推定無罪 -2-



翌日は朝からどんよりとした曇り空だった。
こういう天気の日は空が暗いせいか体内時計が狂うのか、大概目覚めるのが遅くなる。
別に規律正しい海軍って訳でもないのだから、好きなときに寝て起きればいいと思うのだが、この船のコックはそれを許さない。

「起きろ野郎共、朝飯の時間だっ!」
荒々しく扉を開け放ち、転がっているクルーを手加減なしに蹴り飛ばしながら怒鳴りつける。
寝惚けて転がるチョッパーを受け止めて、ゾロはのそりと身体を起こした。
その姿を認め、サンジはちっと舌打ちし忌々しそうに肩をいからせながらさっさと男部屋を後にする。
蹴り起こす口実を無くしたのが口惜しいのか、ゾロと顔を合わせるのが嫌なのか。
どちらにしろ態度はいつも通りだなと、ゾロはやや拍子抜けした気分になった。



実際、昨夜のことは夢だったかと錯覚するくらい、サンジに変化はなかった。
男に厳しく女に甘いは相変わらずだったし、手を抜くことなく仕事をこなし、ゾロにだけ冷淡に接することもなかった。
なんとなく腑に落ちなくてまじまじと見ていたら、「なにガンくれてんだコラ」とすかさず喧嘩を売られた。
売られた喧嘩はきっちり買ってやろうと、口で争いながら後甲板に誘う。
クルーの目がなくなったところで、剣は使わず拳で背中や腰を中心に打ち込んでやったら呆気なく勝負がついた。
いつものように蹴りに威力がないし、腰にだって力が入っていない。
こんな状態で俺に喧嘩売ろうなんて、いい根性だ。

甲板の隅で丸くなって蹲り、浅く呼吸しながら痛みを堪える背中を見ていると、自分でもどうしたことかと思うくらいに意地の悪い気持ちになってくる。
「ざまあみろ」
ガキくさい台詞が飛び出した。
サンジはぎょっとしたような顔をして振り返り、その言葉がゾロの口から発せられたものだと目で確認して尚、いぶかしげに眉を顰めて首を傾ける。

昨夜のことをなかったことになんて、できるわけがない。
少なくともサンジの身体は傷付き、プライドだってへし折れたはずだ。
そうでなければならない。
ゾロは確かに、途中から傷つけるつもりで手を加えたのだから。

口元に歪んだ笑みを湛えて見下ろすゾロを、サンジは奇異なものでも見るかのような目で見ていた。
そこにあるのは怒りよりも戸惑いと不安。

その目の色を探るうちに、なかったことにしようとしたのは、或いは彼の保身ではなくゾロへの気遣いだったのかもしれないと、不意にその可能性にも思い至った。
昨夜の、憎しみや怒りだけではない彼の虚無感を思い出し、後から波のように押し寄せた悲しみにも飲まれない強さを見届けて、心のどこかで安堵した自分がいたように。
サンジもまた、感情に流されるだけでなく、彼にとって「悪」でしかないゾロの行為を認め許す理由があったのかもしれない。

まだ青褪めて荒い息をつくサンジの、すぐ側に足を踏み入れ腰を下ろした。
腹を蹴られるかと横たわったまま息を詰めるサンジの、竦んだ頤に手をかけて仰向かせる。
何かを問いかけた形のまま半端に開いた唇を、塞ぐように覆い被さって吸った。
目元を覆った長い前髪の間から、片方だけ覗く蒼眼が大きく見開かれる。
腹を庇って胸元で交差させた両腕は、そのままの形で硬直し抗う動きを持たない。
眼を開けたまま口付けを施し、サンジの反応をつぶさに観察してゾロは触れたのと同じ素早さで離れた。
横たわったまま顔だけ擡げているサンジを置いて、さっと立ち上がる。

「ざまあみろ」
見下ろし、先ほどと同じ台詞を投げつけて、ゾロはきびすを返した。
振り向かずとも、サンジが瞠目したまま見送っていることがわかる。
咄嗟に反応できないのだ。
驚いているのだ、不意をつかれたのだ。
戸惑いと不安と、そして混乱。
サンジの心情が手に取るように理解できて、ゾロは心の底から笑いが込み上げてくるような高揚感を味わった。
自分の行為が、サンジに変化を起こしていく。
そのことが、こんなにも楽しい。


