Steady 2

―――最初から、こうすりゃ良かった。
ゾロはサンジを掴む手に力をこめる。
どんなによそ見しても、誰かと親しげに話しても、こうして掴んでいれば自分から離れる
ことはない。
サンジも無理に振りほどこうとはしない。
さっきまでの苛々がウソのように、ゾロの胸中は落ち着いている。
―――こうすりゃ、いいのか。
ぱたぱたとせわしない後ろは振り向かず、ずんずん坂道を登っていく。
何通りだか知らないが、広い道との交差点が見えた。
不意に、ゾロの掴んでいる手が、きゅっと握り返される。

振り向いたゾロの瞳は、夕焼けを跳ね返してトパーズのようだ。
サンジが余所見をせずにゾロを見ている。
口の片端をあげて、大股で追い付いた。
「――たまにゃ、こういうのもイイよな。」
誰も見てねーしよ。
手を繋いだまま肩を並べる。

街灯が灯り始めた。
行き交う人々は誰もが幸福そうに笑っている。
待ち合わせる恋人同士、一杯飲みに向かう友人たち、家路に急ぐ親子連れ。
賑わう広小路でゾロとサンジは肩を寄せ合って歩いている。
―――これじゃまるで、俺たちは。
「おい、ここらどうだ。」
いきなりのサンジの声に、条件反射のようにぱっと手を離した。
目の前に大きな宿。
「空いてるか、聞いてみるか。」
さっさと入るサンジの後ろを黙って付いて行く。
「シングル2部屋ですか。」
無愛想な主人だ。
「いや、金がないから相部屋でいい。」
金がない、を強調する。
「できたら、キッチンついてる部屋ないかな。」
「1部屋ありますが、ダブルですぜ。」
う・・・とサンジが詰まる。
「それで構わねえ。」
ゾロが代金を払い、主人から鍵を預かった。
「3階の階段の前の部屋です。」
先に上がるゾロの後ろから、サンジが慌てたように付け加えた。
「お前が、床だからな。」
いまさら、何気取ってやがる。
往来をお手々繋いで歩いた仲だろうが。
そう小声で言ってやると蹴りが入った。



「いー部屋だな。」
こじんまりとしているが、狭くはない。
キッチンもついて、正面にどんとダブルベッドが置いてある。
窓から波止場の明りが見えた。
「おーいい眺め。」
サンジが窓辺ではしゃいでいる。
「こっち俺らの着いた港の方だよな。どっかにGM号あるかな。」
ゾロも荷物を置いてサンジの背後に立った。
[ふん、なかなかの眺めだな。」
サンジ越しに窓辺に手をかけ、身を乗り出す。
眼下には真っ暗な海を縁取る、色とりどりの明りが並んでいる。
「おい・・・重めーよ。」
ゾロにのしかかられて文句を言うサンジの首筋に、そっと口付けてみた。
「・・・!アホ、何しやがる!」
いつもながら過剰な反応に、笑いを禁じ得ない。
「てめえにはムードとかへったくれとか・・・」
カーテンを握るサンジの手を抑えて、喚きだした唇を塞ぐ。
ムードとか避けて通るのはてめえの方だろ。
サンジの代わりにカーテンを閉め、口付けたままその身体を抱え上げた。
舌を絡め取られて、ふがふが言ってるサンジをベッドに横たえる。
体重をかけて足を抑え、両手も押し付けて、ただただ情熱を込めてサンジの唇を貪った。
歯列を割って、舌を吸い、口蓋を舐め上げて下唇を軽く噛む。
訳すると「シャワー」とか「電気」とか言ってるであろう、声から漏れる音を無視して
ひたすら吸いまくった。
やがてサンジの身体から力が抜けて、目が潤んでくる。
もはや、へにゃへにゃである。
音を立てて唇を離すと、うつろな瞳のまま大きく息をつき、弛緩している。
唇が充血して、えらく色っぽい。
ゾロは満足したように笑い、上着を脱いだ。

