社長はお熱いのがお好き -11-



副社長と共に慌しく挨拶回りを済ませた後は、社長はかつてないほどゆったりと時間を過ごしていた。
まだ帰国していない後任のアイスバーグ氏とはメールで頻繁にやり取りし、直談判に来る社員にはその都度
真摯に応対して、それ以外はコツコツと身の回りの整理を続けている。
カリファとアルビダはそんな社長をほぼ放ったらかしにしており、新任社長の受け入れ準備と日程調整に忙しい。
サンジは二人の手伝いに掛かりきりになって、社長室内にも留まることが少なくなった。
就業時間が終わればすぐに退社し、残業することもない。
社長からは時折、何か言いたげな視線を感じるが、敢えてあからさまに無視をした。

社長室から少しずつ社長の私物が整理され、存在が薄れていくのと比例するように、サンジの根城ともいえる
給湯室からも物が減っていった。
それとわからぬように僅かずつではあるが、サンジも自分の痕跡を消している。
単なる自己満足の行為でしかないのはわかっているけれども、気持ちの整理の意味もこめてサンジは全てを
リセットしようとしていた。

「コーヒーを、淹れてもらえないか」

わざわざ社長室のドアを開けて頼んできた社長に、アルビダとカリファが顔を見合わせてくすりと笑う。
サンジは、はあと大袈裟にため息をついて立ち上がった。
「わかりました」
心持ち乱暴な動作でカップを温め準備する。
「そんなに面倒そうにしなくてもいいだろう」
詰る台詞ながら、社長の声は笑いを含んでいる。
「こうして君のコーヒーを味わうことは、もうないのだろうから」
その言葉に不意に胸がつかえたように苦しくなって、サンジは眉を顰め更に不機嫌な顔つきを作った。
悲しむのと怒るのとは、表情が似て見えるとわかっている。
「そうですね、新しい社長にもそう言っていただけると嬉しいのですが」
社長の片眉がピクンと動いた気がした。
「もしかしたら紅茶党かもしれないし、こんな風に秘書とフレンドリーに接してくださる方とは限らないかも」
サンジは湯気の立つカップを恭しく社長の前に置くと、他人行儀な笑顔で笑いかけた。
「或いは、もっと親密になるかもしれません」
声を低め、そっと囁く。
社長はしばし表情を固くしたが、短く瞬きするとカップを手にしてソファに深く凭れ掛かった。
「健闘を祈るよ」
「恐れ入ります」
サンジは畏まって頭を下げると、社長室を出て行った。






「お疲れ様です」
「お疲れ様」
ここ数日はカリファとアルビダに並ぶようにしていそいそと退社していたサンジだったが、今日はゆっくりと給湯室の
後片付けをしている。
自宅から持ち込んだサイフォンもお役御免だ。
ケーキナイフやサーバーも撤収して、紙袋を抱えて給湯室から出る。

社長はソファにだらしなく足を投げ出して、新聞を顔に掛け腹の上で両手を組んで眠っていた。
どことなく、不貞腐れているようにも見える。
「お先に失礼します」
一声だけ掛けて顔を背けるが、視界の隅でちょいちょいと何かが揺れた。
社長が、右手だけ挙げて手招きしている。
―――この、横着者
カリファが乗り移ったような気分になって、サンジは壁際に紙袋を置くと静かに歩みよった。
「何か、御用ですか?」
声が遠いと思ったのか、社長は無言で手招きを繰り返す。
サンジは勿体つけて近寄り、さっと新聞紙を取り払った。
「迅速にお願いします。俺はもう、帰りますよ」
社長は寝転んだままじっとサンジの顔を見上げていた。
―――す、拗ねてる?
大の男を形容するにはあまりに不似合いな単語が浮かんで、サンジは思わずぽかんと口を開けてしまう。
その隙をついたのか、社長の手が瞬時に無防備な腰を抱いた。
「この間は、乱暴をしてすまなかった」
そう詫びながら、傷を癒すように撫で擦る仕種をする。
労りと愛撫ってのも似てるよな・・・と、サンジはどこか他人事のように感じながら社長の側に腰を下ろした。
「どうってことないですよ、気になさらないでください」
懐から煙草を取り出して、火を点ける。
横を向いて数度吹かしてから、首を傾けて社長に視線を移した。
「いいコト色々教えてもらいましたから」
挑発する目付きで微笑む。
それに呼応するように社長も目を眇め、両手でサンジの腰を抱いて自分の膝上に下ろした。
「ちゃんと、引継ぎしておかなくちゃな」
スーツの下に手を潜らせて、シャツの上から肌をなぞる。
布越しに指が触れ、サンジは小さな吐息を漏らした。
「ここが、弱いとか――――」
シュルっとネクタイを緩め、覗いた白い首元にきつく吸い付く。
「・・・痕がつきやすいとか」
ちゅ、ちゅと音を立てて吸い付きながら、シャツを捲り素肌を弄った。
サンジは自らベルトを外し、前を寛げる。
少し湿ったそこに、社長は手を差し入れた。
「触れられるだけで、もうこんなだとか―――」


