社長はお熱いのがお好き -9-



コポポポポ・・・と心地良い音を立てながら、サイフォンから琥珀色の雫が落ちる。
この音が好きだ。
湯気と共に立ち昇る芳香に鼻腔を擽られ、訳もなく幸せな気分になる。
就業時間も過ぎた夜更け、サンジは自分の為だけのコーヒーを淹れながらぼんやりと窓を眺めた。

ビルの最上階にある社長室からの夜景は、また格別だ。
隣接するビルで視界は狭められているけれど、遠くまで見渡せる箇所は星の海原のように輝いている。
サンジ一人の時はブラインドを閉めずこの景色を楽しんでいるが、ふとホテルで見た景色とダブって気恥ずかしくなった。

やっぱり閉めようと立ち上がり、秘書室の扉が開く音に気付いた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
予定より早い帰社に驚いて、でも嬉しくてサンジは弾かれたように踵を返した。






「お疲れ様でした」
「いや、まだだ。会合の途中で先方に都合ができたんでお開きになったが、次の打ち合わせは予定通りだ」
鞄をサンジに手渡しネクタイを緩める社長は、やはりちょっと疲れて見える。
「では、9時前に出発して間に合いますね」
僅か30分の空きしかないなら、その辺の茶店で一服してから直行した方が楽だろうに。
わざわざ帰って来てくれたことが素直に嬉しくて、サンジはおしぼりを差し出しながらもつい口元を緩めてしまう。
「軽く何かつままれますか」
「いや、コーヒーだけでいい」
いつもなら、「んじゃ遠慮なく」とサンジの乳首を抓む社長なのに、素で返事されてしまった。

冷たいおしぼりを目元に当ててソファに埋もれた社長の口元は、吐息をつくでもなく固く引き結ばれていて、それが
却って子どものような意固地さを感じさせた。
そんなに歯を食いしばって、一人で頑張らなくてもいいのに。

頑なに閉じた唇に不意にキスしたくなって、サンジはトレイを胸に押し当て慌てて踵を返した。
温めたカップにコーヒーを注ぎながら、降って湧いたような衝動をなんとか抑える。
キスしたいって、なんだよ俺。
そういう趣味はないっての。
いつも社長からアレコレ手を出されるのを、嫌々許しているだけじゃないか。
なに積極的になってるんだ、しっかりしろ。

アルビダの話を聞いて、少し社長に同情してしまっているのかもしれない。
社長は社長なりに葛藤や苦労を抱えて、一人で頑張っているんだと思うけれど、それを自分が癒せるなんて
思い上がりもいいとこだ。
ただの、玩具代わりの秘書でしかないのに。






サンジは湯気の立つカップを社長の前に置いて、手の届く範囲にそっと佇んだ。
「ありがとう」
おしぼりを退けて身体を起こし、社長はカップに手を伸ばす。
「・・・ああ、美味い」
満足そうに目を細め、大切そうにカップを両手で抱く社長の姿は、やはりいつもより一回り小さく見えた。
報告しようか一瞬躊躇ったが、黙っていることもないと口を開く。
「今日、副社長にお目にかかりました」
和んでいた社長の表情が、ほんの少し固くなる。
「こちらにおいでになったので、コーヒーをお出ししたら喜んでくださいました」
「そうか」
熱いコーヒーをものともせずに一息に飲み乾してしまって、空のカップを差し出す。
思った以上に近いところにサンジがいることに気付いて、僅かに目を眇めた。
「もう少し、ゆっくり飲まれないと火傷しますよ」
カップを受け取りトレイに載せるサンジの腰を、腕を伸ばしてやんわりと抱く。
腰骨の辺りに社長独特の熱を感じて、サンジは何故かほっとした。

「逃げないのか?」
座った社長に横抱きにされて、サンジは視線を落とした。
見上げる瞳は、いつもの不遜な態度など微塵も感じさせないような、どこか頼りなげな色をしている。
「逃げませんよ、俺は社長の秘書です」
その答えに社長は微笑むことはなく、おもむろに尻を弄り始めると、もう片方の手でベルトを外しだした。
「・・・あの・・・」
俄かに動き出した性急な行為に、サンジは躊躇いながらも手にしたトレイをテーブルに置いた。
「社長、お時間が・・・」
「すぐに済む」
冷たく事務的な響きに、心臓がどくりと脈打った。
いつもの社長とはなにか違う。
なんだか、怖い。
最初に開かされた時の怖れとは違う、本能的な恐怖に身体が竦んだが、抵抗はしなかった。



ベルトを外され、下着ごとズボンをずり下ろされた下半身にひやりとした外気が触れる。
身体を曲げて、腰だけ突き出す格好でサンジはテーブルに両手を着いた。
社長の指が奥まった箇所に触れる。
乾いて閉じたそこは、社長が触れる度にぴりりと鈍い痛みを残した。
確かデスクの2番目にジェルがあったはず・・・と、サンジはテーブル越しに手を伸ばそうとした。
逸らした顎を後ろから掴まれ、強引に振り向かされる。

顎に食い込む指の強さに、社長の苛立ちを感じ取った。
片手でベルトを外す社長の動きを目で追いながら、ごくりと唾を飲み込む。
促されるままに、下げられたジッパーの間に顔を埋めた。
すでにいきり勃って突き出ているそれを、周囲から舌で舐めてみる。

