戯れの恋じゃないから 2

どういう、こった?

ショックのあまりふらつきながらも、ゾロに教えられたとおりの道順で街に戻った。
とりあえずチェックインして部屋のベッドに腰掛ける。
さっきまでいた路地があまりに異質で、夢だったみたいに現実感がない。
なによりそこに現れたゾロはなんとなく自分が知っているゾロじゃないようで。
―――だって、男連れだったもんよ。

暗くてよくわからなかったが、そこそこ整った顔をしていた気がする。
べったりとゾロに張り付くように歩いていた。
ゾロもその仕種を嫌がる風じゃあなかった。
つうか、抱き寄せてたぞ。
これはもしかて、あれですか。
―――ホモ?

降って沸いたような未来の大剣豪ホモ疑惑。
サンジはすっかりそれに取り付かれてしまった。
ゾロがホモ…
そう考えても思い当たる節はない。
自分は奴に嫌われてるからいいとして、ルフィやウソップなんかにも普通に接してるし、
チョッパーは論外だと思いたいし、ナミさんとは仲がいいんじゃないかと邪推したくなるときが
あるし、ロビンちゃんとも怪しいし…
別にホモじゃねーんじゃねえの?
ではあれか。
バイセクシャルか。

この線はありそうだな。
細かいことは拘らない気がするし、レディが掴まらなかったからって、男で間に合わせようと
したんじゃないだろうか。
それにしちゃあ、なんかしっくり来てたよな。
今思えば、いかついお姉さんを筆頭に集まった野次馬まで全部男だった。
そこに現れたゾロは妙に場に馴染んでて、お姉さん方の扱いにも慣れてて、ちょっとたらしっぽくて―――

「うわああああ」
つい声に出して自分の考え振り払おうとする。
ゾロがホモ?
ってえかそっち系の人?
そう言えば、島に着いてもバッティングしなかったのは彷徨う系列が違ったからか?
あのゾロが男相手に腰振ったり振られたりすんのかうわあ!
怖い想像をしてしまった。

凄く凄く嫌だった。
生理的嫌悪感というよりも、裏切られたというか、理想を砕かれたというか、そんな感じだ。
いや別に俺はゾロのことはどうとも思ってねえけどよ。
けれど一目置いていたのは事実で。
最初に出会ったときのインパクトが強すぎたせいかどうしても張り合う所作ばかりしてしまうけど、
本当はすげえ奴だと思っている。

自分がレストランにいたときから「イーストブルーの魔獣」として名を馳せたつわものだ。
その名を聞いて興味も持っていたし、実際出会って同い年だったことに愕然とした。
なんか凄く悔しかった。
それでも同じ船に乗る仲間として生活を共にして、喧嘩したりやり込めたり助けられたり、
そんな繰り返しの中でああタメ年ってのもいいなあなんて思ってたのに…

ゾロは自分のことをどう思っているか知らないが、サンジにとっては結構ゾロの存在はでかい。
ドンと構えて動じない姿勢はゼフにどこか通じていて、それを認めるのは癪だったが側にいると
安心できたのは事実だ。
なのに――――
ホモ、だったんですか?
しかも本物ですか?

ショックだ。
やっぱり大ショック。
サンジはその夜、どこにも出かけられないで、まんじりともできず過ごした。








翌朝、さわやかな日差しが目に染みるなあとぼやきつつ市場をぶらつく。
ゾロのことをあれこれ考えていたわけではないが、それでも眠れなかったのはそのこと自体
またショックだった。
ゾロごときの生態に動揺する自分が信じられない。
ほっときゃいいんだ、他人なんだから。
思うのに、なぜこんなに気になるんだろう。


心ここにあらずで、とりあえず呼び止められた果物市の前で見慣れない果実を手に取る。
試食するでなくぼうっとしていると後ろから声がかかった。
「買い出しか?」
ワンテンポ遅れてそれがゾロの声だと気づいて、飛び上がらんばかりに驚いた。
すぐ真後ろにゾロがいる。
「あ、お、あ…」
サンジはびっくりしたのがバレないか冷や冷やしながら、落ち着きなく視線を彷徨わせた。
ゾロは一人みたいだ。
後ろにも横にも何もくっついていない。
「んだ、連れなんていねえぞ。」
それがさらに見破られて、益々慌てる。
「違げーよ、別に俺あ…」
「買い出しなんだろ。」
「う、あ…下見。」
まだ1泊するから生鮮品は明日にするつもりだ。
けど、腐らないものなら今買ってゾロに持って帰ってもらうのがいいのかもしれないけど…

