Bon appetit!
-トナカイとケンタウロスのおはなし- 12


サンジは、久しぶりにゾロの腹巻の中に入って一緒に森に行った。
木の実や果実を収穫するためだ。
食材は毎日そげキングが持ってきてくれるから事足りるけれど、自分が使いやすい素材も揃えておきたい。
腹巻の中から、あれとこれとそれとと指示し、ゾロが言われた通りに摘み取っていく。
繁みの前を通り過ぎてから、サンジはあれ?と思って腹巻から身を乗り出した。
「落ちるぞ」
「ちょっと待て」
ゾロの腹をぺしぺしと蹴って合図する。
「あそこに、誰かいる」
「どこだ」
「あの、倒れた木のところ」
ゾロはすうと目を眇め、再び歩き出した。
「気にするな。ドワーフだ」
「気にするなって、気になる。止まれ、戻れ」
再びゲシゲシと腹を蹴られ、ゾロは渋々来た道を戻った。

粗末な長衣を羽織った小さな年寄りが、倒木の横でなにやらもがいている。
「じいさん、どうした?」
サンジの声に、不機嫌そうな顔を上げた。
丸い鼻眼鏡越しに、じろりとゾロの顔を睨む。
「見てわからんか」
「わかんねえから聞いてんだよ」
ゾロの口が動いていないのに気付いて、ますます顔を顰めて見せた。
「何ものだ」
ゾロを値踏みするように見つめ、はっとして身体を引いた。
「・・・こいつは」
「どうしたってんだ」
そこで初めて、声のする方に顔を向けて二度びっくりした。
「こりゃあ」
「ああ、俺はこっちだ」
腹巻に手を掛けて、サンジが片手を振って見せた。
「ちょっと通り掛ったらじいさんが見えたからさ」
「あんたらあれか、そげキングが言っていた・・・」
「ああ、もしかしてじいさんブルーミルくれた?」
「ああ」
そうして、気難しい老人はほんの少し表情を緩めた。
「ミートパイを馳走になったのはお前さんか」
「こちらこそ、濁酒を貰っちまってすまなかったな。な、ゾロ」
言ってゾロを見上げる。
釣られるようにドワーフもゾロを見上げ、怯えたように首を竦めた。
「長いこと生きとると、色んなものを見るもんじゃわい」
「ところでじいさん、なにしてんだ」
サンジの声に、元の不機嫌な顔に戻ってけっと唾を吐く。
「見てわからんか」
「わかんねえから言ってんだよ」
喧嘩腰だが、お互いさほど不機嫌でもない。
寧ろサンジはどこか楽しそうだ。
腹巻から落っこちそうなほど身を屈め、ようやく気付いた。
「じいさん、髭が引っ掛かってんのか」
ドワーフが顔を真っ赤にしてもがいていたのは、白く長い髭の先が切り株の隙間に挟まってしまっていたからだ。
がっちりと食い込んだらしく、どう引っ張っても外れない。
「どれ、ゾロちょっと」
まるで自分がするみたいにゾロに指図して、ゾロも素直にそれに従う。
ドワーフの前にしゃがむと、ゾロを恐れてか後ずさりした。
白い髭がぴんと張って、それ以上後ろには下がれない。
「ひっかかってんな」
ゾロが片手で掴むと、ぶちぶちっと音がしてから外れた。
「取れた」
「ちぎったんじゃろうが!」
さらに顔を真っ赤にして怒り狂うドワーフを無視し、ゾロは手の中に残った髭の切れ端をふうと拭いて飛ばす。
「まあ、なんにせよよかったな」
「冗談じゃない、まったく酷い目に遭った」
助けられた礼も言わず、ドワーフはさっさと道を歩いていく。
それに興味を引かれて、サンジもゾロに乗って付いていった。


* * *


「どこまで付いて来る気じゃ」
「俺たちもこっちに用があるんだ」
「何の用じゃ」
「食える木の実とか探しててさ」
サンジは親しげに口を利く。
「甘い果実とかあったら、タルトを焼くんだけど」
ドワーフの大きな耳がピクピクと動いた。
ふん、と大きく鼻息を吐きそっぽを向く。
そのまま、進む方向を変えて枝分かれした道の右側へと進んだ。
繁みを抜けると、赤い果実がたくさん成った枝が見えた。
「わあ、なんだこれ」
手を伸ばしたサンジを、ゾロがそっと持ち上げ高く掲げる。
「いい匂いがする」
「シュシュの実じゃ、甘酸っぱい」
ドワーフはまるで独り言みたいに、横を向いたままぼそぼそとつぶやいた。
サンジにとっては顔ほどの大きさにもなる果実を両手で抱え、かぷりと齧り付く。
「うんまい!」
「胃腸にも優しく、薬にもなる」
顔を赤い汁でベトベトにしながら、ゾロを振り仰いだ。
「ゾロも食ってみろよ、めっちゃ美味いぞ」
もう片方の手で果実をもぎ、ゾロも口に運んだ。
「ああ、美味いな」
「だろ、すげえな」
まるで自分の手柄のようにサンジは喜び、ドワーフに振り返った。
「じいさん、ありがとう」
「ふん、お前らが勝手に付いてきただけだ」
ドワーフはむくれたような顔で、再びそっぽを向いた。


