Stay gold -8-
衝撃で頭の中が真っ白になる経験など、ゾロにとっては初めてだった。
戦いの衝動や痛みに耐える苦痛とは違う。
自分では理解できない自身の反応に戸惑いながらも、足は無意識に動いている。
何も考えないで歩いた方が早く着くのか、いつの間にか目の前に見慣れたライオン頭が現れた。
今夜の船番はウソップだ。
真相を確かめられる相手は、彼しかいない。
懐に手をやり、さきほど貰ってきた写真の一枚を腹巻の上から押さえる。
怒りのままに、あの下衆な男達を一掃してしまってもよかった。
それをなぜあの場でしなかったのか、ゾロ自身わからない。
この写真が現実だと、認めたくない気持ちもある。
当人たるサンジを捕まえて、どういうことだと問い質したい気持ちもあるが、まずは確かめたかった。
どうしてこういうことになったのか。
盗まれた刀を持って帰って来たのはウソップなのだ。
ならば、ウソップが全てを知っているはず。
サニー号に飛び移ると、潮風と共に食欲をそそる匂いが鼻腔を擽った。
ウソップも器用な男だから自炊できるが、それにしてもやけに慣れ親しんだ匂いだと気付く。
まさかと足を早めれば、人の気配に気付いたのかラウンジの扉が開いて、当の本人が顔を出した。
「・・・ゾロ、なんで?」
それはこちらの台詞だ。
よりによって、サンジが真っ青な顔をして目の前に立っている。
「お前、なんでいるんだ」
「・・・俺は、たまたま用事があって帰っただけだ。お前こそ、なんで帰ってくんだよ」
お互いに、「いま会いたくなかった」とまるで顔に書いてあるような表情をしている。
サンジの背後から恐々と顔を覗かせたウソップは、明らかに怯えながら後ずさった。
「なんだよお前ら、あの、なんだ、そんなとこで突っ立ってないで」
ビビりつつもなんとか執り成そうとするのに、何故かカッと来てゾロは戸口に立ち塞がるサンジを乱暴に押し退けた。
「俺はウソップに話があって来たんだ。てめえはどいてろ」
「あんだと?」
「まあ待てよ、いまちょうどサンジが飯作ってくれたんだ。あの、みんなで食おうぜ」
しどろもどろしながら促すウソップの前を、ずんずんと大股で横切ってゾロは椅子に腰を下ろした。
座ったまま睨み上げれば、サンジはここで立ち去ると負けるとでも思ったのかまるで挑むようにゾロの正面の椅子に腰掛ける。
ウソップは二人の間でオロオロしながら、何とか腰を落ち着けた。
「で、てめえはなんで船にいるんだ?」
ゾロに問われ、サンジは煙草に火を点けながら首を傾けた。
「別に、ちょっと倉庫整理でもして、ついでにこいつに飯作ってやろうと思っただけだ」
「随分親切だな、女どもがいる時ならともかく、野郎にもわざわざ飯作ってやりに帰るのか」
「だから、たまたまだつってんだろ」
ゾロの言葉の険に戸惑いながら、サンジも喧嘩腰で返す。
サンジこそ、一度ゆっくりウソップと話し合いたいと思って船に帰って来たのだ。
お互いぎくしゃくした船上生活だったけれど、ウソップが船番の今夜なら誰に邪魔されることもなくゆっくりとあの時のことを話し合えると思った。
もう自分は大丈夫だと、だからお前もきっぱり忘れろと。
釘を刺すつもりで晩飯を共にしようと思っていたのに。
「まあ、てめえがウソップに用があるってんなら俺は出てくぜ」
ふうと煙を深く吸い込んでから、サンジは口端で笑って見せた。
「俺はお邪魔虫なんだろ」
「まあな」
ゾロも否定せず、だがそのまま腹巻の中から写真を取り出した。
「ウソップにこいつのことを聞きたかったんだが、てめえがいるなら仕方ねえ」
ゾロがテーブルに置いたモノに眼を落とし、ウソップの喉がひうっとおかしな音を立てる。
視線を外していたサンジが、その音に促されて目をやった。
そのままテーブルの上に釘付けになる。
「こいつはどういうことか、尋ねるつもりだったんだ。ウソップに」
ゾロの指の下に、大きく足を開いたサンジの裸体があった。
「おおおおおおおまままままま、こ、これはなんだなんだこれはっ」
ウソップは慌てふためき、写真を覆おうとして両手を伸ばした。
寸でのところで、ゾロに横から取り上げられる。
「なんだ、やはり心当たりあるのか?」
「いや、いやいやいやねえよそんなの、つかなんだよそれ趣味悪いぞ、ひでえコラだ」
「コラ?」
「合成だよ、一体誰がどういうつもりでやってるかわかんねえけど、悪質なイタズラだって」