本当は、社長の声を聞くだけで、匂いを嗅ぐだけで一気に体温が上がってしまうのだ。
身体中の血が凄い勢いで全身を駆け巡るようで、眩暈を起こしそうになる。
もっと触れて、熱を高めて―――
こんな風にスイッチが入るのは、相手が社長だからなのに。

「すぐにピンク色に染まる・・・本当にわかりやすい」
社長はシャツの間から鼻先を埋めるようにして、舌で舐めては歯を立てるを繰り返している。
敏感な部分も甘噛みされて、サンジはビクンと身体を震わせた。
「・・・痛い、です」
「少しくらい痛いのも、好きだろう?」
いつの間に手にしていたのか、ジェルで濡れた指がやや強引に押し入った。
「う、や・・・」
「嫌だと言うのは、大抵イイんだ」
太股辺りにズボンを引っ掛けて、腰を曲げた状態で奥を探られる。
滑りに助けられて、すぐにそこは熱く蕩けはじめた。
「・・・ふ・・・」
サンジは緩く首を振って、社長の肩に凭れかかった。
長い前髪が顔を多い、表情が見えない。
「後ろだけで、こんなに濡れて」
露を浮かせた先端に、社長の舌がぬるりと絡められた。
直接的な快感に堪らず身を捩り、咥え込んだ指をきつく締め付けてしまう。
「うあ・・・」
「そうがっつくな」
社長の温かい口内で包まれて、さらに後ろからはごつい指で乱暴に掻き乱されて、サンジは身も世もなく喘いだ。
無意識に足が開き、膝で引っ掛かったズボンがもどかしくさえ思える。
「あ・・・やだ・・・」
翻弄されるのが悔しくて、身体を不自然な形に捻って社長の下腹を探した。
すでに雄々しく盛り上がっているそこを震える手で寛げて、顔を埋める。
お互いの急所を咥えて貪り合う様は、まさしく獣のようだ。
あまりに浅ましく淫らなのに、興奮が止まらない。
「はあ、ああ―――」
ねだるように腰を揺らして、サンジは下肢にまとわり付いた衣服を脱ぎ捨てた。
社長は自由になった足首を掴み肩に掛け、身体を起こすと大きく開いた両足の間に腰を沈める。
「これもいいが、バックも好きだな」
「・・・う・・・」
膝裏を押さえつけ、勢いよく突き入れる。
すでに解れたそこは多少の痛みと圧迫感を伴いながらも、ようやく与えられた新たな刺激に悦んで応えた。
足の間で勃ち上がったペニスは、歓喜の涙を流しながら揺れている。
「こうして小刻みに揺らしながら、時折突かれるのが好きだろう?」
「・・・うはっ、は・・・」
「こうして揺らして」
見慣れた天井の模様が、社長の動きに合わせて揺れる。
「抜かれるのは―――」
「ああっ、嫌っ」
反射的に追いすがるように締め付けた。
社長が歪んだ笑みを浮かべる。
「嫌か、抜かれるのは」
「う、うう・・・」
「抜いた分だけ、打ち付けてやる」
「うはっ、あ・あ―――」
ずるりと抜ける感触がどうにも嫌で、もっともっとと腰を押し付けた。
社長にしたら、貪欲に咥え込むだけの淫乱な肉壁にしか思えないだろう。
だけど、ただ貫かれるだけじゃ足りないくらい、社長が欲しかった。
ずっと奥まで、深く、激しく、社長が欲しかった。

