Steady 1

一月ぶりに、島に着く。
小さな島らしいが、交通の要衝になっていて賑やかな街らしい。
「カジノもあるそうよ。」
ナミの声が弾む。
「焼肉屋はあるかな〜」
「あるわよ、きっと。」
「ドクターに聞いたことがある、この島にいる薬屋は結構いいんだ。」
チョッパーも嬉しそうだ。
「ログが溜まるまで5日もかかるから、ぱーっと散りましょう。」
とりあえず船番の順番だけ決めて、各々準備に取り掛かった。
浮かれているクルーの中で、珍しく一人だけ浮かない顔の男がいる。
サンジだ。
原因は、10日前にさかのぼる。




いつからだったか、サンジはうっかりゾロと身体の関係を持ってしまった。
あくまでサンジにとっては過ちに過ぎないが、(何度も繰り返しているから過ちでは
済まされないと思うが)幸い誰にばれることもなく(と、本人達だけが思っている)
ある意味、平穏無事に日々を過ごしていた。
しかし、海賊の日々は平穏とは言いがたい。
いきなり海軍に出くわして追いかけられたり、通りすがりの海賊船を沈めたりして結構
忙しい日々が続いた。
忙しさにかまけてゾロとの関係をないがしろにしていたら、いきなりゾロに襲われた。
文字通り襲われた結果、サンジは翌日の朝食の準備すらままらない状態に陥ってしまった。
ここで激怒したサンジは
「今後一切、船ではやらせねえ!」
と宣言した。
自分のやりすぎを自覚していたゾロは反論することもなく、船ではやらないことを約束した。
しかし、この約束には落とし穴がある。
船ではやらせない、と言ったのだ。
陸ならオッケーなんである。
サンジがそのことに気づいたのは、島影が見えた頃だった。
ゾロの熱い視線を背中に感じる。
―――やべえ・・・マリモヘッド、気づいてやがるか。



なんで船ではなんて言ったんだろう。
船でも、って言えばよかったのか。
そもそもなんでこうなったよ。
頭の中一杯に後悔と反省が渦巻くサンジの耳元に、ゾロが近寄りささやいた。
「約束は、守るよな。」
いきなり言われて飛び上がった。
「・・・あ、あ、何――」
あの底意地の悪そうな顔でにやりと笑っている。
――やべえ、こいつやる気だ。
背筋を冷たいものが走る。
そうでなくても、こいつはもう10日もお預けを喰らっている。
どんな目に遭うか、想像すら恐ろしい。

「俺、船でもって言ったよな。」
愛想笑いを張り付かせて、サンジがへらりと言ってのけた。
「船では・・・だ。」
ゾロも笑って応える。
こめかみに青筋が立っている。
「しのごの言うと、てめえの後ろを付いて歩くぜ。」
声が低くなる。
「勃ったまま、だ。」
――ひえ――――っ!

賑やかな街の中を、四刀流の男を引っ付けて歩くのか、俺。
恐ろしい。
こんな恐ろしいこと言われたの、初めてだ。
サンジは恐怖に凍りついたまま、ただ頭をぶんぶん横に振るしか出来なかった。







「さあ、上陸よ。」
望むと望まざるとにかかわらず、船は進む。
とうとう港についてしまった。
うきうきするみんなの足取りに歩調を合わせ、サンジはとりあえず「ナンパだ〜」と踊って
飛び降りてみせた。
演技だよ、演技。
ゾロはロビンに迷子になるなと釘を刺されている。






別々の方向に進んだと見せて、ゾロがサンジに距離を取ってついてくる。
サンジはちらりとゾロを振り返った。
オッケー。
勃ってねえ。
心底ほっとする。

「何、確認してる。」
ゾロのからかうような口調にむっとして、サンジは歩みを速める。
どうやって撒いてやろうか思案していたら、横道に市が立っているのが目に付いた。
吸い込まれるように寄り道をする。
ゾロは頭に手を当てた。
「こうなると、長えんだよな。」

