正しい魔獣の育て方 -1-



「ナミ、コックを連れて逃げろ!」

逆じゃねえの?と突っ込みを入れる間もなく、閃光が走った。
咄嗟にナミを抱え地面にうつ伏せる。
耳を劈くような爆音と共に暴風が吹き荒れ、剥き出しの肌には焼け付くほどの熱を感じる。

その後すとんと嘘のような静けさが訪れ、サンジはナミの頭を抱えたままソロソロと顔を上げた。
「・・・みんな、大丈夫か?」
「なんとか―――」
地面にへばりついたカエルみたいな格好で、ウソップも顔だけ上げる。
サンジははっとして飛び上がり、瓦礫が散乱する中を駆け出した。
「ゾロっ」
閃光の中心にいたはずの男の姿がない。
地面は大きく抉れ、焼け焦げた土くれが円を描いてボロボロに散らばっている。
「ゾロっ、ゾロっ・・・」
サンジは夢中で、真っ黒に焼けた大地を手で掘り始めた。
まさか爆発で埋まってしまったわけでもあるまいに、どこかにゾロの痕跡がないかと闇雲に探す。
「待て、サンジ、あれ・・・」
そんなサンジの肩を掴み、ウソップが顔を上げるように促した。
釣られてナミも視線を上げ、「あ」と叫ぶ。
「ゾロっ」
爆風にも倒れなかった、島の中心に立つ巨大な樹の幹の中に、血塗れのゾロの半身が埋まっていた。



とんでもない金切り声が響いた気がする。
それをどこか遠くで聞きながら、サンジは夢中でその樹に駆け寄った。
が、地面から生えた何本もの手に足を絡め取られ、倒れぬよう支えられる。
「だめよサンジ、触れちゃダメ」
「ロビン!」
振り返れば、村からルフィ達が走ってきた。
「おーい、それ大丈夫だから触るなってよ〜」
自分を拘束する手はロビンのものだと理解して、サンジはようやく動きを止める。
「この島のご神体よ、直接触れてはいけないわ」
「でもっでも、ゾロがっ」
「だーいじょうぶだって」
自身が傷だらけのボロボロ状態でありながら、ルフィはにかっと不敵に笑った。
「ゾロは生きてる、樹がそう言ってるってよ」


   * * *


立ち寄った島は、全体がこんもりとした森で覆われ、その中心から伸び立つ巨大な樹が特徴的だった。
森を取り囲むように沿岸にのみ集落がある長閑さで、素朴な島民に紛れて1週間の滞在をするはずだった。
が、海軍の手を逃れて逃げ込んできた海賊共に村を荒されかけ、成り行きでルフィ達が迎え撃つ形となった。
幾人かの能力者はいたが所詮ならず者、少数精鋭の麦わらクルーに敵うはずもなく手早く追い払うことに成功したが、立ち去る間際、海賊の一人が腹いせに爆々の実を植えていった。
地中に根を張り、花が咲いた時点で強烈な爆発を引き起こすこの植物に小さな村はパニックになり、蕾の内にせっせと摘み取る班と大元の根を断ち切る班に分かれてせっせと処理を始めたのが今朝のこと。
たまたま立ち寄った島で、なんでまたこんな厄介ごとに巻き込まれたのかと嘆く暇もないまま、触手を伸ばして襲い来る大元の根っこに止めを刺したのがゾロだった。
結果、爆々の樹は種を飛ばす前に弾けて霧散し、村は事なきを得た。
約1名の重傷者を残して。

