■となりのストーカー -11-


ほぼ厨房に入りっ放しのサンジだったが、たまにホールに助っ人に出て窓の外を見ると、頭の悪そうな連中がウロウロしていた。
厨房から出た回数はそう多くないのに、出る度にあの悪ガキ連中の誰かがいる。
堂やら、サンジが帰るのを待っているらしい。
仕事中は絶対に話し掛けて来るな、お客様に迷惑を掛けたり仕事の邪魔をするなと厳しく躾けてあるからだろう。
悪ガキなりに遠慮があるらしいが、それにしても今日はしつこい。

またくだらねえ喧嘩でもしてんのか。
それとも、腹が減ってるのか?

野郎なんて眼中にないと豪語しているサンジだが、それでも目に留まってしまったものは気になった。
幸い、今日は早番だから上がるのも早い。
「チビなす、鬱陶しいからもう上がれ」
サンジから申し出るまでもなく、カルネにせっつかれた。
「悪い、よく言って聞かせるから」
なぜか保護者のような口を効いてしまい、パティが「生意気に」と笑う。
「よっぽど急いだ用事があんだろ、あいつらの顔がどんどん物騒になってって営業妨害だ」
そうでなくとも高校生とは思えない強面揃いなのに、険しい表情で店を取り囲まれてはまさに営業妨害だ。
サンジは手早く身支度を済ませて裏口から出た。



「あ、兄貴!」
「黒足の兄貴!」
サンジの足元に跪かん勢いで、不良高校生たちが駆け寄ってくる。
「てめえら、仕事の邪魔をするなと言ってっだろうが!」
「すんません!でも、だからここで待ってたんっす」
「兄貴がいつ出て来てもいいよう、みんなで交替で見張ってたんっす!」
「それが営業妨害だっつってんだろうがっ!」
軽く振り上げた片足で、ぽぽぽぽんと鮮やかに蹴り飛ばされる。
サンジに手荒に扱われるのに慣れているのか、高校生たちはめげずに足元に縋りついた。
「それより、大変なんっす!兄貴の家がっ」
「アパートが、吹っ飛んでるっす」
「はァ?」
血相を変えたG5を一瞥し、サンジは取り敢えず懐から煙草を取り出し咥えた。
火を点けずに深呼吸してから、煙草を指に挟んで睥睨する。
「なに言ってんだ、お前ら」
「だから――――」

「大変だっちゃぬらべっちゃ!!」
パラリラパラリラと、騒音を立てながら改造バイクが集団で走り寄って来た。
飛び退るG5の前に割り込むようにして、バイクが横付けする。
「てめえら、昼間っから騒々しい!」
一喝するサンジの前で、デュバルはヘルメットを脱いだ。
「アパートが吹っ飛んでるべちゃ!」
勢い込んでそう叫ぶのに、サンジは面食らった。
「お前まで、なに言ってんだ」
「本当だべったら、早くオラの後ろに乗ってけろ!」
「兄貴、本当ですぜ。早く帰った方がいいです」
G5にも急かされ、サンジはしぶしぶ手渡されたヘルメットを受け取った。
「悔しいが、俺らじゃ兄貴を早くアパートにお連れ出来ねえ、頼んだぜトビウオライダーズ」
「おう任せとけ!行くぞ野郎ども!」
「Yes、ハンサム!!」
再びパラリラパラリラと鳴らし始めたデュバルのヘルメットを踵で蹴って、サンジは取り敢えず太い胴に手を回した。



アパートが吹っ飛んだなんて、随分と大げさな話だ―――――と呑気に構えていたサンジは、実際にアパートを目にして仰天した。
本当に文字通り、吹っ飛んでいる。
サンジが住んでいた角部屋が抉れたように欠けていて、普段は見えない景色が夕焼け色に広がっていた。
「なんじゃ、こりゃ・・・」
ヘルメットを脱ぎ、腑抜けたような声を出す。
デュバルは気遣わし気に、サンジの背中に手を当てて寄り添った。
「気を確かに持つぬら、俺が確認してくるべっちゃ」
そう言って歩み出そうとしたところで、ゾロが階段から降りてくるのと鉢合わせる。
「おう、お帰り」
「ゾロ!お前、怪我はないか?」
デュバルを追い越して駆け寄ったサンジに、ゾロは宥めるように両手を掲げた。
「俺は大丈夫だ、部屋の方も問題ない」
「問題大有りだろ!」
血相を変えたサンジの後ろで、デュバルがおろおろしている。
「送ってくれてありがとう。いつも手間かけてすまねえな」
「え、あ、いや、別に大したことねえべっちゃよ」
ゾロに礼を言われて戸惑うデュバルを振り返り、サンジもぺこりと頭を下げた。
「ほんとにありがとうな。大丈夫そうだし、ゆっくり話を聞くことにする」
じゃあなと笑顔で手を振られては、退散するしかない。
「じゃあ、黒足の旦那もくれぐれも気を付けてけろ」
「ああ、みんなもありがと」
パラリラパラリラと軽く蛇行して走り去るバイクを見送り、サンジは「さて」と踵を返す。
「なにがどうしてこうなったのか、説明してもらおうか?」
「いやまあ、たいしたことじゃねえがな」
目を据わらせて脅すように睨むサンジにも、ゾロは自然とニヤつく口元を隠せなかった。
非常事態とは言え、部屋がどうこう言う前に真っ先にゾロの身を心配してくれた。
それが嬉しくてたまらない。

