Stay gold -13-



適度に腹もくちくなって、そろそろ寝るかと席を立った。
ラウンジから外に出て夜風を頬に受けた時、ふと気配を感じて海に目を転じる。
それとほぼ同時に、拡声器からサンジの声が響いた。
「敵襲!左舷9時方向!」
さほど遠くない位置で閃光が走り、遅れて轟音が響き渡った。
風を切る音と共に飛んできた大砲の弾を、ゾロはそのまま飛び上がって斬り捨てる。
海に落ちた砲弾が水飛沫を上げる中を、闇に乗じて近付いた海賊船が一斉に火を吹いた。
「敵襲ーっ!」
叫びながら見張り台から飛び降りるサンジと、ゾロの動きが交差する。
その間を縫って、エースの火炎が闇を照らした。
「ゴムゴムの〜〜〜ピストル!」
船室から飛び出してきたルフィとウソップも応戦し、フランキーが舵を取った。
「ようし、俺様が出るまでもねえっ」
ナミやロビンと共に甲板に仁王立ちしたウソップが号令を掛ける中、奇襲を仕掛けたはずの海賊は呆気なく返り討ちに遭った。



「申し訳ありません〜〜〜」
這う這うの体で逃げ出そうとしたところを捕まった船長は、麦藁の一味を前に土下座して謝った。
それなりの賞金が賭けられているようで、首を取られて仲間ごと船を沈められても文句は言えない立場だ。
だがルフィは腕を組んで、よし!と厳かに頷いた。
「もう悪さしねえってんなら、行っていいぞ」
「ああああ、ありがとうございます」
大人数で襲い掛かってきた割には、全員低姿勢で床に頭を擦り付けている。
そこへ敵船に乗り込んで物色していたナミが、フランキーに荷物を持たせて帰って来た。
「人の船襲った割にシケてるわねえ、お宝もこれっぽっち」
「ああああー」
「そんな殺生な〜」
「おだまり!」
ナミに一喝され、シュンとしょげ返る。
「命があるだけ感謝しろよ、あ、お前らの食料には手を付けてねえから安心しろ」
サンジの言葉に、海賊達は涙を流しながら再び平伏した。
まるで飴と鞭だ。

「くそう、まさかこんなに強い海賊に行き当たるなんて」
「まったくだ、黒ヒゲを避けて航路を選んだつもりだったのに・・・」
船員達が囁き合う言葉に、エースは「ん?」と振り返った。
「あんたら、なんだって?」
「ひっ」
「いま黒ひげとか言わなかったか?」
エースのただならぬ形相に、下っ端たちは抱き合って怯えた。
「黒ひげを知ってるのか?」
「あ、あああ、以前行き会って酷い目に遭ったことがあんだ。だから黒ひげが目指してるってパナロ島に向かわないよう航路を変えて・・・」
「最初に目をつけた船を襲おうって算段だったのによ」
「まさかこんなに強いなんて、あんまりだ」
「悪かったわね」
ナミのクリマタクトに叩かれ、3人ほど床に沈んだ。

「パナロ島・・・」
「消息が掴めたじゃねえか」
「よかったな、エース」
チョッパーの声に、エースは拳を握って振り向いた。
口元に薄っすらと笑みを浮かべながらも、瞳は暗い光を湛えて眇められている。
獲物を前にしたハンターのような鋭い表情に、サンジはぞくりと背を震わせた。
「ありがとよ、そうとわかれば善は急げだ」
「おう、まず作戦会議だな!」
「進路は任せて」
海図を広げるべくラウンジに向かうナミ達を見送り、フランキーとウソップは捉えた海賊達を壊れた船ごと海に放流した。





