my fair teddy
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酔いって怖えー・・・
なんて、朝の光に包まれながらしみじみと思ってしまった。
まったく記憶がない、つか覚えていない。
昨夜はそれほど深酒したろうか。
ルフィを嗜めながらナミさんやロビンちゃんのお世話をして、ウソップをどついてフランキーの膝の上でチョッパーと肩組んで歌ったんじゃなかったっけか?

楽しい宴会だった。
久しぶりの街の酒場で盛り上がった。
その後ちゃんと宿に戻って眠ったはずだ。
なのになんで、こんなものをお持ち帰り?

サンジは毛布を頭に被ったまま起き上がって、呆然と腕の中の物を眺めた。
どこから持ってきたのやら。
両手一杯回さないと抱き締められないほど巨大な、クマのぬいぐるみが同衾していた。

―――シングルでよかった・・・
経費節減のため、陸で泊まる時はほとんど大部屋の雑魚寝なのだが、この島は物価が安くて閑散期でもあったせいかナミが大盤振る舞いしてくれたのだ。
故にこの部屋にサンジは一人、ぬいぐるみを抱き締めて文字通りの爆睡。
―――しっかし、よく寝た・・・
自分でも呆れるほどよく寝た気がする。
頭も身体もすっきりして、なんとも気持ちが良い。
元々眠り自体が浅く、長い睡眠が必要な体質でもないのだが、それでも時折疲れが溜まると身体が休息を欲しがる時がある。
そのタイミングが合ったのか、久しぶりの陸だったからかシングルで一人寝だったからなのか、とにかく昨夜はよく眠れた。
こんなに気持ちのいい目覚めは初めてだ。
「ん〜〜〜〜〜〜〜」
サンジは大きく伸びをして、ぬいぐるみにぽふんと片足を乗せてもう一度ベッドに寝転がった。






自由気ままで、過酷な船旅。
順風満帆な日々が続くならともかく、時化や海王類の来襲・同業者の襲撃・海軍の追跡なども日常茶飯事に起こる職業柄、のどかな航海とは言い難い。
特に今回は、ほっと一息ついて優雅にティータイムなんぞできる方が珍しいほどにアクシデント続きの航路で、さすがのサンジも疲れが溜まってきていた。
いつも元気なのはルフィと、知覚・痛覚ともに鈍そうなゾロくらいか。
流石にナミの疲労の色は濃く、その他のクルー達もぐったり感が隠せなかった。

「ようやく次の島ね、ほっとするわ」
海鳥の飛び交う空に目を細めて、ナミはしみじみと呟いた。
「やー、きつかったよな。久しぶりの陸が恋しいぜ」
「医薬品が底をついて来てたんだ。助かった」
島影に歓声を上げながら、仲間たちは我先にと上陸の準備をする。
「こらこら待って、まずは船番決めなきゃ」
疲れていても、さすがは裏の船長。
ナミが冷静に片手を上げて招集をかける。
「船晩っつっても、ここのログ溜まるのはいつまでだ」
「明日」
「「「「「「一晩かよ!」」」」」」
総突っ込みにあって、ナミは軽く肩を竦める。
「一晩なら、船番なんていらないだろ」
「そうはいかないわよ。この島、中途半端に田舎で治安もいいとは言えないみたいだから。船に積んだお宝や備品にもしものことがあったらどうするの」
居丈高に言うナミに、ならお前が残れよとは誰も言わない。
誰よりも休息が必要なのはナミだ。
「んじゃ、俺が船番するよ」
サンジは颯爽と手を上げた。
「買出しは明日の出港前にできるからね。ナミさんのお宝はこのサンジが、命に代えてもお守りいたします〜v」
「・・・サンジ君、いいの?」
いつもなら、そう?お願いvと軽く頼むナミだったけれど、今回は誰しもが疲れていることがわかっている。
だからこそ、ナミらしくもなく遠慮した物言いになった。
「勿論。ナミさんのために一肌脱げるなら、それだけで俺の喜びさ〜あ」
くる〜りとターンして、オーバーアクションで身をくねらせた。
唯一元気なルフィでは船番は当てにならない。
ゾロにはできれば、他のクルーたちの用心棒的役割を任せるつもりだ。
「そう、じゃあ悪いけどお願いね」
申し訳なさそうなクルー達を前に、サンジは笑顔で手を振った。





