社長はお熱いのがお好き -6-


昨夜の寝不足がたたったせいか、目が覚めた時は9時を過ぎていた。
サンジにしては、随分と寝坊した朝だ。
身じろぎして布団の柔らかさに違和感を抱き、部屋の薄暗さを不審に思う。
遮光カーテンなど使わないから、朝はいつも明るい日差しを受けて自然に目が覚めるのが常だ。
まだ夜明けではないと体内時計は気付いていて、サンジは目を瞬いて身体を起こした。

なにやら痛い。
骨が鳴るように身体が軋む。
なんかまた、無茶したような気がする。

俯いて呻き、そうしている内に段々と霧が晴れるように昨夜の記憶が蘇って来た。
―――俺、またやっちゃいましたか?


やっちゃった気がする。
しかも酔いの勢いを借りて相当大胆に、かつ生き生きと。
やったような気が・・・する。

サンジは両手で頬を挟んで、ムンクのように叫びを上げた。
「う、そ―――」
情けないことにその叫びさえ、掠れてほとんど音にならず、空気が漏れたようだった。






酒って怖い。
ほんとに怖い。
キングサイズのベッドの上でいくら身を捩り悶えようとも、昨夜のことが帳消しになるわけもない。
ばっちりしっかり、やっちゃいました。
よく考えたら2夜連続。
しかも処女喪失から僅か1日後。
多分、24時間以内。
なんでまた、そんなことになったってのか。

サンジは髪を掻き毟り、だるい手足をばたつかせてうーとかあーとか絶望的な呟きを繰り返す。
どれだけ後悔しようが、もはや取り返しはつかない。
と言うかもう、どうしようもない。
社長と寝てしまったのは事実で、しかも昨夜は相当ノリノリになってしまって、かなり調子に乗っちゃったような気が・・・する。
なんであんな気分になったんだろう。
やっぱり酒か?アルコールのせいか?

社長のからかいの言葉に一々反応して、開けっ放したガラス窓の向こうに映る姿に興奮して、促されるままに声を出して
形を変えて、あまつさえ社長の・・・社長の・・・
サンジは口元を抑え、本気で上げそうになった悲鳴を押し殺した。

咥えちゃったよ、社長の―――



「ひいいいいいいっ」
またしてもバリバリと髪を掻き毟り、サンジはベッドに突っ伏した。
よもやまさか、男のアレを口に含む日が来るなんて思わなかった。
そんなこと普通の成人男子なら、一生ないに決まっている。
普通ならば、たとえどんなアクシデントがあったとしても、やっぱりそれはあり得ない、普通ならば!
なのになのに・・・
「絶対、ありえねーっ」
また声に出して掠れた叫ぶ。
今までの人生の中で、こんなことは一度だってなかったのだ。
男にカマを掘られたことも、ましてやナニを自ら口に入れてちゅぱちゅぱやったりなんてことも、一度だって!
なのになのに、なんでやってしまったのだろう。

「ひ―――――」
悲痛な叫びと共に、また顔を埋める。
最終的には、積極的に上に乗って揺らされた気がする。
あれが酔っ払った果てに見た幻覚ならいいのだけれど。
そんな訳ないだろうと、自分の身体が言っている。

「あんなん、俺じゃねー」
何度か呟くうちに涙声になってきた。
情けなくて涙も出ない。
いくら上司とは言え男に手を出されて、それにうかうかと乗ってしまう自分がだらしない。
まだ2日目なのに、もうあんなにも乱れてしまった自分がみっともない。

―――やらしーとか、思っただろうな・・・
男に慣れてると、誤解されたらどうしよう。
いや、そう思ったから手を出してきたのかもしれない。
そんなことないのに。
男相手なんて初めてで、そもそもあんな強烈なSEX自体、初めて経験したっていうのに。
善がって啼く野郎なんて、気色悪いだけじゃないか。

鼻の奥がツンとしてきて、サンジは慌ててまたシーツに顔を埋めた。
そのままゴシゴシと擦り付ける。
部屋の中に、社長の姿はない。
自分一人しかいないから、だから今だけちょっと情なく反省したり、してみよう。
「ひっく・・・」
羽根枕を後頭部から被せて、サンジはしばしじっとしていた。










いくら休日とは言え、成り行きで泊まったホテルに長居しているわけにも行かない。
まだ腫れぼったい目をそのままに、シャワーを浴びて髪を整え、昨夜のスーツを身に着ける。
部屋の中で朝食券などを探したが見当たらず、仕方なく部屋から出てエレベーターを目指した。
なんせ、昨夜の部屋にたどり着く前の記憶が非常に曖昧だ。
ここが何階なのかすら、わかっていない。

