Stay gold -10-



郊外に宿を移し、キッチン付の部屋を借りた。
エースと連れ立って食材を買いに行き、一緒に島民とのお喋りを楽しむ。
社交的で愛嬌のあるエースは、サンジと同じようにすぐに市場にも溶け込んだ。
気軽に試食に手を伸ばし、買い物をすれば必ずオマケがついてくる。
「エースと買い物するの、楽しいな」
「そう?」
「なんだろ、ペースが同じって言うか・・・別に、エースは食材を吟味したりしてないのに」
「でも面白いぜ、特にサンちゃんと一緒にいると話が弾んで見てるだけでも楽しい」
エースは些細な世間話でも、相槌や合いの手が上手いのだ。
サンジの歩みが遅れればさり気なくペースを落とし、じっくりと付き合ってくれる。
それとわからない細かな気遣いに、エース自身は意識などしていない。
「実際、俺が見てんのサンちゃんばかりだから。見てて飽きないよ」
「なんだよそれ」
珍獣扱いされた気がして膨れっ面になれば、エースは笑いながら頬を突ついた。
そんな子どもっぽい仕種も、嫌味がない。
「サンちゃんと一緒なら、どこだって楽しいさ」
「・・・男に言われたって嬉しかねーや」
煙草を咥え直してそっぽを向くサンジの、金髪の隙間から覗く耳朶が赤く染まっているのは夕日のせいだけではないだろう。
大量の食材をエース一人で抱えながら、それでも片手を空けてサンジのスーツの右ポケットに手を突っ込む。
右手をポケットに入れていたサンジは驚いて手を引こうとしたが、中でがっちりと指を組まれてしまった。
無理に引き剥がすこともせず、サンジは不貞腐れたように前を睨んでずんずん歩いた。
エースもその歩調に合わせ、早足で歩く。
そうしながら、ポケットの中で二人の掌はしっかりと握られていた。



なにせエースは大食漢だから、サンジにしてみれば料理の作り甲斐がある。
山ほど作ってもあっという間に食べ尽されるのは日々の生活で慣れているとは言え、やはりエースの健啖振りには目を瞠った。
「すげえなあ、身体がゴムじゃねえんだから物理的に不可能だろこの量」
「ん?そうでもないよ、まだ八分目」
「げ、マジかよ」
「なんせサンちゃんの作ってくれる料理は美味しいからね」
エースは、サンジが調理している間ぼうっと寝て待っているわけではない。
時には一緒に台所に立ち、細かい部分で手伝ってくれる。
やろうと思えば一通り、自炊もできるようだ。
「自分で作って自分で食い尽くすとか、虚しかねえか」
「それもあるな。あと自分で作ると食い逃げできない」
「あほか」
「ん?食い逃げは男のロマンだぜ」
訳わからないことをほざくエースの脛を軽く蹴って、それでもサンジは笑っていた。
食い逃げなど商いをする側から見れば言語道断だが、なぜかエースは憎めない。
「やっぱ兄弟だな、大食いなとこまでそっくりなのは遺伝か」
サンジがそう言えば、エースは少し微妙な表情で笑った。

「いつまで一人で旅をするつもりなんだ」
食後の一杯を傾けながら、サンジは緩く煙草を吹かした。
向かい側に寝そべり膨らんだ腹を擦りながら、エースもグラスを煽る。
「そりゃあ、黒ひげを見つけてとっ掴まえるまでさ」
「命令、されたのか?」
「・・・そうでもないよ」
根が正直なのか、都合が悪くなると口ごもる癖ももう見抜ける。
「もしかして勝手に追ってるのか?」
「だってよ、許せねえじゃねえか」
エースは子どものように唇を尖らせた。
「仲間殺しは重罪だ。なんとしてでも俺の手で捕まえてやる」
気持ちはわからないではないが、無茶だろう。
そう思いつつも、サンジは自分が口を挟む問題でもないと心得ていた。
エースは強い。
黒ひげの強さは底が知れない。
いくらエースが追い求めても、二人の邂逅はない方がいいと心の隅っこで願ってしまう。

