take back  -1-


どんだけファンタジスタだ、とサンジは感嘆した。
つい先ほど、一緒に上陸したものの街角で喧嘩になりお互い反対方向を向いて早足で歩き去ったにも拘らず、目の前にゾロがいる。
ほんのついさっき、別れてから2分と経っていないのに、だ。

しかも、よく見れば着ている服が違っていた。
いつものジジシャツ腹巻ではなく、なんだかずるりとした濃い緑色の長衣。
腰に刀を三本刺して、目立つ緑髪だからゾロには間違いないが、少し見ない間に髪も伸びたのか。
どちらにしろ、無防備に背中を向けて突っ立っているのなら好都合だ。
怒りの鉄拳ならぬ鉄蹴を受けてみよ。

サンジは気配を消し、無言で駆け寄ってそのまま飛び蹴りした。
が、蹴り付けたゾロはいつものように真横に吹っ飛ばない。
それどころか蚊でも追い払うように軽く片手を上げて空気を撫でた。
それだけで、サンジの足が横へと逸れる。
「んな?」
すかっと空振りして、慌てて踏み止まった。
ゾロは相変わらず、横を向いたきり知らぬ顔をしている。
「てめえ、どういうつもりだ!」
サンジが怒鳴ると、軽く肩を竦めて振り返った。
「間抜け面してぼうっと突っ立ってや、が、あ・・・」
そこまで言って、サンジはようやく気が付いた。
ゾロ、に似ているけれど―――
ゾロじゃ、ない?

振り返った男の片目は、縦に刻まれた深い傷で閉じられていた。
鋭利な横顔も緑の髪も身に纏う雰囲気もすべてがゾロなのに、これはゾロではないと見掛けが物語っている。
どう見ても、ゾロにしか見えないのに。
「悪りい、人違いだ」
サンジは頭を掻きながらボソボソと詫びた。
どうしても腑に落ちないが、ゾロではないことは間違いない。
片目の傷は、今日やそこらに付いたようなシロモノではないから。
「いや、構わん」
そう返す男の声が、またゾロそっくりだった。
なんなんだよと、サンジは舌打ちしつつもなんとなくその場を立ち去り難かった。
他人の空似と言うには、あまりにも似過ぎている。
冷静に眺めれば外見的には色んな箇所が違っているのに、なぜか雰囲気がゾロなのだ。
ゾロとしか思えない。
「俺の顔に、なんか付いてるか?」
男がそう言って、口端を引き上げた。
その声はゾロそのものなのに、かすかに違う。
似ているけれど、どこかが違う。
「や、間違って悪かったなと」
「そんなに似てるのか?」
男に言われ、サンジは前のめりになって頷いた。
「おおよ、あんたの顔も髪も雰囲気もそっくりだ。ただ・・・」
「片目じゃあ、ねえだろ?」
先に言われ、サンジはぐっと詰まった。
ゾロに似た男をもっとよく見てみたいのに、視線が泳いで目が合わせられない。
無残に潰れてしまっている片目に、どうしても目が行ってしまうからだ。
「お前は、そんなに変わらねえよな」
え?と顔を上げれば、男はなんだかとても優しげな眼差しで見下ろしていた。
「今も、全然変わらねえ」
そう言って、そっと背中に手を回し抱き寄せる。

サンジより少し背が高い。
肩幅も首周りも、比べようもないほどにがっちりしている。
けれどふわりと鼻腔を掠めた匂いはやはりゾロのもので、分厚い胸板に抱き留められてもしっくりと馴染んだ。
まるで、いつものゾロのように。
「え?え?」
「ぼうっとしてんな。ほんっとに、てめえはユルいな」
「んだとお?」
あんまりな言われようだが、男の口調が穏やか過ぎて、見つめる眼差しが愛しげで悪感情は沸かなかった。
寧ろ抱き寄せる手の大きさが心地よくて、このままずっと寄り添っていたいとさえ思ってしまう。
なにこのフィット感。

「・・・てめえら、なにしてやがる」
背後から地を這うような低い声が響いた。
反射的にその場で飛び上がり、サンジは恐る恐る振り返る。
ゾロが、般若のような顔付きでこちらを睨み付けていた。



「いや、違うんだこれは」
「何が違う、往来でなにしてやがんだ」
言われてはっと気付いた。
そう言えばここは街のど真ん中で、まだ夕暮れには早くて人がたくさん行き来している。
賑やかな島だから道の端っこで抱き合っていたって見物に足を止めるような人間はいないけれど、それでもチラチラと視線を送られていた。
今更ながら羞恥に赤くなり、サンジは思い切り傍らの男を蹴った。
が、やはりびくともしない。
「てめえ、誰だ」
ゾロが殺気を滲ませて、男と対峙した。
やはり心持ち、男の方が背が高い。
身体つきもがっちりして、威圧感を滲ませていないだけ存在感が増している。
横顔を見比べれば余計にそっくりで、鏡で合わせたようだ。
「そういきり立つな、これから目を離すお前が悪い」
「んだとお?」
「これ」呼ばわりされたサンジだが、何故だかぼうっとしてしまった。
ゾロが言うと腹が立つが、この男だと許せてしまう。
と言うか、なんだか嬉しい。
「てめえもなにぼうっとしてやがる、訳わかんねえ野郎に馴れ馴れしく触らせんじゃねえ」
「なっ!てめえこそ、あっち行ったんじゃねえのかよ」
図星を指されて慌てて言い返した。
「おうよ、てめえに背を向けてサクサク歩いてたらここに出たんだよ」
「どんだけファンタジスタだ!」
言い合う二人を前にして、男は腕を組んだ。
「ところで、腹が減ったんだがどこかにいい店はないか?」
途端、サンジが振り返り手を上げた。
「それなら、あっちの通りに美味そうな店を見つけたぜ」
「連れてってくれ」
後でゾロと一緒に入ろうと思っていた店だ。
地酒の類も揃っていて、なかなかよさそうだと目星をつけていた。
「よし、じゃあ連れてってやる」
「ちょっと待てコラ、てめえらで話を進めんじゃねえ」
慌てて二人の間に割って入るゾロに、男が笑いを堪えるように横を向いた。
その表情を見て、サンジの方もなんだかおかしくなってくる。
「なんだ、てめえら何ニヤニヤしてやがる」
「別に」
「そうそ、なんだったらてめえも連れてってやろうか迷子マリモ」
「ざけんなっ」
怒鳴り返しつつも、ここでゾロは勝手にどこかへ行ってしまったりはしない。
その程度には親しくなっている二人だった。





