special night 1

「普通のセックスがしてえ。」

真顔でそう言われた。
言われたゾロは固まるしかない。
普通の・・・
普通ってことはつまり、俺らは異常なセックスをしてるってのか?



「別に、てめえとすんのは嫌いじゃねえよ。ってえかはっきり言ってすげえ好きだよ。 でもよお、毎回毎回毎回
 もうぜってーこのまま死ぬって覚悟して、マジぶっ飛ぶような セックスばかりってのもどうかと思うんだ。
 なんつーかこう、お互いの思いやりとか 労わりとか、そういったもんも含めてよ。気持ちいいばかりでがっついて、
 がしがし ダラダラどんどこどんどこ突っ込みゃいいってもんじゃねえだろ。俺絶対死の淵見てるよ、 毎回。
 終わったら喉カラカラで声も出ねえし、あちこち泥々のぐしゃぐしゃで気持ち 悪いし、終わったらとっととシャワーって
 のも色気ねえし、心臓止まりそうにバクバク言ってるし、あちこち噛まれて血が出てるしよ。あまりといえばあまりに
 獣だ。別にこれから改めろって言ってんじゃねえぞ。そうじゃねえけど、一遍くらい人間らしいセックスをお前と
 してみてえんだよ。」

彼にして珍しく、この長台詞を途中で激昂することなく、ただ淡々と語りつづけた。
それが一層切羽詰った彼の状況を偲ばせて、ゾロは不覚にもほろりと来た。
思わず抱きしめよう伸ばした手をするりとかわして、サンジは恥じ入るように顔を赤らめたまま足早にキッチンへ
戻っていってしまう。
一人甲板に残されたゾロは、時折足元を洗う荒波の飛沫を受けながら、しばし呆然と佇んでいた。





ところで普通のセックスって、なんだよ。
サンジの長い台詞の一言一句をいちいち思い出して反芻する。
確か喉が嗄れるとか死にそうだとか泥々だとか言ってやがった。
大体喉が嗄れるってなんだ。
やり始めるとてめえが勝手にあんあん泣き出すんだろうが。
それにイク回数も断然奴のが多いから、泥々だのぐしゃぐしゃだの八割方奴のせいだ。
突きゃあ突いたでもっともっとって締め付けやがるからいけねえんだよ。
なんだよ。
全然俺のせいじゃねえじゃねえか。


思ってはみても、サンジの望みを聞いたからには叶えてやらなければならない。
何故ならもうすぐ、奴の誕生日なのだ。
生まれてこの方、他人の生まれた日など全くどうでもよかった筈なのに、この船に乗って以来1年に1度の最大級の
イベントとして各々盛大に祝われている。
自分のときもそうだったから、妙に義理固いゾロはサンジにだけはお返しをしなければならないと単純な頭で思っていた。

好きだと自覚した拍子に手篭めにしたら、案外あっさりその関係は続いている。
向こうも憎からず思っているようだし、何せ自分はもしも先に死ぬようなことがあればあいつも一緒に殺して連れて
行こうかと思っているほど惚れているのだ。
男たるもの、特別な1日くらい、特別な相手に費やしてやってもいい。
などとゾロにしては殊勝なことを考えていた。
但し、解決策が見つからない。
コックの望む普通のセックスってのは何なのだろう。
ゾロの経験から辿っても、答えなど見つからない。





半ば上の空でキッチンの扉を開けた。
コックは見張りに行ったらしい。
魔女が二人海図を広げてクッキーを摘みながらなにやら相談している。
ゾロはその横を通り過ぎて酒を一本取り出し、イスにどかりと腰を下ろした。

ワインに口を付けながら考える。
ナミの借金がこれ以上増えようが別に痛くも痒くもない。
ロビンは無気味に笑ってるだけで、どうせ感づいてやがるから今更隠す必要もねえだろう。
これといって深く考えず、ただ単純に世間話のように口を開いた。

「なあ、普通のセックスってなんだ?」

二人は一斉にこちらを向いた。
表情を変えないでしばらくじっとみつめて、先に口を開いたのはナミだった。

「そうねえ、多分あんたのセックスは激しすぎるんじゃないかしら。」
カップを手にとって温かい紅茶を一口含む。
「察するに獣そのものってセックスするでしょうあんた。がんがん突きまくったり最中に噛み付いたり、してない?」
ゾロは驚いて声も出なかった。
後を追うようにロビンが続ける。
「確かに、お相手が人並みはずれた体力の持ち主のコックさんだからこそ、勤まってるのね。 今まで陸でプロの女性を
 相手でもそうだったでしょうけど、それはせいぜい一夜限りのこと。こう毎晩毎回それでは身が保たないのも無理はないわ。」
「まあ、男同士なんだから甘い言葉のひとつも・・・なんて寒いことは言わないけど、やっぱりセックスは愛がないと満足
 できないわよ。ぶつかるだけじゃなくて、包み込むような暖かいもの。抱き合うだけで満たされるって気持ちも、あるんじゃない?」
「コックさんが求めているのは恐らくそういったメンタルな部分ね。するたびにただ求められるだけじゃ身体だけが目的だと
 思われても仕方ないでしょう。相手が誰でもいいわけじゃなくて、気持ちいいだけじゃない、深いところのつながりを表して
 欲しいんじゃないかしら。」