サンジは躊躇ってしまった。
ここで頼んでみるものか?
「俺あ今晩船で休むつもりだから、なんか重いもの買うんなら持って帰ってやるぞ。」
まるでサンジの心を見透かしたかのようにゾロが申し出る。
サンジは内心ありがたかったが、つい憎まれ口が出てしまった。
「なんだ、気持ち悪りいなてめえ。」
そう言って、タバコを銜えて火をつける途中であれ?と気づいた。
気持ち悪いって、気持ち悪いのは親切なゾロってことで…
なんとなく気まずい。
ゾロは、今の自分の台詞をどう受け止めたんだろう。
「あ、あの…やっぱり頼もうかな。てめーが親切なのは、気持ち悪いんだけどよ、ついでだついで。」
そう言って、乾物物屋に足を向ける。
ゾロはその後ろをついて歩きながら、サンジにだけ聞こえるようにそっと声を落とした。

「気持ち悪い、か?」
どきんと心臓が跳ねる。
なんのことかと問い返すこともできなくて片目でゾロの顔を窺えば、いつもの無表情でまっすぐ
前を見ている。
「別に、気持ち悪かねえ。」
そう言って、ゾロを見ずにすたすた歩いた。







酒類やら缶詰やら粉類やら、ここぞとばかりに重いものばかりゾロに担がせて船に戻った。
思いがけず二人も戻ってきて、チョッパーはうれしそうだ。
「心細くなんかなかったぞコノヤロー」
なんて言いつつ、顔がニコニコと笑っている。
ゾロに倉庫まで品物を運び入れさせると、サンジは3人前の昼食を作り始めた。
せっかくだから暖かいものを食わせてやって、それからまた街に戻ろうと思って。
「でかい街か?」
「ああ、結構店も多かった。あ、どうせ行くんならお前でかくなって行った方がいいかもな。」
ちょこまかと手伝ってくれるチョッパーをからかいながらサンジは支度をしてしまうと
倉庫までゾロを呼びにいく。

「飯だぞー」
なんとなく甲板あたりで声を掛けたが反応がない。
また寝てるのか、それとも別の場所にいるのか。
いつもならずかずか乗り込むところだが、今のサンジは少々おっかなびっくりだ。
夕べの一件でゾロとかなり距離ができた気がする。



自他ともに認めるレディ好きなサンジはホモやゲイに否定的だ。
バラティエのコックにもおかしな奴はいたし、海の男の常として代用する話や対処法なんかは
耳にタコができるほど聞かされた。
実際、妙なお誘いは断る以前に問答無用で相手を床に沈めたし、力尽くで来るような輩は
返り討ちにしてやった。
世の中には優しくて綺麗なレディがごまんといるのに、なにを好き好んで野郎なんかに
欲情するのか理解できない。

なんてことを考えながらトイレのドアを開けたら、裸のゾロがいた。
うっかり悲鳴を上げそうになる。
ゾロの裸なんか見慣れてるのになんか生々しい。
「悪い・・・」
「シャワー浴びただけだ。飯か?」
言いながらくるっと後ろを向いたゾロの背中を見て、今度こそ声を上げてしまった。
「わ・・・」
「んだ?」
サンジの視線の先を辿り、腕をひねって指でなぞった。
「ちっ」
広い背中にくっきりと引っかき傷がついている。
普通ならお盛んだったなあと冷やかすところだが相手を知っているだけにしゃれにならない。
「商売すんなら爪くらい切れっつうんだ、なあ」
いきなり同意を求められて無言で頷いた。

なんとなく不愉快だ。
ゾロの背中は本当に綺麗なのに。
サンジがぼうっとしている間にゾロは手早く服を着ると脇をすり抜けるように通ろうとして立ち止まった。
タバコを吸おうとポケットから出した手を不意に掴む。

「さすが料理人の手だな。綺麗に切り揃えられてる。」
そう言ってすっと離し、そのままさっさと出ていってしまう。
うっかり怒るタイミングを外してしまってサンジは一人で慌てた。
文句を言おうにももうゾロはいないし、さっき掴まれた手はなんだか熱いし。

――――体温、高けー・・・
なんか関係ないことにまで意識が行って、サンジは腹立ち紛れにバケツを蹴り倒した。


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