社長はお熱いのがお好き -5-


「セレクタリーサービス?」
「・・・と言うわけではないのだけれど、社長は個人的に毎週金曜日、私たち秘書にご馳走してくださるの」
こおんな美女とご一緒できるなら、俺なんて毎日ご馳走いたしますよう〜なんて軽口は、反射的に
飛び出さない程度に学習能力はある。
「勿論、私たちの予定が空いていれば、の話だから。ここのところずっとご無沙汰だったのだけど・・・」
「今日は特別ね、サンジさんの歓迎会」
「光栄です〜」
アルビダとカリファに交互に頷きながら、サンジは両手を顔の横で合わせて鼻の下を伸ばした。
名目はどうであれ、こんな美女二人と食事ができるのだ。
しかも払いは社長持ち、なんとも美味しい話ではないか。

「どこのお店にするか決めた?」
「社長の希望もあったから、最上階で」
「ああ、あそこは夜景も綺麗ね」
貴女方の怜悧な横顔の方が、よほど美しい・・・
うっかり飛び出そうになる軽口を押し留め、サンジはそっと無人のデスクに視線を移す。
結局社長はその日、簡単に日程の打ち合わせをした後は社外に出掛けてしまい、サンジはまたカリファ達と
秘書室で留守番となった。





「俺、社長ってのはもっとこう・・・社長室でお客さんを出迎えてばかりかと思ってました」
「スタンスの違いね。系列会社でも色んなタイプの社長がいるわ。ロロノア社長はアクティブで攻めのタイプ
だから、カンパニー・プレゼンテーションが得意なのよ」
「系列?」
怪訝な顔をしたサンジに、アルビダは魅惑の微笑みを返した。
こういった“世間話”的なものには、カリファは乗って来ない。
その点アルビダは、気楽に色々と尋ねる事ができる。
「ジュラキュール・カンパニーとポートガス・コーポレーション、それにフランキー・コンサルティングは
同系列よ。親会社は潟Wュラキュール」
「え、そうなんですか?」
あの若さでは、社長が一代で築いた会社とは思っていなかったが、そういう意味では社長もまた雇われている
身ということだろうか。
「他の2社は社長のお兄様方がそれぞれ社長をされているの。潟Wュラキュールのミホーク会長はその父親」
「へえ・・・」
企業経営にはまったく疎いサンジだが、息子達にそれぞれ会社を与えるだなんてよほど偉大な父親なんだろうと、
素直に感嘆する。
家に帰ったら社長が4人、顔を突き合わせて夕食をとったりとか、するんだろうか。
「お兄様と言っても全員腹違いだし、それぞれ独立していてそんなに交流はないみたい」
「は、腹違い・・・って、それは―――」
それは、凄い。
いろんな意味で。
「え、じゃ、この会社はその・・・会長さんとこの名前をそのまま使ってるんですから、社長が正当な跡取りとかって
考えたらいいんですかね?」
「さあ?それはどうかしら」
アルビダは綺麗に彩られた爪の先を、整った顎に添えた。
「ミホーク会長は実力重視の方だから、身内だから贔屓にするとかは実際ないの。結果的にそれぞれの社長が
息子達になった、そういうことよ」
「それは・・・この先もずっと?」
「それもどうかしらね。社長の働き如何では、配置換えもアリなのよ」
扉の向こうから、規則正しいカリファの足音が近付いてきた。
アルビダは髪を掻き上げて手にした書類に視線を落とし、サンジは新しい紅茶を淹れるためにそそくさと給湯室へ向かう。

―――社長も、色々大変なんだ
昨夜、身支度を整えて逃げるように退社した時。
ふと振り返って目にした社長の、どこか寂しげな横顔を思い出して、サンジの胸は小さく疼いた。








夕食は、ホテルの最上階にあるレストランだった。
社長は現場から直行するとのことで、サンジはカリファとアルビダの同伴と言うまさに両手に花の状態だ。
「いらっしゃいませ。社長がお待ちでいらっしゃいます」
エレベーターの扉が開くと同時に恭しく出迎えられ、カリファとアルビダは慣れた様子で先を歩く。
これはなかなかいい経験だと、緊張しつつもサンジも胸を張ってその後に続いた。

「お待たせしました」
「お疲れ様」
個室に通されると、社長はすでにテーブルに着いて食前酒を傾けていた。
背後には、星を散りばめたような輝かしい夜景が広がっている。
サンジはその見事な景色よりも正面から見つめる社長の瞳に吸い寄せられて、視線を外せなかった。
今朝会ったばかりだというのに、何故だか懐かしいような気恥ずかしいような、不思議な感傷がある。

「サンジさんもどうぞ」
先に席に着いたアルビダに促されて、サンジは我に却って席に着いた。
両サイドに美女2人。
稀に見る僥倖だが、どうにも正面の社長が気になって仕方がない。
妙にドキドキするのは何故だろう。

