戯れの恋じゃないから 5

ゾロに告られた…ような気がする。
いや、気のせいか?

「えーと薄力が3袋に強力が2袋…」
そうじゃねえよな。
はっきり言った訳じゃねえし、偶然かもしれねえし。
「全粒粉とこっちが塩で…」
からかわれたのかも知れねえな。
そうだとすっとかなりムカつく。
「んでグラニュー糖?あれ粉糖は?」
クソ、ホモのくせに上等じゃねえか。
「こっちは薄力だったよな、あれ?」
うーホモにからかわれた。
クソー

「うがっ!」
サンジはメモを握り締めたまま目を見開いて叫びながら顔を上げた。
その辺の袋を蹴り上げて暴れだしたい衝動を辛うじて抑える。

―――落ち着け、周りは食料。
食い物
食いモン…

「ひい、ふう、みい」
声に出して袋の数を数える。
また最初からやり直しだ。











酔いを醒ました後、鍛錬に没頭していたゾロの後頭部に隙を見て一撃を加え、市場に買出しに
行ってきた。
その間もゾロはやれ凶暴アヒルだのダーツ眉毛だの頭を抑えてぶつぶつ悪態をついていたから
いつもどおりだったし、サンジも先ほどの会話の内容を蒸し返したりしていないから結局
有耶無耶になっている。
その内クルー達が帰ってきて、ついでにルフィが海軍を引き連れて帰ってきたりしたから
慌しい出港になってようやく今、在庫点検ができるようになったんだが…

「進まねえ。」
大切な食料チェックだ。
ついでに言うと、サンジにとって買出しを終えた直後の最も楽しい仕事のはずなのに、
遅々として進まない。
とりあえず一服とタバコを取り出したところに、ナミがカップを片手にやってきた。

「ご苦労様。どう?ロビンが煎れたコーヒーよ。」
「なあああナミすわん!感激ですっボクのために持ってきてくださるなんてっv」
サンジはその場で手を合わせ、しゃがんだ姿勢のままくるくるっと器用に2回転半してから
ナミの足元に跪いた。
恭しくカップを受け取り、香りを嗅ぐ。
「ああ〜なんて芳しい香りなんだ。ロビンちゃんが煎れてくれたなんて!」
「お気に召していただけて嬉しいわ。」
いつの間にやってきていたのか、ロビンもカップ片手に壁に凭れて立っている。
「今回はたくさん買い出ししたの?随分時間が経ってるようだけど。」
ナミの鋭い指摘にぎくりとする。
動揺は顔に出さず、サンジは優雅にカップを傾けた。

「いえいえ〜ちょっと考え事したりしてて…すみません。すぐに終わらせて夕食の支度に
 取り掛かりますよ。」
「あらいいのよ。食料チェックは大事な仕事ですもの。じっくりやって頂戴。」
常にない、ナミ達の心遣いや優しい言葉に恐縮してしまった。

そうだ、俺はこの素晴らしいレディ達のためにも日々美味しくて栄養のある料理を作り、
美容と健康を守らなければならないんだ。
クソアホホモマリモのことなんて考えてる暇なんかない!!!
そう決意し、すくっと立ち上がりかけたときナミがとんでもないことを呟いた。

「それにしてもサンジ君が考え事ねえ。案外ゾロに告られてうろたえてたりしてね。」

ガシャン!
カップが…落ちてしまった。
「あ、あああすみません、手が滑って…」
もう飲み干してたから汚れなくてよかった。
いやそうじゃなくて。
「あら、コックさんが動揺したわ。」
「わかりやすいわねー、なに?ゾロに告白されたの?」
「こ、こここ告白っ何?なんの?俺実はマリモでしたとかそんな奴?」
割れたかけらを拾い集めながら、笑顔を振りまくサンジは傍からも見て十分に怪しい。
「とぼけないでよ告白ってったらお前が好きだって奴でしょが。そうなの?」
「ち、ちちち違いますよ。ってえか、なんでゾロが俺になんすかっ!ゾロはホモですかっ」
「あらそうよ。知らなかったの?」

どかんと爆撃を受けた感じでサンジはその場につんのめった。
「ええ?ええ?」
「ほら、コックさんやっぱり知らなかった。」
「へえ〜、サンジ君私たちのことは結構聡く色々気づくのに、その手のことってうといのね。」
ゾロがホモって、今言った?
ナミさん!!!
「い、一体いつからなんですかっ」
床に這い蹲ったままサンジは辛うじて顔を上げた。
「え〜知らないわよ。でもあれって生まれつきのものなんじゃないの?」
いやホモの経歴を聞いてるんじゃなくて…
「まあルフィと私と3人で旅をしてるときに、あら?って思ったの。ルフィはともかく、
 この私の魅力に靡かない男なんている訳なかったもの。」
はあ〜なるほど。
「ゾロの口から直接聞いたことは…?」
「あるわよ。二人で晩酌しながらそれとなく話を振ったらあっさり認めたわ。別にそのことを
 恥とも思ってないみたいだし、私も人のことなんてどうでもいいから気にしないし。却って
 身の安全がわかって親しさが増した気がするわね。」
仲良しな二人の理由がまさかそんなところにあったなんて。

「ロ、ロビンちゃんは?」
「勿論私も最初は知らなかったけど、みんなの様子を見てたら大体わかったわよ。」
ええ、わかったの?
ゾロはなんかホモホモしいことしてた?
「剣士さん、お酒飲んでるときなんかとっても意味ありげな目線であなたの姿を追っていたのよ。
 なあに、全然気付いてなかったの?」

がぼん!
本日三度目のショックだ。
まさかそんなことがあったなんて…
「サンジ君って案外色恋沙汰にはうといのよね。追いかけるばっかりで自分を見つめる視線に
 気付かないの。あー私にはゾロが気の毒だわ。」
「あらこんなこと私たちが先に言っちゃいけなかったんじゃないかしら。剣士さんに叱られそう。」
「ぐだぐだしてるあいつが悪いのよ。まあ奴が本気になったら力に物を言わせてやりたい放題で
 しょうから、私たちからサンジ君に警告しておいてあげるのも親切ってやつでしょ。」
やりたい放題?
サンジはその言葉に反応してすっくと立ち上がった。
「冗談じゃありませんナミさん!この俺がホモ腹巻ごときに遅れをとる訳ないじゃないですか!」
「…でもサンジ君強引な押しに弱そう…」
ぎくっ
「割と流されやすいタイプよね。情にも弱いし。」
「襲われそうになったら、恥も外聞もないんだから思いっきり叫ぶのよ。助けを呼びなさい。
 なんならルフィおやつだ!でもいいわ。それならルフィが飛んでくるから。」
ナミはそう言ってにっこり笑うと、さっと身を翻した。

「さ、私はもう少し海図の続きを書きたいから甲板に戻るわね。チェック頑張ってね。」
「私も読書の途中だったの。それじゃコックさん、お気をつけて。」

さわやかに手を振って立ち去るロビン達の後ろ姿を見送って、サンジはその場で
またしゃがみこんだ。

バレバレっつうか、すでに公認?
なんかショックだ。
いろいろと。

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