Bon appetit!
-トナカイとケンタウロスのおはなし- 9



サンジは愕然とした。
「なんでそんな今更・・・あんなに親しげに、楽しそうに話してたのに」
「カヤと俺が出会って、まだ1年も経ってない」
カヤの目が悪くなってから、出会ったと言う。
「俺の方は前から、こう見かけてはいたんだ。でかいお屋敷の窓から、いつも外を寂しそうに眺めていた」
「そりゃあ、目を引く美少女だからな」
「よせよ」
そげキングは照れたように顔の横で手を振る。
「それまでも、時折庭に出て薔薇を摘んだりしていたことはあったんだ。だけど当然、森にまで足を運んだことはないし、彼女の姿を見るのは敷地内と限られていた。けどいつの頃からか外にもでなくなって、窓越しに見えるカヤの顔が段々青白くなっていくのがわかって・・・」
そこで一旦言葉を止め、恥じ入るように俯く。
「あんまり気になったからつい、ウサギを追いかけるついでに塀を飛び越えちまった」
「やるなあ」
偶然じゃないじゃないかと、ここは突っ込まないで置いてやろう。

「窓の外から急に声を掛けた俺にも、カヤは騒がないでいてくれた。それどころか、以前から私のことを気に掛けてくれていたのかと、聞き返されたりもした。カヤは気配に聡いんだ」
俺と違ってと、砕けた調子で軽口を叩く。
「カヤは元々身体が弱くて、外の空気を吸うと咳が出るとも言っていた。それが、ここ数日で急に目の前が暗くなってきたとも言うから、俺はもう心配で」
そげキングが玩んでいた空のカップに、チョッパーがお茶を注ぐ。
「でも、俺なんかが心配したってできることねえしよ。そもそもカヤと話してるとこ誰かに見られたら大騒ぎになるし、隠れようにも俺こんなでかいだろ?結構苦労したんだぜ」
それでも、殆ど毎日早朝に訪れているのだという。

「カヤの身体にいいだろうと思うことは、なるべくやった。チョッパーに助言を貰って、咳に効くテテウスの花とか目にいいブルーミルの実とか、色々集めて届けた。カヤは怪しみもせずに全部試してくれて、咳は確かに治まってきたと言ってるんだ。でも目は―――」
そこまで言って、悔しげに歯噛みする。
「まさかカヤの目が、そんな作為的なものだったなんて」
「気付かなかった俺も迂闊だったよ、ごめんなそげキング」
チョッパーの言葉に、そげキングはぶるぶると首を振った。
「いいや、俺が変だと気付いて言えばよかったんだ。なんにも気付かず、のほほんと花を眺めていた。毎日届くという、あの花を」
険しい表情を和らげ、手元のサンジを見下ろす。
「コック達のお陰だな。お前らと昨日会ってなければ、このブルーミルはカヤに渡して終わりになってただろう。コック達に会いたくてカヤんちの帰りにここに寄って、初めてわかったんだ」
「いやー」
よかったなあとは、単純に喜べない。
カヤを取り巻く状況は、想像以上に深刻そうだ。

「あの花はカヤちゃんの婚約者から届くんだろ?じゃあそいつが犯人じゃないか」
「そうだな」
「なんで?なんのために」
あんな綺麗で可愛い婚約者の目を、なぜ見えなくさせるのか。
「一体どんな奴だなんだ、クラハドールって」
「お前、ほんとに凄いなどこまで聞いてんだ」
「レディが関わることなら、俺は聞き逃さねえよ」
そげキングは感心しながら、カヤから聞いた婚約者の人となりを掻い摘んで話した。