「今週もお疲れさまでした。ついでと言っては申し訳ないが、サンジ君の歓迎会を兼ねて久しぶりの会食となったね」
「嬉しいですわ。最近はなかなか、こうしてゆっくり社長とご一緒する機会もありませんでしたし」
「それは、君達の都合のためだろう?」
社長の軽口に、美女2人が忍び笑いを漏らす。
サンジは、「お美しいお二方が、まさか金曜の夜にフリーな訳ありませんものね」と追随したいところを
グッと堪えた。
自覚はないが、自分の言動の端々がカリファの気に障っているということには薄々気付いているので、
最近はすっかり無口になりつつある。
言葉を発する前に一旦脳内で台詞を反復して、そのまま飲み込む回数が増えた気がする。
「俺も、ご一緒できて光栄です」
この感激を短い言葉で表現するのが精一杯だ。

そんな切ない想いを察したのか、社長がサンジにだけ目配せするように苦笑して見せた。
またしても、どきりと胸が鳴る。
―――ううう、なんだこれ・・・
男相手に、胸を高鳴らせる趣味なんてないはずなのに。
でもなんか、どうしても社長の顔から目が離せないし、心臓はやたらめったらドキドキするし、まだ食前酒に
口もつけていないのに顔が熱くなって、赤くなってしまったような気がするし―――
照明が落とされて、少し暗めなのが救いだ。

なんとか顔を俯けて視線を外し、唐突に気がついてしまった。
ドキドキするのは、目の前にいるのが「カッコいい社長」だからだ。
朝から目にしたのは、どう見てもグータラなだらしないオヤジだった。
最初の印象は見る影もない、くたびれて寝癖がついて無精髭が浮いたようなおっさんだったのに・・・まあ、それは
それで男臭くてちょっとセクシーとかも、思ったりしたのだけれど。

―――わーっ
坂道を転がり落ちるように、どんどん加速していく思考に気付いて、サンジは一人ぶんぶんと首を振った。
馬鹿なことを思い起こして夢想している場合ではない。
今はディナーの最中。
場所は高級ホテルのレストラン。
両サイドには女神のごとき美女2人。
ちゃんと現実に目を向けるんだ!

「大丈夫?お酒は弱い方なのかしら」
アルビダが、そっと顔を近付けて気遣ってくれた。
屈んだ胸元から覗く、盛り上がった白い肌と甘い香りが、アペリティフよりサンジを容易く酔わせてしまう―――









眠らぬ街の灯りは煌々と輝き続け、それにうっとりと目をやる余裕もなく、サンジはベッドに横たわっていた。
頭がガンガンして息が熱い。
自覚するよりまず足に来て、美味く立ち上がることができなくなった。
歓迎会で飲みすぎるなんてよくある話だが、こんな高級レストランの個室でへべれけになるなんて、みっともないこと
この上ないが、緊張しすぎていたのか体調が思わしくなかったせいか。
どう言い訳しても、ペースを調節できなかった自分のミスだとわかっている。
社長を見つめて上がる心拍数を誤魔化すために、自らピッチを早くしていた自覚はある。
その挙句、このザマだ。
美女2人には心配され、ホテル側に手配を取ってもらって部屋を用意されてしまった。
―――ああああ、俺の馬鹿たれ。考えなし―――

カリファとアルビダは、食事を済ませると「ご馳走様でした」と丁寧に礼を述べて軽やかに立ち去ってしまった。
後に残されたのは苦笑する社長と、真っ赤な茹蛸と化した自分。
情けないことに寝返りを打つことも叶わず、先ほどから浅い息を繰り返しながら横倒しに寝転んでいるサンジの
目の前には、大きなガラス窓の向こうでまたたく満点の星ならぬ広大な夜景。
そして、漆黒のガラスに鏡のように映る、甲斐甲斐しく働く社長の姿だ。

「水だ。飲めるか」
サンジのスーツをハンガーに掛け、外したネクタイも掛けてクローゼットに仕舞ってから、サイドテーブルに
置かれたコップに氷を入れて水を注ぐ。
横倒しのまま小さく呻いたサンジの肩の下に手を入れて、静かに抱え起こしてくれた。
危なげない力強さが頼もしくて、ますます情けなくなった。
「・・・社長、すみません」
詫びる言葉も小さく尻すぼみだ。
「いや、こっちも悪かった。調子に乗って飲ませすぎたな」
社長にはまったく非はない。
サンジはむにゃむにゃ口の中で詫びてから、なんとか零さないように水を飲んだ。
すーっと身体の中に冷たさが沁み通る。

「・・・大丈夫です。俺、酔うの早いけど、醒めるのも早いんです」
自分でも得な性分だと思うが、少量のアルコールですぐに酔っ払う体質だ。
ただし、意識を失ったり記憶を飛ばしたりはしない。
顔が真っ赤になって頭が痛くなったりするので、一緒に飲んでいる人間も本気で具合が悪くなるのがわかって、
それ以上は無理に薦めたりしてこない。
そのお陰で、翌朝まで引きずるような深酒はしたことがない。
だから、今日のこれももうしばらく寝ていたら、多分すぐに醒めるだろう。

