戯れの恋じゃないから 9

「だがお前がああいう所をウロウロするのは、マジでやめてくれ。なんともねえって怒るかも知れねえが、やばいんだ。」
「ああ、お前の邪魔をするつもりはなかったんだ。」
サンジは意を決して声を出した。
「面白半分で行ったつもりはなかった。けどごめん。」
ゾロが一瞬眩しそうにサンジを見つめて、眉を顰める。
「邪魔って、てめえが俺の邪魔をした訳じゃねえ。お前みてえな素人がウロチョロしたら商売の
 邪魔だってったんだ。それにあんまり危ねえからよ。」
なんともないとは、もう言えなかった。
事実、昨日はゾロに助けられたから。
「確かに俺があんなとこで騒ぎ起こしてたら、真剣に仕事してる人の邪魔になるよな。そこまで
 考えてなかった。」
言ってるうちにどうしてもしょぼんと眉毛が下がってしまった。
虚勢を張りようもないくらい、肩も落ちてしまっている。
ゾロはそんなサンジをまじまじと見て、ぷっと吹き出した。
「なんだてめえ。ほんとに何もわかっちゃいねえんだな。」
くっくと軽く笑ってから、今度はむすっと口を曲げて腕組みをして何か考えている。

「なんだ、何がわかってねえっつんだよ。」
サンジが口を尖らせてゾロを覗き込むと、ますますゾロはしかめっ面になった。
「無防備にんな面晒すな。ったく天然はこれだからな。てめえみてえに人目を惹く金髪持ってて、
 眉毛はヘンテコだがかなり見られる面してんだから、一人歩きすりゃあ光に虫が寄ってくるみてえに
 あちこちから悪い虫がついてくんだよ。商売の邪魔ってのは、そう言う意味だ。」
怒ったような顔でそう諭すゾロに、サンジは曖昧に頷くことしかできなかった。
そうか、そういうものなのか。
「てめえみてえなのは高く売れるから、目もつけられやすい。あん時ぁ肝が冷えたぞ。」
それってつまり――――
「心配、したのか?」
サンジの言葉に、ゾロはぐっと口篭った。
「それで、怒ったのか?」
さらに畳み掛けるように問うた。
ここではっきりさせたかった。
なのにゾロはそれには答えずいきなり立ち上がると、肩を竦めてサンジを見下ろす。

「市が全部立ったみてえだぜ。今日は俺が船番だから、今買出しすりゃあ全部運んでやる。」
「ゾロ・・・」
サンジは強い口調でその名を呼んだ。
「なんで俺が、夕べあの辺りを彷徨ってたのか聞かねえのか?」
ゾロは答えない。
視線を逸らして集まり始めた人の流ればかりを見ている。
「どうして今日は朝からここに来たんだ?俺を探しにきたんじゃないのか?」
「まあな、てめえ昨日走ってっ時、片足引き摺ってたろ。荷物持ちくらいしていやる。ほら、
 買うもんあるなら早くしろ、俺はもう行くぞ。」
そう言い捨てて先を行くゾロは、それきり振り向かなかった。















ゾロの真意がわからない。
この間の島で、ある程度補充は済ませているからたいした買い物の量でもないけれど、それでも
そこそこ買い占めてゾロを荷物持ち代わりに使って船に戻った。
ウソップは交代が早く来たことを単純に喜んでいたし、サンジが来れば暖かなものを食べられると
嬉しそうに言ったりするから、勢いでまた3人で食卓を囲んだりしている。

ちょっと待て、これって前のパターンと一緒じゃんか。
食いっぷりのいい二人の男を前にして、サンジはあれこれ考えた。
あの時はゾロを警戒してチョッパーを伴って船を降りたりしたが、今は少々状況が違う。
ウソップの身の安全を心配する必要はなさそうだし、はっきり言って今こいつは邪魔な存在だ。

「ウソップ、もう交代は来たんだから飯食ったらとっとと島に降りろ。ここも結構でかいぞ。」
「ああそうする。サンジも行くんだろ。」
「俺は買ってきた物のチェックとか済ませときたいからな。後で行くよ。」
サンジとウソップの会話に、ゾロはなにか言いたげに手を止めた。
だが結局何も言わず食事を続ける。
多少不自然でもサンジはこのまま押し通すことにした。



浮き浮きした表情そのままに船から飛び降りるウソップをにこやかに見送って、とりあえず倉庫に入った。
ほどなくして、船外から雨音が聞こえてくる。
―――ほんとに降ったか。
いつもは鬱陶しい雨も船に残る口実になると思えばありがたい。



午後から降り出した雨は一向に止む気配を見せない。
それどころかどんどん雨脚が強くなって、風もないのに船が揺れるほどだ。

「すんげえ降りになっちまったな。」
サンジは丸窓から外を覗いて、タバコを吹かしながら暢気に呟いた。
対してゾロはどこか苛々として落ち着かない。

「どーする夕飯。お好み焼きでもすっか?」
「飯なんかどうでもいいから、てめえもう街へ帰れ。」
ゾロはダンベルを部屋の隅に転がして、イスに乱暴に腰掛けた。
「ひでーな、この雨で外に追い出すのかよ。」
「当分雨は止みそうにねえぞ。もしかすっと、一晩中降り続くかも知れねえ。」
ゾロはそう言って忌々しそうに外を眺めた。
なんとなくむっとする。
「なら俺もここに泊まりゃいいんじゃねえか。俺らの船なんだから。」
ゾロは口をへの字に曲げて押し黙ってしまった。
何か言いたいときは敢えて口を閉ざす。
そんな姿勢が見え見えで、サンジはさらに面白くない。
「いーじゃねえか、タメ年同士、たまには仲良く過ごそうぜ。それより飯にすっぞ。」
そういうとますます仏頂面になったが、サンジは構わずキッチンに向かった。




二人向かい合って夕食をとった。外から響く雨音だけがやけに大きくて、食卓はひっそりとしている。
サンジはなにか会話を切り出そうとするが、自然夕べの話題になってしまいそうで口を開くのをためらっていた。

「夕べはちゃんと、街に戻れたか。」
ゾロから切り出されてほっとする。
それでもゆっくりと咀嚼して、余裕を見せつつサンジも答えた。
「おう、やっぱかなり街から離れてたな。けど明るいから方向はわかったし…」
いや言外にあそこは暗い雰囲気だったとか、そういうんじゃねえけどな。

「てめえこそ、あれからお楽しみだったんだろ。好みの野郎とか、引っ掛けられたのか?」
努めて明るく話を振ってみた。
こういう話題は多分開き直って好奇心も隠さないで無邪気に話した方がしゃれになるんじゃないか
とも思う。
「てめえの面見ちまったからな。萎えて結局宿で一人寝ただけだ。」
―――げ。
途端にまた気まずくなる。
サンジはもそもそと漬物を摘んで齧った。

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