Sweet sweet 1

その日到着したのは小さな小さな島。
丸1日あれば周囲を一周できるほど小さな島なのに、今日は人で溢れ返っている。

「小さいのに随分賑やかな島だなあ。」
「なんでも今日は島のお祭りらしいわ。昔この島の恋人達のために殉教した牧師の祭日ですって。」
言われてば見れば、道行く人は何故かカップルが多い。
老いも若きも手を繋いで、にこやかに歩いている。
「この祭りにお参りすると、ご利益でもあるのかあ。」
「そんなものかもしれないわね。」
冒険第一で色恋沙汰に縁のないクルー達は、そんなもんかねとそれでも楽しげに眺めている。

笑いさざめく恋人たち。
穏やかな声。
 
「なんかいい雰囲気だな。」
そう、冷静に考えれば異様なくらい、穏やかな島だった。



「だめね。どこの宿も一杯だわ。」
ログが溜まるのは半日だが、せっかくのお祭りだから一泊しようと宿を求めたが、どこも予約で満杯だった。
「船で泊まろうぜ、充分祭りは楽しめそうだ。」
「そうね。とりあえずサンジ君には先に買出しに言ってもらったから。」
治安の良い小さな島では船番も必要なくて、全員揃って陸で眠れるチャンスだったが仕方がない。
縁日を廻るルフィを引っ張りながら、ナミもひとときのデートを楽しんだ。


船に戻ると甘い匂いが立ち込めている。
「なあに、凄くいい匂い。」
「あ、お帰りなさいナミさんv」
ピンクのエプロンをつけたコックは、一段と華やかな笑顔で振り向いた。
「今日はなんでもこの島で、年に一度の聖なるお祭りなんですって。それで郷に入っては郷に従えということで、こちらの風習に習ってみました。」
テーブルに並べられた夕食はいつもより豪華で、色とりどりだ。
そしてさっきから香る甘い匂いの正体は・・・
「チョコレート?」
「ええ、今日一日は必ずチョコレートを食べなければならないそうです。」
「まあ、素敵な風習ね。」
「サンジ―美味そうな匂いだなあ。」
ルフィが扉を開けると同時に飛び込んできた。
ビヨンと伸ばした手をサンジは素早くぺちっと叩く。
「こら、ルフィ、ちゃんと手を洗わなきゃ、だめだぞ。」
わーいい匂いーとどかどか入ってくるチョッパーたちにも言いつけて、洗面所に促した。

全員が席に着いたところに、しかめっ面のゾロが入ってきた。
「んだあ、このクソ甘ったるい匂いは・・・」
その言葉に、途端にサンジは頬を膨らませる。
「そんなこと言うゾロには、何にも食わせてやらねえ。」
「あー、まあまあ、いー匂いじゃねえか、なあゾロ。」
「おい、ご馳走を前に喧嘩はなしだぞ。食おうぜ。」
「そうね、いただきまーす。」
豪勢な食事の前では争い事も消し飛んでしまう。
だから、小さな変化に誰一人気づかなかった。

「今日はねえ、デザートがふるってるんですよ。」
今日のサンジはよく笑う。
まるで花のような笑顔で。
さっきは悪態をついたゾロだが、うまい料理と目の保養で、匂いもそう気にならなくなっていた。
サンジはえらく穏やかで、物腰が柔らかい。
ルフィの行儀の悪さにも、叱るというよりたしなめる感じだ。
――――おかしい?
ゾロの思考は歓声に打ち消された。
「はい、フォンダン・オ・ペカンに、ショコラタルト。ムースにピール、そしてショコラ・フォン・デュでーす。」
甘い匂いの元、褐色のケーキとともに見事にカッティングされた色とりどりのフルーツがトレイ一杯に盛り付けられている。
「すげー、うまそー!!」
「ああ、なんて豪華なの。又カッティングがとても素敵v」
「お褒めにあずかり、光栄です。」
さっきたらふく夕食を平らげておきながら、まるでハイエナのように群がる欠食児童たちを尻目に、ゾロは一人地酒を傾けた。
「ねえ、これなあに?」
ナミが示したのは、オレンジ色の見慣れない果物。
甘くて酸味があり、チョコレートに実によく合う。
「それは、この島でしか取れない果物らしいです。今日はこの果物にチョコをつけて食べて過ごすのが、正当な過ごし方らしいです。」
サンジは頬杖をついて、ふふと笑った。
「市場で試食させてもらって、あんまり美味しいんで買ってきたんです。あ、お値段は安かったですよ。」
「素敵ね。味もいいしこの芳香がたまらないわ。」
ロビンまでどこかはしゃいで、子供のような笑みを浮かべた。
「美味しいねえ。おかわり貰っていい?」
「どうぞどうぞ。たくさんあるから。」

