正しい魔獣の育て方 -4-



「んなああああああ?!」
サンジの突拍子もない悲鳴に、仲間達が何事かとラウンジに入ってくる。
「・・・なああああああっ」
「なに言っ・・・んのおぉぉ?!」
「一体どう・・・な、なーっ?!」
「なんだって・・・うひょーっ」
ラウンジに踏み込んだ者が悉く奇声を発するのに、最後に現われたロビンはあらあらと暢気に口元に手を当てた。
「まあ、なんてこと」

キッチンの床の上に、小さなゾロがワラワラいた。
幼児になったゾロよりさらに二周りほど縦にも横にも小さくなった、けれど紛れもないゾロ。
それがひいふうみい・・・5匹も、いや5人もいる。
それぞれがてんでバラバラに動いて、駆け回って飛び上がってでんぐり返ししていた。
「ちょっ、なによこれーっ?!」
ナミの足元で2匹がグルグルと追いかけっこをし、1匹が長い脛に手を掛ける。
「ちょっと触んないでよ、や、くすぐった・・・」
「こここコラっナミさんのおみ足になんてことをっ」
サンジが両手で捕まえようとすると、するりと逃げた。
フランキーの股座を1匹がすり抜けて甲板へと飛び出す。
「危ないっ!落ちたら大変」
「待てゾロ!ゾロ、だよな?!」
船内は一気にパニックに陥った。

なにせこのゾロ、まったく言うことを聞かない。
チョロチョロと落ち着きなくあちこちを走り回り、追いかけるブルックを蹴飛ばしウソップに噛み付いた。
もはや野生の猿のようなものだ。
「どういうこと?ゾロ、私たちがわかんないの?」
仕方なく、フランキーが短く切った縄を用意しロビンの手がそれを使って1匹1匹を捉えては括り付ける。
洗濯物干しに並べて吊られて、風に吹かれたチビゾロはプラプラ揺れた。
「こんの、いつまでもチョコマカとうっ」
最後の一匹は、ルフィの頭上を飛び越えウソップの脇をすり抜けて甲板を危なっかしげに走りまわった。
途中、ロープに蹴躓いて鞠のように跳ね、樽でバウンドしてそのまま海へと投げ出される。
が、サンジの長い足がその身体を引っ掛けてぽんと蹴り上げ、落ちてきたところをすぽんと胸に抱き留めた。
「捕まえた」
「サンジ君、ナイス!」
最後の1匹とばかりに縄を持って駆け寄るナミ達に、差し出そうとしてその手を止める。
小さなチビゾロはサンジの胸にしっかりと抱きついて、目を閉じて匂いを嗅いでいた。
「あ・・・れ?」
試しに両手を離してみても逃げない。
と言うか、シャツにしっかりとしがみ付いて剥がそうとしても離れない。
「ええと」
「捕まえたと言うか、掴まったと言うか」
「いいんじゃない、そのままでも」
猿の親子状態かよ!と喚くサンジの上で、物干しに吊られたゾロ達が殊更大きくブラブラ揺れた。
1匹・・・もとい、1人が自らを結わえるロープに歯を立ててガシガシと齧り始めると、全員が同じ真似をする。
あれよあれよと言う間にロープを噛み千切り、1人、また1人と飛び下りてサンジの元に集まった。
最初に抱かれたゾロに重なるように、もう1人がサンジにしがみ付く。
と、2人の輪郭がふやんとぼやけて1人になった。
その調子で残りの3人もサンジの手元に集合し、次々と融合していく。
「――――」
仲間達は声もなく、ただ唖然としてその光景を眺めている。
最後の1人も消えて、サンジの腕の中には元通り普通サイズ?の幼児ゾロが残された。
シャツの間に顔を埋め、くうくうとあどけない表情で眠っている。
「・・・いまの、一体なんだった・・・んだ?」
そりゃこっちが聞きたいよ、と。
仲間全員が顔を見合わせ首を傾げた。