明りの下に引き締まった身体が現れる。
―――クソ、こいつやっぱカッコいい・・・
そう思ってしまう自分に、サンジは臍を噛む。
ゾロの顔は精悍で、鍛えられた筋肉は鋼のようだ。
胸に一筋、恐ろしい傷が走っている。
こいつとはじめて出会ったとき、ついた傷。
血しぶき上げて海に落ちた男。
ぜってー死んだと思ったぜ。
あの時はマジで、こいつは掛け値なしの馬鹿だと思った。
今も、大馬鹿者だと思っている。
世界一の剣豪になると言って憚らないこの男が今、組み敷いているのは俺だ。
力が強くて乱暴なくせに、まるで壊れ物を扱うみたいに不器用に丁寧に、シャツのボタン
を外している。
手つきがたどたどしくて、どこか必死な目つきのゾロ。
可愛いーじゃねえか・・・



ようやくボタンを外し終えてシャツをはだけ、首筋に吸いついた。
「・・・って、いってー、アホ!」
きつく吸われてサンジが慌てる。
白い肌に赤い印が点々つけられる。
「ぎゃー、そんなにつけんな。いてーんだっクソ腹巻!」
タコのように吸い付くゾロの頭を髪を掴んで引き離そうとする。
不意にゾロが顔を上げた。
目がマジで据わっている。

「・・・てめえは一々一々――」
こめかみに青筋が浮かんでいる。
「ぎゃ―ぎゃ―女よりうるせえな。てめーは色恋沙汰に慣れてんじゃねーのか!」
「ううっ・・・」
サンジが怯んだ。
よりによってマリモにそんなこと指摘されるとは思わなかった。
「あったりめーだ!俺は恋の伝道師だぜ、唐変木のてめーなんざと桁が違わあ」
「・・・言っとくが俺は男はてめーが初めてだ。」
まともに言われて赤面する。
唸りながら黙ったサンジに追い討ちをかける。
「てめえは男も女も経験済みだろうが、いっつもそんなんかよ。」
「んな訳ねーだろ!」
恋は駆け引きだ。
後腐れなくスマートに・・・やってたよなあ、俺。
言葉を失ってうろたえるサンジの手を引き寄せて、唇をつけた。
「――な、な、何しやがる・・・」
耳まで真っ赤になって中途半端に身を起こした。
サンジの手の甲を吸い、指を軽く噛む。
・・・ひ―――!
指摘された手前、慌てて手を引くことも出来ない。
自分の片手に加えられる愛撫に身動きも出来ず、サンジは固まってしまった。
その顔を見ながら、ゾロはゆっくりとサンジの指を含んだ。
「・・・こンの、むっつりスケベ!」
やはり耐えられないのはサンジの方だ。
「普段あんなストイックな面してて、なんてキザなことしやがる・・・てめーがそんなだから
 こっちが恥ずかしくなるんだ!」
ゾロの顔がずいと近づいて、ぐっと口を噤んだ。
至近距離でまじまじと見られて目が泳ぐ。
「ほんとに・・・アホだな。」
しみじみ言われて腹が立つより唖然とした。
「手のかかる、処女より面倒な男だ。」
もはや二の句も告げない。
「そんなのに惚れた俺は数倍アホだがよ。」
ゾロがにやりと笑う。
白い犬歯が覗いた。
っていうか・・・今、なんてった?







「言っとくが、俺は好きでもねえ野郎のケツに突っ込む趣味はねえ。」
―――もっともだ。
船では嫌でも毎日顔をつき合わせてるのに、何を好き好んで陸に上がってまでも
つるまなきゃならないんだ。
しかも陸には魅力的なレディがいくらでもいるというのに。
サンジの頭の中で、ゾロの言葉がぐるぐる回っている。

