戯れの恋じゃないから 6

ゾロが俺を見てる?

そう指摘されるとそうかもしれない。
いんや気のせいか?


例えば甲板で布巾を干していてふと振り向く。
ゾロの錘がぶおんと上がる。
次はテーブルクロスを広げて、ばさばさと払いながら何気なく振り向くと、また錘がぶんと上がる。
全部干してしまってからゆっくりとタバコを吹かして、海を眺めるつもりで首を巡らせると、
またゾロの錘が上がった。
見張り台の上からウソップの忍び笑いが聞こえる。

「なんだお前ら。まるでだるまさんが転んだやってるみたいだぞ。」
ゾロがじろりと睨んで慌てて引っ込んだ。
やっぱりそうなのか?
カウントのリズムが狂うほど、俺を見てるのか。
って、マジ?




野郎にジロジロ見られるなんて気色悪い・・・ってとこだけど。
サンジはふかーっと青い空に煙を吹かした。
そう悪くねえ気分ってのもなんだろうな。

これはどっちかってえと優越感みてえなもんだな。
なんせ6千万の賞金首、未来の大剣豪を目指す男が俺に惚れてるだとよ。
絶世の美女じゃないところは癪だが悪かあねえ。
うっかりにやけそうになる口元を慌てて引き締める。

あくまで「かも」だ。
奴から直接聞いた訳じゃねえし、もしそれが本当ならそれはそれでかなりやばい。
男の身体を弄るのが好きだといった。
イコール、俺の身体を弄りたいのかもしれない。
それはやばい。
野郎になんて弄繰り回されたくない。
俺はレディのすべすべお肌とか、柔らかなおっぱいとかが好きなんであって、あんなゴツゴツした
感覚の薄そうな、指紋も擦り切れて無さそうな太い指であちこち撫でくられたくねえ。
今度は顔を歪めてちっと舌打ちする。
見張り台から覗いていたウソップは、今度は百面相か?と首を傾げた。


ふと只ならぬ気配を感じて顔を上げる。
すぐ目の前に真っ黒な雲の塊が凄い勢いで下りてきていた。

「うわうわうわっなんだ!なんだあれー!!」
「ナミ!変な雲だ!」
ウソップとルフィの声にナミがラウンジから飛び出してくる。
「なにあれ、嵐?!」
巨大な雷雲がすぐ目の前まで迫ってきていた。
今まですかんと晴れていた空がみるみるうちに分厚い雲に覆われ、夜のように暗くなる。
バケツをひっくり返したような雨が甲板を叩き、雷鳴が轟き始めた。

「なんてこった。」
「チョッパー、舵お願い!」
たちまち蜂の巣を突付いたような騒ぎになった。
風が吹き荒れ大波が押し寄せる。
ナミの指示する声さえなかなか全員に届かない。

「うおっ」
下から突き上げるような強風に煽られた。
慌ててロープを掴むが、横波を受けて川のようになった甲板では足踏ん張るのも難しい。
「うわっ」
ルフィの間抜けな声がして、目を向ければ、身体半分を海に浸けてもがいている。
「あんの馬鹿!」
サンジは身軽にマストを渡るとほとんど横倒し状態に揺れる船縁から手を伸ばしてルフィを引き上げた。
が、また反対側に倒れる。
「ちゃんと掴まれっ」
海水で力の抜けたルフィの腕を船縁に固結びに結んで、腰から引き上げる。
ばしんと耳を劈く音がして、一瞬身体が浮いた。
海面に落雷したのだと気づいた時には視界に映るのは黒い水面で・・・

やベ―――
こう荒れてちゃかなりやばい。
頭の隅でどこか冷静に考えながら叩きつけられる衝撃に身を固くすると、誰かに足を掴まれた。
がくんと体重の分だけ振動があったが、その手はそのまま引き上げようとする。
もう片方も掴まれて、吹き上げる風を利用して腹筋で身体を起こせば胸倉を掴まれた。

「動くなよ。」
足首と胸元を掴まれて引き上げられるなんて、なんか狩られた獲物みてえ・・・
なんて、この期に及んで暢気に考える自分がいる。
それでも、この嵐の中で無駄に抵抗するのは命取りだと分かっているから、大人しく引き上げられた。
ゾロの手が、腋から背中に回されてがっちりと抱き上げられる。
「ルフィは?」
「ウソップが中に運んだ。それよりてめえ、怪我してんぞ。」
言われて足を見れば、ざっくり切れて波間に血の泡が浮かんでいた。

「気付いてねえだろ。」
「そういやあ、痛え気もする。」
サンジの言葉にゾロは盛大に舌打ちして、それでも慎重な手つきでそのままサンジを運ぼうとした
「アホか、降ろしやがれ。みっともねえことすんじゃねえ。」
肘でがつんと頭をどつくと、渋々といった感じで甲板に下ろす。
だが相変わらず横殴りの波は高く、片足だけではすぐに足元を掬われそうだ。
「手え出すな、てめっ」
口だけは抗うが、実際にはゾロに首根っこを掴まれて猫の子みたいに連れて行かれた。
そこへまたしても轟く雷鳴。
ナミの悲鳴が響き、そっちに気を取られたサンジがバランスを崩す。

「この阿呆!人の事に気を取られんな!」
ゾロの怒号が耳元に響いて、まともに頭から被った波で視界すら奪われてともかくサンジはしがみついた。
「もうすぐ治まる、雲が切れた!」
「耳元で怒鳴んな!聞こえる!」
喚き返しながら掴んでいたものがゾロのシャツだと気付いて赤面した。
ゾロの左手はしっかりとロープを握り、右手はサンジの背中を抱いている。
また波が来てよりがっしりと抱えられ、ゾロの胸に顔を押し付ける形で飛沫をやり過ごした。

どくんどくんと、太鼓のように響く鼓動が、肌越しに伝わってくる。
濡れて張り付いたシャツの上から、斜めに走る傷跡が浮いて見えた。
握り締めていた指をそっと開いて胸に当てれば、鼓動とともにごつごつした縫い目の筋まではっきりと
触れられて・・・
なぜだかかーっとサンジの体温が上がった。



「ああ、晴れた。」
ゾロの声に慌てて顔を上げれば、さっきまでの嵐が嘘の様にすかんと晴れ渡っている。
黒い雲は来た時と同じように凄いスピードで走り去って行った。

ルフィもナミもロビンも、皆あっけに取られてその雲を見送り・・・
誰ともなく肩を揺すり始める。

「く、くく・・・」
「ふは、すげー・・・」
「もう、なんだったの今のは・・・」
「あはあはあは・・・」
なにが可笑しいんだかわからないまま、皆腹を抱えて笑い出した。
サンジも一緒になって笑った。
身体を傾ければ、まだ肩を抱いたゾロが同じように濡れ鼠のまま笑っている。
その顔がなぜだか眩しくて照り返す陽光に目を細めて顔を伏せると、そのまま立ち上がりゾロから離れた。

ゾロは座ったまま馬鹿みたいに笑っている。
サンジもにやにや笑いながら、足を引き摺ってラウンジへと向かう。
なにもかもが滑稽で酷く笑えるのに、心臓はずっとバクバクいったきりだ。

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