眠るゾロを胸に抱いたまま座るサンジに、ウソップが紅茶を差し出す。
「あ、ども」
「おやつはできてるんでしょ、後はウソップ達でするからサンジ君は座ってなさいよ」
「俺たちかよ!」
突っ込みつつ、チョッパーと手分けして要領よくおやつの準備を整えた。
その間ルフィを抑えているのはフランキーの役目だ。
「なんだったんだ今の、すんげえおもしれえなあ」
ルフィは目をキラキラ輝かせて、サンジの腕の中で眠るゾロを覗き込む。
フランキーに羽交い絞めされた状態だから、首だけ伸びていて気色悪い。
「これじゃあないかしら」
ロビンが拾ったのは、空のワイン瓶だ。
「ああ、それ・・・」
サンジは顔を顰め、しまったと言う風に片手を額に当てた。
「ゾロの手が届くところに置いちまった」
「魚捌いてたんだろ、仕方ないよ」
「うっかり目も離せないわね」
ナミは腕を組んで、忌々しげに眠るゾロの顔を睨む。
「確かに酒を飲ますべからずとか書いてあったけど、なんでまた分裂なんかするの?意味わかんない」
「しかも、記憶も知能も足りなさそうでしたねえ。まあワタシも脳みそないんですけど」
「無事に融合してよかったじゃない」
「よくねえよ、見ろよこの痣」
「あー消毒するからこっちきてウソップ」
ウソップの腕にはくっきりとゾロの噛み跡が付いていた。
「ああ、悪いなあ。こいつには後できっちり言い聞かせとくから」
「別にサンジが謝んなくてもいいけどよ」
「でもお世話係なんだから、サンジ君にはこれからもっと厳しく見ててもらわないと」
「手が掛かるなあ」
「厄介ね」
「ほんとごめん」
口々に責められて、自分のことでもないのにサンジはすっかり恐縮してしまっていた。
けれど、本当は仲間達はみな口で言うほど怒ってもうんざりもしていない。
むしろ相当面白がっている。
やんちゃなチビゾロも、そんなゾロを庇って萎れるサンジも。
「一番困るのは、こんなに人騒がせなのになんだか可愛いとこよねえ」
「・・・ほんとにね」
ロビンの腕がサンジの腕からひょこんと伸びて、眠るゾロの頬をつついた。





結局、ゾロはそのままぐっすりと眠り、翌朝いつものように朝に目覚めた。
ソファに眠るサンジの腕の中で。
「おはよう、ゾロ大丈夫か?」
開口一番チョッパーにそう言われ、ゾロは黙って眉を寄せて見せる。
そんな表情をすると、身体は小さくとも以前のゾロそのままの雰囲気だ。
「昨日は大変だったのよー」
「まさか憶えてねえ・・・とか言うんじゃねえだろうな」
ウソップが、青黒くなった噛み跡を見せた。
それでもゾロの反応は鈍い。
「なんだ?サメにでも食いつかれたのか?」
「てめえだよっ」
やれやれと、ナミは腕を組んだ。
「ほんとに憶えてないの?あんた昨日ワイン飲んだでしょ」
「・・・ああ」
悪びれなく頷くゾロの頭に、サンジの拳がポカリと下ろされる。
「何で飲むんだ、てめえは酒飲んじゃいけねえんだよ」
「ああ?なんでだ」
「禁止されているの、その身体でお酒を飲むと・・・分裂するみたいで」
「ブンレツ?なんだそれ」
「知るか」
「ともかく大変だったんだから」

朝食の席であれこれと説明され、ゾロはむすっとしたまま話を聞いていた。
大人しく耳を傾けている辺り、彼なりに少しは反省もしているのだろう。
なにせ本人が何も覚えていないということが、逆に信憑性を高まらせている。
「蹴るは飛びつくは引っ掻くは、挙句に噛み付かれてウソップがどれだけ災難だったことか」
「ししし、めっちゃ面白かったぞ」
「面白くない!」
仲間達に頭ごなしに責められても、ゾロはどこ吹く風で旺盛な食欲を示している。
夕食を食べ損ねているから無理ないかと、サンジはいそいそとお代わりに忙しい。
「もう、サンジ君からもなにか言ってやって」
「あのーでもゾロも、もう反省してるし」
「反省してるの?これが?」
「反省してるよなーゾロ。もうしないよなー」
口の端に米粒をつけたまま、ゾロは頬袋を膨らませて頷いた。
「ほら」
「わかってない、絶対わかってない」
「俺がちゃんと見てるから、もうこんな迷惑掛けないから俺に免じて」
この通り、とサンジに頭を下げられてナミもそれ以上説教を続けることは諦めたらしい。
「しょうがない、サンジ君がそこまで言うならね」
「ごめんね」
「ほら、サンジもさっさと飯食っちまえよ」
「食べたらゾロ、歯磨きだぞ」
「おう」
笑顔のサンジに素直なゾロ。
なんとも微笑ましい光景だと、誰もが思ったが口には出さなかった。