ゾロは震撼した。
自分はただ「普通のセックスってなんだ?」と聞いただけだ。
さっきのコックとの会話を聞いていた訳でもないだろうに、この二人の魔女は的確に、それも何の打ち合わせもなく交互に
アドバイスをしている。

怖え・・・
ゾロは初めて人を怖いと感じた。

「通常なら犬も食わないって奴だけど、まあもうすぐサンジ君の誕生日だし、ここらで私たちも一肌脱ぎますか。」
「そうね。コックさんには幸せになってもらいたいから。」
珍しくロビンまでにっこりと笑った。









サンジの誕生日当日に大きな島に着いた。
船番のロビンを置いて、全員で昼食を取りに降りる。
人口が多く街も規模が大きいが治安がいいらしい。
海軍の姿は少なくて、自治警察が取り仕切っているようだ。

「お尋ね者の張り紙が見えねえなあ。」
「油断大敵よ。あんた達有名人なんだから。くれぐれも騒ぎは起さないでよね。」
昼食後、宿だけ決めて自主解散となった。

「お前はちょっと待ってろ。」
ゾロにしては小声で、サンジの横でぼそりと呟く。
「なんだよ。」
口を尖らせてみてもサンジにしたら満更でもなく、どこか初々しい様子でもじもじしている。
やってらんないわね。
ナミは横目でちらりと一瞥して、意気揚揚とカジノに消えて行った。




宿のロビーでぼうっと煙草を吹かす。
ちょっと待ってろって、なんだよ。
何考えてんだマリモヘッドは。
しかめっ面を作って見せるのに、口元が自然に緩んでくるのは仕方がない。
にやけそうになって慌てて表情を引き締めると、緑頭が階段から降りてきた。

「着替えたのか。」
いつもの三本刀は腰になく、じじシャツに腹巻でもない。
ジーンズにシャツというラフな格好だが却って新鮮に映る。
「この方が目立たねえだろ。ちょっと落ちつかねえけどよ。」
治安がいいから帯刀する必要もないだろう。
普通の格好のゾロに見蕩れてしまって、慌ててサンジは目を逸らした。
無意味にすぱすぱと煙草を吸う。

「それからこれだ。」
目の前に紙切れを差し出された。
街の地図らしきものと、そこここに数字が打ってある。
「この順番に歩けってよ。」
「オリエンテーリングか?」
「まあ、そんなもんだろ。」
ナミが作ったのだろうか。
上陸して間もないのに、よくここまで情報を把握したものだ。
「まず1番からだ。俺を連れて行け。」
「って、結局俺かよ。全く使えねえ迷子だな。」
悪態をつきながら、弾む足取りで宿を出た。
澄んだ青空に余計気分が高揚する。




1番は動物園だった。
狐や狸からクマや狼まで、猛獣系も結構いる。
海育ちのサンジは知らない動物がかなりいて、子どものように目を輝かせていた。
ゾロはゾロで檻毎に睨みを効かせ、動物相手に無言の勝負を仕掛けていたようだ。
親子連れやカップルに混じって動物園を堪能した後、向かった2番はオープンカフェ。
一体ナミはどうやってこんな情報を手に入れるのだろう。

「このシャーベットについてるハーブ、なんて奴?」
「ああ、それはこの島特産のハーブでして・・・」
ウエイターに気軽に話し掛けながらサンジはそっとゾロを盗み見る。
ゾロはコーヒーを前に、サンジのタバコを勝手に拝借していた。
最近知ったことだが、ゾロは苦いコーヒーを飲むと煙草を吸いたくなるらしい。
足を組んで煙草をくゆらす姿は結構様になっていて、つい見入ってしまう。
どうしよう。
俺、ときめいてるかも。
見慣れた人間の意外な一面は結構クル。
サンジは闇雲にシャーベットを掻き込んで、のぼせそうな頭を必死に冷ましていた。



あらゆる店が建ち並ぶ大通り。
景色のいい小高い丘。
島の観光名所をぐるりと巡り、三ツ星のレストランで食事をした。
ゾロはいつもの習慣で腹に手をやったが、腹巻がないことに気づいてジーンズの後ろ
ポケットからくしゃくしゃの紙幣を取り出した。
又ナミへの借金を増やしたらしい。
慣れないテーブルマナーに四苦八苦するゾロを肴に食事を堪能して、次に移動したバーで軽く飲んで、後は宿に帰るだけ
なのに、まだ番号が残っている。

向かった先はこ綺麗なホテル。
「・・・って、お泊りかよ!」
完璧だ。
完璧なデートコースだがこれはまずい。
「いいじゃねえか。ナミが仕組んだことなんだし。」
「だからまずいんだよ。俺ら二人だけで泊まって明日どんな顔してみんなに会えばいいんだよ。いかにも昨夜やって
 ましたってモロばれじゃねえか!」
何を今更と、ゾロが呆れた顔をする。
「てめえ、船の上でも昨夜やってましたって顔してるじゃねえか。」
「えええええ――――!!」
結局有無を言わさず連れ込まれた。

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