Stay gold -7-



一月ぶりに上陸する島は気温が高く、島民達もやけに明るく人懐っこい雰囲気だった。
浮かれた気分に乗りやすいクルー達は早速夏服に着替え、やれ冒険だリゾートだと浮き足立っている。
極端に露出度の高いリゾートドレスに身を包んだナミやロビンに、サンジは文字通り狂喜乱舞しコマのようにクルクル回りながら甲板で褒めそやした。
「さっすがナミさん、ロビンちゅわん!滑らかな肩と大胆なバストラインが魅惑的ーっ」
そう言うサンジは長袖に長ズボンで、いまひとつ季節感にそぐわない格好をしている。
「サンジ君は、今回随分大人しめのファッションなのね」
「俺もそろそろ、落ち着いていい年齢だと思ってね」
「アウっ、若年寄り!」
「誰がだ!」
茶化してフランキーとじゃれているサンジを見ながら、ウソップは一人気を揉んでいた。
不眠が続き食欲も戻らないから、痩せた手首を見せたくないのだろう。
わかっていてもどうすることもできず、ウソップだってちょっと痩せた。

「はい、じゃあログが溜まるのは一週間後だから。来週、船に集合ね。各自船番を忘れないように、くれぐれも騒ぎを起こさないように・・・」
ナミの注意事項も言い終わらない内に船長自ら陸へと飛び出した。
やれやれと溜息を吐きつつも、みな思い切り羽が伸ばせるとばかりに思い思いの場所へ散っていく。
初日に船番を引き受けたウソップは、武器の手入れをしながら交替を待つつもりだ。
「今夜の飯は鍋ん中に用意してあるから、適当にあっためて食え」
「おう、ありがとうよ」
サンジとはずっとよそよそしい雰囲気で来てしまったけれど、この上陸を機に彼が少しでも気晴らしできるといいと思う。
きっと時間が解決してくれる。
それまでは、多少気まずかろうがギクシャクしてしまおうが我慢できると、ウソップは覚悟を決めていた。
「じゃあな」
「おう」
軽く手を挙げて立ち去るサンジの背中を、ウソップは見つめないように注意しながらもずっと意識を留めていた。




ゾロはいつものように何も考えず、とりあえず街中を目指してザックザクと大股で歩いていった。
だが、視界に映るのは海岸線ばかりだ。
もう少し進めば街の入り口でも見えるかと思ったら、港沿いの市場に出た。
遠目にはサニー号によく似た船が係留しているのが見える。
「どことも、似たような風景だな」
誰にともなく呟いて、人の多い方へと近付く。
夕市は地元民と観光客とが入り混じり賑わっていた。

いかにもコックが好きそうな場所だと思えば、まるでそれに呼応するかのように夕日に煌く金色の髪が視界に飛び込んでくる。
肌も髪の色も黒い島民の中で、白シャツ姿のサンジはそこだけ際立って浮いて見えた。
乾物物屋の店主となにやら話し、声を立てて笑っている。
そうかと思えば通りすがりの恰幅のいいオバサンに肩を叩かれ、よろけたところを荷運びの男に支えられた。
そうしている間にも隣の酒屋が小さな盃を差し出し、サンジは躊躇いなく受け取って口に運ぶ。
一旦顔を顰めてから首を傾げなにやら言い、一人頷いた。
白い頬にさっと赤味が差しているから、それなりに強い酒なのだろう。
適当に話を切り上げて前に進むのに、向かい側の店主に声を掛けられてまた足を止める。
先ほどからそれの繰り返しで、殆ど前に進まない。

「なにやってんだ、あいつは」
ゾロは無意識に眉間の皺を深くして、けっと悪態を吐いた
気分がさざ波立って、やけに苛々する。
島に上陸する度に、まず市場に足を運んで食材を吟味するのはコックたるサンジの仕事だ。
それはゾロもプロの仕事として認めているが、それにしたって無防備すぎる。
試飲と称して、おかしな薬でも飲まされたらどうするつもりか。
女に叩かれただけでよろめいて、男に支えられてどうする。
あんな屈強な男に捕まったら、それこそ荷物程度に担がれてあっという間に浚われてしまうだろうが。

頭にサンジの生意気な顔を浮かべつつ背を向けてあれこれと難癖を付けていると、足は知らぬ間に街の中へと入っていた。
いつの間にか周囲は賑やかな人波に溢れ、宵闇と共にそこここの店に明かりが灯される。
食欲をそそる匂いがどこからか漂いだし、ゾロは顔を上げて看板を見上げた。
目に付いた酒場に入れば、開店したばかりなのか店内に殆ど客はいなかった。
目立たないように隅のテーブルに着き、一番強い酒を頼む。
ふと脳裏にサンジの顔が蘇って、適当に食べるものも頼んだ。
いつも「酒だけ飲むな、なんか食え」と言われ続けてきたから、そうしないといけないような気になったのだ。
これも、サンジの術中に嵌っているようでなんとなく癪だ。