「これは、一体・・・」
樹の中に取り込まれるように、ゾロの身体は見る間に大樹の幹へと埋まっていく。
「大丈夫なの?こんな・・・」
ゾロがすっかり埋まってしまうのではと、ナミはハラハラしながら村人と樹を交互に見た。
「大丈夫です、エイレクト様が受け入れてくださった」
村の長は、恐れ多いと地面にひれ伏し目を潤ませる。
「あのような恐ろしい植物が広まっては、この島はおしまいでした。まさに島の恩人ですありがとうございます」
「や、礼はいいからゾロを・・・」
おろおろするウソップの背後をすり抜け、ロビンはそっと大樹を仰ぎ見た。
「傷付いた身体を治してくださるの?」
「そんな機能があるのか?」
チョッパーも、ゾロの心配はもとより樹の神秘的な動きに目を奪われている。
「見たところ右腕が千切れかけていたし左腕も骨が剥き出しになっていたわ。腸もはみ出ていて足は・・・脛から先が見えない」
「ロ、ロロロロビン〜〜〜」
「あくまで視認だけど」
しれっと言い放つロビンに、チョッパーがどれどれと目を凝らす。
「でも、全部樹に埋まっちゃった」
最後に緑色の髪の先だけ残して、ゾロの身体は樹の中に消えた。

「エイレクト様は癒しと再生を司る樹です。かと言ってすべてに応じてくださる訳ではありません。潮が満ちる日と風が西南へと向かう日。この二つが重なって稀に叶えられる儀式でもあります。それを御自ら受け入れてくださった。エイレクト様も感謝しているのでしょう」
「癒しと再生・・・」
「じゃあ、いま傷付いた村の人がみんな飛び込めばいいんじゃないのここに」
「そんな訳にはいきません!」
長は強く否定した。
「神秘の力をお持ちだからこそ、我らはお守りこそすれエイレクト様に頼ってはならぬのです」
「じゃあ、今回ゾロを助けてくれたのは・・・」
「エイレクト様の意思です。どなたが島を救ってくださったのか、わかっていただけたのでしょう」
長はくるりと背を向けた。
「もはや、我々にできることは何もありません。ただ待ちましょう、エイレクト様の元からお帰りになる日まで」
「そうね・・・って、ちょっと待った」
ナミがびしっと手を翳した。
「ログが貯まるの、明後日なんだけど」
「それまでにゾロは治るのかな」
いきなりシビアな意見に、長は戸惑いながらも日にちを数える。
「それまでならば、あらかた“形”はできているはずです。大丈夫でしょう」
形―――?とは、誰も怖くて聞けなかった。
一人、ブルックだけが名残惜しそうに立ち止まり振り返る。
「ワタシ、この中に入れていただいたら、もしかして戻るのでしょうか?」
「生ある者への癒しと再生です」
長のシビアな返事が切なかった。





ともかく後は大樹に任せるしかないと割り切って、仲間達は残りの日々を村でのんびりと過ごした。
村人達に歓待され、毎夜飲めや歌えの大騒ぎを繰り広げる。
けれど、酒を見ればゾロを思い出し、米の飯を見ればゾロを思い出して、自然と意識は山の頂上へと引き寄せられる。
戦闘中に足と手を怪我したサンジはチョッパーに絶対安静を言い渡された。
それでも村の娘に手取り足取り面倒を見てもらい上機嫌だ。
三食を娘達に手ずから食べさせてもらい、鼻の下を伸ばしながらもあ〜んとか言って口を開けている。
「んもーここの暮らしは極楽だよね〜。もうずっとここにいたいな〜」
「いてもいいわよ、あたし達は明日発つけど」
「ああ、ナミさんジェラシイ?もしかしてジェラシー?」
「馬鹿言ってなさい」
ガツンと拳骨で殴られても、やきもちナミさんも好きだ〜とか言いながら両手足を投げ出してごろんと転がっている。
常よりテンションの高いサンジのはしゃぎようを、ロビンはじっと見守っていた。
誰もが薄々気付いている。
一服と称して窓辺に寝転がりながら、サンジの視線がずっと大樹の方へ向かっていることを。
今はまだ、樹の幹から緑の髪の毛が覗いているだけの剣士の姿を、目で探していることを。