「ここから南西の方向だけど、この辺りにやっかいな海流があるから迂回した方がいいわ」
「ストライカーで行くから、ある程度の流れは無視できるぜ」
「あ、そうか」
ナミとロビン、それにエースが頭を寄せ合い航路を話し合う後ろで、サンジはお茶の支度をしていた。
まだ夜明け前だが誰も眠ろうとはしない。
微妙な時間帯だ。
表で海賊船を見送っているルフィ達にもなにかおやつを与えなければならない。
けれどどうしても、意識は3人の方へ持って行かれる。
「近くまで送ってあげられるといいんだけど」
「いいよ、逆周りになるだろ?海が荒れさえしなければ、この距離なら3日ほどで着くだろ」
「そんなに早く?それなら一人で行った方が早いわ」
バタバタと賑やかな足音と共に、ルフィ達が飛び込んできた。
「サンジーおやつー!」
「クソゴムども、てめえらは外で食え!邪魔だ」
サンジの悪態など歯牙にも掛けず、ルフィは腕を伸ばしてエースに抱き付いた。
「どうだエース」
「ああ、場所がわかったら話は早い。夜が明けたら出るよ」
「ええーエース、もう行っちゃうのか?」
「せめて送別会くらい、しねえか?」
足元で背伸びするチョッパーの帽子を軽く叩き、ウソップの肩にも手を掛けエースはにかりと笑った。
「ありがとうよ、けどグズグズしてて逃がすといけねえから」
「そうだな、エースはそのために海を渡ってんだから」
一番ダダを捏ねそうな船長があっさりと了解するなら、仕方がない。

「待てよ、せめて食い物くらい持ってけよ。俺これから弁当作るから」
「そりゃ嬉しい、いくらでも待つぜ」
「エースってほんとに現金ねえ」
「色気より食い気だな」
「あら、両方よ」
意味深なロビンの囁きも、おやつ時の喧騒に紛れた。
「とりあえず、てめえらは外で食え。さあこっちこっち」
皿に山ほど盛られたマフィンを、フランキーが頭上に掲げながら外に出る。
それにルフィ以下お子ちゃまメンバーがついていくと、甲板ではゾロが無心に錘を振っていた。
「ゾロー、エースすぐに出てっちゃうんだって」
「ああ、そうかい」
「お前もおやつ食えよ」
「いらねえ」
仲間達の呼びかけに手を止めることなく、ゾロは鍛錬に没頭した。



「すぐに朝食にするから、レディ達はこれをつまんでて」
「ありがとう、でもあんまりお腹空いてないわ」
「お茶だけで結構よ」
「それなら俺が代わりに」
遠慮なく手を伸ばすエースに苦笑してから、サンジは手早く弁当を詰めた。
「エースは、少し食料を持った方がいいのではない?」
ロビンの言葉に、頬袋を膨らませたエースが首を傾げる。
「そりゃまあ、助かるけど」
「ねえ、サンジもそのつもりでしょう?」
「うんそうだよロビンちゃん、エースの金で買い込んだ食糧もあるからそれを持たせないと」
「それなら、お弁当だけできたら朝食の準備は私がするわ。二人で出立の準備をしたらどうかしら」
「ああ、そうねそれがいいわ。私も朝御飯一緒に作るわよ」
ナミは予備の海図をクルクル丸めると、エースに差し出した。
「これを使って。ゾロと違って迷うことはないと思うけど」
「ありがとう」
サンジは弁当用のおかずをより分けて、後は詰めるだけの状態にしておいた。
「朝御飯は、このままチャチャっと作っちまうよ」
「あら、あたしたちが作る朝食じゃご不満?」
ナミに挑発的に言われて、とんでもないと両手を振った。
「ナミさんとロビンちゃんの手作りだなんて、勿体無くて食べる前に昇天しそうだ」
「天に召される前に、エースの準備を手伝ってあげなさいな」
ロビンに急かされ、サンジは渋々エースを連れて倉庫に向かった。