「へえ、これがか」
ゾロが目の前に掲げて繁々と見入るのに、奪い取ろうと飛びつくウソップを、身体を傾けて避ける。
「ゾロ、止めろ。そんなん捨てろ」
「これだけじゃねえぞ、まだあるぞ」
「なんだってえ?!」
「酒場で、なんとかのゲイシーってのが何枚も持ってた」
「――――!!」
思わず拳を握ったウソップの後ろで、サンジは紙のように真っ白な顔で立ち尽くしている。
表情に変化はなく寧ろ人形めいて無機質だ。
「・・・そんなの、タチの悪いイタズラだって」
「ああ?だったらなんでこんなイタズラを仕掛けられなきゃなんねえんだ?」
ゾロは苛立って、つい詰問口調になった。
「そいつは、俺に向かってもう刀を盗まれんなよと言ってきやがった。刀を取り返すために仲間がケツを差し出したとな。しかも自分から懇願して、泣いて縋ったって言うじゃね・・・」
「嘘だ!」
ウソップが机を叩いてゾロの声を遮る
「んな真似してねえ、サンジはっ・・・」
「だからなんでクソコックなんだ、刀を取り戻したのはてめえだろうが」
写真を眼前に突きつけられ、ウソップは頬を紅潮させぶるぶると顎を震わせた。
「・・・だから、んなの嘘っぱちだって!」
「もういい」
激昂した二人の間に、サンジの静かな声が落ちる。
はっとして同時に振り向けば、サンジは色を失くした唇から煙草をゆっくりと抜き取った。
「その写真は本物だ、そこに写ってんのは紛れもなく俺だ」
「サンジ!」
気色ばんで詰め寄るウソップを、ゾロが抑えた。
「そりゃあ本当か?」
「ああ」
ウソップを押し退けて一歩踏み出したゾロが、何の前触れもなくいきなり腕を振った。
パンと空気が弾けるような音がして、サンジが後方に吹っ飛ぶ。
ゾロが殴り飛ばしたのだと遅まきながら気付いて、ウソップは叫びながら倒れたサンジに覆い被さった。
「なにすんだ、大丈夫かサンジっ」
床に倒れたサンジを抱き起こし、ゾロから護るように身体を割り込ませる。
「ゾロ、お前なあ」
「どういうことだ」
ウソップを無視し、ゾロは腕を伸ばしてサンジの襟元を掴んだ。
そのまま真上に引き上げる。
ウソップが両手でゾロの腕を押さえ付けたが、一緒に身体が浮き上がる始末だ。
「なんのつもりでこんな真似したか、聞いてんだ」
「よせゾロ、サンジはただ、穏便にすませようと―――」
「男にケツ差し出して、なにが穏便だっ」
ゾロの怒号に、サンジは痛そうに首を竦めた。
喉を絞められて苦しいのか、硬く目を瞑り苦しげに眉を顰め頬だけが上気している。
抵抗を見せないサンジに、ゾロは忌々しげに舌打ちし投げ落とした。
ウソップも一緒になって床を転がる。
「なんとか言ってみろ!」
「ゾロっ」
すぐさま体勢を立て直し食って掛かろうとするウソップを抑え、サンジは床に手を付くと上体を低くした。
その姿勢にぎょっとして、ゾロもウソップも動きを止める。
「すまなかった」
両手を着いて頭を下げ、床に這い蹲る姿はまるで土下座だ。
ゾロはよろけるように一歩下がった。
「こんな形でしか、てめえの刀守れなかった。ごめん」
「なんでっ」
ウソップが悲鳴のような声を上げる。
「なんでだよ!なんでお前が謝るんだっ」
「本当にすまない」
「止せ馬鹿野郎!」
泣きながらサンジに縋り付くウソップを、ゾロは冷たい眼で見下ろした。
それから、テーブルの上に置きっ放しだった写真を手に取る。
指先が震えて上手く掴めなかったのが、自分でも不甲斐無い。
「これは借りたモンだ。てめえが返すか?」
「・・・ああ」
サンジは白い顔のまま手を伸ばし、ゾロから写真を受け取った。
しっかりと握り締め、そのまま自分の胸ポケットの中へと仕舞う。
「トールの店ってとこで、あいつらは飲んでるぜ」
ふらりと立ち上がったサンジを、ウソップは哀しげに見上げた。
「サンジ・・・」
「大丈夫だ」
うっすらと笑みを浮かべて振り返り、頷いてみせる。
「ちょっと行ってくらあ」
「サンジ!」
追いかけようとしたウソップを、ゾロは手を伸ばして止めた。
「ゾロっ」
「自分でケリ、付けに行くんだ」
ゾロは真っ直ぐ前を見て、サンジの後ろ姿を見送っている。
ウソップもその視線に倣い戸口へと目を向けたが、すでにそこにサンジの姿はなかった。
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