「話せば長くなるからショートカットすると、俺が壊したんだ。すまん」
「はァ?」
まあまあと、サンジの背を押して階段を昇らせる。
「まずは落ち着いて、座って話をしようぜ」
「どこに座るってんだよ」
ゾロの部屋の扉を開けても、そこから壁をぶち抜いてサンジの部屋に続いている。
しかも天井部分が半分なくて空が見えているのだから、もはやコントのセットにしか見えない。
床に瓦礫が散乱している訳ではないから、一応綺麗に片づけてはくれたのだろう。
ゾロの部屋のテーブルに、不格好ででかいお握りがラップに包まれていた。
「料理もまあ、あれだしな。炊飯器は無事だったから、握り飯を作った」
「これ、ゾロが?」
「ああ、いつだったか握り飯食わせるっつっただろ」
まあどうぞと、ポットから熱い湯を注いで茶も煎れてくれる。
「夕飯がこれで悪いが」
「いや、いいよ。いただきます」
あまりの事態に半ば呆然として、勧められるまま椅子に座りお握りを手に取った。
片手で余るほどに、でかい。
そして、硬い。
「三合炊いたんだが、二つしかできなかった」
「一つ一合分かよ!」
突っ込みつつ、はむっと齧り付いた。
力いっぱい握られたらしく、手にした感触の通りに硬いが食べられないこともない。
むしろ、噛み締めるとそれなりに美味い・・・様な気がする。
「どうだ?」
ゾロが、もう一つのお握りを手にしたまま問うてきた。
「美味い、よ」
「そうか」
サンジの答えに安心して自分の分に齧り付いた。
「・・・硬ェな」
モグモグと咀嚼し、また大きく口を開ける。
「硬ェが、美味い」
「だろ?」
なぜかサンジの方が自慢げに言って、笑う。
「しかし、でかいよ」
「俺の手がでかいからだろ」
「手に乗る分だけ詰めただろ」
「どんだけ握れるか、わからなかったんだよ」
文句を言いつつも、硬く潰れたお握りを噛み締めた。
塩気が効いていて、なかなかに味が良い。
けれど、食べても食べても減らない気がする。
「・・・一つで腹いっぱいになるな」
「そうか?」
サンジより先に食べ終えたゾロが、指に付いた米を舐め取って冷蔵庫の扉を開いた。
中からビールを取り出し、封を開けている。
「お握りの後に、ビールか」
「腹が膨れりゃ、なんでもいいだろ」

サンジもなんとかお握りを食べ終え、煎れて貰った茶を飲んでから一息吐いた。
煙草を取り出して火を点ける。
一服吸ってふうと息を吐くと、とっぷりと日が暮れた夜空に白い煙が溶けて行った。
「・・・空が、見えるぞ」
「ああ」
「それに、ぶっちゃけ寒い」
「そういやそうだな」
今気が付いたとでもいう風に、ゾロはビールを持ったまま立ち上がった。
「場所移ろうぜ、こっちだ」
そう言って手招いた先は、ゾロの寝室だった。

「屋根もねえのにどうすんだ。つか、雨が降ったらどうすんだよ」
サンジが用心するようにそろそろと後を付いていくと、かろうじて屋根が残っているゾロの部屋の隅にテントが用意してあった。
「え?」
「ここ、こん中で寝ればとりあえず雨露は凌げる」
「部屋の中でテントかよ!」
確かにまあ、この雨ざらしな状況ではテント暮らしが一番効率的かもしれない。
「どうしたんだこれ、一式持ってたのか?」
「ウソップに借りた。あいつアウトドアグッズ一通り揃ってんだ」
「ウソップってあの鼻ップ」
ウソップが聞いたら怒りそうなことを言う。

「しかし、どうすんだほんとにこれ。ミホさんにどう説明したら・・・」
「そんなん、取り壊しが早まったとでも思えばいいだろ」
ゾロの言葉に、サンジが表情を曇らせる。
「・・・お前、やっぱりここ取り壊されるって前提、知ってたんだ」
「入る時にそう聞いてた。俺は安ければまあどうでもいいと思っちゃいたが、結果的に俺がとどめを刺すような真似をして悪かった」
ゾロに正面から謝られ、サンジは困惑して煙草を揉み消した。
「とにかく中に入れ。ゆっくり話そうぜ」
テントの中からゾロに手招きされ、サンジは恐る恐る足を踏み入れた。

「へえ、案外広いもんなんだな」
外見上は小さなテントと思ったが、入ってみれば案外と空間がある。
「ここにこう、こっちを枕にして寝りゃそう狭くもねえだろ?」
「まあ、そうだけどよ。野郎二人でテントの中って、なんかこう・・・」
「非常事態だ、気にするな」
ゾロはさらりと言うが、手枕で寝そべって催促するようにぽんぽんと布団を叩かれると、妙な気分になる。
「キャンプみてぇなもんじゃねえか。小学生ん時とか、やっただろ?」
「――――・・・」
「そう親しくない奴とでも、グループになって一晩過ごしたらすげえ打ち解けて親友みてえになることって、あったじゃねえか」
サンジはゾロの枕元に膝を落として、そうだなと体育座りした。
「そういうのも、あるのかもしれねえな。俺は、キャンプとか経験ねえけど」
「なに、したことねえのか?野外授業とか」
「俺あんまり、学校行ってねえもの」
サンジはそう言って、所在なさ気に懐から煙草を取り出した。



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