正しい魔獣の育て方 -5-



仲間たちの親心?に包まれて、ゾロは健やかに成長した。
すでにサンジとも、目線はそう変わらない。
毎日計測を欠かさないチョッパーの見立てでも、あと2日も経たず元のゾロに戻ると推測された。

「長いようでいて、あっという間だったわね」
「本当に」
しみじみと語り合うナミとロビンは、まるで近所の子どもが成人を迎えたのを喜ぶおばちゃんのようだ。
「あんなに小ちゃかったのになあ」
ブルックやフランキーは言うに及ばず、ウソップまで巣立つ息子を前にして一抹の淋しさを覚える親父モードに入っている。
「けど、ほんとにこれで成長が止まるのかな」
医者的見地から、あらゆる可能性を推し量るチョッパーは慎重さを欠かさない。
「このペースでこの先も成長を続けたら、ゾロ、さ来週にはオジサンになっちゃうわよ」
「私より年上になる日もそう遠くないでしょうか」
「そんなゾロいやだ〜」
「ヨホホホ〜」
ああだこうだと言い合う仲間たちを尻目に、ゾロは夕食を前にしてせっせと食卓の準備をしていた。
食事の前にはちゃんと起きてくる・・・は言うに及ばず、注意されなくとも手を洗い、人数分の皿をテーブルに並べてサンジから受け取った料理を運ぶ。
幼い頃からきちんと躾けられたそれらを、ゾロはすっかり当たり前のこととして身に付けてしまった。
「ほい、これで仕舞いだ。ナミさん、ロビンちゅわん、野郎ども!飯だぞ」
「はあい」
「めしーっ!」
ゾロが手伝う間、仲間達は敢えて手は出さなかった。
あと僅かな時間なのであろう、二人の穏やかな共同作業の邪魔をしたくはなかったからだ。
ゾロは文句一つ言わず、当たり前みたいに手伝っているし、サンジはあれこれと指図しながらもとても嬉しそうに笑っている。
けれど―――
「ほんとに元通り、なのかな?」
チョッパーが小さく呟いた言葉は、仲間たちもサンジも、そしてゾロ当人の中にもひっそりと息づいている懸念。
身体は元に戻っても、以前のゾロとはちょっと違う…いや、随分違う気がする。





パシパシと甲板を叩くような、雨の音が響いた。
ナミの予報通りだから、特に危険は感じない。
この後少し西風が強くなるけれど、明け方には雨は止み風も凪いで晴れるだろうと予め言われていた。
だからいつものように和気藹々と食事を終え、サンジが後片付けをすべく腕まくりを始めたころ、ルフィとゾロが同時に手を止めた。
「来た」
「ああ」
言って、示し合わせたように立ち上がる。
「なんだなんだ」
皿を運ぶウソップの両脇を縫うようにして、二人は外へと飛び出した。

「なによ?え!」
慌てて追い掛けたナミが目にしたのは、真っ暗な夜の闇に溶け込んだ巨大な船体だった。
灯りを全て消して音もなく近付いたのだろう。
目が慣れて来て初めて、かなり巨大なガレオン船だとわかる。
海賊の襲撃だ。
「敵襲―っ?!」
ウソップが叫ぶ前に、ルフィとゾロは敵船へ跳び込んで行った。

「一体いつの間にっ」
「ウソップ、後ろ!」
暗闇に紛れて、すでに幾人かが船内に忍び込んでいたらしい。
思わぬ至近距離から襲い掛かられ、悲鳴を上げて飛び退るウソップの頬を掠めるようにして、ブルックの剣が撓った。
「敵はすでに乗り込んできています!皆さん、お気を付けて」
「みんな特徴的な眼鏡を掛けているようね、暗闇でも見えるのかしら」
ロビンが冷静に分析しながら、目に付く敵に次々と攻撃を仕掛けていく。
チョッパーは巨大な角で人影を薙ぎ払い、フランキーは敵船に向けて撃ち捲くった。
サンジはナミを庇いながら敵を蹴倒し、ナミはクリマタクトを振るって頭上に雲を呼び起こす。

