たまゆら 13

夕方から、風が止んだようだ。
輝く丸い月が、ゆったりと流れる雲を照らしている。
―――十六夜ってやつだな。
サンジは見張り台で月見と洒落ていた。

足元には鉄製の大きなベルが置いてある。
異常があったらこれを鳴らせばいいと、ウソップがくれた。
まるで福引みたいだ。

軽い振動で、誰かが上ってくるのを感じた。
緑色の髪が現れる。
なんとも珍しい光景だな。

ゾロが不寝番のときは、差し入れを持ってよく登ったものだ。
だが自分が不寝番のときにゾロが登ってくることなどない。

ひょこりとゾロが顔を出す。
妙におかしくて、サンジは笑ってしまった。
「何が、おかしい・・・」
ゾロが驚いたような顔で見ている。
ますますおかしくて、サンジはにやにやしてしまった。
ちっと舌打ちして、ゾロが身体を上げた。
「そこ、座っていいか。」
サンジが煙草を銜えたのを了解と取って、ゾロが隣に座った。

―――なんつーか・・・
落ち着かねえ。
男二人が並んで狭い見張り台に座ってるってのもどうだろうか。
触れ合っている肩の部分からゾロの体温が伝わってきて、どうにも落ち着かない。
ゾロはゾロで用があったのだろうに、一向に話さない。

間が持たねえだろうが、なんか喋れよ。

自分は話せないのだ。
毎日チョッパーが発声練習に付き合ってくれる。
なんとか擬音らしきものは出るが、言葉にはならない。
話せないってのは、かなりのストレスだぜ。
まして、以前の自分はかなり喋るタイプだった。
話さずに意思の疎通を取るのは本当に大変で、もどかしくて苛々する。

黙って横を向いているゾロを、ひっぱたいてやろうかとも思ったが、やめた。
月に目をやって仕方なく煙草を吹かす。

「お前、なんで――――」
ようやくゾロが口を開いた。
「なんで俺のこと、誰にも言わなかった?」

それはナミさんやロビンちゃんにも散々聞かれた。
でも答えようがない。
口に出したら、本当になりそうで怖かったなんて、口が裂けたって言うものか。
言える言葉も、今は持ってねえけどよ。

ゾロは横を向いたままだ。
俺が話せないのを知ってて聞くんだから、答えなんか期待しちゃいないんだろう。

「今回のことは―――」
まるで独り言のような声。
「俺の、責任だ。」

沈黙。

ああ、何か言えよ。
なんだよこの間は、ほんとに苛々する。
けど、悪かったとか謝ったらマジで蹴り落とすぞ。

「俺の中にあった隙に、付け込まれた。」
ゾロの横顔が厳しい。
「自分でも気づいてなかった暗え、弱い部分に付け込まれたんだ。」
へえ、わかってんのか。
でもお互い様だぜ。
俺だってきっと、人のことは言えねえしな。

あの時、無意識でもゾロに望まれていると知ったとき、俺の心は震えてた。
言葉を失ったのは多分、そんな俺への罰だ。

「取り返しのつかねえことは、わかってる。それでも――――」
青い月の光がゾロを照らす。
「それでも、俺はてめえに触れてえと思ってる。」

――――はい?

俺の顔の真横で、ゾロがこっちを向いた。
至近距離でガンつけてくる。
俺はあまりのことに驚いて、目を逸らすタイミングを失った。
ゾロの左手がゆっくりと動く。
本当に、スローモーションのように。
俺がいつでも逃げられる速さで。
ゆっくりと、俺の肩に触れた。
指が、小刻みに震えているのを気付かれるのが嫌で、俺は強く手を握り締める。
逃げない俺の肩を引き寄せて、顔を近づける。

こいつ、ほんとにゾロなのか。
ゾロが俺に、こんなことするのかよ。
ゾロが――――

息がかかるほど近づいて、ちゅ・・・と唇が触れ合った。

―――何
今の、なに?

固まっている俺の顔をしげしげと見て、首を傾けて今度は深く唇を合わせる。
俺は目を閉じた。
少し強く吸って、舌でなぞる。
角度を変えて唇を貪り、歯列を割って舌が滑り込んできた。
口蓋を舐め上げて舌を絡める。
息苦しくなるほど激しい口付けを受けながら、俺はぼんやりと考えていた。

こいつとキスすんの―――はじめてだ。

俺の肩から腰に両手を回してきつく抱きしめる。
俺も、そろそろと腕を上げて、ゾロの背中に回した。

ゾロの熱い舌が口内を掻き回す度に、喉の強張りが溶ける気がする。
息が苦しくなって少し喘いだら、ゾロの唇が音を立てて離れた。
俺の顔を覗き込んで、まるで大切な物のように抱き込んでくれる。
俺はレディじゃないのに、身を竦ませてゾロの首筋に顔を埋めた。
どっちのモノか分からない鼓動を聞きながら、ただ抱き合っていた。

海を渡る風も
煌々と照らす蒼い光も
果てなく繰り返される暗い波も何も語らず――――
ただ俺達は、抱き合っていた。


傍らには、いつも夢がある。

それは海賊王になること

世界一の大剣豪になること、

世界中の海図を書きとめること

偉大なる海の冒険者になること

一人前の海の男として、医術を極めること

忘れられた歴史を紐解き、真実を知ること

そして――――

オールブルーを見つけること。


果てしない海を渡り、飲んで喰って笑って、夢を語ろう。

冒険をして、戦いをして、お宝をゲットして、死にかけて、生き抜いて

そして―――
声高らかに、
夢を語るのだ。


END

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