Bon appetit!
-トナカイとケンタウロスのおはなし- 7



小鹿の背中に揺られてぽっくりぽっくり進んでいたら、途中で診察帰りのチョッパーと行き会った。
「丁度よかった、一緒に帰ろう」
鹿の親子に礼を言って、サンジを白衣のポケットに移した。
サンジも小鹿に礼を言い、手を振って別れる。

「散歩どうだった?」
「気持ちよかった、綺麗な森だなここは」
散歩の道中で得た戦利品をチョッパーに見せ、帰ったら朝飯を作るなと言えば子どものように飛び上がって喜ばれた。
「そっちはどうだったんだ?リスの子どもは」
「うん、綺麗にぱっきり割れてたから一応添え木だけしておいた。後は安静にしててもらわなきゃだけど、なんせ元気な子だからね」
「その内自然にくっ付くだろ」
「コックと一緒だな」
サンジは一瞬動きを止め、思い詰めた顔でチョッパーを見上げた。
「どうしたの?」
気配の変化に気付き、チョッパーも俯いてサンジの顔を見る。
「実は俺、コックって名前じゃねえんだ」
「え?」
「本当はサンジって言うんだ。けど、ゾロはそのこと知らねえ」
「なんでそんなことに」
チョッパーの素朴な疑問に、サンジも困った顔を見せる。
「なんでだか、今となっちゃ俺にもわかんねえけど。とにかく言いそびれた」
自分がノースのオールブルー国の王子であること。
両親が受けた呪いで小さく生まれついたから、王位を継承することはできないと自分で判断して国を出たことを告げた。
「最初は用心してたんだ。だから、ゾロにも本名を告げなかった」
「それなら、わからないことはないね」
でもなぜ、いま俺に話してくれるんだ?
チョッパーの言葉に、サンジもなんでだろうなと首を傾げる。
「ゾロにはもう言い出せないけど、チョッパーやそげキングには知ってもらいたかったんだ。ほんとに俺のこと。俺にとって初めてできた純粋な“友達”だから」
友達の響きに、チョッパーは心底嬉しそうに笑った。
「嬉しいな、俺ももうコックのこと・・・いいや、サンジのこと親友みたいだと思ってた。昨夜からずっと」
「そうか」
「きっとそげキングもそうだと思うよ。それに、親友だったらやっぱり隠し事とかしたくないもの。本当のことを自分から言いたくなるよ」
気持ちをわかってもらえて、サンジも嬉しくて微笑み返す。
「そっか、やっぱりそうだな」
「でも、それならなぜゾロにはほんとのことを言えないんだろう」
「う・・・」
チョッパーの的確な指摘に声を詰まらせる。
「国から連れて来た従者って訳じゃあなかったんだろ?なら俺たちと出会い方は同じなんじゃないの。ゾロとは“親友”じゃないの?」
「ううう」
それが、自分でもわからないから困っているのに。
「なんでか、あいつはそういうのと違うような気がすんだ」
「なんで?」
「わかんねえ・・・」
サンジの正直な言葉に、チョッパーもふうんとだけ答える。
「そういうのもあるかもね、まあその内わかるんじゃないかな」
「そう、かな」
「うん、人と人との付き合いって結構複雑だって、ドクトリーヌも言ってたもの。時間が解決することもあるって言うし、決して嫌いじゃなくてもなんとなくソリが合わないこともあれば、いい奴でもないのになんとなく虫が好くって言うのもあるって聞いたこともある。俺たちは複雑だと感じるほど多くの人間に出会ってないからピンと来なかったけど、人間はたくさんいるからな。そういうこともあるよ」
チョッパーの言葉にほっとして、もう焦らないことにした。
考えたってわからないし、いつかわかるときが来るかもしれない。
なにせ人生は長いのだ。

   * * *

病院に着くと、ゾロはまだぐうぐうと眠っていた。
自分が外に出ていたと言うのに暢気なものだと、自分を棚に上げてちょっとむっとしたりして。
それでも、チョッパーに手伝ってもらって朝食を作ると、ゾロを起こしに部屋まで戻った。
「起きろ、飯だぞー」
胸に飛び降り、ゾロの顔に向かって叫ぶ。
すかーっと鼻息が吹き付けられて、飛ばされそうになった。
この野郎とムカっ腹を立て、今度は肩を伝って耳朶に両手を掛ける。
「飯だっつってんだろ!朝飯、めしーっ」
ゾロの手が無意識に耳元を掻こうとした。
が、サンジに触れる寸でのところで止まり、代わりに人差し指がちょんと触れてくる。
それを両手で挟んで、サンジはこつんと額を当てた。
「朝だ」
「おう」
もう朝か、とゾロは目を閉じたままサンジの身体を抱き上げて、くわあと吸い込むような大きな欠伸をした。


