my fair teddy
-2-

前の島、そしてその前の島での体験が尾を引いているのか、それからサンジは何度となく大きなクマの手触りを思い出していた。
ふかっとしてでかくて、温かくてでもそっけなくて、抱き締めてるのにこっちが包み込まれるみたいで、なんでだか安眠できる。
―――うん、よく寝た
本当に、あの二晩はどちらも正体をなくすほどによく眠れた。
別に普段はそれほど睡眠を欲しがる体質ではないのだが、あの眠りの深さは思い出す度に恍惚とさせるくらいに心地良いものだった。
毎日とは言わなくとも、たまにはあれくらい安らかな眠りが欲しいと思うときがある。
それがクマのせいなのかどうかはわからないけれど、あれほど眠れたのはクマを抱き締めて寝た夜以外ないのだから、多分そうなのだろう。


サンジは甲板に座り、せっせとじゃがいもの皮を剥きながら、なんとはなしに仲間達を眺めていた。
午後の陽射しがきついくらいだ。
ティータイムはすかっと爽やか系の飲み物にしてやろう。
なんてことを頭の片隅で考えながらも、目はじーっと船縁に座って釣り糸を提げるチョッパーの背中に貼り付いている。

あの毛並み、モコモコ感。
いい加減暑苦しい季節だってのに、なんだってこうも俺の心を擽ってくれるんだろう。
とは言え、サイズ的には理想に近いと言い難い。
欲を言えばもっとでかくて、両手を広げて手一杯ってくらいのがいいなあ。
そっかー、チョッパーがヒト化したら丁度いいんじゃん。

妄想がヤバイ区域に入っていることに気付いて、サンジはブンブンと首を振った。
待て待て待て俺。
この暑苦しい時に、チョッパーに一体何を求めてんだ俺。
しかも、一部シャレにならない領域にまで妄想してました。
ごめん、チョッパー。
そしてゴメン、海の一流コックにして全世界のレディの騎士たる俺自身。

深い眠りなど、さほど求めていもなかったのに、一度経験してしまうと案外クセになるものらしい。
忙しい日常の中では紛れるが、ふとした時にあの心地よさを思い出しては陶然となる。
そんな自身を理性でコントロールしながら、サンジは、表面上はなんら変わりなく過ごしていた。
うっかりと深酒してしまった夜までは。




その夜の宴会は深夜まで及び、酒樽が一つ空くほどに調子よく飲んでサニー号は酔っ払いの一団に成り果てていた。
このまま天候が良ければ、2.3日で次の島に着ける。
その安心感と、やたらと海王類の出現が多かった海域への憂さ晴らしも兼ねて、仲間たちは大いに飲み歌い騒いだ。
サンジも女性陣への給仕だけは怠らなかったが、彼女たちから酒を勧められては断れない。
一杯ニ杯と、杯を重ねるごとにべろんべろんに酔い出して、きっちり締めていたネクタイを頭に巻いて騒ぐ体たらくぶりだった。
「だーからー、なっとらーん!」
絡み酒なのか、サンジは酔うと誰彼かまわず(とは言え、男性陣にのみ)怒鳴りつけ、意味不明の説教体勢に入る。
同じく酔いで頭をぐらぐらさせながら適当に相槌を打つチョッパーの前に正座して、サンジはなにやら懇々と諭していた。
「だからーなあ。そのーふかふかはどうかとー思うわけよ。な、セクハラ?つか、こうじょりょーぞくに反してるーとか、思わね?つか反則だぞ畜生―」
「うんーわかるーわかるおーさんじー」
こくんと頷くチョッパーの帽子を軽く叩いて、その背中を撫でる。
しばらくかいぐりかいぐりした後いきなり、物足りん!と叫んだ。
「だめだー小せえんだ、小さ過ぎる!両手一杯、俺を抱き締めて〜」
とか言いながら、両手を広げてナミとロビンを探すも、女性陣は既に部屋に引っ込んだ後だった。

甲板にはウソップの屍。
フランキーとブルックがなにやらおっさん同士で語り合っており、そこには近寄りたくなかった。
船べりにだらんと垂れ下がっているのはルフィ。
チョッパーはサンジが立ち上がった後も、一人で頷いてはケラケラ笑っている。
「マリモはどこだ?!」
サンジは眼を据わらせたまま、ギンっと辺りを見渡した。

あいつにも一言言ってやらねばならぬ。
つか、奴にこそこの積年の恨みを滔々と語ってやらねば気が済まぬ!
決意も新たに見張台を見上げた。
奴はきっと、そこにいるに違いない。


宴会が興に乗ってくると、ゾロは自発的に見張台に上がりそこで過ごす。
他のメンバーは大概酔い潰れて見張りが勤まらないし、ゾロが見張りになることが暗黙の了解になっていれば仲間たちは安心して飲めるからだ。
自身、酒は好きだし宴会も好きだが、別に正体を失くすほ酒に飲まれることもないし歌ったり踊ったりしなくてもいい。
寧ろこうして夜の海を眺めながら、一人杯を傾けるのも気に入っている。

「この枯れマリモ〜〜〜」
なにやら叫びながらギシギシ梯子を揺らして、キンキラ頭が登って来た。
ゾロは横を向いて小さく舌打ちする。
サンジが酒を飲んで絡んでくる日には、ろくなことがない。
普段から、単なる言いがかりだろうとも思える因縁付けがきっかけの喧嘩は耐えないのに、酔っ払うと更に不毛さが増すのだ。
「仲間がわいわい楽しくやってるって時に、こーんなところで一人で酒ばっかりかっくらいやがって、なんて陰気な奴なんだこのタムシ野郎!」
ゾロが見張りを買って出る意味を、無論サンジは知っている。
だからいつもは「宴会の残り」だの何だの理由をつけつつ、さり気なくつまみを差し入れたりしてくれる。
言葉にはせずとも、感謝の念というのはきちんと伝わっていた。
だが今日はどういう訳か、本物の傍若無人な単なる酔っ払いに成り下がって手ぶらで上がってきた。