エレベーターを挟んだ向かいに小さなレセプションがあって、女性スタッフがにこやかに会釈をした。
「おはようございます。どうぞこちらへ」
女性に呼ばれて行かない訳がない。
条件反射的にふらふらと近寄ったサンジを、女性はそのまま右手方向に案内した。
「こちらでモーニングブッフェをしております。今お席に案内いたしますので、ご自由にお寛ぎください」
「え、あの・・・」
「社長は今朝5時過ぎに出立なさいました。チェックアウトは12時までとなっておりますのでごゆっくりどうぞ」
「・・・はい」
丁寧にお辞儀する女性に頭を下げ、続いて近付いてきたボーイに席まで案内される。

―――ああそうか、社長は今朝も早いんだっけか
秘書にあるまじき愚鈍さでもって、社長のスケジュールをようやく思い出した。
今日はゴルフだ。

泊まった部屋はエグゼクティブフロアだったらしい。
眺めのいい高階層から、白く味気ない街を見下ろす。
テーブルでサーブしてくれるコーヒーの湯気を見つめながら、社長に飲ませてやりたいなと、ふと思った。













酒は飲んでも飲まれるな。

またしても人生の教訓(?)が増えたと肝に銘じつつ、サンジは新たな週の始まりを、腹を括って迎えていた。
後悔と自己嫌悪に明け暮れた週末を乗り越え、月曜日には早めの出勤を心がける。
どんな顔して社長に会えば・・・なんて、思い悩むのももう飽きた。
当たって砕けろというか、どう足掻いても過去は消せないので前向きに考えるより他はない。

「金曜の夜はご馳走様でした」
「その節はご迷惑をおかけしました」
これ以外、言うべき台詞はないだろう。
酔っ払いでどれだけ醜態を見せようが、社長に呆れられようが飽きられようが、なるようにしかならないのだ。
お払い箱ならそれ幸い。
今ならきっと傷は浅い。
失業しても失恋しても、乗り越えられない柔な自分じゃないはずだ。
「・・・失恋ってなんだよ」
ふと一人ごちて、アルコールのせいで目覚めた仄かな恋心は抹殺することにした。




「おはようございます」
「おはよう、早いわね」
今日はカリファの方が先に出勤していた。
「金曜日は、ご迷惑をおかけしました」
サンジはかしこまって頭を下げる。
カリファにしては珍しく、柔らかい笑みを返して眼鏡を直した。
「こちらこそ、少し飲ませすぎてしまったのではと反省していたの。二日酔いとかは、ない?」
「大丈夫です。すぐ酔う性質なんですが、醒めるのも早いので」
「そう、それはよかった」
そう言ってパソコンを立ち上げるカリファに、サンジはおずおずと尋ねた。

「あの・・・俺、結局あのままホテルに泊まっちゃったんですが・・・」
「そう、よかったわね。ゆっくりできたでしょう」
「・・・はあ、まあ・・・」
よかったはよかったのだが、ほんとにそれでいいのか。
当惑している間に、アルビダも出勤してきた。
「おはよう。あらサンジさん、大丈夫?」
「その節はお世話になりました」
カリファよりアルビダの方が訪ねやすい。
サンジは髪を整えるアルビダにそっと近付いた。

「あの、俺結局あのままホテルに泊まったんですが、宿泊費とかどうしましょう」
「ああ、大丈夫よ。社長が払ってくださるから。前にもあったの、酔っ払っちゃった子を家に戻すより泊まらせた方が早いって」
「え、そうなんですか」
「社長にお礼だけ言っておけばいいわよ。細かい方じゃないから」
―――前にも、あったんだ
「・・・じゃあその時も、社長が介抱して?」
つい口に出してしまった台詞に、自分でもぎょっとする。
もしかして、今とても嫌な表情をしているんじゃないだろうか。

アルビダは一瞬目を瞠ってから、鈴を転がすように笑い声を立てた。
「まさか。その時付き添ったのは私よ、女の子だったから」
「へ?」
「社長が介抱したのは、貴方が男性だったからでしょう。それに、翌朝のゴルフにはホテルからの方が近いし・・・」
「―――あ、そうですね」
そうか、そう言えばそうだ。
つい邪推してしまった自分が恥ずかしくて、サンジは不自然に髪を撫で付けながら照れ笑いしつつ、アルビダから離れた。
「面白いわね、サンジさんって」
「その社長ですけども」
カリファの声に、二人揃って振り向く。
「今朝は、早朝ジムから直接現場に向かうそうです。帰宅の時間は未定。スケジュール変更が入ってますので、
 アルビダには調整をお願い。サンジさんには会議資料を作っていただくわ」
「はい」
声に力がなかっただろうか、アルビダが悪戯っぽく目を輝かせる。
「そんなにあからさまにガッカリしないで。社長がいなくて寂しい?」
「とんでもない!」
サンジは反射的にターンした。
「こんなにもお美しいお二方と1日過ごせるんです、寂しいわけがありません!」

久しぶりの心の叫びだった。
隣に立つカリファの額に、青筋が浮かんでいる。






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