Stay gold -5-



サンジ一人を残してどこかに出かけたと思ったら、エースは食材を山ほど抱えて帰って来た。
「すげえな、どんだけ食べる気だ」
「酒もしこたま買って来たよ。今夜はゆっくり飲み食いしようぜ」
鼻唄交じりで買い物袋を広げるエースに、サンジは肩を竦めて見せる。
「さすがにルフィの兄貴ってとこか」
「まあね、似たもの兄弟だから」
冷蔵庫にワインを冷やし、さてと大げさな仕種で両手を広げた。
「適当だけど、これでなんか作ってくれよ」
「・・・わかったよ」
渋々と言った風に、台所に立つ。
それでも、備え付けの包丁を握れば意識は自然と料理に集中した。
無心になって調理を続ける合間、絶妙のタイミングでエースが手伝ってくれる。
一人で宿を取れたとしても、余計なことばかり考えて悶々と過ごすしかできなかっただろう。
それが今こうして、誰かとキッチンに立ち料理をすることになるとは思いもしなかった。
ましてや、自然と口元を緩めて微笑むなんて。

「さあできた、おいでよサンちゃんも食べよう」
「や、作ったの俺だぜ」
いつの間にか呼び名が「サンちゃん」に代わっていたが、それもエースらしくて構わないかと思う。
次々とテーブルに乗せられる料理を、サンジは他人事のように見ていた。
意識していなくても勝手に手は動いて、作れてしまうものだ。
「美味そう、いただきまっす!」
ワインを開けてサンジのグラスにガバガバと注ぎ、自分はラッパ飲みして料理に手を付ける。
そんなエースの向かい側に座り、サンジは煙草に火を点けた。
ゆっくりと吹かしながら、人間離れした食べっぷりをじっくりと眺める。

「はふはん、はへはいほ」
「俺はいいよ」
「・・・ふうん」
エースはそれ以上促すことなく、頬袋を膨らませてひたすらに食べることに集中している。
そんな様子を見て、サンジの口からホロリと本音が漏れた。
「どうせ、食欲ないし」
「いいほ、ふりひへふははふへほ」
「うん」
「ほのふん、ほれはふっへはるは」
ルフィとの付き合いは長いから、発音が明瞭じゃなくてもある程度言ってる意味はわかる。
この優しさがずるいよなあと、なんとなく意地の悪い気分にもなった。

「エースは、俺のことなんとも思わないのか」
「はふ?」
「昨夜俺、強姦されたんだけど」
「はふん」
「しかも複数、輪姦されたんだけど」
「ふんふ」
相変わらず間抜けな声でふんがふんがと頷く。
エースは充分咀嚼してからごくんと飲み下し、ワインを煽った。
ぷはーと息を吐いて、濡れた口元を手の甲で拭う。
「昨日の様子から、そんなことじゃないかと思ったよ」
「やっぱ、気付いてたんだ」
サンジはふうと、唇を尖らせて煙を吐き出した。
「―――で」
「ん?」
「間抜けにも男にヤられちまった俺のこと、どう思う?」
エースはしばし考えてから、首を傾けた。
「仕方ないんじゃね?」
「・・・あ?」
思いもかけない答えに、サンジはカポンと口を開ける。
「だって、止むを得ない事情があったんだろ」
「なんで・・・」
そんなことが、わかる。