言ってる側から手が動くようになってきて、サンジは社長からコップを受け取り、自分で少しずつ水を飲み込む。
―――あー、頭の痛いの止んできた・・・
ほっとして、窓の外に目を向ける。
黒い鏡の中にはキングサイズのベッドの上に腰を下ろした社長と、その前で横たわり、座椅子代わりに凭れている自分の姿。
「し、しししし社長!」
いきなり気付いて、サンジはしゃんと背筋を伸ばした。
社長は後ろで「あ?」とか怪訝そうな顔をしている。
「すみません!俺、社長に凭れて・・・」
「ああ、具合悪いんだから、もうちょっとそのままでいろ」
そんなこと言われても、仮にも上司だ。
春に入社した時は、それこそ雲の上の人だった。
今だって、普通ならこんなに気軽に近づけるような立場の人ではないのに。
「・・・ダメです、社長にそんな・・・」
「なら、社長命令だ。おとなしくしとけ」
からかいを含めた声音で、社長はサンジの身体を後ろから抱き締めた。
治まっていた動悸がまた激しくなり始め、耳元に心臓があるかのようにガンガンと高鳴りだす。

こんなにぴったりくっつかれたら、心臓の音が聞こえちまう!
サンジは焦って社長の腕から逃れようと身を捩った。
「ダメです、あの・・・」
「社長命令でも、ダメか?」
う、とサンジは動きを止めてしまった。
社長の顔が頬の横にまでぴたりと張り付き、囁く声が耳を擽る。
「どうしてこんなに、どきどきしている」
後ろから抱きすくめられ、熱い掌が確かめるように薄い胸を撫でた。
「――――」
「酔っているからか。これも・・・」
シャツ越しに、かすかに盛り上がった箇所を社長は難なく探り当てて指の腹で押してきた。
「やめてくださいっ」
「硬くなってるな」
くに、と布の上から摘ままれて、サンジはびくんと身体を震わせた。
けれど社長の腕から逃れることはできない。
アルコールのせいか、身体はすっかり弛緩してしまい、より深く社長に凭れかかってしまった状態だ。
「また少し、大きくなった」
「・・・違います・・・」
ネクタイを外され、ボタンが取れたシャツの胸元から、社長の手が滑り込む。
斑に染まったピンク色の肌を、荒れた指先が辿るのを過敏に感じられて、サンジは身震いするように首を竦めた。
「随分赤くなっているぞ。触れてもいないのに」
悪戯されていない方の乳首を覗き込んで、指先でつついてきた。
もう片方は、シャツの上から痛いほどに摘ままれ引っ張られて弄ばれている。
「いやです、や―――」
背を撓らせて仰け反った仕種は、嫌がっているようには見えない。
むしろもっと触ってくれと、自ら強請っているようだ。
「本当に、感じやすいな」
社長の目が笑っている。
決して嘲りの色はないけれど、かといって慈愛の笑みでもない。
隠さない情欲と愉悦、ほんの少しの狡猾さ。
悪びれない態度で求められて、サンジの理性は身体に与えられる快楽と共になし崩しにくずれて行く。
「社長・・・」
シャツの中で巧みに動く逞しい腕を両手で抱き締めて、サンジは潤んだ瞳で背後から覗き込む社長を見上げた。

こんなにも息苦しくて気だるいのは、アルコールのせいだ。
社長の手に抗えないのも、強引さが心地良く思えるのも、酔っ払っているから。
だから―――

社長の唇が、噛み付く勢いでサンジの唇を奪う。
荒々しく忍び込む舌に、喘ぎながら口を開き躊躇いながら差し出した舌で精一杯応えた。
「・・・ふ・・・」
普段より体温が上がった身体よりも、社長の手の熱の方がまだ高い。
それが嬉しくてもっと感じたくて、腕を伸ばして太い首に巻きつけた。
口付けを深めながら、社長は背広を脱ぎネクタイを緩めている。
すでに半裸になっていたサンジは、ベルトに手をかける社長の動きにも抗わず腰を浮かした。

早く、もっと、全身で社長の熱を感じたい。
何の隔たりもない素肌で、唇より深く溶け合う内部で。

社長と肌を重ねたのは昨夜が初めてだったのに、昨日の今日で、もうこんなにも火がついてしまっている。
―――こんなの、俺じゃない
頭では否定していても、身体がついてこない。
今だって、覆いかぶさる社長の動きに、心臓が口から飛び出そうなほどに興奮して泣きそうだ。

戦慄く唇を、宥めるように何度も吸ってくる社長が好きだ。
手つきは優しげだけど、求める腕の力強さが好きだ。
正面から見つめてくる、抑え切れない雄の光を宿した瞳が好きだ。
鍛え上げられた体躯の、かすかな汗の匂い。
圧し掛かる重さ。
荒い息遣い。
痛いくらいの愛撫。

どうしよう
どうしよう

社長が、好きだ――――



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