「名前はクラハドール。カヤより8つも上でちょっと年が離れているがまあまあ見目のいい優男らしい。黒髪で眼鏡を掛けていて、ぱっと見インテリっぽいが中身もそのまま、すごく頭がいいらしい。こっからちょっと離れた都市で会社を経営している実業家ってことだ」
「なんでそんな奴が、婚約者なんだ?」
住んでいる場所も年齢も、想像だけだが恐らくは性格も、接点はなにもなさそうだ。
「親同士が知り合いだったって話だが、カヤの両親は数年前に揃って事故死していて、今は執事のメリーが屋敷の全てを取り仕切っている。勿論、カヤも当主として頑張っていたけど元々身体が弱いのに加え、視力が落ちてからは殆どを執事にまかせっきりだ」
「その執事、怪しくないのか?」
「うーん、俺の勘では信用できると思う。たまに見かけるぐらいだけどカヤは全幅の信頼を寄せているし、先々代の頃から勤めていて、もしカヤの家を出たらどこにも帰る場所はないとまで言っていた」
彼にとっては、カヤは大切な娘のようなものだ。
「んで、クラハドールの話に戻ると、カヤの両親の葬儀のときに親の名代としてやってきて、そのまま数日屋敷に滞在したそうだ。そうして帰り際、婚約の申し込みをしたとか」
「なんだそれ」
強引にも程がある。
「カヤは、あの通り穏やかで優しい子だから、突拍子もない申し出も真摯に受け止めてその場では断ったつもりだったが、どうもクラハドールはその足で村中に婚約の話を広めたらしいんだ」
「なんだそれ!」
サンジの鼻息が荒くなる。
「んで、メリーがその火消しに必死になっている間にも毎日山のような贈り物が届くようになった。カヤがいちいち丁重に送り返していたけれど、その内せめて花だけでもと・・・となったのが、アレだ」
「めちゃくちゃ怪しいじゃねえか!」
憤り地団駄踏むサンジを、チョッパーが宥めるように蹄で撫でる。
「まあ、カヤの方としてもクラハドールとの婚約は悪い話じゃなかったんだ。いくら由緒あるお屋敷とは言え、所詮当主は若い娘だ。村の名士達もあれこれと画策してなんとか縁を結ぼうと躍起になっているし、当のカヤは身体が弱く外出もままならない。カヤ自身にこれと決めた人がいたならまだ話は違ってくるが、そもそも外に出られないから出会いもない」
周囲からの虫除けに、クラハドールとの婚約は渡りに船だったのだという。
「その上、クラハドールは婚約という形だけでもいいとまで言った。クラハドール自身、カヤに一目ぼれしたけれど決して無理強いだけはしたくない。雪と氷に閉ざされた大地が春の訪れでゆっくりと溶けるように、今はご両親を亡くして悲しみのあまり閉ざされた貴女の心に、いつか私の真心が届く日がくるのを待ち続けます・・・とかなんとか」
「気障な奴だなー」
こいつの言いそうなことだなと、ゾロは思った。

「そう言う訳で、カヤにしてみれば形だけクラハドールとの婚約を取り付けたつもりになっていた。向こうも、花さえ届けるもののそれ以外は滅多に村を訪れることもなく、まずは落着かと思ってたんだが・・・」
まさか、カヤの目を不自由にさせる陰謀が行われていたなんて。


「とにかくこうしちゃいられねえ、一刻も早くカヤちゃんを部屋から連れ出さないと」
「そうだな、まずそれが先決だ」
「けど、どうやって・・・」
みんなの視線が自然に一箇所へと集中した。
集中先はすでに猿酒を飲み干し、皿の上に残ったブルーミルを手慰みに摘み上げている。
「あ?」
口に持って行こうとした手を止めて、チョッパー、そげキング、そして最後にサンジに視線を止めた。
「ゾロ、行こう」
「ゾロ、頼むよ」
「ゾロ、行ってくれるか」
口を揃えて懇願され、ぱくりと実を口の中に放り込む。
「なんで俺が」
「てめえしかいねえだろうが!」
みんなの意見を代表して、サンジがびしっと指を刺した。
「そげキングはケンタウロス、チョッパーはトナカイ、俺はちっこい。唯一まともな“人間”はてめえしかいねえ」
それはもっともな指摘だ。
がしかし。
「俺が行って、どう言えっつうんだ」
カヤのお屋敷にのこのこ出掛け「友人のケンタウロスから聞いたんですが、お宅のお嬢さんの婚約者は目に悪い花を贈ってきてますよ。外に出た方がいいですよ」
―――とでも言えばいいのか。
「・・・胡散臭い」
「めっちゃ胡散臭い」
そうでなくとも見慣れないよそ者だし、人相もお世辞にもいいとは言えないし愛想もない。
しかも薄汚れた風体に腰に三本も刀を提げていて、怪しまれない方がおかしいというものだ。
ゾロはバリバリと頭を掻いて、まあ・・・と声を出した。
「そげキングの話じゃあ、無闇にぎゃーぎゃー騒ぐような女でもなさそうだし、道に迷ったふりでもして行ってみるか」
「ほんとか」
「ありがとうゾロ!」
「じゃあ早速、善は急げだ」
とは言えゾロ一人では心もとないと、サンジはいそいそと腹巻の中に入った。
「俺も一緒に行くから、安心して待ってろそげキング」
「ありがとうコック、頼んだぞゾロ」

