房から慌てて出て来た。

「今日はどうもありがとう」
「ご馳走様でした」
「とっても美味しかったわ」
ナミとウソップからそれぞれ言葉を貰い、サンジはゾロの方を見た。
「美味かった。それに、いい店だな」
てらいなくそう言うと、サンジは気恥ずかしそうに瞬きしてへへっと表情を緩める。
「だろ?」
「ああ、けどお前の飯も負けないほど美味ェ」
「ゾロ・・・」
「はいはい、続きはご自宅でどうぞ」
もうお腹いっぱいなんだからと、ナミは茶化しながら店を出る。
「じゃあ、また」
「ああ」
ゾロに続いて出ようとするウソップが、気配を感じて足を止めた。

なにやら、サンジが物言いたげな顔をしている。
「どうした?」
振り返るウソップに、少しためらってから口を開く。
「今日、店に来てくれたのは俺を見るため?」
「ん、あ、うん。そう」
誤魔化してもしょうがないだろうと、ウソップは正直に認める。
「ゾロの隣人が信じられないくらいお人好しだって聞いたから、正直心配になってな。でも、実際に会ったら世の中にはこんな奴もいるんだと、納得した」
「俺、不審者から脱却したか?」
「そうそう」
お互いに顔を見合わせて、笑い合う。
「いいな」
「あん?」
少し寂しげなサンジの表情に、ウソップは首を傾げた。
「ゾロを心配して来てくれたんだろ?いい友人に恵まれてるなあって」
「なに言ってんだ」
そんなことを言うサンジの方が、多くの人に見守られ慕われているだろうに。

ウソップはゾロほどサンジの背景を理解していないけれど、それでも今日ここで食事を摂っただけで、サンジがどれほど人に愛されているかわかった気がした。
なのに、本人はそのことにまったく気付いていなくて、物寂しそうな顔までしている。
「あんたこそ、いろんな人に心配されてるぜ。なにより、ゾロは真剣にあんたのことを思ってるみたいだ」
「…そう?」
「ああ、まあ、ちょっと暑苦しいかもしれねえがな」

ゾロとはまだ短い付き合いだが、誰かに対してこんな執着を見せたことなど、今までなかったと思う。
どちらかと言えば何事にも我関せずで、冷淡にすら感じられることがあったのに。
「ゾロはぶっきらぼうで無愛想だけど、ほんとは情が深くて優しい奴だぜ」
「うん」
サンジはそう言ってから、唇を引き締めて俯いた。
「なんとなく、知ってる」
「そっか」
まだ知りあって日の浅いお隣さん同士だが、友情が育まれているようだ。
ウソップは安心して、それじゃあと店を出て行った。
もう随分と先まで歩いてしまった二人を、駆け足で追いかける。

いい店を教えて貰った。
今度は、カヤと一緒に来よう。



next