Bon appetit!
-トナカイとケンタウロスのおはなし- 14


森に近いカヤの屋敷を迂回するため、東の外れまで遠回りの道を歩いた。
ゾロ1人ではそのまま旅立ってしまうことが懸念されたが、今夜はサンジが腹巻の中にいるから大丈夫だ。
ルートを逸れる度に腹に直接指導が入り、なんとか村に辿り着く。

小さな集落だから、小高い丘の上に建つカヤの屋敷が視界に入った。
すべての部屋に灯りが付いて、赤々として見えるのは気のせいだろうか。
「もしかしたら、クラハドールが屋敷に乗り込んでるのかもしんねえなあ」
「ここで心配したって始まらねえだろ」
とりあえず聞き込み、とばかりに酒屋に入った。

小さな村だから、客の面子も以前ゾロが立ち寄った時とほぼ同じだ。
ゾロは覚えていなくても、客の方はみなゾロのことを覚えている。
「あんた、前にも見た顔だな」
赤ら顔のおっさんが、もしゃもしゃと口を動かしながら首を捻った。
「旅の人か、それにしちゃあ宿に泊まってねえんじゃあねえのか」
「森にいる」
ゾロがさらっと答えると、客達がざわめいた。
「森だと?あんなところに」
「わかった、野宿してんだろうあんた」
「悪いことは言わねえから、もう出た方がいい。騒ぎに巻き込まれるぞ」
基本、親切な村人の言葉にゾロはすっと顔だけ向けた。
「騒ぎってのはなんだ?」
「もうすぐ山狩りが行われるんだ。お屋敷のお嬢さんが・・・」
「しっ!よそ者に滅多なこと言うんじゃねえ」
もはや手遅れの感があるのに、今さらながら村人達はよそよそしく顔を背け始めた。
そんな態度にも頓着せず、ゾロはそう言えばと話題を変える。
「ちょいと昔のことを尋ねたいんだが、誰に聞くといい?」
「昔のことお?」
話し掛ければつい答えてしまうところが、村人の気のよさか。
「そうだな、20年も前のことじゃねえだろうが、それに近い」
「20年くらい前なら、俺らみんな大概覚えてっだろ」
「おおよ、ほんのふた昔前のことだ」
「お互い年を取ったもんだ」
昔談義に花が咲きそうになるのを、遮るように切り出した。
「集落の外れに住んでいて、冬に死んだ親子はいないか」
「なんだ、バンキーナのことか」
途端、口調が湿っぽくなった。
「ありゃあ気の毒なことだった。産婆も気にしていてすぐにでも様子を見に行きたかったのにあの寒波だ」
「外に出ようにも、戸が凍り付いて開かなかったもんなあ」
「下手に壊せば、今度はこっちが隙間風で凍えることになる」
口々に当時の様子を語るのに、言い訳めいた雰囲気が流れた。
誰もが忘れられず、負い目を抱いて生きてきたのがわかって、腹巻の中で聞き耳を立てていたサンジは逆にほっとした。
少なくとも、村の人達はこの不幸な出来事を「なかったこと」にはしていない。

「随分よく覚えているな」
ゾロは、少し水を向けただけですぐに食いついてきた村人達の反応の方に驚いていた。
そりゃそうさと、カウンターに座った親父が頷き返す。
「つい先日も、同じことを聞かれたところだ」
「・・・誰にだ?」
「さあ、知らない男だったぜ。あんたよりもっと年上の、変わったナリの男だったな」
「ありゃあ海賊か何かじゃねえか、愛嬌のある目をしてたが身のこなしに隙がなかったぞ」
「特に目立った武器を持っちゃあいなかったがな」
武器の話になれば、目の前に座るゾロこそ腰に三本も刀を提げているというのに、村人達は頓着していない。
鈍いのではなく、本当に気付いていないのだとサンジは判断した。
ゾロはどうやら、自分で自分の気配をコントロールすることができるようだ。
こうして聞き込みに回る時は特に、地味で無害な雰囲気を身に纏っている。
そんなゾロには、例え大層な刀を腰から提げていようとも、人々は無闇に警戒したり恐れたりしない。