エースはパクンと、フォークを口に咥えた。
「赤足直伝の強烈な蹴り持ってる、6千万の賞金首がさ。そう簡単に、その辺の野郎にほいほいレイプされる訳ないじゃない。よほど事情があって抵抗できなかったんだろ」
「・・・」
「そうじゃなきゃ、合意の上で喜んで複数に身体差し出したことになる。昨日のサンちゃんからはとてもそんな雰囲気を纏ってなかったからね」
例え話でも怖気を感じて、サンジはぶるりと身を震わせた。
「身体も心も傷付いてはいただろうけど、目立った外傷はなかった。衣類も、乱れてはいても破けたりしてないし嫌々でも無抵抗だったんだろうって想像は付く。こう言っちゃなんだけど、サンちゃんは大人しくヤられるタマじゃないだろうし」
そう言って、イタズラっぽく笑う。
「よほどの事情があって、不本意ながらそういう状況に甘んじたんだろうと、勝手に思っていたよ」
エースの慧眼に舌を巻き、優しさだけだと侮っていた自分を恥じた。
「それに、そうまでしてでも護りたいものがあったんだろう?」
逆に問い掛けられ、サンジは目を伏せた。
否定も肯定もできないが、その沈黙でエースには伝わったようだ。
「そして、それはちゃんと護られた。サンちゃんの犠牲は無駄じゃなかった」
「・・・犠牲なんて」
咄嗟に口を付いて出た言葉は、尻すぼみになる。
「そんなもん、俺なんて別に・・・」
「結果論じゃなくて、サンちゃんがそうしたいと思って行動したことならそれは仕方がなかったんだよ」
エースは少しも減っていないサンジのグラスに、ワインを注ぎ足した。

「後悔、してる?」
当たり前だろうと、頭の中で声がする。
下劣な男達に言いように身体を扱われ、男としての矜持もズタズタにされた。
あんな想いは二度としたくないし、屈辱の記憶は消えないだろう。
けれど―――
「自分の判断を、誤りだったと、後悔してるかい?」
重ねて問われ、サンジは緩く首を振った。
「・・・わからない」
「そう」
サンジの曖昧な態度を責めることなく、エースは微笑んでワインに口を付ける。
「そんなもんかもしんないね。誰だって自分のしたことをすべて肯定できる訳ないし、後悔だけに頼ることもない」
「頼る・・・」
「そうさ。ああ、あんなことやるんじゃなかったって後悔するのも、一つの逃げだよ」
サンジは押し黙ってしまった。
エースの言っていることは抽象的過ぎて難しいが、なんとなく自分の気持ちが軽くなったのはわかった。

「さ、考えてたってラチが明かないから、とにかく飲も」
グラスを空けるのを促され、サンジは思い切って一息にワインを煽った。
飲み口が柔らかく、口当たりのいい酒だ。
ろくに食べていない空きっ腹に染み入って、一気に酔いが回っていく。
「いい飲みっぷりだねえ、さあ軽く摘まんでみなよ。美味いよ」
「当たり前だろ、俺が作ったんだぜ」
酔いに任せて口も滑らかになり、サンジはそれからなにもかもを誤魔化すように景気よく瓶を開けて行った。




目が覚めれば、気分は最悪だった。
横たわっていても視界は回るし、頭はガンガン痛む。
起き上がろうとすれば嘔吐感が遅い、シーツに突っ伏すと胸が悪くなった。
「大丈夫?」
エースが身体を起こして、横向いたサンジの顔を覗き込んでくる。
「すげえ酒臭い」
「・・・飲ませたのは、だれだー」
思わず恨みがましく呻いてしまう。
かすかな自分の声すら頭に響いて、顔を顰めた。
「まあ、たまにゃあいいでしょ」
エースはよっこらしょとジジ臭い掛け声を掛けてベッドから下り、洗面所へと向かった。
刺青が入った背中を見送りながら、サンジは眉間に皺を寄せ、目を閉じる。

昨夜の記憶はおぼろげながら、エースとの間にはなにもなかった・・・と思う。
一つのベッドに一緒に横になって眠り、最初は酷く抗ったサンジだったが最終的にエースに押さえ込まれた・・・ような気もする。
なにもかもあやふやだが、着衣に乱れもないし身体に違和感も残っていないから、多分ただ寝ただけなのだろう。
体温の高い手に触れられ、エースに抱き込まれて、嫌悪に総毛立ったような記憶もある。
けれどそこで「このままじゃトラウマになっちゃうよ」とかなんとか理由付けられ、上手いこと言い包められたような気がする。
最後には「これは鍛錬だ」とか「訓練だ」とか訳のわからない理由で納得付けて、自分からエースに抱き付いていたような気もする。
夢かもしれないから、これ以上詳しく思い出すのは止めようと思った。
二日酔いで頭が痛いだけで、身体も気持ちもさほど悪くはないようだ。