   * * *

サンジを腹巻の中に入れ、ゾロはポテポテと村を目指して歩く。
途中、道が枝分かれている訳でもないのになぜか森に通じる繁みへと足を踏み入れたりして、その都度サンジに口頭で注意されていた。
足で蹴ると身体に障るからだ。
「違うっての、道なりに行け。目の前に赤い屋根が見えてっだろが。ほら、その生垣の向こうがお屋敷だ」
麗かな朝の日差しを浴びて、庭に咲くバラが儚げに風に揺れている。
まるでカヤちゃんのようだとうっとりしていたら、その間にもゾロは庭の中に足を踏み入れていた。
「ちょっと待てコラ、なんで敷地内に入っちゃってんだよ」
「ああ?ここ壊れてっだろうが」
ゾロが木でできた囲いに手を掛けると、バキッと外れた。
「壊れてるんじゃねえ、壊したんだ」
「結果オーライだ」
「オーライじゃねえ!」

「・・・どちらさまですか?」
小声で言い合っていたら、突然裏口の戸が開き男性が出てきた。
巻き毛が特徴的な、物腰の柔らかい男だ。
だが、目は不審人物に対して厳しく注がれている。
「道に迷った」
当初の打ち合わせ?通りゾロが答える。
「どちらにお出かけでしょう」
問い返され、思わず声を詰まらせた。
「おい、どこに行く気だった?」
「俺に聞くな!」
「一体どなたと、お話になってらっしゃるのですか?」
怪訝そうに、眉を顰める。
ゾロの人相にも臆することなく、毅然と対応する姿勢がサンジには好ましく映った。
大切な主人を守ろうとする、忠実な執事そのままだ。
「実は俺の腹は喋るんだ」
「・・・はあ?」
怪しいことこの上ないゾロの応対に、サンジは堪らずその腹を蹴り飛ばして失神させたくなった。
こいついっそ引っ込め。
代わりに自分が喋った方が、よほど話が早い。

「俺は医者だ」
執事は、ぎょっとして視線を下げた。
腹の中から声が聞こえたからだ。
「オールブルーからやってきた、薬草を専門に研究している旅の医者だ。どうもこの辺りから妙な匂いがするから、つい迷い込んでしまった。無礼を許していただきたい」
執事はゾロの腹と顔を交互に見て、ますます眉間の皺を濃くする。
「つかぬことを尋ねるが、この家に白い花びらに青い斑点の入った、見た目が可憐な花は飾られていないかな?」
「・・・そのような」
「それは、一見シルベイユのように見えるが、実は猛毒の毒花なのだ。部屋の中に飾ったりしては大変なことになる」
「・・・」
執事は怪訝そうな表情のまま、不意に手を伸ばした。
腹巻に触れる寸前で、ゾロが一歩身体を引く。
「大変怪しい方ですね、とにかく出て行ってください。警察を呼びますよ」
「怪しいものではない、医者だと言ってる」
「失礼ながら、とてもお医者様には見えません」
ああ、やっぱり無理があったかと、サンジは腹巻の中から悔しがった。
ゾロはサンジが喋り始めた辺りから、ずっとだんまりを決め込んでいる。






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