Stay gold -11-



出航当日の朝、サニー号には出発の準備に余念のないサンジとエースの姿があった。
続々と集まってくる仲間達は、一人分多い頭数に目を瞠り、すぐに喜びを露わにする。
「エース!!」
目敏く見つけたルフィは遠くから腕を伸ばしてエースに巻きつくと、勢いでそのまま船内に突入し派手は破壊音を立てた
「エースじゃねえか!どうしたんだ」
「よーう兄弟、悪いがしばらくこの船に乗せてくれ」
笑ってルフィを受け止めたエースは、割れた床板に嵌まり込んだままテンガロンハットを被り直した。
「おおいいぞ、大歓迎だ」
「一体なんの騒ぎだこりゃあ」
「あーフランキー悪い」
一部始終を見ていたサンジは、バツの悪そうな顔をして煙草を咥え直す。
「出発前に壊すとか」
「なあに、こんくらい朝飯前だ」
言うが否やトトトンと金音も軽やかに床板を直し始め、サングラス越しにぎょろりと視線を上げる。
「時に、この雀斑兄ちゃんは誰だ?」
「俺の兄貴だ!」
「へーえ」
「エースってんだ、よろしく」
ごついフランキーの腕と握手を交わしていると、ナミも帰ってきた。
「あら、エースじゃない久しぶり」
よっと挨拶を投げて立ち上がる。
ナミの後ろからやって来たロビンは軽く目を瞠り、ロビンを見たエースもおやおやと言う顔をした。
「ルフィのお兄さんよ」
同行していたルフィに置いていかれていたウソップとチョッパーがが、ほっほと駆け足で戻ってきた。
「エース、久しぶり!」
「みんな元気そうだ。いやあ、ここで行き会ったのも何かの縁だししばらく船に乗せて貰えねえかなあと思って・・・」
そりゃ勿論大歓迎と言いかけたウソップの隣で、ナミは渋い顔だ。
「いいけど、うちも船長がアレなんで食糧事情がねえ・・・その上エースまでとなると」
「そう思って、俺の分はしこたま買い込んで積んできたぜ」
じゃん、と得意気に手を広げて倉庫を指差すと、先に倉庫に戻っていたサンジが顔を出し怒鳴った。
「エース、てめえの食料はてめえで片付けろっつっただろうが、なに油売ってやがる!」
「はいはい、ってことで大量に食料積んじゃったんだけど、どうかなあ」
「んーまあそういうことならしょうがないわね、って言うか、勿論私も大歓迎よ」
影の船長たるナミの許可を得て、やったあと飛び上がって喜ぶルフィに仲間達はどっと笑った。
「そうと決まれば、俺も片付け手伝うぞ」
「俺も俺も」
「これはどこに運ぶんだって?」
すっかりテンションの上がった仲間達にテキパキ指図するサンジの背後で、ナミはさてと腰に手を当てて振り向いた。

「一人足らないみたいなんだけど、頭数揃ったからもういいか」
「おいおいおい」
「冗談よ、って言うかあの天然迷子、どこほっつき歩いてるのかしら」
いつもなら最終日間近にサンジが拾って帰って来ていたから、集合時間に間に合わないことはなかった。
「ねえサンジ君、ゾロどこにいると思う?」
「なんでそれを俺に聞くかなあナミすわ〜ん」
サンジはへにょりと眉を下げながらも、ん〜と額に手を翳し周囲を見渡した。
「多分、あの小島から泳いで帰ってくる」
「は?」
「なんで?」
ナミとウソップがガボンと口を開けていると、ロビンが「あら」と気の抜けた声を出した。
「本当、なにかこちらに泳いでくるわ」
「へえええ?」
指差した方向の船縁に駆け寄れば、確かに白波が立ってなにかがすごい勢いで泳いでくる。
その後ろは、鮫の群れだ。
「うほほ〜すげえすげえ」
ルフィはフィギュアヘッドの上で、ぶんぶんと腕を振り回した
「ぶっはあ」
水飛沫を上げて飛び上がったゾロを追いかけ、鮫もどき達が空中にジャンプする。
「ゴムゴムの〜ピストル!」
狙いを過たずそれらにパンチを食らわし、ウソップが投網を投げて巨大鮫を一網打尽にした。