「急な話に、なっちゃったな」
「ああ、悪いな手間掛けて」
火を通せばすぐに食べられそうなものを見繕い、サンジはせっせとリュックに詰めていく。
黒ひげの元に向かうとエースが言った時から、一度も視線を合わせない。
忙しげに弁当を作り、今は食料をより分けるのに夢中で、エースに背を向けてばかりだ。
「サンちゃん」
「ん?」
「短い間だったけど、ありがとうな」
ぴたりと、サンジの動きが止まった。
躊躇うように緩く首を振ってから、後ろを向いたままトントンとリュックを揺らした。
隙間を作っては、更に食料を詰めていく。
「黒ひげを掴まえるのが目的だったんだろ、手がかり見つかってよかったじゃねえか」
「ああ」
「そのためにこの船にも乗って、ちょうどよかったじゃねえか」
「ああ」
「さっさと行っちまえ、バーカ」
「サンちゃん」
「早く行かねえと、逃げちまうぞ」
「サンジ」
エースの手がふわりとサンジの首に回され、目の前で交差されて肩を抱かれた。
後ろから抱き締められ、それでもサンジは俯いたまま顔を上げない。
「ありがとうな」
「お前が、礼を言うな」
怒ったように短く言って、それでもそっと回されたエースの腕に手を添える。
「ありがとう」
「サンジ」
「俺もう、大丈夫だから・・・」

エースがいてくれたから、この船に戻ってこれたのだと。
サンジ自身はわかっている。
もしあのまま当てもなく街を彷徨っていたら、自分の不甲斐なさと悲しみに押し潰されて、戻ることさえ躊躇っていただろう。
けれどエースがいてくれたから、支えて背中を押してくれたから、また元通り仲間の元に戻ってこれた。
何もかも、エースのお陰だ。

「エースがいなくても、もう大丈夫だから」
抱き締める手に力が篭もった。
胸が詰まるほどの強い圧迫感が、安らぎを与えてくれる。
「黒ひげを、掴まえて来るからな」
「うん」
「あの野郎ひっ捕まえて、親父の元に連れて行くんだ」
「うん」
「そうしたら、白ひげ海賊団に戻って」
「うん」
「次は、俺の夢を探すよ」
サンジは、エースの腕の中で首を巡らし背後を振り返った。
「エース・・・」
「俺は俺の夢を、見るよ」
どこまでも優しく穏やかな瞳で、エースが微笑んでいる。
つられるようにサンジも笑い、次いでくしゃりと顔を歪めた。
「ああ、エースの夢を・・・また俺に、聞かせてくれるか?」
「必ず」

エースはルフィの兄だけれど、同じ船に乗る仲間じゃない。
エースにはエースの仲間が、サンジにはサンジの仲間があり船長がいる。
所詮は海賊同士。
この先どうまみえるかわからず、時に敵として対峙するかもしれない。
それでも―――

「エースの夢を、俺は知りたい」
サンジは身体を捻って、正面からエースを抱き締めた。





すっかり雲は晴れ、水平線から覗いた朝日はまだ白い空を照らし出している。
「元気でな」
「ガツーンと行って来いよ」
激励する仲間達と挨拶を交わし、拳を突き合う。
チョッパーの帽子を叩いてフランキーと腕を合わせ、ナミやロビンにはウィンクを投げた。
ゾロの前で足を止めると、軽く拳を振り上げてから素早く振り下ろす。

―――ガツッ
重い音が響いて、サンジのみならず皆ビックリして目を瞠った。
エースが、ゾロの頭を思い切り殴り付けたのだ。
それでいて顔はヘラヘラと笑い、赤くなった拳を振っている。
「いって〜・・・なんて石頭だ」
殴られたゾロも怒るでなく、珍しく痛そうに片目を顰めた。

「なにこの二人」
「なんか不気味だ」
ひそひそと囁き合うナミとウソップの隣で、サンジはぽかんと口を開きルフィはしししと愉快そうに笑った。
「じゃあなエース、また!」
「ああ、またな」
行きかけて、つと踵を返し戻ってきた。
真っ直ぐにサンジの元へと歩み寄り、正面から顔を覗き込む。

「俺が戻るまで、浮気すんなよ」
「―――・・・!」
あっと思う間もなく、肩を掴まれ引き寄せられた。
軽く唇を奪われ、すぐに離れる。

「じゃな」
「おう、またな〜」
唖然とした仲間達の中で、唯一ルフィだけが平然と手を振った。
それに手を振り替えしながら、エースはストライカーを操りあっという間に遠ざかってしまった。



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