たまゆら 2


ちらちらと、闇の中に街の灯りが浮かび上がるように瞬き始めた。
「島だ!島が見えるー!!」
見張り台のチョッパーの叫び声に甲板に飛び出すと、もう港は目前に迫っていた。
「接岸準備!!」
慌ただしく走り回るクルー達。
「―――なんて島だ。灯台も確認できなかったぜ。」
「呑気に航行してて、激突する船も多いんだろうなあ。」
余程運がいいのか、砂浜ではなく堤防の内側に流れ着いたようだ。
錨を降ろして島を臨む。
かなり大きな、活気のありそうな街だ。
少し離れた波止場に、いくつかの船の灯りが見える。
「もう夜更けだし、上陸は明日にしましょう。チョッパー引き続いて見張り、お願いね。」
「わかった。」
真剣な顔で頷いてマストを上がる小さな背中を見送って、ナミはパンと手を叩いた。
「さ、明日に備えてよく休むのよ。」
「うしし、久しぶりの陸だぞ。焼肉屋、あるかなあ。」
「ちょうど新しい火薬仕入れたかったんだ。」
ゾロは口々に浮かれるクルーの横で、煙草を吹かしているサンジに目をやった。
その視線に気付いたか、サンジは目だけを寄越して不機嫌そうに顔をしかめる。
―――よかったじゃねえか。
ガンを飛ばす目つきに怯むこともなく、ゾロは口の端を上げて見せた。

やっぱ、むかつくぜ。
自分を気に掛けてくれているのだろうが、見透かされてるようで一々癇に障る。
サンジはシカトを決め込んで、甲板から夜風に当たっていた。
入り江から近いところに小高い丘が見える。
ちらちらと見える灯りは何度か揺らめいて、かがり火のようだ。
闇の中に浮かび上がる島。
何処か禍々しさを感じて、サンジはふるりと背を震わせた。


日が高くなっても、朝靄のような霧は晴れなかった。
それでも夕べ見た陰気な印象とは随分違う、普通で活気のある街並みが並んでいる。
「それじゃ、ロビン。船番お願いね。」
朝食を取って早々、クルー達は軽い足取りで船を後にした。
「ロビンちゃん、お昼はこちらを温めて下さい。日暮れまでには交代しますんで。」
サンジもキッチンを片付けて出かけようとした。
が、思い出して足を止める。
引出しを開けて中から「珠」を取り出した。
「夕べ捌いた魚の腹ん中から、出てきたんだよコレ。宝石じゃねえと思うけど。」
テーブルでコーヒーを飲む手を止めて、ロビンは顔を上げた。
サンジの手の中で転がされる黒い物体を、覗き込む。
「まあ、これは・・・」
手にとってしげしげと眺める。
「見たことないものだわ。でも明らかに人工的なものね。何か彫ってある。」
細く長い指先でひっくり返したり日に翳したりしてみる。
―――なんて美しくも優雅なお姿v
「これ、暫くお借りしても良いかしら。」
深い色を湛えた聡明な瞳が真っ直ぐにサンジを見上げた。
「ええ勿論。良かったら差し上げます。」
それじゃ、とサンジもキッチンを後にした。

先に行ったクルー達とははぐれるかと思っていたが、意外にも団体はまだ近くでウロウロしていた。
どこか様子がおかしい。
「どうしたんだ。先に行ったと思ってたのに。」
街の中に入っているのに、通りには人っこ一人いない。
「なんだか、私達の姿見ると家に引っ込んじゃうのよ。」
「海賊だって、ばれたのかなあ。」
「いや、ばれるよ普通。」
「それにしちゃあ、攻撃とかしてこねえのな。」
しんと静まり返った街。
「こっちは港の反対側になるんだな。民家ばかりじゃねえか。」
サンジは煙草を咥えて火をつけた。
「なんか聞くんなら店の方が入りやすいぜ。港の方へ行こう。」
サンジの提案で、住宅街を足早に突っ切る。

