たまゆら 11

「くくく・・・」

水を打ったように静まり返った部屋に、唐突に哄笑が響き渡った。
引き攣るような笑いは、悪霊を名乗った男の口から発せられている。

「ゾロ―――」
ルフィすら、身動きできずその背中を注視した。

「最後まで、なんと強情な男だ。とうとう口にしなかった。」
顔を歪めて笑いつづけるその表情は、ゾロのモノではない。
いつから―――
一体いつから、ゾロではなかったのか。
ナミはぞっとして身を抱えた。

「あなた、言霊を使ったのね。」
ロビンが口を開く。
ほおと男はその顔を見た。
「コックさんが、悪霊はあなただと口に出したら、本当にそうなった。そうでしょう。」
「よくわかったな。」
男が目を細める。
「言霊?」
ナミは男から目を離さないように、ロビンに近づいた。
「言葉に力を授ける呪術よ。恐らくコックさんが誰かに『ゾロに悪霊が憑いている』と一言言えば成立してしまう。」
「そんな・・・」

「こいつにそんな知識があったとは思えないが、頑なに口にしなかった。どれだけ追い詰めても。こいつを選んだのは、誤算だったな。」
男はサンジを指差し、目を見開いた。
「もう、お前に用はない。」
目にも止まらぬ速さで抜かれた刀が空を切った。
間一髪でサンジを突き飛ばしたルフィが拳を振るう。
二本の刀を振りかざして、男はロビンの鞄を奪い外に飛び出した。

「ナミ、サンジを頼む!」
ルフィとロビン、チョッパーが後を追う。
駆け出そうとするサンジにナミは縋り付いた。
「だめよサンジ君!」
ナミの手を握り、その唇が『ごめん』と形作る。
「サンジ君!」
砂浜に飛び降りたサンジに、漕ぎ寄せたボートから声がかかった。
「サンジ!大丈夫なのか?」
ウソップの声。
その手には鬼徹が握られている。
サンジは鬼徹を引ったくって山に向かって駆け出した。

「どういうことだあ。」
ルフィが息を切らせてロビンに振り向いた。
「走っても走っても、上に着かねえぞ。」
「さっき通った場所だ。」
チョッパーが匂いを嗅いで立ち止まった。
「結界ね。」
ロビンも息をついて立ち止まる。
後方から気配を感じて振り返り、鬼徹を携えたサンジに気づいた。
「鬼徹!」
手を咲かせ、鞘から刀を抜き取る。
一太刀振ると景色が開けた。
「こっちだ!」

そてなていりさにたちすいいめころして

布留部由良由良布留部――――

洞窟の前に赤々とかがり火が焚かれている。
小柄な老婆が炎に向かい何事か呟きながら身を屈めていた。
祭壇に掲げられた10種の神宝と横たわるゾロ。
「ゴムゴムの〜〜〜・・・」
ルフィの声と共に木々がなぎ倒された。
「貴様ら!」
ゾロが身を起す。
延ばされた手は何かに阻まれて、ゾロに届かない。
「ルフィ、どいて!!」
ロビンが鬼徹を振るった。
男は片方で刃を受け止めて、もう一方でロビンを斬り付ける。
白い手に血が散った。
「ロビン!」
叫ぶルフィの横をすり抜け、取り落とした鬼徹を拾い上げたサンジがかがり火を倒して突っ込んだ。
男の肩を掠めて岩壁に突き刺さる。
「小癪な・・・」
サンジの首を掴んで跳ねようとして、動きが止まった。

肩の傷口から血と共に赤い煙のようなものが立ち昇る。
「な、に―――」
刀を捨てて傷口を掌で覆っても、指の隙間から煙がどんどん漏れはじめた。
男の目がぐるりと白目を剥き、大きく開けた口から唸り声が上がる。
「それは妖刀、三代鬼徹・・・」
腕を抑えてロビンが立ち上がった。
老婆は身動きもせず、じっと見つめている。
赤い煙は次第に人の形に変化を始めた。
苦しげにのたうつゾロの身体が壁に寄りかかり、瞳に光が戻る。

突き刺さった鬼徹を引き抜き、口に銜えた。
雪走と和道一文字を構え、息を整える。
もはや只の煙でしかない赤い影と祭壇に狙いを定めた。
「逃げろ!」
ルフィが駆け出す。

「百八煩悩鳳!」
閃光が走った。


まるで炎に包まれたかのような赤い闇の中で男が泣き、女が笑っている。
―――まだだ
まだ足りない。
もう一度―――
もう一度だ。

お仕舞いに、なさいませ。
女の唇は血のように赤い。

殺し足りぬなら、私を殺せ。
何度でも繰り返し。
私だけを――――
女が男を抱え込み、伸ばされる腕を抱きこんだ。

何度でも
―――殺しませ。

闇に呑まれるその瞬間まで、女は幸福に笑い続けた。

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