「その男は、その親子のことをなんて聞いて回ったんだ」
「そりゃあ消息のことだよ。子どもが生まれてすぐ親子とも死んじまったと聞いて、そりゃあ落胆してたな」
「ありゃあ、子どもの親父だったのかもしんねえなあ」
「はあ?それにしちゃ時間が経ちすぎてっだろ」
「もう20年近く前のことだよなあ」
「それまでなにしてたってんだ」
話が逸れそうになると、ゾロは静かな声でさり気なく軌道に戻す。
「それで、その男はどうした?」
「墓の場所を聞いて帰ったよ。それも1週間ほど前のことだ」
「しばらく村ん中ウロついてたからな、おかみさん達に気味悪がられて自警団まで出張る騒ぎになったっけか」
「俺らも、バンキーナの縁者だろうってのはわかってっから事情説明したけど、この村はよそ者にはあんまり親しくできねえから」
ゾロはふと、思いついたように顔を上げた。
「バンキーナも、よそ者だったのか?」
「そうだ」
あっさりと村人が頷く。
「イーストで戦に巻き込まれたとかで、身重の身体で村まで辿り着いたんだ。それこそ知り合いもなにもないよそ者だったけれど、あんまり気の毒だってんでみんなで相談して村の外れの家を貸してやったんだ。せっかく子どもも生まれたのに、急な寒波であんなことになっちまったがな」
「運がなかったんだ、気の毒に」
「気さくで可愛らしい子だったよ」
ふむ・・・と考え込むように顎に手を当て、ゾロは運ばれてきた酒を口に運んだ。

「それじゃあ、生まれた子の名前なんてのは誰も知らねえか」
「名前?」
村人達は当惑しながら顔を見合わせる。
「生まれてすぐに死んだ子だろ?」
「付けてたかも知れねえが・・・」
「産婆はどうだ」
「ダメだ、あのばあさん一昨年死んでる」
酒屋の主人が料理をテーブルの上に置き、肩を竦めて見せた。
「名前なんて付いてねえと思うぜ。わかってたら墓に刻むだろう」
「そりゃそうか」
「そうだな」
勝手に納得されてしまった。
諦めきれないサンジが腹巻の中でジダジダと足を暴れさせるのに、ゾロはそっと掌で抑え付ける。


       *  *  * 


「じゃあ、父親らしい男はもう村を出ただろうか」
「多分なあ、もう姿を見掛けねえし俺らがバンキーナの縁者じゃねえかと言ったから自警団の出番はなくなった・・・はずだったんだが」
「そこでまた再結成だよな」
「山狩りか」
「そうそう」
先ほどまでよそ者にこれ以上は・・・とためらいを見せていたくせに、話し込んだついでにつるつるっと喋ってしまっている。
「この村の西にある森ん中には、ケンタウロスって蛮族が住み着いてやがる。最近は滅多に姿も見なくなって大人しくしてると思ってたのに、その内の一頭がこともあろうにお嬢さんに目を付けたらしい」
「そうよ、目の不自由なか弱いお嬢さんが、よりによってケンタウロスに狙われるなんてとんでもねえこった」
「狙われる?」
ゾロは不審気に眉を寄せた。
「おうよ、聞けば以前からお屋敷の周りをウロついてたって言うじゃねえか。なぜそれを早く言わねえと、自警団再結成だ」
「カヤお嬢さんはなんとしてでも、この村でお守りしなきゃあな」
「早くに親御さんを亡くされて、原因不明で目まで悪くなっちまったってのにいつも明るく振る舞って、優しいお嬢さんだ」
「先代へのご恩返しってだけじゃねえ、お守りしなきゃ男が廃る」
酔っ払い親父共はうおおおおーと雄叫びを上げ、乾杯を繰り返した。
相当酔いが回っているのもあるだろうが、カヤは村人からもよほど大切に思われているらしい。
サンジはそのことに満足しながらも、腹巻の中で首を捻った。
「狙われてるって・・・」
「攫われてる、まではいってねえみてえだな」
小声で言葉を交わし、ゾロも混じって杯をかち合わせた。

