戯れの恋じゃないから 7

あの嵐の日からかそれとももうその前からなのか、サンジの中で何かが少しずつ変わってしまったらしい。

なんてことはないんだけど、皆で食卓を囲んでいるゾロや、甲板で寝くたれているゾロや、ブンブン錘を
振り回しているゾロや、ルフィ達と馬鹿騒ぎしているゾロなんかがやたらと目に付く。
ナミと言い争いしてる時なんかも、何故だかゾロの声ばかりがやたらと大きく聞こえたりして・・・
あの嵐の時の押し付けられて痛いくらいだった固い胸板やぼこぼこの傷の縫い目の感触が頭から
離れなかったりして・・・


俺あ、病気か?
まずい、非常にまずい傾向だ。
ラブコックたるもの、1日の大半をレディのために費やしたいのに、脳裏を占めるのは殆どがマリモ
ばかりになっている。
なんでだ?
どうしたんだ俺は。

ナミやロビンに「これ美味しいわv」なんて言われたら天にも昇るほど嬉しかったのに、ゾロが一口
口に含んで、ふと口元を緩めるのを目にしただけで、天国にイってしまったかのように気持ちよかった。
その日1日非常に気分良く過ごしてしまった。
これはいかんだろう。
人として・・・つうより男として。
俺はホモじゃねえんだから。
ともすればにやけそうになる口元を引き締めて、サンジは何度も自戒を繰り返す。

これからもこの先も、何千何万と言うレディとの出会いが俺を待っているんだ。
こんなところでホモに惑わされてる場合じゃねえんだ。
大体ゾロは、俺になにも言ってこねえじゃねえか。
あん時は確かに助けられたがそれきりだし。
奴的には変わった素振りは見せねえし。
なんか俺一人でオタオタしたりにやついたり、馬鹿みてえじゃねの?
そう考えると、すっと胸の内が醒める。
そうだよ、ゾロからなにかアクションがあった訳じゃない。
こないだからくるくるしてんのは、俺だけだ。
そのことに思い至ると今度は大変不愉快になった。
なんだか凄く、面白くない。








「もうすぐ島に着くわよ〜。」
ナミさんの声が甲板から響いてきて、サンジはテンション高く返事をした。

「思いのほか早かったわね。」
「こないだの嵐で相当進んだみたい。ちょっとの間だったのにね。」
「今日の船番は俺だよなあ。」
嬉々として上陸の準備を始めるクルー達を見渡して、サンジは無意識に口をへの字に曲げた。

上陸する・・・ってえと、またゾロが消えるんだよな。
「ナミさん、今度の島って結構でかい?」
ナミは地図を広げて頷いた。
「ええ、この間の島と同じくらいね。割と大きな規模みたい。」
そうか・・・
「なあに、またナンパ計画?」
「とんでもないですよっナミさんっvたまにはデートしませんか?」
「残念でした。今回はロビンとスパに行く予定なのよ。」
あっさりとかわされてサンジはショボンと肩を落とす。
ナミとデートでもできれば結構気が晴れるのに。
一人で彷徨うと、また前の島みたいに余計なことをぐるぐると考えてしまいそうだ。
例えば、男娼街を歩くゾロの姿とか。
思わずぶんぶんとその場で首を振った。
ああ嫌だ嫌だ。
嫌だと思う自分も嫌だ。
考えるな。



「どうしたサンジ。」
足元で可愛い声がする。
サンジは飛びつく勢いでしゃがみこんだ。
「な、チョッパー。また一緒に本屋めぐりしようぜ。」
「あ、ごめんサンジ。今度の島ではそこでしか取れない薬草があるらしいんだ。俺ログが溜まる間、
 殆ど山に行くつもりだから・・・」
がくーん。
目に見えて力を落とすサンジにチョッパーはうろたえ、ルフィが笑っている。
「なんだサンジ、じゃあ俺と一緒に冒険行くか?」
「・・・ゴメン被る。」
ウソップは船番だし、こうなったら雑念を払ってナンパに勤しむしかないだろう。
サンジは重い足取りで上陸の準備を始めた。







島に着いた早々、ゾロはすっと消えてしまった。
他のクルー達もそれぞれの目的に向かって散っていく。
サンジは気乗りしないながらも街に出かけた。

なるほど中心街は人通りが多く、おしゃれな女の子もたくさんいる。
カップルに目をやっても男の方がやたらとマッチョだったりしていないし、多分ここなら大丈夫だろう。
なのに何故かサンジの足はそっちへ向かない。
街中から外れた方、どことなく寂れた感じの小路ばかりが目に付いて、つい足がそっちへ行ってしまう。