「黒ひげを掴まえたら、白ひげ海賊団に戻るのか?」
「勿論」
軽く応え、悪戯っぽくニヤッと笑った。
「そん時は、サンちゃんも一緒だといいな」
サンジも邪気なくにっこりと笑い返す。
「酔いが回りすぎだぞエース」
「・・・本気なんだけど」
拗ねたように俯いて上目遣いで見るエースに、サンジはふっと溜め息を吐いてみせる。
「俺は俺の夢があるっての」
「それは別に、ルフィの船じゃなくてもいいんだろ?」
そう言われると考えてしまう。
オールブルーを探す目的でルフィと共に海に出たが、グランドラインを渡る船ならどれにだってチャンスはあるのかもしれない。
でもやっぱり、ルフィの船がいい。
あの仲間たちと一緒にオールブルーを見つけたい。

「エースは?エースの夢はなんだ?」
矛先を変えてみれば、エースはどんと胸を張った。
「そりゃあ、親父を海賊王にすることだ」
「・・・へ?」
やや拍子抜けする。
「なんだよ、エース自身の夢だよ」
「だから、親父たる白ひげが海賊王になることだ」
サンジはうーんと首を傾げた。
「あのよ、俺は海賊王を目指す船長と一緒に旅をしてるけど、俺の夢はルフィを海賊王にすることじゃねえぜ」
「そりゃそうだろ、ルフィは自力でなるっつってる」
「だよな。だったらエースだって自分の夢があるんだろ、それこそエース自身が海賊王になるとか」
そう言うと、エースはからりと笑った。
乾いた笑いが夜の空気に浮かんで消えるみたいに場違いに響く。
「俺のすべては親父のものだ。親父のために、俺は生きてる」
「・・・エース?」
「でもサンちゃんが一緒に来てくれるなら、これからはサンちゃんのために生きたいな」
茶化された気がして、サンジはむっときた。
「ざけんな、男の夢とかロマンとかないのかよ」
「あるよ、だから食い逃げが・・・」
「うっせえバカ」
長い足を伸ばして踵で蹴れば、エースは仰け反って倒れた。
はぐらかされたようで、気分が悪い。

「ごめんごめん、怒らないでサンちゃん」
機嫌を取ろうと背中に懐いてくるエースに背を向け、サンジは手酌でワインを煽る。
「どうせ俺の言うことなんて本気で相手しないんだろ、適当にあしらって誤魔化そうとして」
「サンジ・・・」
「別に、俺なんて飯作るくらいでなんの役にも立たないしさ、一人で生きてくエースの足元になんか及ばないけどさ」
「サンジ」
「どうせ子どもみたいにお伽話めいた夢、まだ見てるよ」
「サンジ!」
肩を掴んで、強引に顔を向けさせる。
むすっと睨み返すサンジを正面で見つめ、エースは真顔で頭を下げた。
「ごめん、誤魔化すつもりはなかったんだ」
「―――・・・」
「でも、俺自身の夢はないってのは本当なんだ。俺にとって親父が命だ。それだけは信じてくれ」
真剣にそう言われ、サンジは逆に不安になった。
「なんでだ?エースみたいな男が、自分の夢を持たないなんて」
「俺みたいな男?」
素で問い返すとぼけた横っ面を、衝動的に張り倒したくなった。

「エースなんて、強いし優しいし愛嬌があって誰とでも仲間になれそうじゃねえか。一人で充分生きていける。それこそ、誰かの傘下でいなくたって充分だ、むしろ勿体ねえよ」
「・・・サンちゃんだって、ルフィの傘下にいる訳じゃないだろ?」
「当たり前だ、あいつは一人じゃ生きていけないから俺が面倒見てるんだ」
これははったりでなく事実だ。
ルフィは自分ひとりで生きていけないことがわかっていて、人に頼る術を知っている。
それでいて、他人を引っ張る胆力は本物で。
いつまでも共に旅したいと思える天性の船長っぷりには敵わない。