「ケンタウロスがウロついてるってのは誰から聞いたんだ?執事か」
「いやあ、あの屋敷のもんはそんなこと迂闊に外に漏らすような真似はしねえよ」
「じゃあなんでわかったんだ」
「クラハドールさんさ。お嬢さんの婚約者が昨日帰ってきて、異変を察知したらしい」
それで、俄かに自警団結成で山狩りか。
赤ら顔のおっさんが、ゾロに顔を近付け声を潜めた。
「ケンタウロスつったら色ボケで有名だからな。若い娘は付け狙われたってだけで傷物扱いにされちまうんだ。お嬢さんがそんなことにでもなったら、噂だけでも大変なことになる」
「・・・なるほど」
すべてに合点が行って、サンジは腹巻の中で肩を怒らせた。
ケンタウロスであるそげキングが背中に乗せて攫って行ってしまったから、執事は騒ぎ立てなかったのだ。
そんなことが村人に知られたら、カヤどこか家名に傷が付いてしまう。
だが婚約者が帰って来て隠し遂せなくなって、それでようやく「付け狙われている」程度に抑えたのだろう。
「そげキングは、そんなんじゃねえのに!」
「あ、なんか言ったかい兄さん」
「ああ、腹の虫だ」
ゾロは喉を鳴らして酒を飲み干すと、ごちそうさんと椅子から立ち上がった。

金を払いながら、唯一酔っ払っていない酒屋の主人に顔を寄せた。
「バンキーナの墓はどこにある?」
「北の丘の上にある、墓地の外れだ。大きなブナの木の傍だよ。あんたもバンキーナの縁者なのか?」
「直接じゃねえが、遠く縁があるようなもんだ」
そうさなあと、主人は遠くを見るような目をした。
「あの子はほんの僅かな間しかこの村にいなかったが。不思議なもんだ、死んじまっても数年はいつも墓に花が供えられていた」
「・・・」
「どこかで誰かに見守られているような、そんな親子だったよ」
「そうか」
ゾロは礼を言って、まだ賑やかに昔話に花が咲いている酒場を後にした。


「大体、事情は掴めたな」
夜も更けて人通りの少なくなった夜道を、ぼそぼそと呟きながら歩く。
サンジはぴょこんと頭を出して、忌々しげに髪を掻き毟った。
「なんだよあれ!なんでケンタウロスだって言うだけでカヤちゃんのことまで色眼鏡で見るって言うんだよ」
「仕方ねえ、村には村の歴史がある」
「けど、そげキングはそんなんじゃねえじゃねえか」
「それは俺達だからわかることだ。ケンタウロスとの交流も途絶え、ましてやそげキングと言葉一つ交わしたことの
ねえ人間にはどれも同じに見えるだろうさ」
下半身が馬であると言うだけで、村人はそげキングと親しげに言葉を交わそうなんて思わなかっただろう。
目が不自由なカヤだけが、素直に出会いを受け入れた。
それだけのこと。

「けど、口惜しいなあ」
サンジは腹巻をぎゅっと握って、噛み千切らんばかりに煙草を噛んだ。
「そげキングもカヤちゃんも、あんなピュアな想いを大切に育んでいるのに。ケンタウロスだとか人間だとか、そんなん関係ねえのに」
「そうかな」
「ああ?」
ギロリと、下からねめつけるサンジにゾロは淡々と答えた。
「カヤの目が見えるようになって、そげキングの姿を見てからでも同じことが言えるだろうか」
「・・・!」
サンジは何か言い返そうとして、ぐっと言葉を飲み込んだ。
そんなん当たり前だろうと、軽々しく言えない。

カヤは、例えそげキングがケンタウロスであったとしても動揺したりなんかしない、いい子なんだと口で言うのは簡単だ。
けれどそれはあくまでサンジ自身の願望であって、もし本当のそげキングの姿を目にしてカヤが悲鳴を上げたとしても、彼女を責めることなんてできないはずだ。
「・・・」
黙って俯いてしまったサンジを、ゾロは困ったように見下ろして指先でちょいちょいと髪を梳いた。
けれど、顔を上げてくれない。
どうしたもんかと途方に暮れ、踵を返す。
「ともかく、屋敷に行ってみようぜ。カヤから預かった手紙もある」
「・・・ん」

大股でのっしのっしと歩き出せば、すかさず腹に衝撃が走った。
「そっちじゃねえ、反対向け!」
落ち込んでいる時でも、サンジは容赦ない。


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