もうすぐ夕暮れになるから今のうちに宿を押さえておいた方がいいのはわかってはいるのに、
サンジはあてもないまま街の隅っこをぶらついた。
――――俺って、なにがしてえんだろう。
路地に入って薄汚れた壁に凭れ、タバコを取り出した。
この間怪我した足はまだ少し痛む。
馬鹿なことやってないで、とっとと宿を探そう。

殆ど風がないのか真っ直ぐに立ち上る煙を眺めていると、通り過ぎた男達が引き返して来て覗き込んだ。
「お前、見かけない顔だな。どこのシマのもんだ?」
シマ?
サンジは人違いかと後ろを振り向いたが、誰もいない。
「お前だよ。立ちんぼか?誰に断って商売してんだオラ。」
ドスの効いた声で低く唸りながら、人相の悪い男がだかだかこっちに向かってくる。
立ちんぼ?
商売・・・って、なんの?
「新入りか?俺らに挨拶がまだだってんなら今聞いてやってもいいぜ。」
そう言って、すぐ間近まで顔を近づけた男がにやりと笑って舌を出した。
サンジの全身の毛が一気に粟立つ。
なんだこいつ、気色悪い。
チンピラに絡まれるのは慣れているが、それとはちょっと違う。
なんと言うか、必要以上に接近して喋るし、目つきがなんだかギラギラして・・・
これはもしかして――――

思い至ってさっと頬に赤みがさした。
それを違う方に受け取ったのか、男が益々嬉しそうに顔を歪める。
「わかりゃあいいんだ。素直な奴は結構好きだぜ。なに、悪いようにはしねえよ。」
そう言って肩を抱こうとして弾き飛ばされた。
取り囲んでいた男たちは一瞬何が起こったかわからず、怯みながら後退る。

「気安く、触るんじゃねえっ」
サンジは俯いたまま肩を怒らせタバコを投げ捨てた。
額には青筋が浮き、滲み出る殺気を隠そうともしない。
「この腐れホモ野郎共、まとめて地獄に行きさらせ!」
サンジの痩躯が宙に舞った。



「ぐはっ!」
巨体が弾き飛ばされ、叩きつけられた壁が崩れた。
思わぬ反撃に尻込みした男達だが、場慣れしているらしくすぐに臨戦態勢に入る。
「とんだお転婆嬢ちゃんだな。面白れえ。」
リーダーらしき男が舌なめずりをしてナイフを取り出した。
その後ろには銃を構えた男が2人いる。
「なるべく傷付けるなよ。値が下がる。」
「なに、手足打ち抜いて俺が飼ってやってもいい。」
気色悪い――――
サンジは踵を鳴らして間合いを取った。
片足が微妙に痛むが構ってはいられない。

一人の銃口が火を噴くと同時に前に飛び出し一気に3人を蹴り倒す。
地面に手をついて体勢を変え、回し蹴りを決めたがブロックされた。
そのまま足を掴まれ引き倒される。
ナイフの柄で後頭部を殴られ、一瞬意識が飛んだ。

「手間かけさせやがって・・・」
小山ほどでかい男に上に乗られて身動きが取れないまま、髪を掴まれて上向かされた。
「厄介なのは足だな。腱切っちまえ。」
その言葉に俄かにぞっとして、サンジは闇雲に暴れた。
「離せ!よせ、てめえらっ」
「大人しくしてなお嬢ちゃん。そう痛かあねえよ。」
腕を掴まれ身体を押さえつけられて、足首を持たれる。
「やめろ!」
サンジが叫んだのと男の悲鳴が響いたのとほぼ同時だった。




いつの間にか、びりびりと空気を震わせるような殺気が辺りを包んでいた。
振り向かずとも、サンジには誰が来たのかすぐにわかった。
「なんだてめっ・・・」
皆まで言わさず空を切る音がする。
どさどさと一時に人の倒れる音がして・・・
だが血の匂いはしない。

くそっ・・・
サンジは下を向いたまま歯噛みした。
いつだって最後はゾロだ。
自分がどうしようもない状態になったとき、図ったように現れてすべてをなぎ倒してしまう。
自分を掴む男の手が緩んだ隙に、思い切り蹴り飛ばした。
乗っかっているでかい男も膝蹴りで転がし踵を落とす。
振り向けば全員が地に付していた。
みね討ちなのか、血は流れていない。

「へえ・・・てめえってほんと、こういうとこじゃ気を遣うんだな。」
ゾロは刀を鞘に納め、黙って近付いてきた。
無表情だが、背後に怒りに満ちたオーラが迸っている。
すっげー怒ってる。

next