「社長・・・しゃ、あ・・・」
抱きつこうと両手を伸ばしたのに、それを片手でまとめて掴んで頭の上に縫いとめてしまう。
「こうして突かれながら、乳首を引っ張られるのが好きだろう?」
色濃く張り詰めた乳首を思い切り抓られた。
電気が走るみたいに快楽で痺れて、思わず大きな声を上げる。
「・・・ああっ―――」
社長の背後で、足が跳ねた。
無意識に閉じようとする腿を邪険に押し開いて、社長の律動が激しくなる。
「・・・中出しが、いいな・・・」
「ん、ん・・・」
熱に魘されたように、ただコクコクと頷いて顔を背ける。
「せいぜい、可愛がってもらうが、いい」
社長の息が荒い。
「全部引き継いで、伝えてやる」
両手で乳首を捏ね繰り回されながら、最奥まで捩じ込まれた。
身体の中から震えが湧き上がり、ガクガクと細かい痙攣を起こす。
社長の腹の下で、じわりと熱が広がりサンジの腹を濡らした。
「後ろだけで、イけることも―――」
勝ち誇ったような社長の声に、サンジは硬く目を閉じたまま応えなかった。
ただ離れるのを惜しむように、逞しい体躯を両足で挟み荒い息をついている。

絡み合ったまま暫く、お互いに動かなかった。
この熱が去ってしまうのが怖い。
ずっとこうして、社長を感じていたい。
独り善がりな願いだけれども、サンジは素直にそう思っている。





顔を背け目を閉じたままの瞼に、そっと温かいものが触れた。
その感触に促されるように目を開けて、社長の唇だと気付く。
「社長?」
「・・・泣くな」
誰が?と素で問いかけて、初めて自分が泣いていることに気付いた。
頬を濡らす雫を慌てて拭うのに、次から次へと涙が溢れてくる。
「泣いてません」
明らかに涙を流しながらそう断言するサンジを、社長はいつもの少し困ったような笑顔で見つめている。
「最後の顔が、泣き顔じゃ寝覚めが悪い」
「泣いてませんよ」
どうして涙が出るのか、サンジにもわからない。
社長の言葉に少しは傷付いたかもしれないけれど、全部本当のことだ。

「脅して悪かった」
「え?」
ゴシゴシ擦って赤くなった目をして、サンジは顔を上げた。
「引継ぎなんかしない。君の名誉は守る」
ちょっと脅してみただけだと、悪戯が見つかった子どものように神妙な顔つきになる。
ああ、こういうところが憎めないと、サンジも表情を和らげた。
「別に引継ぎは必要ないですよ。俺ももう、いなくなるし」
サンジの言葉に、社長の表情が固まった。
しまったと思ったが、なんだかその顔もおかしかったのでサンジは調子に乗って言葉を続ける。
「ほんとは、黙って辞めるつもりだったんです。辞表とか出さないで、無断欠勤で。だってなんか腹立つじゃないですか」
「・・・・・・」
社長の反応がない。
もしかして、怒らせたか。
「あ、でも社内規程で退職する場合は3ヶ月前から直属の上司には相談しなきゃ、いけなかったんでしたっけ。
 あの・・・すみません」
下半身を絡めたまま向かい合って頭を下げるのもなんだかな〜という構図だが、サンジは大真面目だ。
「辞めるから次どことか、そういう当てもないんです。ただ、社長がいないこの会社には、いてもしょうがないな・・・って・・・」
最後は消え入るような声になった。
目の前の社長は、明らかに怒ったような顔つきになっている。
ずっと黙って訊いているが、口元は引き結ばれ瞳の色が強い。