何で俺はこいつとここにいるんだ。
何でこいつは俺とここにいるんだ。
理由がこれかよ、畜生―――

「それに比べて、てめーはどうも流されやすい。」
矛先がこっちに向かった。
「お前、俺じゃなくてもホイホイついて行くんだろ。」
いきなり何を言い出す。
これはマジむかついた。
「バカにすんなよ、俺が誰よりもレディが好きなのわかってんだろーが!よしんば成り行きで
 野郎とそうなったっても、てめえが納得しなかったら俺は死に物狂いで抵抗するぜ。
 ぜって−犯らせねえ。それでも犯られたら即コロス。」
ムキになって言い返すサンジの顔を、小馬鹿にしたような顔でゾロは見下ろしている。

「――で?」
でって・・・
「俺が告ってんだ、てめーもなんか言え。」
言えって―――
余計なことばかりべらべら喋って肝心なことは言わない。
いや、言えない。
サンジにも自覚はある。
レディの前じゃあんなにすべらかに愛の言葉を奏でるのに。
自分にコナかけてくる、ちょいといい男は適当にあしらう余裕があるのに。
何でこの野郎にはムキになる。

バカだからか。
仲間だからか。
嫌い、だからか
――――違うだろ。

あーだのうーだの唸るばかりで声にならないサンジに業を煮やして、ゾロがのしかかった。
耳元に口を近づける。



「てめえに惚れてる。」
ひ――――っっ
「好きだ」
うああああ・・・
「やりてえ」
き――――――!!

火が吹きそうなほど顔を真っ赤にして悶絶しているサンジをしげしげと見る。
こういうの言葉責めってのかな。
違うだろ。

ぜいぜいと方で息をしながら喘いでいる。
「なんか言わねえと、もっと言うぞ。」

すみません。
もう勘弁してください。
サンジは既に半泣きだ。
「・・・く、クソ――」
くそ?
「―――す―――」
「―――・・・――――き」
・・・・・・

クソがついたら、こいつにとっては最上級の言葉だろう。
ゾロは満足してサンジを抱きしめた。





口付けながら手早く服を脱がせる。
サンジは開き直ったのか、脱力してなすがままだ。
白い裸身が露になる。
痩せてはいるが、適当に筋肉がついて引き締まっている。
ゾロのように鍛えられた身体ではないし、実際サンジは鍛錬していない。
にもかかわらず、あの強さはどこから来るのか。
この細い腰のどこから、あの強靭な蹴りが繰り出されるのか。
ゾロの手が肌を撫でる。
まじまじと見つめながら、肩や腕、胸から腰へと手を滑らせる。
もう立ち上がりかけたサンジ自身を握りこんで、唇を落とした。
一瞬、サンジは身震いしたが、抵抗はしなかった。
ゾロの髪を掴んで耐えている。

実際、ゾロ自身まさか男を抱くとは夢にも思っていなかった。
しかも好んで。
最初に気になったのはサンジの顔だったが、その仕草や身体に目が行くにつれて、欲望の対象と
なっていったのは、いつからだったのか。
自分がサンジを抱くのは、征服欲から来るのかもしれない。
口も悪くガラも悪い、いっぱしのプライドと意地を持った傍若無人な男。
尊大な態度で人を罵倒し、蹴り倒す、手のつけられない凶悪なコックを、今自分は組み敷いている。
無防備に肌を晒させ、身体を開かせる。
頬を紅潮させて耐えるその首に胸に、所有の印をつける。

ルフィもナミも、ウソップもチョッパーもロビンも、こいつが愛してやまねえクソじじいって奴も―――
誰も知らねえこいつが見たい。

それを愛というのかどうかは、わからねえけど。

ゾロの執拗な口付けに翻弄されながら、サンジは歓喜にうち震えていた。
この脳みそまで筋肉と化した大馬鹿野郎が、必死で自分を求めている。
そしてその手がもたらす屈辱や痛みまで、自分を昂ぶらせる快感に変わっていく。
ああ、俺は感じてるんだ―――
その手、その唇に、その息に
すべてを投げ打って晒し出してしまえるほど、イキそうなのだ。

これが愛なのか、わからねえけど。



確かめてみればいい。

時間はたっぷりあるのだから。

END

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