戯れの恋じゃないから 1

GM号の中で、ロビンに続いてミステリアスなのはゾロだ。
サンジにとって。

大体仲間達は総じて分かりやすい。
底が浅いのではなく単純明快だ。
複雑な生い立ちや過去を背負っていてもその生き様は爽快で目的がはっきりしている。
単純さで言えばゾロはルフィと対を張るほど単純なのだが、それでもミステリアスな部分がある。
私生活の面で。

サンジはいつの頃からか気になっていた。
ゾロはその天才的な方向音痴でしばしば仲間達の前から消える。
上陸する度に大きな島でも小さな街でも、それはそれで構わないのだが、例えば狭い島なら
丸一日うろつけば大抵誰かと鉢合わせしたり合流したりするのに、ゾロとはそれがない。
一旦解散すると、集合時間まで一度も顔をあわせることがない。
いくら方向音痴とはいえ、こんなことってあるだろうか。
奴はログが溜まるまでの時間を一体どこでどうして過ごしているのか、それが現在の
サンジの脳裏を占めている最大の謎だった。




久しぶりに大きな島に着いた。
街は賑やかで道行く人たちも活気に溢れている。
海軍や賞金稼ぎの出入りも多そうだから、船は目立たぬ入り江に着けてチョッパーが船番を
買って出た。
「じゃなー明後日には交替すっからよ。」
心細げに手を振るチョッパーに合図を返して、揚々と上陸した。


天気は快晴、大通りには人が溢れ可愛い女の子がいっぱいいる。
サンジは目をハートにして羽でも生えた勢いで飛び回った。
がしかし、連続10人のナンパに失敗した。
――なんでだ?
いくらなんでも外れすぎである。
今までのナンパ成功率から言っても、今回は格段に低い。

改めて街中を見るとおかしなことに気付いた。
道行くカップル、特に可愛い女の子をぶら下げて歩く男が揃いも揃ってマッチョなのだ。
でかい図体。筋肉むきむき。
刈り上げた襟足もがっちりと太く、笑う口元から覗く白い歯が眩しい。
―――こういう好み?
だとすれば、ここではサンジはあきらかに不利だ。
俺のスレンダーでナイスガイな魅力が通用しねえとは…
サンジは公園のベンチに腰掛けて、暗澹たる思いで空を見上げた。
いつの間にか日が暮れて、ぽつぽつと街の灯りがともりはじめている。
食事でも、すっかな。

店はどこも混んでいて、しかもグループや家族連れ、カップルばかりだ。
島の食材を味わうのもそこそこに食事を済ませる。
なんとなくつまらない気分で、宿を探すことにした。
みんな、どうしてんだろ。
ナミやロビンはマッチョな男にナンパされてんじゃないだろうか。
まああの二人はいいとして、ルフィやウソップも体型がああだから、相手にされてねえんだろうな。
そこまで考えて、いやあいつらガキだからナンパしねえじゃん、と一人突っ込みを入れる。
ゾロは―――
思い当たったら無性に腹が立ってきた。
この島でなら奴でもかなりモテる。
これみよがしにマッチョではないが、鍛え抜かれた筋肉やら太い首やらがっしりした腕やら見たら、
レディ達はイチコロだろう。
むかむかむか…
なんだか非常に腹立たしい。
怒りに任せてだかだか歩いていたら、やけに人気のない路地に出てしまった。
来た方を振り返るが、さっきまでの街の灯りもここからでは見えない。
ありゃ?迷子か。
俺あゾロかよ。
ここまで来てゾロの顔がちらつくのがまた癪で、サンジは壁に凭れてタバコに火をつけた。



「あんら子猫ちゃん!」
頓狂な声に、不覚にもびっくりする。
いつの間に寄ってきたのか、すぐ隣にでかいオカマがいた。
でかいオカマ…
そうとしか形容できない、見事な着飾りっぷりだ。

キンキンに染めた髪を大きく巻いて、ピンクのなんの羽だか毛皮だかわらかないものを纏っている。
瞬きできるのかすら怪しいほどの大げさな付け睫毛に濃いチーク。
唇は明太子をそのままくっつけてるみたいだ。
そしてでかい。
けばけばしい衣装の下から小麦色の筋肉が見え隠れしている。
髭の剃り跡も青々しく、いかつい顔立ちが異様さを強調していた。

「んまー、見るからに子猫ちゃんねあんた。ね、ねvおねーさんといいことしない?」
はい?
あまりのことに、咄嗟に反応できない。
「ふふ、あたしが男にしてあ・げ・るv」