「女々しいとか、思っても構わないですよ。俺がつまんないんですから。社長いないとやですもん。社長がこの先どこ
 行ってしまうのか、知らないし追いかけないけど。でももう、社長いないなら俺ももういいです。辞めます」
ものすごく無責任な発言だと自分でも思う。
でもこれが本音だ。
「会社辞めて、社長のことなんか忘れます。でも時々思い出して、こうして泣いたりなんかもしてやります。気持ち悪い
 かもしれないけど、ざまーみろだ」
途中から自分が何を言ってるのかわからなくなってしまった。
「俺、社長が初めてだったんですから!俺をこんなにしたの社長ですから!社長が俺の運命と性癖を変えちゃったんですから!
 責任取れとは言いませんけど、一方的に想っちゃうくらいは許されて当然だと思います。社長が全部悪いんです!」
話している間にボルテージが上がってきて、とうとう逆切れた。
「社長のこと好きですけど、社長は社長で勝手にしてください!俺はもう、知りません!」

能面のようだった社長の顔が、口元だけぽかんと開いた。
サンジの勢いに呆気に取られたのか、なんとも間抜けな表情だ。
「・・・社長?」
さすがに心配になって、サンジはおずおずと覗き込むように首を傾ける。
「お前、俺のことが好きだってか?」
呆然とした表情から、一転して訝しげな顔つきになる。
疑われているのかと、また腹が立った。
「当たり前でしょうが、好きでもなきゃこんな真似許しませんよ!」
まだ社長を股の間に挟んだままだったので、これ見よがしにきゅっと締め付けてやった。
秀でた額の血管が、ぴくりと浮き出る。
「だが俺は、もう社長じゃなくなるんだぞ」
「知ってますよ」
「この会社からも去る」
「知ってますって」
「そしたら、もう好きじゃないだろう」
「はあ?」
サンジはあからさまに馬鹿にした声を出した。
「なんでそーなるんですか、関係ないでしょう」
「関係あるだろ」
「何が」
「お前は・・・」
社長は一拍置いてから、口をへの字に曲げて搾り出すように言った。
「俺のこと、『社長』としか呼ばないじゃないか」
「・・・・・・」
何を今更、というか・・・どこからどう突っ込んだらいいんだ?

サンジは深くため息をついて、わざとらしく肩を竦めた。
「それも社長のせいですよ」
「ああ?」
柄の悪い声で聞き直す社長は、まるでチンピラのようだ。
「だって、会社の中でしか手出してこないでしょ」
「ホテルででもしただろうが」
「あれも夕食会の後で、仕事の延長じゃないですか。基本的に仕事の範囲内でしか、接点なかったでしょうが!」
せめて翌朝、サンジが目覚めた時に社長が側にいてくれたら、少しは状況が変わっていたかもしれない。
社長と秘書の関係だけじゃないプライベートの空間があったなら、サンジだってもう少し自分の存在に自信が持てた。
けれどいつだって社長は社長で、自分は秘書で。
社内での息抜き程度でしか触れられない、手慰みの存在でしかないと思っていたから―――

「俺が社長でなかったら、こんなことさせてくれなかったんだろう?」
この期に及んでまだそんなことをほざいて、社長はおずおずとサンジの腰を両手で抱いた。
対してサンジは、不機嫌を露わにして社長を睨み据えている。
「確かに社長じゃなかったら許しませんけど、それだって社長なら誰にだって許すわけじゃありません」
話がややこしくなっているが、ニュアンスは伝わっているらしい。
それでも、社長はダメ押しして来た。

「なら俺が、ジュラキュール・カンパニーの社長ではなく、ただのロロノア・ゾロだったら?」
サンジはふんと鼻で笑った。
「そんなもん、大好きに決まってるでしょ」
尊大にそう言い放ち、初めてサンジからキスを仕掛けた。





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