溜まった欲を吐き出す受け皿として仕掛けた行為だったのに、それが思わぬ展開を呼んだ。
サンジがもっとあからさまにゾロを憎み、怒りをぶつけ拒絶したなら或いは、立場は違っていたかもしれない。
だが、結果的にゾロもサンジも態度を変えることもなく、共に生活する仲間たちも二人の変化に気付くことはなかった。
けれど、確実に変わりつつある。
ゾロはサンジを眼で追い続ける。
サンジは決してゾロを見ない。








ラウンジで寛ぐ仲間たちに夜食と飲み物のサービスだけをして、サンジは見張台へと足を運んだ。
今日の不寝番はゾロだ。
誰が不寝番であろうと夜食の差し入れに赴くサンジは、今日がゾロだからと言って差し入れをやめたり他の誰かに頼んだりはしない。
だから自ら縄梯子を登る。
そのことを知っていて、ゾロも心地よく響く軽い振動を、目を閉じて待っている。

「飯だ」
ぶっきらぼうにそう言い、腕だけ伸ばしてバスケットを置こうとする手首をすかさず捉えた。
煙草を咥えた口元から、噛み締めた歯が覗く。
ちっと大きく舌打ちして、サンジはそのまま引っ張り上げられるように見張台の中に入った。
バスケットを傾けないように床に置けば、それを待っていたかのように掴んだ手首をそのままに
床に引き倒される。
「なんの真似だコラ」
わかっていて、一応抗議をしてみる気だろう。
「またやらせろ」
腹の上に跨ってネクタイを緩めるゾロに、ふんとつまらなそうに鼻を鳴らして横を向く。
「せめて『やらせてくださいお願いします』とか言えねえのかよ」
「言うか馬鹿」
しゅるりとネクタイを外して、これで縛ってやろうかと思ったが、サンジが抵抗していないことに気付いて無用だと悟った。
「脱がされるのが好きか?自分で脱ぐか?」
「脱がされるなんてとんでもねえが、なんでわざわざ俺が脱がなきゃなんねえんだ」
もっともな返答だがそれでは先に進まないから、ゾロは仕方なくベルトを外して下着ごとズボンをずり下ろした。
下ろす瞬間に腰が少し浮いたから、協力的だと言えるだろう。

外気にさらされた真っ白な尻に、ぷつぷつと鳥肌が立つのを目で追いながら、ゾロはさっさと太腿の裏に手を掛けて開こうとする。
「ちょっと待て」
その動きを鋭く制して、サンジはバスケットの中から小さな瓶を取り出す。
「こないだ、マジで死ぬかと思うくらい痛かったからな・・・痛いのは、勘弁だ」
チョッパーから貰った手荒れ用の香油だと、おずおず差し出す仕種がぎこちない。
ずっと伏せられたままの目元は赤く色付き、口元が忙しなく幾度も噛み締められる。
「で、俺が解すのか、それともてめえが自分で解すか?」
「・・・なんで俺がわざわざ―――」
言い終わらないうちに膝裏に手を掛けてころんとひっくり返した。
浮いた腰の下に自分の膝を入れて両足を軽く広げさせると、膝の間で仰天した顔のまま仰向けに転がったサンジが、ぎゃっと小さく悲鳴を上げた。
「お、おま・・・なんて格好―――」
「自分で足持ってろ」
暗がりでも白く浮いて見える膝裏の、静脈の筋がなにやら色っぽい。
その辺りをしげしげと眺めながら、この間無体を働いた秘所に指を這わせて香油を垂らした。
「・・・ひゃっ」
冷たさにぴくりと身体を震わせて、それでもサンジはだるまのように丸まったまま動かなかった。
指の腹で丹念に塗り広げるようにして内部を擦ってやる。
そこだけ色濃く染まった袋とその下に続く窄まりは女のそれとはまったく違うが、まともに見ても萎えるようなグロさはなかった。
と言うか、これはこれで結構クる。
―――色が白えからか
肌理が細かく、引き締まって痩せているから雄臭さがない。
縮こまっているペニスも淡いピンク色をして震えているから、同性だと言う嫌悪感には繋がらなかった。
「・・・ん・・・」
サンジは抵抗しない代わりに自分のシャツをたくし上げて、口元を覆っている。
今の状況を認めたくないのか、硬く目を閉じて刺激をやり過ごそうとする姿は、罰に耐える殉教者のようだ。