「未来の俺?」
乾杯して酒を煽った後、ゾロは目を剥いて見つめ返した。
ゾロほどには驚かなかったサンジが、やっぱりなと呟く。
「似すぎてると思ったよ」
「似てる?そうか?」
ゾロ本人は自覚がないのだろう。
どこが似てるんだと、ジロジロと不躾な視線を送っている。
未来ゾロは泰然と杯を傾け、サンジに酒を注いだ。
「驚かねえんだな」
「ああまあ、なんせなんでもありのグランドラインだから」
寧ろ同じゾロだと聞いて得心した。
そうでなければ、ここまで似た男が存在する訳がない。
「幾つだって?」
「21だ」
「信じらんねえ、おっさんじゃねえか」
たった2年でここまで変わるものか。
繁々と見つめるサンジに、ゾロの方は面白くない。
「惚けた面してんじゃねえぞ」
「ばっ・・・誰がだよ」
さっと頬が赤くなったのは、酒のせいだけではないはずだ。
「てめえこそどんな気分だよ、未来の自分だぜ」
サンジの言葉に、ゾロははっと息を漏らす。
「関係ねえよ、俺は俺だ。この先こいつになるかどうか、知るかってんだ」
「だって・・・よ」
21ゾロは片目だ。
この先、ゾロが片目を失う出来事があるということだ。
その事実が、サンジの胸をきゅうと重苦しくさせた。
「こいつの言う通りだ。未来なんて誰にもわからん」
えっと、二人して視線を上げる。
「未来なんて幾つも道が枝分かれして、どこに行き着くかは決まってねえんだとよ。だから今この瞬間にも行く先は違えて、別の未来が待ってるかもしれねえ」
「ゾロの台詞とは思えねえな」
まさか、ゾロの口から未来への展望が語られるとは思わなかった。
「ロビンの受け売りだ」
なるほど、と納得しつつ「ん?」と首を傾ける。
「で、なんで未来のあんたがこっちに来てんだ」
サンジの素朴な疑問に、21ゾロは黙って酒を煽った。
ゾロまでも沈黙して答えを待っている。
二人に見つめられ、21ゾロは酒を味わうように口を引き結んだ。
「どこぞの島で散歩していたら、この街に来た。そしたらお前らがいた、それだけだ」
「なにそれ」
サンジは呆れた声を出した。
「未来でもお前は迷子?いや、それって当然なのか。不治の病か」
そう言ってケラケラと笑う。
過去にまで迷い込むなんて、ゾロならやりそうだと腹を抱えた。
「そういうこった、また歩いていたら元に戻れるだろう」
「そうだな」
ゾロもそれ以上追求せずに、未来の自分に酒を注いだ。

2年後ってどんなんになってる?
みんなは元気か?
ナミさんやロビンちゃんは、相変わらず美しいか?
サンジの質問に、21ゾロはただ穏やかに笑い返すばかりだった。
ろくに相槌も打たないが、サンジの方は早々に酔いが回ったらしく上機嫌で喋り続けている。
「2年後って、どこまで進んでんだろうな。オールブルーは、まだだろうな」
空になったグラスを傾け、おかわりーと挙げそうになった手をゾロに押さえられた。
「そろそろ止めとけ」
「あんだよー」
ゾロの膝に片足を乗せながら、21ゾロに凭れ掛かる。
「俺は楽しく飲んでんだぞ、なんせ両手に花・・・いや、両手にマリモだから」
言って一頻り笑い転げた。
すっかり笑い上戸だ。
「ったく、弱えクセに調子に乗りやがって」
サンジの首根っこを掴むと、ひょいと肩に担ぎ上げて立ち上がった。
「どっか宿を取る」
「それなら、店の向かいにあった」
言いながら21ゾロも立ち上がるから、ゾロはぎろっと睨み返した。
「てめえも付いて来る気か?」
「相部屋なら安く付くだろうが」
言われて、しばし考えた。
ナミから支給された小遣いは、ほとんど今夜の飲み代で使ってしまった気がする。
「ふん、てめえも持ち合わせあんだろうな」
21ゾロは黙って懐から紙幣を取り出した。
それで充分、3人分の飲み代が賄える。

ゾロは頷いて、サンジを担いだまま店を出た。


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