サンジが収穫してきた木の実や新芽が瑞々しい朝食へと生まれ変わっていた。
チョッパーは美味しいを連発して旺盛な食欲を見せ、ゾロも黙々と食べ続ける。
が、途中でこの食材はどうしたのかと問われ、サンジはなんでもないことみたいに朝散歩していたことを告げた。
「一人でか?」
くわっと目を剥くゾロに、澄ました顔で応える。
「だから小鹿と一緒だったって。快適な散歩だったぞ」
「無事だったからよかったものの、転げ落ちたらどうする」
「しっかり尻尾に掴まってたって」
「途中で糞とかしなかったか?」
「う・・・それは、なかった」
その危険性までは考えていなかった。
もしかして小鹿ちゃん、我慢しててくれたのかな?
「散歩に行くなら俺を起こせ」
「んーしょうがねえなあ。なら明日な」
二人の会話を、チョッパーはニマニマしながら聞いている。
「ゾロは、随分過保護だな」
「そうか?」
ゾロだけでなく、サンジまで心外そうだ。
「え?んなことないだろ」
サンジは元々王子だから、過保護にされるのもチヤホヤされることにも慣れている。
寧ろゾロの素っ気無い態度を新鮮に感じたくらいだ。
だが、さきほどのそげキングの言葉をふと思い出してしまった。
ゾロは、もしかして俺にデレデレなんだろうか。

「あ、そうだ」
連想して、話題を変えた。
「散歩してたら森の外れに出たんだ。でかいお屋敷があって、それは綺麗な女の子がいたぞ」
「ああ、もしかしてそげキングにも会った?」
チョッパーがずばりと言ってきたので、うんと頷く。
「窓越しに会ってた。その、二人は恋人同士なのか?」
「いやあ、違うと思うよ」
今度はゾロが黙って、チョッパーとサンジの会話に耳を傾けている。
「カヤは目が不自由でね、家の外にも出られないんだ。子どもの頃はちゃんと見えていたらしいのに、ここ1年ほどで急速に悪くなったらしい」
「可哀想に」
あんなに綺麗な菫色の瞳なのに、見えないだなんて。
「ちょうど、そげキングが逃げ出した鶏を追って庭に飛び込んだときに窓越しに出会ったんだって。カヤは彼の姿がよく見えていないから、村の若者だと思っているみたい」
「それって・・・」
サンジは眉を顰める。
「それからちょくちょく話をするようになって・・・ほら、そげキングって話が面白いだろう。とんでもないホラ話とかも平気でするし、なんていうんだろ。嘘だってわかってても楽しめる嘘。外に出られないカヤは、それを楽しんで聞いてるんだそうだ」
その様子は、サンジが見ていてもよく伝わってきた。
嬉しそうなそげキングは勿論、カヤも見えない瞳をキラキラと輝かせていた。
そげキングとの会話が、心底楽しいのだろう。
「本当なら、恋人同士と呼んでもいい二人だと思うよ。そげキングがケンタウロスでさえなければね」
チョッパーの言葉は残酷な響きを伴っていて、サンジの表情に影が差す。
「やっぱり、それは・・・」
「今は、カヤの家の人や村人達に隠れて会っているようなものさ。元々カヤの両親は早くに亡くなって、執事が家のことを全部取り仕切っているらしい。大層なお金持ちだし、格式のある名家でもある」
ケンタウロスどころか、普通の村人にとっても敷居の高い家なのだという。
「そこの主とも言うべき娘が、まさかケンタウロスと親しいだなんて知られたら大変なことになる。ケンタウロスと言えば、悪さばかりする好色な種族だから」
「そげキングはそんなことないだろう!」
「けれど、そんなこと村人は知らないだろう?」
自分達が迫害しておいて、相手を知ろうともしないで。
勝手に決め付けてなお責めるだなんて、勝手過ぎるとサンジは怒った。
「確かに、そげキングは人間じゃないかもしれない。けど、あいつは普通の人間より余程優しくていい奴だ」
「俺だってわかってるよ、けど所詮俺たちは人間じゃないんだ」
チョッパーの哀しげな表情に、サンジは声を詰まらせた。
トナカイとしても受け入れて貰えなかった異端のチョッパー。
好色と蔑まれるケンタウロスのそげキング。
そして、生まれながらに小さい自分。
まともな“人間”は、ゾロくらいだ。
もし、自分が小さく生まれ付いていなかったら、こんな想いを共有することはなかっただろうか。
恵まれた王子と言う立場に甘んじ、諸国に出ることもせず、可愛いレディに囲まれて贅沢三昧の、安穏な日々を送っていたのだろうか。
そう考えると、自己嫌悪に陥ってしまう。
「サ・・・コックが気に病むことじゃないよ」
チョッパーに気遣われて、サンジは情けなくへにょんと眉毛を下げたままゾロを見上げた。
「なあゾロ、後で一緒に村に行ってみないか?」
「なにをしにだ?」
すぐに問われて、うっと詰まる。
「また余計なことに首突っ込むんじゃねえだろうな」
「余計なことって?」
「別に、こないだは俺がお節介焼いた訳じゃねえぞ。元々は猫に攫われて・・・」
「猫に?大丈夫だった」
「大丈夫だから今ここにいるんじゃねえか」
大人気なく言い返したら、戸口でおーいと声がした。

「おはよう」
噂をすれば影だ。
入ってきたのはそげキングだった。







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