サンジ自身女性から奉仕された経験がなく、ましてや他人のそれを口にしたこともまともに目にしたこともない。
けれどなんとか見よう見まねで(AVで学生時代から熱心に勉強していた)、舐めたり吸ったりを繰り返した。
社長のそれはとても大きくて、普通の女性なら口に納まりきらないだろう。

恐る恐るキスを繰り返しながら、少しでも社長が気持ちいいようにと口を開け頬張った。
角度を間違えると、モロに喉の奥に先端が当たってえずきそうになる。
時折うっとこみ上げて、涙目になるサンジの頬を社長は優しく撫でてくれた。
瞳が少し穏やかになっている。
口の中に先走りの苦味が広がって、こんな自分の口でも感じてくれているんだと嬉しくなった。

頬を窄めてきつめに吸ってみる。
社長のは頑丈だから、多少歯が当たっても大丈夫なようだ。
先を窄めて舌で扱いたら、がしっと後頭部を掴まれた。
髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜられる。
その荒々しさで余計興奮して、サンジはむしゃぶりつくように社長のそれを音を立ててしゃぶった。
両手で頭を掴まれ、前後に激しく揺さ振られる。
加減していた角度なんてお構いなしに、社長のモノが口の中で暴れまわる。
何度も喉に突きたてられ、こみ上げる嘔吐感を堪えるのに必死で舌もうまく動かせなかった。
社長の腰が激しく前後し、無意識に逃げようとする身体は上から圧し掛かられて押さえつけられた。
まるでサンジの口は道具のようだ。
抗う声すら出せず、掴みかかる太い腕に爪を立てるしかできない。

「ぐふっ・・・」
唐突に引抜かれて、サンジは仰向いたまま咳き込んだ。
苦しむサンジをそのままひっくり返し、腰を抱き寄せて強引に突き入れてくる。
「う、ああああああ」
ろくに解されていないそこは、軋みを上げるように痛みを訴えて侵入を拒んだ。
だが社長は構わず、何度かぐっぐと加減を加えながらも押し入ってくる。
「ふ、あ・・・あ・・・」
意識して身体の力を抜いて、サンジもその動きを助ける。
強引なフェラチオのせいで、サンジ自身の興奮も高まっていた。
先端さえ入ってしまえば、少しは楽だ。
ソファに縋るようにして背を撓らせるサンジに、一呼吸の暇も与えず、社長は腰を動かし始めた。


「あ、ま・・・待ってっ」
無意識に腕を伸ばし、宙をかいた。
縋るものが何もなくて、ずり上がったシャツの襟を噛んだ。
ずんずん、社長が後ろから突き入れてくる。
さっきの口のように、今もまた出し入れされるためだけの道具になったような気がした。

「うあ、社長・・・」
目尻に涙を滲ませながら、振り向こうと足掻く。
激しく突き動かされ、視界がブレてよく見えない。
また顎を掴まれた。
社長の顔が近くに寄ってくる。
キスされるのかとほっとしたのに、社長は唇が触れるくらい近くに、顔を寄せただけだ。

「なぜ、俺に抱かれる?」
激しい律動を加えながら、そんなことを問うてくる。
なんだか悔しくて、サンジは口元を歪ませた。
弾みでぽろりと、涙が零れる。
「・・・し、仕事ですから・・・」
「そうか」
すうと目を眇めた社長の顔は、何故だか満足したように見えた。
呆然と目を見張るサンジの前髪を掴み、ソファへと叩きつけるように落とす。
「社長っ」
サンジの悲鳴はソファの中にくぐもって届かない。
腰だけ高く突き出されて、上から圧し掛かるように腰を打ちつけられた。

「なら、次の社長にもこうやって奉仕してやるんだな」
「・・・・・・!」
意味がわからなかった。
どうしてと反論したくても、社長の腕は力を緩めずソファから顔を上げることも適わない。
息が苦しい。
押さえつけられた関節が軋み、無理な体勢で身体は悲鳴を上げている。
サンジの混乱をお構いなしに、社長の動きで蕩けた下半身はびくびくと細かい痙攣を繰り返しながら悦びを
露わにしていた。

「ああ、あああ・・・」
押し付けられたソファの隙間から、サンジの嬌声が漏れた。
じわりと溶けたように後ろから熱が広がって行く。
社長に中で出されて、自らもイってしまった。
一度も、触れられていないのに。


社長の胴震いに合わせるように、サンジのそこもピクピクと震えた。
太腿から膝にまで、白い液が垂れ落ちている。
余韻に浸る暇もなく、乱暴に引抜かれ圧迫する重みが消えた。







ティッシュで自分だけ拭うと、社長はさっさと身支度を整え、振り返りもせず部屋を出て行ってしまった。
遠ざかる足音を、幻でも追うようにサンジは呆然と聞き届ける。

身体が、熱い。
まだ熱が、収まらない。
下半身だけ靴下一枚で、緩められなかったネクタイが息苦しいとようやく気付いた。

ゆるゆると頭を起こせば、乱れたままのデスクやテーブル。
社長の苛立ちと怒りが、どうして自分に向けられたのかわからない。
けれど、腹が立つとか悔しいとか、そんな感情は不思議と湧かなかった。

もっとちゃんと、話がしたい。
自分は社長にとってただの部下でしかないけれど、仕事上の付き合いしかないけれど。



その夜、サンジは一晩中社長室の灯りをつけて待ち続けていたが、結局社長が戻ることはなかった。





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