     *  *  *  


「じいさん、そげキングの友達なのかい?」
赤い実をせっせと運ぶサンジに、ドワーフは横を向いたままふんと鼻を鳴らした。
「そんなもんじゃないわい」
「でも、そげキングは酒を持って行ったりしてるんだろ」
「勝手に来るんじゃ」
ぶっきらぼうな物言いだが、その手はせっせとシュシュの実を摘んでゾロの腰の籠に入れてくれている。
どうやら実を摘むのを手伝ってくれているらしかった。
このドワーフ、口が悪くてひねくれ者だが根は親切らしい。

「わしはケンタウロスは大嫌いじゃ。あやつらは騒々しく荒々しく、無礼で乱雑で。森におってもろくなことにならん。とっとと去ってくれてせいせいする」
「とっとと、去って?」
なんのことだと、サンジは手を止めて振り返る。
「毎年、夏を迎える前にケンタウロス族は山を越えて湖のある地方にまで移動する。今年は一月ほど早く、明日には出発するようじゃ」
「じゃあ、そげキングも行ってしまうのか」
「あれは残る。あの娘御がおるじゃろうて」
なんのかんの言って、ドワーフも大体の事情は知っているらしい。

「そう、そげキングは仲間に置いて行かれるのか」
「そげキングがそそのかしたんじゃ、早く移動せよと」
「どうして?」
「山狩りが始まるからじゃろう」
え、とサンジは身を乗り出した。
「山狩りって、カヤちゃんを探すために?」
「昨日、婚約者とやらが屋敷に入っていくのを森の者が見ておる。村も騒がしくなってきて、昨夜は遅くまで村長の家の明かりが点いておった」
「なんてこった」
そんなこと、森の奥深くで暮らしていたら知らなかった。
「そう言えば、ゾロはここ数日村に行ってなかったもんな」
「今夜にでも、行ってみるか」
「頼む」
今更で、しかももうどうしようもないことだろうけれど、何か手立てが掴めるかもしれない。
「まったく、迷惑なことじゃ」
忌々しげに呟くドワーフに、サンジは自分のことにように申し訳なく思った。
「じいさん達には迷惑を掛けて悪いと思う。でも、カヤちゃんのためにはこれしか方法がなかったんだ」
「別に娘御があの変てこな医者んとこにいるのは構わん。ケンタウロスがさっさと森を出て行くのも大歓迎じゃ」
再びそっぽを向いて吐き捨てる。
ドワーフが言っていることをまとめれば「気にするな」と言うことらしい。
天邪鬼な態度に、サンジはほっとして言葉を繋いだ。
「ケンタウロスが嫌いって、でもそげキングはじいさんのこと慕ってるぜ」
「ふん、あれは特別じゃ」
「じゃあ、やっぱり友達なんじゃないか」
「そんなもんじゃないわい」
髭を揺らして横を向いたきりのドワーフに、ゾロが話し掛けた。
「あんた、そげキングの出自を知っているのか」
その言葉に、ぎょっとした顔で振り返る。
「あれは、ケンタウロスじゃねえだろう」
ドワーフのみならず、サンジも目を丸くしてゾロを見た。

「え、そうなの?」
ゾロとドワーフの顔を見比べながらキョロキョロするサンジとは反対に、ドワーフはゾロの顔をじっと見詰めた。
目が合うと本能的にドワーフの身体は怯えるから、ゾロは敢えて視線を逸らしている。
しばらくの沈黙があった後、ドワーフはふうと息を吐いた。
「やっぱり、あんたにはお見通しか」
「え?・・・え?」
「あれは、取り替えっ子じゃ」
「そうか」
「なにそれ」
訳知り顔の二人の間に割り込むのは気が引けたのか、遠慮がちに尋ねるサンジをゾロが掌で包み込んだ。
「主に妖精の仕業とも言われてるがな、時に人間の運命を狂わせるタチの悪い悪戯だ」
「人間の赤子と取り替えるんじゃよ。大抵は途中で正体が露見して、物心が着く前に元に戻される」
「じゃあ、そげキングは本当は人間だってのか?」
あの馬の足も偽者だと?
「そのこと、そげキングは知って・・・」
「知らぬ」
サンジの言葉を遮り、ドワーフは緩く首を振った。
その顔には苦渋の色が浮かんでいる。
「知ったところで、もはや元に戻れぬ。それならいっそ知らぬ方がいい」
「そんな・・・」
「どういうことか、訳を聞かせてもらおうか」
ゾロの言葉にドワーフは再び深い息を吐いて、意を決したように向き直った。



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