「大体よう、てめえは何様のつもりだ。いーっつも上から目線で人のこと見下しやがって、タメなのによ。
 おんなじ19だろ?俺とお前の仲じゃあねえか」
べらべら喋っているが内容が意味不明だ。
ゾロが眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌を装うのに、構うことなく寄り添うようにしてどかりと腰を下ろし、ゾロの腕を掴んで持っていた酒瓶を自分の口につけようとする。
「何してんだ、これは俺の酒だ」
「ケチケチすんな。酒浸りマリモ」
酩酊状態でここに来られた時点で大迷惑だ。
このまま酔い潰してさっさとお寝んねしてもらおうか。
ゾロの脳裏を、ごく当たり前かつ冷淡な考えが過ぎる。

ぐなーんと身体を弛緩させて、サンジはゾロの肩に凭れて来た。
常より体温が熱い・・・気がする。
別に触って確かめたことはナイが、どんなに気温の高い日でも基本涼しげな顔をしてきっちり服を着ている男だ。
こんな風に子どもみたいに体温を上げてゴロゴロ纏いついてくるのは、実に珍しい。
「だってよう。てめえ、最近やけに優しーじゃねえかよう」
戯言はまだ続いていた。
聞き捨てならない台詞に、ゾロは「ああ?」と低い声で返した。
「てめーだよてめー。畜生、なんかもう優しくね?やたらとアホアホ言わなくなったしー、飯の時間に遅れねえしー・・・なんか・・・ほれ・・・ナミさんとー気い遣ったりしてー・・・」
いきなり何を言い出すのだこのアホは。
ゾロはサンジから奪い返した酒を、瓶ごとぐびりと煽った。
アホアホ言わないのは、こいつがアホな事が骨身に沁みてよーくわかったからだ。
だからもう、今更一々アホ呼ばわりしなくてもいい。
自分もわかってるしみんなも知ってる。
本人も薄々わかっているようだから、敢えて言及する必要はないだろう。
飯の時間を守るようになったのは、大所帯になってさすがに自分の分の食糧確保が難しくなってきたからだ。
フランキーも身かけどおりよく食うのに、あの骨がまた骨の癖によく平らげてくれるから、うかうかしていると満足に腹いっぱいになれない可能性がでてきたからだ。
ナミに関しては、それこそ今更何をか言わんだ。
あんだけナミナミ大騒ぎしておいて、いざって時にいいとこ見せられない間の悪さは、端から見ていてもいっそ気の毒なくらいでゾロとて同情を禁じえなかった。
何かの拍子にでも花を持たせてやることができるなら、及ばずとも協力してやろうと思いたくなるのが人情ってもんだ。
なんせこの男は馬鹿でお人よしで間抜けで脳足りんだから、長く付き合えば付き合うほどむかつきよりも憐れみの方が増してきたといえる。
頑張れよ、タフさだけが取り柄じゃねーか。
へこたれず頑張って生きろお前!

脳内妄想があらぬ方向へ一人突っ走っていく当たり、ゾロもサンジに毒された感は否めない。
はっと気付いて傍らを見れば、サンジはゾロに抱きつくみたいに両腕を回してうな垂れていた。
今、サンジに対しての言い訳をすべて頭の中でのみ行っていたことに気付いて愕然とする。
全然伝わってないんじゃねーのか。
つか、しかもこの体勢は何なんだ。

酒瓶を置いて引っぺがそうとサンジの腕を掴んだら、そこだけ何故かひやりとした。
表皮の温度より、ゾロの掌の方が熱いらしい。
サンジ自身はカッカと発火でもしているかのように体温が上昇しているのはわかる。
抱きつかれた本体部分が熱いからだ。
だが回された手や足は、わりとそうでもない。
つか、手や足ってなんだよ・・・

ゾロは自分たちの体勢を客観的に見て愕然とした。
サンジはあろうことか、その長い手足をゾロに絡めるようにしてまさに“抱っこちゃん”状態で抱きついてきていた。
しかもそのまま安らかな寝息を立てて眠っている。
―――寝てる?

これは想定外というか、不覚を取ったと恥じるべきか。
ともかくゾロはなんだか面食らってしまって、サンジを引き剥がす気力を削がれてしまった。
何より、ゾロの顔の下、胸の辺りに頭を預けて、人騒がせな酔っ払いは実に安らかな寝顔を曝してくれているのだ。
なんとも無防備であどけない。
サンジの寝顔自体が、実に珍しいと言えるシロモノだから、なんとも無碍にできない。

―――疲れてるんだろうな
そもそもサンジは勤勉で、根が真面目だ。
いつもはぐーたらして有事だけ身体を張るゾロとは、職種と業務形態が違うとは言え、消費カロリーは断然サンジの方が高いだろう。
―――毎日頑張ってやがるからな
一人くるくると働いて、皆が遊んでいる時も次のことを考えて、誰よりも大好きな女共に心底尽くすのに報われなくて。
やっぱり最近、サンジに対してムカツクとかウザイとかいう感情よりも、可哀想で見てられないてな気持ちの方が勝っている気がする。

おかしいのは俺の方か。
一人首を傾げながらも、ゾロは気にしないで酒を飲み続けることにした。




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