戯れの恋じゃないから 4

「ふーん…ホモってそういう道理なんだ…ふーん…」
それ以上二の句も告げなくて、ただ曖昧に笑って見せた。
食事中だが一服しよう。
タバコでも吸ってねえとやってらんねえ。
ってそうだ、これだけは押さえとかないと。

「お前が心底ホモだってえのはよーくわかった。が、問題はそこじゃねえ。てめえ、男に対して
 見境はねえのか?」
尋常でない会話を交わしつつ、すっぱり綺麗に平らげたゾロは空になった皿を脇に置いて
いきなり立ちあがった。
びくんとサンジの身体が跳ねる。
それを気にも留めずゾロはすたすたと歩いてワインラックから瓶を1本抜くと、サンジに掲げて
見せた。

「あ、おう…仕方ねえ、特別だ。」
その足でグラスを2個取ってテーブルへと戻ってくる。
どうやら二人で飲むつもりらしい。
思いっきり朝っぱらからだが、サンジとしても酒でも飲みたい気分だったから文句は言わなかった。
「あ、話の続きだな。男に見境がねえことはねえぞ。島に降りたら商売してる奴を買うくらいだ。」
そうか、じゃああれは男娼って奴ですか。
なみなみと注がれた酒をじっと見つめて、サンジは質問を続ける。
「じゃあ、例えばだな。お前の話だとナミさんやロビンちゃんにはこれっぽっちも興味がねえ?
 んだな。」
「ああ、仲間である以上の何者でもねえ。危ねえ時は助けるが、それは当たり前のことだろ。」
そうか、そうだな。
「それじゃあな、ルフィだ…お前、ルフィに対して不埒なこととか考える…か?」
怖い、こんなこと聞くのは凄く怖い。
「考えねえ。タイプじゃねえ。」
即答された。よかった。
「それじゃウソップとかチョッパーとか。」
「どれも俺の好みじゃねえ。何より俺は仲間に手を出さん。安心しろ。」
きっぱりと言い切られてほっとする。
こいつがそう言うなら、きっと大丈夫なんだろう。

「あああ、ならいいんだ。いや俺も別に、人の性癖をとやかく言うつもりはねえんだが…やっぱ
 同じ船に乗りあった仲間だしよ。色々そっち方面のトラブルはやべえだろ。だから…」
「てめえの心配はわかる。」
そう言って、ゾロはふと笑った。
見たこともない穏やかな笑みだったから不覚にもどきんとする。
そう言えば、こうして二人で酒を酌み交わすなんてこともめったにないことだ。
こんな機会でもなきゃもっとよかっただろうに。
ふとそう思ってすぐになんでだよ、と打ち消した。

「俺は村を出てから一人で旅を続けてきたから、仲間ってもんを得たのはこの船が初めてだ。
 だから最初は戸惑いもしたが、男とか女とか関係なく大事なもんだって自覚はある。だから
 俺は敢えて仲間には手を出さねえ。」
まっすぐに目を見て答えられて、なんとなく視線を外してしまった。
なにかが負けた気がする。
「そうか、んならいいんだ。妙な警戒して悪かったな。」
うっかり素直に謝ってしまったりして、横を向いて舌打ちする。
どうもこの手の話になってからいつもの調子が出ない。

拗ねたみたいに口を突き出して、サンジはそっぽを向きながら呟いた。
「ホモって、…突っ込んだり突っ込まれたりすんだろ。」
「俺は突っ込むだけだ。野郎の身体を弄くるのが好きなんでな。」
サンジはそっと息をつく。
これでゾロが男の下であんあん喘いでたりしたら、人間不信に陥って立ち直れそうにない。
それにしても―――