サンジが珍しい食材の前で早速店主にあれこれ話し掛けている。
もうゾロなど眼中にない。
市場にいるサンジは本当に楽しそうだ。
目を丸くしてあちこち眺め、気軽に声を掛ける。
「おい、どうせ出航は5日後だ。今買えねえぞ。」
ゾロの声にう〜んと眉を寄せる。
「そうなんだよなあ。・・・でも今晩作ってやるよ。喰ってみろよ、な。」
とりあえずそれとこれと――と買い物を始めた。
今晩作ってやるってことは、OKなんだな。
ゾロもそれなら文句はない。
買い物袋を下げて、二人は歩き始める。

またサンジの足が止まった。
今度は酒屋だ。
「これ見たことねー。」
ふらふらと店内に入る。
酒屋なら、ゾロも文句はない。
「いらっしゃい。今日はワインが安いよ。」
気さくな主人に、またあれこれ話し掛けている。
「これは米の酒で、冷酒だ。温めちゃいけないよ。」
「お、冷酒か。」
ゾロも首を突っ込む。
「兄さんには、これなんか良さそうだな。」
試飲させてくれた。
辛口の、ゾロ好みの味だ。
サンジはいつの間にか、何種類か試飲していたらしい。
頬が赤くなっている。
「あ〜これ、俺にはきつい。」
「冷やすともう少し飲みやすくなる。」
主人にどんどん進められていて、ちょっと危うい状況だ。
「おい、出航は5日後だって言ったろうが。」
そろそろ釘を刺して置かねば。
「でもー、保存は常温でいいっていうしなー。」
語尾が伸びている。
この酔っ払い。
「お前もいるしな〜。おっさん、明日これとこれと・・・」
おもむろに注文し始めた。
「なんだ、あの兄さん荷物持ちかい。確かにいい筋肉してるが・・・」
「ああ見えて、クソがつくくらいバカ力だぜ。」
主人と二人顔を突き合わせて、何やらきしきしと笑いあっている。
なんか、むかつく。

注文だけ終えて酒屋を出たと思ったら、隣の缶詰を見ている。
「お前な、いい加減にしろよ。」
「だからー、待ち合わせたらいいじゃねえか。ここを真っ直ぐ言って突き当たりの大通りを
 右に曲がれば何とか通りっつって宿ばっかある通りがあるから、そこで落ち合おう、な。」
早口で言ってのけるが、これはあきらかにゾロを撒く作戦に違いない。
「ともかく、一旦そこまで連れて行け。」
ゾロの方向音痴は、東西南北と左右が危ういだけであって、一度訪れた場所なら大丈夫だ。
サンジは往生際が悪く、舌打ちをする。
「仕方ねえ、ついてこい。」
また早足で歩き出したが、舌の根も乾かないうちにふらふらとよそ見しだした。
「あれ、ウソップの好きそうな店だな〜。」
「う〜ん、このドレスぜってーナミさんに似合う。」
「ああ、隣の店のはロビンちゃんに着て貰ったら・・・もう・・・」
妄想をいちいち口に出しながら、あちこちくるくる廻りだした。
ゾロの忍耐も、そろそろ限界だ。
「い〜〜加減に、しろよ・・・てめえ。」
余所見ばかりするサンジの腕を掴んで引っ張り歩く。
「いってーなあ、・・・あ、そこの青い髪飾りのお嬢さん、どちらまで・・・て、おい!」
ぐいぐい引っ張られて転びそうになりながら、軽く蹴りをいれて文句を言う。
「ナンパは後でいいだろうが、ともかく宿まで連れて行け。」
「お前知らねえくせに、なんで俺を連れて行くんだよ。」
「てめえがきりきり歩かんからだ!」

右手に買い物袋、左手にサンジの腕を掴んでゾロは歩く。
「腕、いてーよ。逃げねーから・・・」
日が傾いてきた。
サンジの頬が赤く染まっているのは、夕陽のせいばかりじゃないだろう。
「てめえに付き合ってると、日が暮れる。」
ゾロはサンジの手をがっちり握りなおした。
そしてやはり引きずるように、前だけ向いてずんずん歩く。
「ああ、そちらのお嬢さんたち、この美しい夕焼けもあななたちの前では色褪せる・・・。」
人相の悪い男に手を引かれながら、いちいち立ち止まって女に声をかけ、引っ張り去られる
酔っ払い。
黄昏の街になぜかしっくり似合っている、おかしな光景だった。

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