「おー大量大量」
「やったなゾロ、美味そう」
「ったく、しつけえ奴らだったぜ」
シャツをじゃばじゃば搾って着直すゾロに、エースは背後から近付いた。
「よ、久しぶり」
「あ?あんた・・・」
ゾロは一瞬、どこかで見たような顔だなと言う表情をしてからルフィを見た。
「ああ」
どうやらそれで、思い出したらしい。
「なんだってここにいるんだ」
「偶然サンちゃんと出会ってね、都合上しばらく船に乗せてもらうことにした」
そう言うと、艫綱を巻いていたサンジの腕を引いて振り向かせる。
「うおっ、馬鹿」
バランスを崩したサンジの肩を強引に抱いて、にかっとゾロに笑いかけた。
「そういうことなんでよろしく」
「ああ」
ゾロはなんとなく不快な気分になったが、表には出さず素っ気無く返した。





その夜は、エースの歓迎会と称して宴が催された。
俄かに仕入れた鮫尽くしの料理と豊富な食材で作られた食事が、ルフィ兄弟の勢いであっという間に食べ尽くされて行く。
「すげー・・・」
「とんでもねえなこりゃ」
追加の大皿を抱えて甲板に出て来たサンジは、あ〜あと大げさに肩を竦めて見せた。
「まあ想定内だがな」
「あーサンジお代わりー」
手を伸ばして皿を引っ手繰ったルフィに思わず一緒に引き摺られたサンジが、エースの腕で受け止められる。
「サンちゃんも作ってばかりでないで、一緒に食べようよ」
「ああ?まあもう全部出尽くしたから・・・」
しょうがねえなと隣に腰を下ろし、ポケットに手を突っ込んで煙草を取り出そうとするのをやんわりと止める。
「一服よりちゃんとした食事、もう少し食べて肉付けねえと持たねえよ」
「エースの言う通りよ、サンジ君ここのところダイエットし過ぎ」
「少し筋肉も落ちたようね」
ナミとロビンに指摘され、サンジはあちゃと顔を顰めた。
「レディに心配されちゃ申し訳ねえな」
「ほら食べて食べて、これなんか美味しいよ」
「当たり前だ、俺が作ったんだっての」
笑いながら、エースが差し出す串カツに齧り付く。
仲睦まじい様子を見て、ウソップはそっとゾロに囁いた。
「なんかよかったなあエースが来てくれて、サンジの表情が明るい」
「・・・」
それには応えず、ゾロは苦虫でも噛み潰したような顔で黙って酒を飲んだ。

ひゃあっといきなり悲鳴が上がり、見ればエースが料理の中に顔を突っ込んで倒れている。
「なんだなんだ、医者―!」
「医者はてめえだ」
「これぞまさしく食い倒れ?」
「アウッ!一曲行くぜ食い倒れの歌!」
フランキーのギターをバックに、エースは豪快な鼾を掻き始める。
人騒がせな野郎だと呆れながら、サンジはその裸の背中にそっと毛布を掛けてやった。





クルーが一人増えただけで、賑やかさは倍増しになった。
エースは持ち前の社交性と気配りであっという間に麦わらの一味に馴染み、年長者とも年少組とも上手に話を合わせる。
礼儀正しさは女性陣にも好評で、まるで昔から共に旅をしてきたような親近感を与えていた。
ルフィは嬉しくて仕方ないのか、しょっちゅうエースについて回った。
船縁で釣り糸を垂れるのも、甲板で昼寝するのも、風呂に入る回数すらエースに合わせて増やしたほどだ。
それでも夜になると不寝番以外の日はさっさと男部屋に休みに入り、入れ替わるようにエースがキッチンに入り浸るのが習慣になっていた。
時にはサンジと並んでキッチンに立ち、仕込みの手伝いなどもしている。
二人差し向かいで酌み交わしている姿も、しょっちゅう目撃された。
それと入れ替わるように、ラウンジで刀の手入れをするゾロの姿はいつの間にか見られなくなっている。