香油の力を借りて、やや強引に指をねじ入れた。
噛み締められたシャツの隙間から、くぐもった声が漏れる。
顰められた眉は苦悶を表し、先ほどまで上気していた頬も色を失くしていた。
サンジの表情を逐一確かめながら、ゾロは後孔を穿つ手を緩めない。
指を奥まで差し入れて軽く引っかくように擦れば、口元を歪めて身動ぎする。
構わず本数を増やし、中で指の股を開いては抉るを繰り返すとますますサンジの身体は硬く強張って
いくのがわかった。

「ちっ」
舌打ちすれば、ぴくりと小さく震えてゾロの指を締め付けた。
それはそれで心地よい締め付けだが、これではいつまでも埒が明かない。
このまま突っ込むかと身体を起こしたら、不意にサンジの手が伸びた。
まだ寛げていないゾロの下腹を撫でて、張り詰めた塊を確認する。
「なんだ」
ゾロはその手に促されるように、腹巻を上げズボンを下ろした。
すでに臨戦態勢のそれはぶるんと揺れて、腹につくほどに反り返っている。
確かめるようにそれに触れて軽く握る、サンジの手の白さと冷たさが心地よい。

「・・・すげ・・・」
ため息のような声を漏らし、サンジはゾロのそれを凝視した。
「なんで?俺見て、男見て勃つんだ?」
今更な呟きに、ゾロは失笑した。
「勃ったから押し倒したんだろうが。てめえを犯りてえんだよ」
「・・・俺を?」
「いいから転がってろ」
香油を手に取りペニスに塗りつけて、もう一度サンジの後孔を探った。
先ほどより、少し柔らかくなっている。
もう少し解すかと指で撫でながら、捲くりあがった白い腹に目をやった。
シャツの裾から小さな臍が覗いている。
片手で孔を解しながら、もう片方の手で悪戯にシャツの下に手を差し入れた。
引き締まった腹と胸の筋肉を確かめるように撫でて、小さな尖りに行き当たる。
女のそれとは比べ物にならないくらいささやかな乳首を、軽く摘まんでみた。
きゅ、と孔に差し込まれた指が締め付けられる。
「なんだてめ、これで感じやがるか」
「んな訳ねえだろっ」
ともすれば指の隙間から逃げる小さな突起を、逃がさぬように腹で押しつぶすように捏ねて、悪戯に顔を寄せた。
「ば、やめろっ」
身を捩って逃れようとするのに、噛み付くように吸い付いた。
小さなそれが、ゾロの舌の中でぷくりと膨れる。
「んあ、あ・・・」
中に差し入れたままの指が、ずぶずぶと減り込んだ。
その変化に気をよくして、ゾロは口の中であやすように小さな乳首を転がしながらもう片方を指で捏ねてやる。
中に飲み込んだゾロの指を更に奥へと誘うように、内壁が収縮した。
――――こいつ、感じてやがる
刺激され、ささやかながら勃ち上がった乳首を甘噛みし、胸全体を舌で舐めた。
サンジの背が撓り、自分の膝裏を押さえていた手がゾロの腕に縋るように添えられる。
頃合いだろうと、唐突に顔を上げてサンジの背中に手を差し入れた。
腰だけ抱き上げて己の膝に乗せ、すでに猛ったそれを宛がう。
サンジは仰向けのまま成すすべもなくゾロを見ていたが、その内長い腕を交差させて目元を隠した。