食後に、ゾロの成長度合いを見るため毎日身体測定をして入る。
チョッパーは記録紙を眺めて、ん?と首を傾げた。
「ゾロが、昨日とあんまり変わってない」
「え、身長も伸びてないの?」
「体重もだ」
「どういうことだ」
今まで明確に右肩上がりだったグラフが、明らかに今日だけ真横の棒だった。
「もしかして、分裂すると成長も止まるのかしら」
「ええー」
「それ・・・かもしんねえな、原因は」
あの騒ぎなら仕方ないかもなーと納得する仲間達より、当のゾロが酷く焦った顔をした。
「マジかよ」
早く元に戻りたいのだ。
こんなところで無駄に足踏みしている場合じゃないのに。
「くそう、俺はもう二度と酒は飲まねえ」
ようやく舌がうまく回るようになって滑舌もしっかりしてきたゾロだが、やはり言葉少なにそう決意した。
「15歳になるまでの辛抱だからな。15までは酒飲ますなって書いてあったから」
「サンジ君、余計なこと言わない」
「このまま禁酒させればいいのに」
「過保護だよなー」
仲間達に呆れられ、サンジはしまったと言う風に首を竦めた。





確かに酒の上での分裂騒ぎが原因だったらしく、翌日からはゾロは順調に成長した。
8歳を超えてからは本格的に木刀を振り回し、9歳で和同一文字を手にした。
以降、真剣を手にして剣舞のように一人で立ち回る。
「こっちの刀は使わないのか?」
「今の俺じゃあこっちが斬られる。まだダメだ」
長い間主に手に取られず、妖刀もどこか寂しげに見える。

ゾロは大いに食べ大いに眠り、ぐんぐんと大きくなっていった。
子どもならではの敏捷さで船内を駆け回り、ルフィと手合わせしてウソップに武具を作ってもらった。
うっかり力が余って船内を壊しても、フランキーがすかさず直してくれる。
「すっかり大きくなっちゃったわね」
「本当に」
デッキで飲み物を傾けながら、ナミとロビンは少し残念そうに顔を見合わせた。
「しゃくだけど、ちいちゃいゾロはそれなりに可愛かったわ」
「今でも可愛いわよ、若い子っていいわね」
「ロビンったら」
クスクスと笑い、でも・・・と肩を竦める。
「一番寂しい思いしてるの、サンジ君じゃないかしら」
期間は短いとは言え、幼児の頃のゾロからずっと傍に付きっ切りで世話をしてきたのだ。
今も「おやつだぞー」と呼ぶ声は柔らかく、ゾロを見る眼差しが温かい。
「すっかりお母さんみたい」
「お父さんじゃなくて?」
意地悪なロビンの突っ込みに、ナミはふふふと笑顔だけ返した。
「子離れできるかしらね」
「もういい加減親離れはするでしょ、あんなに大きくなったのに」
大きくなったとは言え、ゾロの身長は平均的な子どもよりは少し下回っていた。
本格的に背が伸び出したのは15を過ぎてからだそうで、一人で旅に出た時もかなり小柄だったらしい。
「あんな小さい身体で、放浪の旅に出たのねえ」
「修行の旅でしょ。結果的に放浪になっただけで」
ひそひそと囁き合う女子二人もあずかり知らぬことであったが、ゾロとサンジの子離れ親離れはまだ済んでいなかった。
なにせまだこの二人、一緒に眠っているのだからして。

サンジは殆ど自分の寝床を使わず、ゾロの専用ベッドは早々に用なしと見做され、フランキーの手によって解体された。
未だに男部屋のソファに二人して横たわり、ぐうぐうと寝入っている。
サンジが不寝番の時にはゾロも一緒に見張りに出て、毛布に包まって一晩過ごしているようだ。
「なんかこう、もう見ちゃいけないものを見ている気分です」
そう証言するのはUさん(仮名)
「ガキのうちはとことん甘やかした方がいいんだよ。その方が独り立ちするときすんなりするもんさあ」
「手引きにも、求められたら添い寝してやることって書いてあったしね」
「実に微笑ましい光景で、頬が緩んでくるんですよ。あ、ワタシ頬っぺないんですけど」
こんな感じで、ゾロの成長は生暖かく見守られていた。





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