平穏の内に日は過ぎて、いよいよ出港の朝を迎えた。
大樹は未だ、その太い幹に剣士の身体を抱き続けている。
もう松葉杖も不要になったサンジは、片足を引き摺りながら丘を上った。
手を貸そうとするウソップに軽口を返し、大樹を取り囲む柵の前で止まる。
「見てみろよ、幹から生えてるの新種の苔みたいだぜ」
言われて見ればなるほど、緑の髪がさわさわと風に揺れていた。
確かに、長い苔か胞子のようだ。
「こんなに幹が硬く取り込んでいるのに、大丈夫なの?」
どう見ても、髪の毛先以外ゾロの姿は見えない。
いくら神聖な樹とは言え、こんなにまで中に減り込んだ人間が生きているとは信じがたい。
俄かに不安げな仲間達を前に、長は恭しい仕種で両手を大樹の枝に掲げた。
「出立の時が参りました。我らが恩人をお返しください」
見守るウソップが、ナミにこそっと囁く。
「すげえ神秘的なことしてんのに、割と簡単だよな。儀式っぽくねえ」
「ゾロを取り込んだ時もあっという間だったもの」
突然ざわりと枝が撓った。
繁った葉が擦れ合い、頭上から雨音のようなざわめきが降ってくる。
「あれ?」
チョッパーが首を傾げた。
「まだ早い、って聞こえる」
「わかるのチョッパー」
「しかし、彼らはもう旅立たねばなりません」
長は説得するように言葉を続ける。
「幸い、心優しい娘が2人もおります。きっと彼女らが面倒を見てくれることでしょう」
「え―――?」
不満気なナミの声は、後ろから回したウソップの手で遮られた。
「どうか恩人を彼らの手に、海へと船出できるようお返しください」

不意に、大樹が身をくねらせたように見えた。
ゾロを取り込んでいた幹がほのかに発光し、はみ出している緑毛を中心に波紋が広がるように表面が波打つ。
さわさわと枝々が鳴る中、次第に緑の頭がはみ出してくる。
それは小さいままにすっぽりと抜け、続いて現われた肩も腰も最後に残された足までもがなんだかミニサイズだった。
薄い羊膜のようなものに包まれ、小さなゾロは丸まって眠っている。
さながら胎児のように。
最後に三本の刀がずるりと吐き出され、幹は元の木肌に戻った。

「ぞ・・・」
「―――ろ?」
誰もが呆気に取られ、草の上に横たわったものを凝視している。
長が動くより早く、ロビンが静かに歩み寄った。
手を伸ばし、そっとその小さな身体を抱き上げる。
羊膜が流れ落ち、濡れたゾロの顔が露わになった。
「まあ、ゾロだわ」
「ゾロだ」
「ゾロ、だな確かに」
仲間達が円を組んで見守る中、幼いゾロが目を閉じて眠り続けていた。






「こ、れはどういうこった?」
サンジは口をぱくぱくと開け閉めし、奇態な子ゾロを指差している。
「我が村の恩人じゃ。再生にちと時間が足らなかったため幼子の身体じゃが、きちんと記憶も保っておるじゃろ。なあに、おいおい身体も成長する」
「成長って、どれくらいで」
「そうさの、個人差もあるが大抵2日で1年かの」
「2日で1つ年を取る?」
「なんだ、ならあっという間じゃないか」
ひいふうみいと指を折って、数えてみる。
「見たところ2〜3歳ってとこか?」
「19になるとしても、16年あればまあまあ元通りよね」
「16×2で32か。単純計算だと一ヶ月で元に戻るってことだな」
顔を見合わせ、それならいっかーという流れになった。
「それ以上年を取るってことはない?」
「それはありません、細胞を活性化させるのに一時的に退行させているだけなので、傷が癒えると共に元に戻っていくのです」
「なんだ、じゃあ問題ないじゃない」
ナミは明るく言い、ロビンの胸元を覗き込んだ。
「どれどれ、まあゾロのクセになんだか可愛いわ」
「眠っていても、眉間に皺が寄ってるわね」
「やべー、ほっぺたプクプクだ」
「なんか眉毛が険しい感じですヨホホ〜」
子ゾロを囲んでわいわい盛り上がる仲間を余所に、サンジはほうと息を吐いた。
それから改めてむっとする。
「マリモのくせに、ロビンちゃんに抱かれてるなんてずうずうしいにもほどがある!」
「優しい娘さん達でよかったのお」
ほっほっほと笑う長の横で、ルフィが腕を伸ばした。

「よおし、出発だー!」



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