「野郎の身体触って、なにが楽しいもんかね。」
サンジは独り言みたいにぶつぶつ言って、袖を捲り上げた自分の腕を擦ってみた。
「硬くて筋張ってて、色気もなんもねえだろうによ。」
そんな言葉に、ゾロは口端を上げて見せるだけで何も言わない。
「大体てめえの好みたあなんだよ。ホモのくせに生意気だな。」
サンジは酔いが廻ってきたのも手伝って、口が滑らかになってきた。
今更ゾロに対して遠慮なんてしたって仕方ないし、ホモの生態も詳しくは知らないから
参考までに教えてもらおうと思う。
「ルフィやウソップ達は好みの対象から外れてんだろ?でもこないだの奴も同じくらいの
 年じゃなかったか?」
「ああ、俺は色気のある奴がいいな。」
色気?
「男に色気かあ?でもオカマに興味はねえんだろ。」
ゾロはくいっと杯を空けて手酌で注ぎ足した。
「女臭え色気って奴じゃねえ。口じゃうまく言えねえけどな、そういうのってあるんだ。男
 臭かったりがさつだったりガラが悪かったりしてもな、ちょっとしたとこで色気のある奴ってのは。」
そう言うもんかね。
「お前って見た目も重視するタイプか?面食いとか。」
「そうだな、ある程度は整ってた方がいいが綺麗過ぎてもつまらねえ。ちょっとヘンテコな
 部分があるとか、そう言うのがいい。」
なんだそりゃ。
「ヘンテコねえ。まあそこそこって奴かな。でも一番は身体が目当てなんだろ。」
「確かにそれはある。俺の好みの話をすりゃあ、細身なタイプがいい。手も足もすんなり長くて、
 細いがきちんと筋肉がついていてしなやかで、首なんか片手で掴めるくらいがそそるな。」
「へえ…」
サンジは半分酔っ払いながらグラスをちろりと舌で舐めた。
好みの話と言いつつ、なんかやけに具体的なのはなんでだろう。

「外見はそんなに拘らねえとか言ってたけど、髪の色とかもなんでもいいんだろうな。」
ちなみにサンジは好きになったレディの髪の色が好きだ。
どんな色だってその子が魅力的なら美しいと思う。
「まあな、昔はそうだったが今はちょっと好みが絞られてきてるな。こないだの奴は黒髪しか
 気に入ったのがいなかったからあれだったんだが、金髪碧眼でいいのがいたら、すぐに
 決めてたのにな。」
ふうん、金髪が好みか。
ゾロも結構俗っぽい男だったんだな。

朝っぱらから酔った頭でそう思って、サンジはん?と首を傾げた。
今まで話したゾロの言葉を総合的に繋げて考える必要性があるような気がする。
が、考えたくない気もする。

「おいその辺で止めて置け。今日は午後から出航だろ。その前に買出しを済ませなきゃな。」
普段、こんなことをゾロに指図されることはないはずだ。
なのに、今は何故かサンジはぐなんぐなんになっていて、ゾロに世話を焼かれている。

「ちょっと横になってろ、その内酔いが冷める。」
おかしいのは多分ゾロの方だろう。
いつも憎まれ口ばかり叩いて人をからかうだけなのに。
こんな風に優しい筈はないのに。
「やっぱてめえ気持ち悪い。」
サンジはふらつく足取りで立ち上がってシンクに向かった。
冷たい水を一気に飲んで一息つく。

「まあ、俺は人の好みをどうとか…言わねえからよ。ホモだってことも、黙っといてやる。」
「誰かに言ったって構わねえぞ。最初から隠してるつもりはねえ。」
やけに飄々として見えるのは、ゾロに後ろめたさがないからだろう。
いっそ清々しくて、サンジはしょうがねえなと苦笑した。
「買出し行く時は声掛けろ。また運ぶの手伝ってやる。」
殊勝な申し出までしてくるから、つい声を立てて笑ってしまった。
「手伝わせてくださいだろ、ったく仕方ねえ奴だ。」
酔いに任せて馬鹿笑いしているサンジに怒るでもなく、ゾロは空いた皿をシンクに運んで
ラウンジから出て行こうとした。
ふと戸口で立ち止まって振り向く。

「そうだ、言い忘れたがな。外見も身体つきもさっきの話に越したこたあねえが、一番外せねえ
 のは料理の腕だぜ。」
そう言って、にかっと笑うとそのまま扉を閉めた。

サンジは半笑いの顔のまま固まって、閉じた扉を馬鹿みたいに見つめていた。



―――今、ゾロはなんと言った?
ってえか、さっきからずっと一体何の話をしてたんだ?

思い出せば出すほど、サンジの顔は湯気が出そうなほど熱くなっていく。
まさか、そんな…ウソだろ?



ゾロの最後の台詞ですっかり酔いは覚めてしまったはずなのに、サンジの顔は相変わらず
茹蛸みたいに真っ赤なままだった。

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