「それに、俺は別に優しくなんかねえよ」
誰にともなく呟いたエースの言葉を、サンジは聞き逃さなかった。
「なに言ってんだ、エースみたいに優しい男って珍しいよ。特に海賊で」
笑って流すつもりだったのに、エースの表情は硬いままで。
「俺、そんなに優しい?」
辛うじて浮かべた笑みは、強張って見えた。
そのことにサンジの方が戸惑う。
「当たり前だろ、エースは俺なんかのことも見捨てないでくれて・・・」
「なに言ってるの」
今度はエースが、少し怒ったように顔を顰めた。
「サンちゃんは一人で頑張った。俺から見たら、サンちゃんの方が優しくて強い」
「馬鹿言ってろ」
不毛な言い合いになりそうで、サンジは空のワイン瓶を二人の間にどんと置く。
「エースが優しくなきゃ、世の中の優しさなんて全部まがいもんだ」
勢いで新たにワインの栓を抜こうとして、その手を止められた。
いつの間にか近付いたエースの顔を見上げれば、薄い微笑を浮かべ見つめ返してくる。
「俺が優しいって言うなら、それこそまがいものだよ」
その瞳に一瞬嘲りの色が浮かんだが、それが誰に対してなのかはわからなかった。
「・・・エース」
それ以上サンジに何も言わせないように、エースは強引に顔を近付けた。




夜半に降り出した雨音に誘われ、ふと覚醒する。
まだ空は暗く、朝の気配もない。
時間を確かめるために身じろぎをするのも憚られ、サンジはそっと首だけ巡らした。
すぐ近くに、深く眠るエースの横顔がある。

――――俺は、優しくなんかないよ。
そう言ったエースの顔はとても寂しげで、ただの謙遜で言っているようには見えなかった。
そんなことで遠慮したって不毛なのに、頑なに認めようとしない姿勢は少し不自然だ。
僅かな時間一緒にいるだけなのに、エースの中に影を見てしまう。
明るく柔らかな雰囲気を纏ってはいるが、エースの中に暗く深い傷がある。
それを隠すためにわざと軽く振る舞っているような、そんな気がする。
そう感じ取ってしまうのは、自分も同類だからだろうか。

安らかな寝顔を横目で盗み見ながら、正反対だな・・・と、取りとめもなく考えた。
あの、どこまでも真っ直ぐな単細胞馬鹿は、無口で無愛想で社交性は欠片もない。
口を開けば嫌味かからかいだし、ものぐさで暇さえあれば寝てばかりで、人に対する気遣いそのものがまったく無いと言っていい。
けれど、ゾロには澱みがない。
一本筋が通った気質にブレはなく、馬鹿は馬鹿なりに潔く精錬だ。
眩しいくらいに真っ直ぐで、誰に囚われることもない自由で闊達な心を持っている。
その背中を目で追うことにさえ、負い目を感じていた自分とは違いすぎる。
わかっていたのに求めてしまうのは、それが自分にないものだからか。
光に惹かれる闇のように、ないものねだりで分不相応な想いを抱いてしまうのか。

認めたくなくて足掻きながら、ふと差し出された目の前の温かな手を取った。
どこまでも優しく朗らかなエースに救いを求め、彼の中の闇に気付かぬ振りで甘えてみせる。
―――ずるいのは、俺だけだ。

エースと自分は似ているのかもしれない。
それでも、エースは淀みに咲く花だ。
傷を負って痛みを知って、それでも優しく大らかに花開く。
自分とは、違う。
ただ甘えて縋るだけの、卑怯な自分とは違う。
雨音の中に思考を沈めながら、サンジは再びまどろみ始めた。



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