前回の島で刀を研ぎに出すつもりだったのに、思わぬことで刀だけ帰ってきたから手元の金はそのまま残っていた。
この島でいい研ぎ師が見つかれば、もう一度頼んでみるつもりだ。

島の情報収集も兼ねて、聞き耳を立てつつちびりちびりと酒を飲んだ。
ゾロが一杯目のジョッキを空ける頃には客もやってきて、店は騒々しいほどの賑わいを見せている。
そろそろ宿でも探しに出るかと遅まきながら気付き、勘定を払おうと椅子に手を掛けた時、表から荒々しい一団が入ってきた。
「・・・んでよう、俺はガッツリ言ってやったんだあ!」
「おうよおうよ、そいつぁ許せねえ」
大声でがなり立てながら、客が座っている椅子の足を蹴って通り過ぎ、空いていた真ん中のテーブルに陣取った。
どうやら店の常連らしく、隅に座る先客の中には帰り支度を始める者もいる。

「ったく、噂ほどにもねえってもんでよぅ」
ガハハハと地鳴りのような笑い声を響かせる男の脇を通り、カウンターに金を置こうとしたら「お?」と声を掛けられた。
「こりゃ驚いた、とんでもねえ賞金首がいやがるぜ」
ゾロは背を向けたまま、カウンターの中にいる店主に「いくらだ」と尋ねる。
「おいおいおい、海賊狩りのおでましだぜ。てめえだって海賊のくせによう」
ゾロは嘲りの声を背中に聞きながら、正直驚いていた。
今までいくつかの島を渡っては来たが、これほどあからさまに挑発されるのは初めてのことだ。
よほど腕に覚えがあるつもりなのか、それとも考えなしの馬鹿なのか―――
どちらにしろ、小物の相手をする気はない。
「大層に刀を三本提げてやがる、大事な大事な刀をよう」
小物に馬鹿にされても腹は立たないが、刀を引き合いに出されるのは気分がいいものではない。
さっさと立ち去ろうと踵を返すと、体格のいい男がゾロの前に立ち塞がるように身体を寄せた。
「もう失くすんじゃねえぞ、また仲間に身体張って取り戻してもらわなきゃなんねえからな」
「―――?」
なんのことか、意味がわからなかった。
一瞬戸惑ったゾロに、げひげひと嘲り笑いが浴びせられる。
「ケツ差し出して刀返してくれって、啼いて頼ませたんだろう。ったく、たいしたもんだ」
意味はわからないがそれ以上この男の口から言葉を聞きたくなくて、ゾロは無表情に突っ立ったまま拳を突き上げ、男の顎を砕いた。



「どういうことだ?」
一気に乱闘になった店内で、ゾロは手早く男達を床に沈めると一番最初に殴り倒した男だけを店外に引きずり出し、路地に連れ込んだ。
壁に押し付けて腹を蹴れば、痛みと衝撃で目を覚ます。
「・・・ふ、げえっ」
「さっきのは、どういう意味だ?」
口から泡を吹き、目を白黒させたまま状況が掴めない男の首を、軽く締め上げる。
「俺の刀がどうのとは、一体なんのことだってんだ?」
薄暗い小路で外灯に背を向け、逆光になったゾロの影に白い目だけが浮いて見える。
男は震え上がり、涙と鼻水をダラダラ流しながら血塗れの口を開け閉めした。
「ふ、ふが・・・ふげ・・・」
「ちゃんと喋れ」
自分で顎を砕いておいて酷い話だが、男はなんとか舌を動かして声を出す。
「ゲイ、シー・・・逆撫で、の・・・ゲイシ・・・が」
「なんだそいつあ」
「・・・海賊、だ、トールの、店に・・・」
「そいつが、訳わかんねえこと吹聴してやがんのか」
男はガクガクと頷きながら、そのまま白目を剥いて気絶してしまった。
乱暴に足元に投げ捨て、その腹に一発蹴りを入れてから表通りに出る。

「トールの店、だと?」
単なる戯れ言と聞き捨てておけばいいと思いつつ、荒れた気分に突き動かされた。
恐々と盗み見ていた野次馬の一人を掴まえ、店の場所を聞き出す。
わかりにくいところにあるからと、結局その男に案内されて2ブロック先の裏通りに辿り着いた。
なるほど、店の看板も小さく扉も壁と同色だから一見にはとてもここが酒場だとはわからない。

扉を開けると、外の空気に誘われるかのように煙草の煙が棚引いた。
間口は狭く奥行きが深い。
柄の悪そうな男達がそこここで密やかに、或いはけたたましく騒ぎながら飲んでいた。
ゾロはゆっくりと足を踏み入れ、カウンターに向かって歩いた。
客の誰もが無関心を装いながら、そっと自分を窺い見ているのを感じる。