「さってと・・・」
目立たぬ入り江に船をつけて仲間たちを見送ったあと、サンジはしばらく甲板で煙草を吹かした。
いつもならキッチンの掃除や男部屋の消毒などをするのだが、空はどんよりと曇っているし湿気た風が吹くばかりでいい気候とは言えない。
何より身体が疲れているから、このままゆっくりと休みたい気分だ。
―――あー・・・ゆっくり寝てえ
無論、船番の自分が爆睡するわけには行かないのだが、今回はあたりを見渡しても他の船の陰は見えないし気配もないし、のんびりのどかな海原が広がるばかり。
―――今のうちに、ちょっと陸をぶらつくか
船を留守するというほどではない、眼の届くところに小さな市場を見つけてサンジはそこに向かった。


「いらっしゃい、この時期にお客さんたあ珍しいね」
店番のいない乾物屋を覗いていたら、奥からおっさんが出てきた。
「時期があんの?あんまり他の船が見えないとは思ったんだけど」
「そうさ、この時期は東の海が荒れるからねえ。大体定期便なんかは見合わせて来週から再開させてるよ」
「ああ、だから空いてるんだ」
確かに、尋常でなく荒れ狂う海を乗り越えて来た自覚はある。
あれは時期の問題だったんだな。
「買出しは明日改めて来るから、いろいろ見せてもらうぜ」
「ああ、ゆっくりしとくれ。どうせ暇なんだから」
乾物屋に酒屋、小間物屋まで併用しているらしい。
横に長い店は全部繋がっていて、サンジが異動するたびにおっさんがついてくる。
「野菜とか果物はねえのか」
「この時期、店に出したって誰も客がいねえからな。今日注文受けといたら、明日採り立てを準備できるぜ」
「ありがてえ、頼めるか」
この店は八百屋も兼ねているようだ。


あれこれと注文し終えてふと店の奥を見れば、日常雑貨以外のものが雑然と並べられていた。
どれも売り物とは思えない、なんだかくたびれた感じがする。
「あれはなんだ?」
「ああ、レンタルだよ」
「レンタル?」
季節によって磁場が変わるこの島は、忙繁期にはログが溜まるのが10日ほどかかることもあるのだという。
そんな時、一時的な生活の手段としてレンタル用品も活用されるのだ。
「お客さん、一晩の逗留だろ。たくさん注文してくれたから、どれか一つサービスで貸すよ。明日返してくれたらいい」
まだ代金も払ってないのに、なんとも人のいいおっさんだ。
とは言え、バックれて逃げるにも客はサンジしかいないんだからバレバレか。
愛想のいい申し出に、サンジは甘えることにした。

どれがいいかと目を巡らせて、一点で止まる。
なんせ生活必需品は船に揃っているのだから、できれば娯楽か安眠に使えるものがいい。
そう思っていたら、吸い寄せられるようにそれに気づいてしまった。
でかいクマ。
茶色の毛並みがちょっとくたびれた感じはするけれど、首に巻いた赤いリボンが鮮やかな巨大なテディ・ベア。
「あれも、レンタル?」
つい指差して聞いてしまった。
「ああ、家族連れのお客さんがよく借りてくれるよ。勿論抗菌・抗黴処理済。使い込んじゃいるけど、みんな大事に使ってくれるから、いつも新品みたいなものさね」
おっさんはそう言って、両手で抱きかかえるようにして奥から出してきた。
「ほうら、彼女の代わりに今夜はこれでお寝んねするといい」
「は、冗談・・・」
考えを見透かされたようで、どきっとしながら笑い飛ばした。
だがおっさんは意外そうに目を丸くする。
「これを借りる海兵とかってのも、案外多いんだぜ。抱き枕の代わりにもなるって評判だ」
そう言われると、そうかなあ。
「抱き枕・・・」
「ああ、安眠にはぴったりだよ」
巨大なクマに抱きついて寝る海兵ってどうよ。
想像してみたら、自分より遥かに滑稽な気がして笑えた。
なら、俺がやっても大丈夫かなあ。
どうせタダだし。
「んじゃ、これ一つ」
「あいよ」
そうしてサンジは、巨大クマのぬいぐるみをゲットした。