ずぶりと減り込ませ、強引に腰を進めればこの間とは比べ物にならないほど、たやすく入った。
お、たまんね・・・
熱く狭い器官の締め付けが、ゾロ全体を覆っていく。
下半身だけ剥き出しにして、大きく足を広げて受け入れているサンジの姿が、また欲情を煽った。
全部埋め込んでしまってから身体を起こし、サンジの顔の横に腕を置いて覗き込む。
「動くぞ」
別に言わなくてもいいのだが、顔を隠したままゾロの言葉に小さく頷く仕種がなんども言えずイイ。
サンジの尻を抱くよう手を添えて腰を打ちつけた。
熱くうねるように受け入れるそこはやはり抜群に具合が良くて、ゾロは何度もうっかりもっていかれそうになるのを歯を食いしばって耐えた。
ゾロの律動に合わせて、サンジの痩躯が上下に揺れる。
乱れた金糸が床に散らばり、顔を覆う両腕の下から覗く口元は半開きで隠しきれない喘ぎが漏れた。
捲れ上がったシャツの裾から覗く、色付いた乳首に誘われるように手を伸ばした。
指できつく摘まみあげれば、ゾロを咥え込んだそこが竦みあがるように締め付けた。
「あ、やっ・・・」
腕をずらし睨み付ける青い瞳が涙で滲んでいるのに気付いて、ゾロの後ろ頭辺りで何かがぷつんと切れた。

「あ、ああああっ・・・」
思わず上がった悲鳴を覆うように、サンジは両手で口元を覆った。
それに構わず、ゾロは闇雲に腰を突き上げる。
肘で隠した胸元を力任せに抉じ開け、尖りに噛み付いて唾液で濡らした。
「ひ、や・・・やっ」
乳首への愛撫を拒むように身体を捻れば、角度を変えて突き入れ、激しく挿迭を繰り返す。
顔背け床に頬を擦り付けるようにしてすすり泣くサンジの、無防備なうなじに歯を立てて一層深く己を埋め込んだ。
片足だけを上げる格好で、サンジの身体が激しく揺れる。
いやいやをするように首を振り、目じりからほろほろと涙を零しながら、サンジが首を捻るように傾けた。
その唇が誘うように濡れていたので、噛み付く勢いで口づける。
じわんとサンジの中が熱く蕩けて、ゾロは慌てて己を引き抜いた。

白い腹の上に、勢いよく精子をぶちまける。
自ら扱いて搾り出せば、驚くほどの量でサンジの腹を濡らしていた。
いつの間にか肩で息をしている自分に気付いて、苦笑する。

ゾロに途中で放り出された形になったのか、サンジは足を開いたまま床の上に寝そべって放心していた。
腹の上で力なく寝ているピンク色のそれが、イった気配はない。
「イかなかったのか?」
出し切って満足した己に手を添えたまま、ゾロはそう声を掛けた。
荒い息をついて仰向けになったサンジの、焦点の合わない目がゆっくりと動く。
「・・・なんで、俺が・・・突っ込まれて、イかなきゃなんないんだ・・・」
まさに息も絶え絶えにそう抗議して、のろのろと身体を起こした。
「畜生・・・無茶、しやがって・・・」
タオルで汚された腹を拭き、尻にも当てている。
「切れてねえだろ」
「うっせえ馬鹿、てめえはもう口利くな!」
振り向かずにそう叫んでから、シャツの袖でぐいと顔を拭っていた。
ゾロの方を見ないで、そそくさとズボンを引き上げて身支度を整える。

「くそ・・・好き放題しやがって」
ぶつくさと文句を言いながら、サンジはよろよろと立ち上がって縄梯子に手をかける。
どんな顔をしているのかと、引き止めて振り向かせたい衝動に駆られたが、それもまた面倒臭いと思い直してゾロは出て行くサンジを見送った。


すっきりした気分で見張りに戻り、バスケットを引き寄せる。
中に常備されたおしぼりで手を拭いながら、先ほどのサンジの痴態を思い起こしてみた。

途中までは、いい反応をしていた。
もしかしたら、あのまま中出ししていたら、奴もイっていたかもしれない。
今度はそれを、試してみるか。


新たな思いつきに一人ほくそえみ、まだ温かい夜食に手を伸ばした。




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