「あの二人仲いいわよねえ、エースとサンジ君」
「そうね」
「まるであっちがほんとの兄弟みたい」
ナミの言葉に、ロビンは読んでいた本からつと目を離し顔を上げた。
「兄弟というよりも・・・」
「ん?なあにロビン」
「・・・なんでもないわ」
ロビンはふわりと微笑んで、再び本に目を落とした。



昼間から甲板で眠りこけ、ゾロは空腹を憶えて目を覚ました。
すでに日はとっぷりと暮れ、空には星が瞬いている。
―――寝過ごしたか?
ポリポリと頭を掻きながら身体を起こした。
服が濡れているから、眠っている間に一雨降ったのかもしれない。
思い切り伸びをしてから、まだ明かりがついているラウンジへと向かった。
薄情にも仲間達は誰一人起こしてくれることなく、先に眠ってしまったらしい。
コックがいるかと扉を開いたら、エースが一人でキッチンに立っていた。
振り返り、「よう」と皮肉っぽく笑いかけてくる。
「お早いお目覚めで」
「なにしてんだ、あんた」
ぐるりとキッチンの中を見渡せば、エースはじゅうじゅう音を立ててフライパンを振りながらフライ返しを持った手で指し示した。
「あんたの夕飯は冷蔵庫の中。黒ラベルの酒は飲んでもいいとさ」
指示された通り冷蔵庫を明け、皿を取り出した。
「晩酌済んだら握り飯でも食ってろって、スープは鍋ん中。あっためるのは自分でやれよ」
面倒臭いから、ゾロは冷えた味噌汁をそのままよそう。
そうしながら視線を彷徨わせると、エースはゾロに背を向けたままくすりと笑った。
「サンちゃん探してんの?今夜は不寝番だぜ」
「ああ」
そうだったか。
「ったく、寝過ごして飯抜きでもおかしくねえのに、ちゃんと残しといてくれんだからな」
感謝しろよとのエースの小言は聞き流し、ゾロはぱしんと手を合わせ酒の封を空けた。
その間にエースは手早く皿に料理を盛ると、熱いコーヒーをポットに移して蓋を閉める。
「なにしてんだ?」
再び質問すれば、今度は答えてくれた。
「サンちゃんの夜食」
「へえ」
ゾロは咀嚼しながら、鼻で笑った。
「ご機嫌伺いか、ご苦労なこって」
ゾロの言葉に、エースはじろりと目線だけで振り向いた。
「夜食を用意するのが、ご機嫌伺いだって?」
「違うのか」
もぐもぐと頬袋を膨らませながら咀嚼するゾロに、エースはははっと乾いた声で笑う。
「じゃああんたは、サンちゃんが毎夜不寝番の誰かのために夜食を持ってってやるのも、全部ご機嫌伺いだって言うつもりかい」
「・・・そりゃあ」
違うだろう、それは仕事だ。
「あいつは、コックだ」
「コックだから?でも朝昼晩の飯さえ準備できてれば、それ以上面倒見る義理はないだろう。例えば、あんたみたいに勝手に寝こけてて食いっぱぐれた仲間の夕飯なんてさ、置いとくこともないだろ」
そう言われては、返す言葉もない。
「サンちゃんがみんなの夜食を用意するのは、仲間が大事だからさ。そりゃあ職業意識もあるだろうけど、基本誰に対しても平等で誠意に溢れてる。サンちゃんには見返りを求める気持ちはない」
「じゃあ、あんたのそれはなんだ。下心じゃねえのか」
言ってやれば、少しばかり悪戯っぽく顔を歪めた。
「それは否定できないな。俺は誰にだってこういうことをしない。サンちゃんだからだ」
「・・・」
「惚れてる奴のために、なにかしてやりたいって思うのは当然だろう?」
まるで睨み合うように見つめ合った。
自分から視線を外すのは癪で、ゾロは顔を上げたまま目を細める。
「惚れてるって?あいつに?」
「島ではずっと一緒だった」
エースの方から視線を外し、皿の乗ったトレイとポットを手に取った。

「サンジが一番辛い時に、側にいることを許してくれたんだ」
「―――・・・」
今度こそ黙ってしまったゾロを置いて、エースはラウンジを後にした。



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