だが、荒れた天気の中ではどうしても波飛沫が船内を襲う。
横波を受け船が大きく傾き、甲板が波で洗われた。
足を取られ押し流されそうになったロビンを、サンジは危ういところで抱き止めた。
チョッパーとブルックが後に続いて流されかけたが、自力でフランキーにしがみ付き難を逃れる。
「波がひでえ、ロビンちゃん、船の中に入ってて」
「でも、ルフィは」
「あいつはあっちでぴょんぴょん飛び跳ねてるから大丈夫よ、ともかくロビン達は中へ」
叫びながら、ナミが船室のドアを開けた。
「きゃあっ」
中から飛び出してきた男に羽交い絞めにされ、ナミの首元に刃が押し当てられた。
ずぶ濡れのロビンも、反撃する間もなく甲板に押し倒される。
「てめえらなにしやがるっ」
飛びかかろうとしたサンジに見せ付けるように、ナミの身体を楯にした。
ナミの首には赤い筋が付いてしまっている。
「レディを傷つけんじゃねえ」
「ならてめえら、海に飛び込め。船と女はいただいておく」
「この野郎っ」
気色ばむサンジの後ろで、捉えられたチョッパーが大男に片手で吊り下げられた。
「こんな風にな」
言いながら、ポンと海へと放り投げる。
「チョッパーっ!」
ナミの悲鳴が響く中、チョッパーの身体は荒れ狂う波の間に飛沫を上げて落ちていった。
「くそっ」
助けに行きたくとも、人質に取られたナミとロビンが心配で動くこともできない。
地団駄を踏むサンジ達の背後で、敵船から飛び込む人影が見えた。
恐らくゾロが、飛び込んだのだろう。

「人質を殺されたくなかったら、動きを止めろ。あいつもな」
派手な音を立てて敵船を砕いていたルフィが、鬼のような形相で振り返る。
「俺の仲間に手を出すな!」
「ならてめえがこっちに戻れ、おかしな真似をしたらこの女の首を掻き切るぞ」
ビヨンと腕を伸ばしてサニー号に戻ってくる。
その動きだけで男達はビクつき、用心深くナミとロビンを抱き寄せた。
「仲間を離せ!」
「野郎なんざいらねえんだよ、そっちに固まれ」
銃でつつかれ、甲板に集められる。
「ひいふうみい・・・さっき、てめえと一緒に船に乗り込んできた奴はどうした」
「てめえが海に落とした仲間を助けに、飛び込んだ」
サンジは怒りで顔を真っ赤にしながら、吐き捨てるように呟いた。
「そりゃ殊勝なこった」
言って、薄汚れた歯をむき出しにしてニイ、と笑う。
「この時化じゃあ海の藻屑だろ」
「まあいい、金になる首が残ってりゃあな。骨とロボットと鼻はいらねえだろ」
引鉄を引きかけて、サンジは反射的に蹴り上げた。
「このっ」
「女がいるっつってんだろが」
銃で殴られ、甲板に横倒しにされた。
頭を靴で踏み付けられ、横腹を蹴られる。
腕と脚を踏まれ、捲れ上がったシャツから覗く素肌に銃を押し付けられた。
「行儀の悪い脚だ」
銃先が腹から腰、太股へと移動した。
膝下に押し当て、再び構える。
「骨まで撃ち砕いてやる」
「動けなきゃあ、大人しく躾けられるだろ」
せせら笑う男達の声に、サンジは覚悟を決めてぎゅっと目を瞑った。