「サンちゃんは今日出発だろ。俺はまだ寄り道するとこあるし、港まで送ろうか?」
「いやいい、世話になった」
早めに市場に行って、買い出しと配達を済ませておかなければならない。
やるべきことを頭の中で算段しているうちに、目が覚めてシャッキリしてきた。
「とにかく、あんたの朝飯を作るよ」
「無理しなくていいぜ」
「多少無理しないと、気持ちが怠ける」
顔を顰めたまま憮然として言い返すサンジに、エースは朗らかに笑い返した。





小高い丘から港を見下ろせば、一昨日見た忌まわしい海賊船の姿はどこにもなかった。
恐らく、あの後すぐに出港したのだろう。
岬へと目を転じれば、領主の別荘が見下ろせる。
そこであった出来事は、消せない過去ではあるがもう済んだことだと、自分の中で結論付けてサンジは目を逸らした。
「いい船になったね」
エースが、サニー号を指し示した。
「ああ、またどっかで見かけたら今度はルフィに会ってやってくれよ」
「そうだな、またゆっくりと」
そう言いながら、エースは風に煽られたテンガロンハットを被り直した。

「もし次、どこかの島でまた偶然会えたら、その時は本気で口説いていい?」
「―――は?」
聞き返そうと振り返ったら、すぐ近くにエースの顔があった。
その唇が掠め取るようんサンジの唇に触れ、すぐに離れる。
「・・・は―――」
「んじゃね」
一拍遅れて振り上げた足は、虚しく宙を切った。
エースは高く飛び退って、通路を隔てた向こう側の塀の上に着地する。
「元気でね、また」
「ふざけんな!今度会ったらオロしてやるっ」
サンジは真っ赤になって怒鳴り返すと、そのまま振り返りもせず港へ向かって駆け下りていった。
塀の上に猫のようにしゃがみ込んで、エースは小さくなる後ろ姿をじっと見送っていた。




「サンジ君、遅―い」
「ごめんね、荷物届いた?」
「今、フランキー達が運んでいるわ」
久しぶりに見るナミとロビンにハートを振りまき、慌しく倉庫に駆け込んだ。
碇を上げているゾロの脇を素通りし、ブルックとルフィに挨拶してフランキーに声を掛ける。
「悪いな、遅れた」
「いいってことよ、買い出しご苦労さん」
「粉類は、ここに置くといいかな?」
巨大化したチョッパーがつぶらな瞳で問い掛けるのに、その向こうで棚整理をしていたウソップがびくっと身体を震わせながら振り返った。
サンジと目が合い、どちらともなく視線を逸らす。
「ああ、そこに積んどいてくれ。ああ、ワインはその箱を上にしといて、後で何本か抜いてラウンジに持っていく」
サンジはテキパキと指示し、倉庫の帳面を手早くチェックした。
「ウソップ、手分けして買った香辛料、ひとまず預かっててくれるか?」
「おう」
「いるようになったら、また貰いにいくから」
「わかった、ウソップ工房の秘密箱に全部入れておくぜ」
「なんだ、なにが秘密なんだ?」
「俺様の工房には、実は魔法のポケットを装備した箱があってだな」
「え、なになに、なんだよそれ」
得意の大法螺を吹きながら移動するウソップを横目で見て、サンジは人知れずほっと息を吐いた。

もう大丈夫、いつも通りだ。
この島で起こったことは、なにもなかった。
ウソップも自分も、記憶の奥に沈めて蓋をして思い出さないままにいつか消化することができるだろう。
そう思って、そう思い込んで、サンジはこれで全てが終わったことにした。



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