たまゆら 12

何度か揺れを感じて、寝返りを打った。
隙間から漏れる光で昼間だと知れる。
見慣れた男部屋でゾロは目を覚ました。

妙に頭がすっきりしている。
こきこきと首を鳴らして、床から立ち上がった。


外に出ると強い風が顔をうつ。
甲板で釣りをしていたウソップが、気がついて手を振った。
「ゾロ、目覚めたか!」
船首にいたルフィが駆けて来る。
「お前、よく寝てたなー。」
にししと笑って、胸板をばしりと叩いた。

「出航、したのか。」
見渡す限り大海原が広がっている。

「お前がぶっ壊した途端、霧が晴れてな。」
凄かったぞーとウソップと笑いあう。
予想通り、島の連中が松明を片手に大挙して集まってきたそうだ。
突然光った山の頂に恐れをなして、怯んだ隙に出航したらしい。

「ゾロ、起きたの!」
話し声を聞きつけてナミが部屋から出てきた。
「食事の都合もあるから、サンジ君に報せてくるわ。」
サンジ―――
「いや、俺が行く。」
踵を返してキッチンに急ぐ。

壊しそうな勢いで扉を開けたら、食器を運んでいたチョッパーがびっくりして飛び上がった。
「な、ゾロ起きたのか。」
なんとか皿を取り落とさずに済んで、ホッと息をつく。
サンジは煙草を銜えたまましかめっ面をして見せた。
「ゾロは単なる寝不足だったから、誰も心配してなかったけどな。」
チョッパーがテーブルに皿を並べながらエッエッと笑う。
いつまで寝腐れてんだ。
やっと起きたかクソ腹巻。

当然掛けられるべき悪態が返ってこない。

「まだ・・・話せねえのか―――」

眉を上げて見せて、サンジは中指を立てた。
チョッパーがゾロの前に立つ。
「サンジの失語は心因性の発声障害だ。呪いのせいじゃない。」
だから焦っちゃいけないんだ。
トナカイのつぶらな瞳が、力強く告げる。


久しぶりに全員揃った夕食は一際賑やかだった。
縦横無尽に手を伸ばすルフィに、絶妙のタイミングでサンジが蹴りを入れる。
ウソップのホラ話とナミの突っ込み、チョッパーが肉を取ったルフィに抗議して、ロビンが珍しく声を立てて笑っている。
見慣れた光景の中で、サンジの声だけが響かない。
女に対する歯の浮くような気障な台詞も、口汚く罵倒する言葉も。
ゾロは久しぶりのサンジの料理をろくに味わうことが出来なかった。

夜も更けたキッチンでゾロは一人グラスを傾けていた。
向かいにはロビンが腰掛けて、本を読んでいる。
サンジは見張りらしい。
「剣士さん。」
ページをめくる手を止めて、ロビンは本から目を離さずに声を掛けた。
「コックさんはあの通りで、今回のことは結局何もわからないの。」
ゾロは目だけをロビンに向けた。
「自分がコックさんに何をしたか、覚えているの?」
責めるわけではない、穏やかな声。
「覚えてねえ。だが大体わかっている。」
「そう。」
ぱたんと本を閉じた。
「それなら、コックさんの声が戻るのも早いかもしれないわね。」
静かに立ち上がり、ゾロを見下ろす。
「コックさんを傷つけたのは、悪霊じゃないと思うの。」
軽く片目を瞑って、キッチンを出て行った。

残されたゾロはグラスを手で持て遊びながら、何度も繰り返し心の中でロビンの言葉を反芻する。

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