嵐に紛れ、黒い影が甲板を駆け巡った。
続いて一閃の光が暗闇に舞う。
「なんだ?!」
「うぎゃっ」
男が間抜けな悲鳴を上げて、その場で蹲った。
幾つもの小さな人影が、男達の足元を駆け抜けて腱を切っていく。
「え?」
「うあっ、痛え!」
「今だ!」
ナミは手放さず、後ろ手に掴んでいたクリマタクトを振り上げた。
「サンダーボルト=テンポ!」
眩い稲光と共に、激しい雷撃が無作為に船上に降り注ぐ。
「ぎゃーっ!」
敵と味方入り乱れて悲鳴が上がり、その隙を突いてルフィが腕を振るった。
「ガトリング!」
「ひゃくはち、ぽんどほー!」
小さな三人のゾロが、手を合わせて三本の刀を掲げている。
その他にも、マストからぶら下がって飛び蹴りをしているもの、樽に飛び移り敵の顔を殴っているもの、ロビンを押さえていた男の手に噛み付き、或いは逃げ出そうとする男の脚を引っ掛けて倒すもの。
ともかく様々な、小さいゾロが縦横無尽に暴れまわっている。
「火炎星!」
ウソップが次々とパチンコを繰り出し、フランキーも撃ち捲くった。
素早く起き上がったサンジに敵が斬りかかったが、横から飛び込んだ子ゾロが咥えた刀で防ぐ。
「生意気なんだよ、くそチビ!」
サンジはそのゾロに背を預け、体勢を整えて蹴りを繰り出した。
「ゴムゴムの、斧!」
最後はルフィが長く伸ばした足を敵船に振り下ろし、船内の敵を片付ける前に木っ端微塵にしてしまった。





戦っている内に嵐は過ぎ去り、穏やかな夜明けを迎えた。
残っていた救命ボートで、這う這うの体で逃げ出した海賊達の後は追わず、みな濡れた甲板にごろりと横になってくたびれている。
「やー参った参った」
「あいつら、襲うだけ襲ってお宝置いて行かないなんて、とんでもない奴らだったわ」
「や、無理だろ。船沈んだし」
ナミの首の傷を手当したチョッパーは、次のけが人を捕まえるのに忙しかった。
「あ、そっち行った捕まえて!」
「ゾロ、大人しくして」
「あー海に落ちるなよ」
仲間たちの間をぴょんぴょん飛び跳ねるゾロは、あの日と同じように小さくて幼いゾロだ。
それが今回は10人にも増えている。
「待て、ここも怪我してっじゃねえか」
サンジは捕まえた子ゾロの腕を捲り上げ、駆け足でチョッパーの元に運んだ。
「これ、こいつのも診てくれ」
「わかった、ウソップ押さえてて」
「また一人に統合させてから手当てした方が、早いんじゃねえのか」
「それぞれに怪我してんだよ、これが一人になったらどうなるか、わかんねえだろ」
不安を隠さず、サンジは焦った顔で次のゾロを探した。
と、樽の陰に倒れている一人を見つけ、抱き上げて悲鳴を上げた。
「こいつ、背中を怪我してる!」
その叫びの悲痛さに、誰しもが眉を寄せた。
傷一つない背中がゾロの誇りであったことは、皆が知っている。
けれどこの小さなゾロ達は、そのことに頓着していない。
「意識がねえ、チョッパー!」
サンジはほとんど半泣きで、子ゾロの背中を庇うように抱き締めてチョッパーに駆け寄った。
「なあ、大丈夫だよな、こいつ大丈夫だよな」
「見せてみて」
ゾロの背中には、斜めに大きな刀傷が付いていた。
「この子は医務室に運ぼう、他の子も改めてみんなで傷の具合を確かめてくれ」
「ゾロっ、・・・ゾロ!」
サンジは小さなゾロの身体をぎゅっと抱き締め、転がるようにして医務室に入った。
自然と、他のゾロ達もその後に付いていく。
けれど医務室の扉は閉められ、小さなゾロ達はその前で大人しく仲間たちの手当てを受けた。




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