「・・・海賊狩りの―――」
「一億超えだぜ」

ゾロは素早く周囲に目を走らせてから、奥に陣取って静かに飲んでいる派手な帽子の男の前に立った。
「あんたが、ゲイシーとやらか」
「ほお」
男は赤ら顔を歪め、にやりと笑った。
「こりゃ驚いた、俺も顔が売れたもんだ」
「ただの勘だ」
構えるでもなく睨み据えるでもなく、ただ漫然と目の前に立ち尽くす。
「あんたは俺に、何か言いたいことでもあんのか」
人を探し出しておいて言う台詞ではないが、ゲイシーは意味がわかったのかきししと笑った。
「それじゃあまるで、あんたが俺になにか言いたいように見えるぜ」
「お前に言うことなど何もない」
そう言いながら黙ってじっと見つめると、ゲイシーは大げさな仕種で肩を竦めた。
「そりゃあなあ、忠告の一つもしてやりたいさ」
「忠告、だと?」
「おうよ、例えばその・・・」
刀という前に、ゾロはちゃきりと鯉口を鳴らした。
察して黙るゲイシーの脇で、酒に酔った部下らしき男が身体を揺すった。
「そうそう、大事なそれをもう手放すんじゃねえよう」
「また、仲間に取り返させなきゃなんねえからなあ」
無表情なゾロの、片眉だけがピクリと上がった。

「確かに、前の島でこの刀は盗まれたらしい」
「へへ、らしいだとよ。まるで他人事だ」
「仲間にあんな真似させといて、さすがイーストの魔獣様は一味違うねえ」
嘲りの声にも激昂することなく、ゾロはゲイシーの顔だけを見つめた。
「お前らが言ってるのは、なんのことだ」
「なんだ、聞いてねえのか」
ゲイシーは殊更大げさな声を出して、やれやれと首を振った。
「てっきり、あんたに恩を売るかと思ったんだがねえ。いや、いっそそれが健気ってもんか」
「そりゃあそうさ、大事な大事なお仲間のために身を投げ出すような奴だぜ」
「ケツ振って善がり狂う奴だがな、案外役得だったんじぇねえか」
「どっちがだよ」
下卑た声で笑い合う男達に、ゾロはゆっくりと視線を移した。
「どういうことだ」
「ああ?なあに、どういう経緯か売りに出されていた刀を取り戻すために、あんたの仲間はその代金を身体で払ったってえ、それだけの話だ」
「そうそう、金に見合ういい身体してたぜ」
「俺らの相手、してくれたんだ。そりゃあいい声で啼いて、あっちの具合も最高だった」
ゾロの額にびしりと青筋が浮く。

「お前ら・・・」
怒気を隠さず燃えるような瞳で、男たちを睥睨した。
「お前ら、ウソップになにをした?」


「・・・へ?」
ゲイシー以下男達は、一瞬きょとんとした顔でゾロを見上げた。
一拍遅れて、隣に座る部下が「ああ」と間抜けな声を出す。
「誰かと思えば、あの鼻の長い奴か」
「そういや、そう呼ばれていたかも・・・」
「違う違う、なに誤解してんだ」
呆れて手を振る仕種に、ゾロは訝しげに眉を寄せた。
「違う、だと」
「おうよ、俺達の相手したのは誰あろう、あの黒足だぜ」
「とんだ黒足の子猫ちゃんだった訳だ」
「――――!」
俄かには信じられなかった。
なぜ、あのプライドだけは高いクソ生意気なコックが、自分の刀を取り戻すためにこんな下衆野郎達の相手をするというのか。
唖然としたゾロに、ゲイシーはくくっと喉の奥で笑い声を立てた。
「なんだい鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、信じられねえってのか」
「当たり前だ、あいつにそんな真似される筋合いはねえ」
「へえ、たいした自信だ」
ゲイシーは懐に手を入れると、まるで手品でも見せるように指先を伸ばしてひらひらと揺らした。
「信じられねえってんなら、証拠を見せてやってもいいぜ。なかなかいい被写体だ」

テーブルの上に広げられたのは、数枚の写真だった。
白い肌が目に飛び込んできて、ゾロは今度こそ信じられない想いで目を瞠る。
そこに映っていたのは、紛れもない仲間のコックだった。


ただ、普段の彼からは想像できない姿だ。
殆ど服を身に着けておらず、しかも幾つもの浅黒い手に押え付けられて大きく足を開かされている。
他の写真には、口いっぱいに男のモノを咥えて苦しげに眉を寄せる顔のアップも映っていた。
「ほれ、これもこれも、これもだ。どうだ、いい映りだろう」
「これなんか最高だね、この表情がたまんねえ」
「ああ、これを眺めているだけで、こん時のこと思い出してここいら辺が熱くならあ」
「たまんねえなあ」
ひっひひと引き攣るような笑い声の中、ゾロは一旦拳を握ると筋張った指を無理矢理開いて腕を持ち上げた。
その顔に憤怒の表情はなく、動作からも敵意は感じられない。
ゲイシーが目を細めて見守る中、ゾロは写真の中から一枚抜き取った。

「これを、借りることはできるか?」
思いがけない申し出に、ゲイシーは探るように薄ら笑いを浮かべる。
「ああ、構わねえぜ。あんたが記念に取っておきたいってんなら全部やるさ」
まだ他にもあるからな。
そう続く声を無視し、ゾロはその一枚を腹巻に入れると、踵を返して早足で店を出て行った。





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