ドカァ!
気がつけば蹴り上げていた。
サンジに寄り添おうと身を寄せたオカマは、体重があるせいか飛ばされずにその場で顔を抑えて
うずくまる。
反撃がくるかと身構えたが、突然地鳴りのような声が響いた。

「うわああああああ〜〜〜」
オカマが泣いている。
身悶え、張り裂けんばかりの声を上げて、泣いている。
呆然とするサンジの周りには、いつの間にどこから沸いて出たのかたくさんの人が集まってきた。

「ジュリちゃん!大丈夫?」
「け、蹴られたっ、この子に蹴られたのよう!!」
「んまーなんてひどいことをっ」
えええっ
思わず逃げようとしたが、人に取り囲まれていて身動きが取れない。
さっきまで人気のない路地だったのに、いつの間にこんだけ集まったんだよ。

「可愛そうに、しっかりしてジュリちゃん!」
「そうよう、傷の手当しなきゃ綺麗な顔が台無しよう。」
うっうっと肩を震わせて顔を上げたジュリちゃんは涙でマスカラが黒い筋を作り、鼻からは鼻血が
垂れてこの世のものとは思えない形相になっている。
それでも集まってきたごついお仲間のお姉さんたちはレースのハンカチで押さえるように慎重な
手つきで拭いてやっていた。
「可愛そうになあ、ジュリちゃん。」
「ひでえ野郎だ。」
野次馬も非難がましい目でサンジを見るから、なんだか絶体絶命だった。





「なにやってんだ。」
聞き慣れた声に飛びつく勢いで振り向いた。
ゾロが、呆れた顔でそこに立っている。

「この人がジュリちゃんを蹴ったのよ!」
オカマのキンキン声が響く。
ゾロは眉を片方だけ上げて、サンジと泣き崩れるジュリちゃんを見比べてからジュリちゃんの方に
向かって歩いた。
斬り捨てんのか?
さすがにそれは気が引けて止めようとすると、ゾロはジュリちゃんの前で膝を折ってそのごつい肩に
手をかけた。
「すまないな姉さん、この馬鹿は同じ船の連れなんだ。素人の癖にどうやら迷い込んじまったらしい。
 乱暴なことをして申し訳ない。俺に免じて許してやってくれ。」
ジュリちゃんは至近距離でゾロの顔をぽ〜っと見ていたが、その内夜目にもわかるくらい真っ赤になった。
そんなジュリちゃんに、ゾロはほんの少し笑いかけて肩を2度ほど叩くと立ち上がる。

解決したと見たのか野次馬たちがぞろぞろと引き上げ始めた。
たくさんのお姉さんたちに抱えられて、ジュリちゃんは何度も振り返りながら夜の街に消えていく。
あっという間にその場は人気のない路地に逆戻りした。









「…なんだったんだ、あれ。」
まだ呆然としているサンジに、ゾロはちっと舌打ちをして見せた。
「てめえこそなにしてんだ。とっとと街へ帰れ。」
「言われなくても帰るっての、なんだよここは魑魅魍魎の巣窟かよ。」
サンジの言葉に、ゾロは不機嫌そうに眉を顰めた。
「てめえのが来ちゃなんねえ領域にずかずか入り込んでんだ。ああいう手合いは臆病で気が優しい。
 みだりに傷付けるな。」

驚いた。
ゾロはさっきのオカマを庇っている。
「なにお前、ああいうの好み?」
ニヤニヤ笑ってからかうサンジに答えず、ゾロはまっすぐ指差した。
「街に帰るんならこっちの突き当りを左に曲がれ。そしたら灯りが見える。」
「なんだよ、てめえはどうすんだ。」
上陸した場所でゾロと出会うなんてはじめてのことだ。
これを機会に一杯くらい付き合ってやってもいいと思ってたのに…
「俺は先約があるんでね。」
ちらりと目線を後方にやるゾロにつられて見ると、街灯の影に細いシルエットが見える。
サンジと目が合うと軽く会釈した。
長めの黒髪の、線の細い少年。
「え…」
「じゃあな。」
軽く手を上げて、ゾロはすたすたと少年の元へ向かう。
何事か言葉を交わしそのまま並んで歩いていった。

え、えええええっ
ゾロの右手が少年の片方の尻を掴んでいる。
少年の左手はゾロの腰に回され、ひったりと寄り添うように歩きながら闇の中へ消えていった。


ええええええ―――!!

驚愕のあまりサンジは立ち去ることも追うこともできず、その場でしばし固まっていた。

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