港を見下ろす小路に出ると、店が建ち並び活気があった。
行き交う人は旅人らしく屈託なくすれ違うが、店の中からは気になる視線がナミ達を追う。
サンジは一軒の酒屋に入った。
「はい、いらっしゃい。」
「この島の地酒とか、ある?」
愛想のいい店主がニコニコとサンジに近づいてくる。
と、その後ろに目線をやってぎょっとしたように立ち止まった。
サンジが振り向くとそこにはゾロ。
こいつか?
あんまり仏頂面なんで怖がられてるのか?
「あんたたち、旅人かい。」
「え、ああ。今船で着いたんだ。」
「なら港湾局に言われなかったか、刀は置いて来いと。」
「刀?」
ゾロの腰には、3本の刀。
「この島で刀はタブーなんだよ。」
―――こいつのせいか。
「そんな、いくらタブーっつっても海賊なんかだと、そんなの聞く耳持たねえだろ。」
一応、自分達も海賊だ。
「ああ、だが腰にそんなもんぶら下げてるとどこの店にも入れねえ。門前払い喰らうのがオチだ。」
「相手が海賊でもか。」
店主は大仰に頷く。
「どうして、刀がタブーなの?」
ナミが大きな目をくりくりさせて、興味深げに聞いてきた。
「その昔、300年程前になるか。」
店主は大きな腹を揺すって、天井を見上げた。
「その頃、この島は剣術が盛んで、大きな流派が占めていたんだ。修行者やら挑戦者やら、そりゃあ
 活気が あったらしい。だが、流派の跡取である男は恐ろしく強かったが、人の道を踏み外した。」
ゾロの刀にちらりと目線をやる。
「人を斬る感触に、溺れちまったんだな。誰も自分に敵わないと知ると、千人斬りを果たすと宣言した。」
「千人斬り?」
ウソップが震え上がる。
「そしてある満月の夜。そいつはそれを実行した。自分の流派の門下生から、修行者等を片っ端から斬って回った。勿論一本の刀でそう何回も斬れるもんじゃない。だから相手が腰に刺している刀を奪っては斬った。」
ゾロが不快気に顔をしかめる。
「幾つもの刀をダメにして、幾つもの屍を越えて奴は街に下りてきた。男も女も関係なく、年よりも子供も
 皆斬った。そして999人、1000人まで後一人と言うところで、自分の父親に討たれたんだ。そのとき、そいつは叫んだそうだ。『あと、一人だったのに!』ってね。」
ぶるりとナミが身を震わす。
「それから父親も自害したから、奴に殺された人間は千人と数えても良いと思うんだが、奴の死体を打ち捨てた岬の外れからは、夜霧が立ち込めると風とともにこんな声が届いてくると言う―――『もう一度、もう一度―――』とね・・・」
「う、ひゃ〜」
ウソップとチョッパーが抱き合って奇声を出した。
「怪談じゃねえんだから。」
二人の姿をせせら笑って、サンジは煙草を咥えなおした。
「そいで、そんな伝説みてえな話を真に受けて、ここの島の奴らは刀をタブー視してんのか。」
サンジの言い種に、店主はむっとするでもなく素直に頷いてみせる。
「古い話だが、惨劇の記憶はまだ消えてない。現に岬に小さな庵を建てて、得体の知れない婆さんが巫女を名乗って奴の復活を待ってるって話だ。だからこの島じゃ武器屋に行っても刃物は置いてない。銃か火薬類ばかりだ。」
へえ、と途端にウソップが立ち直った。
「じゃあ、鍛冶屋はねえのか。」
今まで黙って聞いていたゾロがいきなり口を挟んだ。
「そりゃあ、とんでもねえ。自分達を傷つけた刀を研ぐ奴がこの島にいるはずないだろう。」
「そりゃ、弱ったな。」
顎に手を当てて考えるゾロをサンジは不思議な気持ちで眺めた。
ゾロにとって不愉快極まりない話だろうに、随分大人になったもんだ。
「俺にはよくわらかんが、あんたいい刀持ってるみたいだな。この島に刀鍛冶はいないが、隣の島に腕のいい職人がいると聞いてる。小船で行っても1時間ほどだ。教えてやろうか。」
「ありがてえ。」
親切な店主に礼を行って、ゾロは出て行こうとした。
「ちょっと、待ったー!ゾロあんたどこの島かわかってんの?どっちの方角かわかってんの?なんてとこかわかってんの?」
ナミの息をもつかせぬ突込みに、ああ―とだけ答える。
「ったく、これだから。ウソップ、悪いけどあんた、連いてったげて。」
「ええーなんで俺が・・・」
「このままゾロを一人で生かせたら、一生帰ってこないわよ。」
きっぱり断言されて、ゾロは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
反論しないのは、学習能力がついた証拠らしい。
「しょうがねえな。」
ウソップは代わりに店主に詳しく道を尋ね、ゾロを連れて出て行った。

サンジも礼を兼ねて酒を注文する。
「悪いけど夕方に届けてくんないかな。港とは反対側の入り江に泊めてある羊の頭のキャラベル船だ。」
お安い御用だと店主は愛想よく笑った。
ゾロが一緒でなければ、島で白い目でみられることもない。
「よし、お店まわろーっと!」
「焼肉屋、どこかなあ。」
「漢方薬の店ってあります?」
浮かれ気分で散っていく仲間達を見送って、サンジは港を振り向いた。
辛気臭い島だが、ログが溜まるまで3日間の辛抱だ。
岬の外れに立ち込める霧は、晴れない。


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