ゾロは一人でグラスを傾けているうちに、強烈な違和感に襲われた。
やはり変だ。
何がって、ここにいる全員・・・。

目を向けると和やかにテーブルを囲むクルーがいる。
穏やかに笑って、アルコールが入ったせいか、ほんのりと頬を染めて、ころころと笑っている。
ナミやロビンならいざ知らず、ルフィもウソップもチョッパーも・・・これじゃあ
まるで――――。

ゾロは窓から外を見た。
明々と灯りの燈った広場は賑やかで、行き交う人が笑いさざめいている。
島の連中と、同じじゃねえか。


「ぞーろ」
思わずびくりと振り向いた。
サンジが目を潤ませて、すぐ側に立っている。
「どしたの、匂いきつくて嫌?」
少し首を傾げて問うそ瞳は、不安げに揺れている。
「いや、匂いはもう、気にならねえ・・・」
「そう、よかった。」
再びにこりと微笑んだ。
途端に心臓がどきまぎ暴れ出す。
何だその面、って−か、てめえ今日笑いすぎ。
突っ込もうにも声を掛けられる雰囲気ではない。
一体どうしちまったんだ。

「なあ、ナミ、もう夕日が落ちたなあ。」
「そうねえ。」
「星出てねえかなあ。」
「出てるかもねえ。」
「見に、行こうぜ。俺の場所でよ。」
「うん。」
 
びっくりしすぎて顎が外れるかと思った。
ルフィとナミが二人だけの会話をしている。
しかも公衆の面前で。
臆面もなく。
 
口を開けたまま唖然とするゾロの横をすり抜けて、二人は寄り添うようにキッ
チンを出て行った。
 
おいおいおい・・・
 
振り向けば残りの奴らは、誰もそのことに気づいていない。
ロビンはふわりと欠伸をして、たくさんの手で食器を片付け始める。
「ごちそうさま。私なんだか眠くなっちゃったわ。お先に失礼していいかしら。」
「ああ、どうぞどうぞ。片付けますから、おいといてください。」
おやすみなさい、と軽く手を上げてキッチンを後にする。

「ああ、俺は今猛烈に芸術に目覚めた!」
突然ウソップが声を上げた。
「詩だ、歌だ、ポエムが書きたい!カヤ!君に捧げる愛の歌が、今この瞬間、俺様から誕生する!!」
叫んだかと思うと、突如ばたばたと駆け出していった。
なんだかもう、おかしすぎる。

目をぱちくりさせているゾロの前に、チョッパーがとことこ歩いてきた。
「な、ゾロ。なんかおかしいと思わないか?」
いつも以上につぶらな瞳でチョッパーが見上げてきた。
思わず、うっと、訳もなく喉が詰まる。
「凄く、この実が気になるんだ。」
チョッパーの手にはさっき出されたオレンジの果実。
サンジに聞こえないように、そっとゾロに耳打ちする。
「俺これから、この実の成分を調べてみるよ。」
でもそれは、まるでいたずらを思いついた子供のように浮かれた言葉で、大きく開いた目はきらきらと輝いている。
「えっえっえ。楽しみだなあ。」
くねくね身体を泳がしながらスキップする後姿は、やはり自覚があるとは言え、充分におかしい。

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