注文も粗方終えたし、今日は他に飯を作ってやりたい相手もいないし。
なによりとっても疲れていたから、サンジは戻ると夕食もそこそこに男部屋に転がった。
手には巨大なぬいぐるみ。
抱き枕って、こうして抱いて足も絡めるといいんかな。
なんてことを考えながら、長い手足をクマに巻きつける。

あーふかふかして気持ちいい。
今回のクマは、前の島で無意識に取ってきたクマよりさらに一回りでかかった。
宿と酒屋の間にファンシーショップがあったから、きっと出所はここだろうと、早朝の間にこっそりと戻しておいたクマだったが、ちょっと未練があったのだ。
あんなクマが側にあったら、毎日安眠できるだろうな。
あの安らかな眠りがクマのお陰だったかどうかは定かでないけど、抱き心地は良かった。
けどこのクマは、さらに大きくてまるで抱き締めてるのか包まれてるのかわからないくらいの包容力がある。
なんかもう、気持ちいー・・・

なんてことを考えている自覚もないまま。
サンジは深い眠りへと落ちていった。






おーい・・・おおーい・・・
誰かが遠くで呼んでいる。
呼んだことはあるけれど、こうして呼ばれるなんてことあっただろうか。
力の限りに叫んで呼んだ。
何度も、何度も。
絶望に声が枯れ果てても、呼ぶことを止められなかった。

「おーい」
リアルに声が届いて、サンジは跳ね起きた。
拍子に自分の上にあったぬいぐるみがゴロンと転がってベッドから落ちる。
「・・・へ?」
「おーい」
声は外から聞こえてきて、サンジは慌てて船外に飛び出した。

「すまないなあ」
呼んでいたのは昨日のおっさんだった。
申し訳なさそうに、しきりに頭を掻くおっさんの後ろには荷車に積まれた野菜や果物がどんと控えている。
「午前中まで待ってたんだけど、もう昼過ぎたからね。さすがに待ちきれなくて持ってきたんだ」
「悪い、ほんとにすまなかった。すっかり寝過ごして・・・」
サンジとしたら顔から火が出るほどに恥ずかしい。
いくら爆睡したとはいえ、昨夜日が暮れた頃に寝床に入って昼過ぎまで一度も目覚めず寝倒すなんて、初めてのことだ。
「あの海を越えてきたんだ、疲れも溜まってたんだろう。折角の陸だったのに、起こしてすまなかったね」
「そんなことねえ。起こしてくれて助かったよ」
二人、米搗きバッタみたいに頭を下げながら、とりあえず荷物を運ぶ。
代金を払い、まだ温もりの残る巨大クマを荷台に乗せた。
「こいつのお陰で、よく眠れたかい?」
「ああ、すっげーよく寝た」
お陰で気分は爽快だ。
身体の疲れも消えているし、なんだか気力が漲るようで元気が溢れている。
「そりゃあよかった」
おっさんは屈託なく笑うと、空の荷台にクマだけ乗せて、手を振りながら帰って行った。

仲間が戻るまでにすべての作業を終えて、サンジはほっと一息つく。
おっさんが来てくれて、本当に助かった。
ヘタすれば男部屋で、巨大クマを抱きしめて眠る自分の姿が仲間たちに見られていたかもしれないのだ。
そんなの・・・間抜けすぎる。

サンジは心底ほっとして、とにかく元気に戻ってくるだろう仲間たちを向かえるため、食事の準備に取り掛かった。


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