special night 2

通された部屋を見て、サンジは眩暈を起こした。
そう広くはないがシックな色合いで統一された室内の中央に、どんとダブルベッドが鎮座している。
サイドテーブルにはテーブルフラワーと小さなバースディケーキ。
男同士でダブルルームって、どうよ。

「お部屋のご説明はいかがいたしましょうか。」
案内のベルボーイが他意なく声をかける。
「いえ、もう・・・結構ですから。」
消え入りそうな声で精一杯拒否すると、それではごゆっくり、とこれまた何の含みもなくさわやかに一礼して部屋を出て行った。
ここの社員教育はなかなかのものだ。

「わりかしいい部屋じゃねえか。」
恥も外聞もない男は呑気に冷蔵庫を開けて酒をあさっている。
「お前、先風呂入って来い。俺は暫く呑んでる。」
横を向いたままサンジの顔を見もしないで、ソファに長い足を投げ出した。
「んじゃ、一風呂浴びるか。」
努めて軽く答えて、いそいそと風呂場に入る。
こう何もかもセッティングされるとなんとも気恥ずかしいものだ。

清潔な脱衣所も、たっぷりお湯のはるバスルームもめったに使えないのに、どこか落ち着かなくて困ってしまった。
なんかもう、のぼせそうだぞ俺。
念入りに洗っていると思われるのも癪で、意識して手早く入浴したサンジは普段の倍以上早く風呂から上がった。
泊まるつもりなどなかったから着替えなどない。
仕方なく素肌にバスローブをまとう。
もう後はやるだけですーって感じが見え見えで抵抗はあったが、今更という気もする。

「お先。」
ソファに深く沈みこんで、眠っているのかと思われた身体ががばりと起きた。
風呂上りのサンジをじっと凝視して、それからふいと目をそらして風呂場へ引っ込む。
なんなんだ?
ゾロとよそよそしくすれ違い、ベッドに腰掛けた。

タオルで軽く髪を叩きながら水分を取る。
テーブルの花に目を細めて、小さなケーキを手に取った。
どうせあいつは喰いやしねえな。
風呂から上がったら二人でお祝い、なんて雰囲気にもならないだろう。
サンジは、今日一日の至極まっとうで正統派過ぎた正真正銘のデートの余韻を噛み締めながら、
ケーキを食べ始めた。




―――遅え。
食べ終えてもゾロが上がってこない。
普段烏の行水のように大雑把な入浴なのに、この遅さは尋常じゃない。
まさかのぼせてるってわけ、ねえよなあ。
室内温度は快適に設定されている為、自分が湯冷めする心配はないがこう遅いと気に掛かる。
かといって、様子を見に行くのもせかしてるみたいで嫌だしなあ・・・。

何気なく窓の外に目をやると街の灯りが路地ごとに連なって光って綺麗だった。
賑やかな街は夜景も綺麗だよな。
治安のいい島だが深夜のせいか通りを歩く人影はない。
だがあちこちに設けられた街灯が人気のない街を明るく照らし出していた。
その時、すうと音もなく街が闇に包まれた。

―――あれ?
部屋の中も外も、一気に真っ暗になる。

停電か。

かちゃりと音がして、ゾロが顔を出した気配がした。
目が慣れるまで時間が掛かりそうだ。
「あんだ、外も真っ暗かよ。」
昼間はよく晴れていたが新月のようで月の光すらなかった。
「まずいな、いくら治安がいい街とは言え俺らみたいな海賊も立寄る島だ。」
ゾロは停電を確認してまた脱衣所に引っ込んだ。
サンジもとりあえず靴を履いてクローゼットを開ける、と、慌しくノックの音がした。

「お客様、灯りをお持ちしました。」
先ほどのベルボーイの声。
サンジがドアを開けると、いくつかのランプを手した青年が立っている。
バスローブ姿のサンジを認めて、心持ち目を逸らした。
「お休み中申し訳ございません。こちらをお使いください。」
「この島はしょっちゅう停電したりすんの?」
照れ隠しに世間話を振ってみる。
「ごく稀にですが、電力の供給が不安定なのでこういったことがございます。備えは万全ですが、 昨夜名の知れた海賊が
 上陸したいう話も聞いておりますので、くれぐれもお気をつけくださ・・・」
いい終わらぬうちに、階下から甲高い悲鳴が響いた。
どやどやと荒々しい靴音とともに、手に武器を携えた男達が廊下の角を曲がって姿を表す。
青年は慌てながらもサンジを庇うよう手を広げた。
たいした社員教育だ、見上げたもんだぜ。

青年に向かって長刀が振り下ろされるより早く、サンジの足が武器を弾き飛ばしエポールをかました。
「うわ!」
ランプを落としてへたり込んだ青年を引っ張り上げて怒鳴る。
「こっちは俺に任せろ。あんたは他の客を避難させろ!」
「わかりました!」
サンジの迫力に押されてか、素直に指示に従って青年が走り出す。
それを追いかけようとする男達をサンジは片っ端から蹴り倒した。
骨が砕ける音がするが、手加減している場合ではない。
狭い廊下ながらも思わぬ反撃にあって怯む夜盗を追う形で、サンジは階段を駆け下りた。



エントランスでは何人かの女性を担ぎ上げた男が目に入る。
「野郎、レディに何しやがる!」
踊り場から飛び降り様、女を抱く男の脳天めがけて足を振り下ろした。
カウンターの隅で血を流して蹲る従業員の元に女達を固まらせて、サンジはロビーの中央に出た。
夜盗達がぐるりを取り囲む。

充分引き付けて、カジ・クーを繰り出そうとした瞬間、後頭部をぽかりとはたかれた。
何時の間に来たのか、上半身裸のゾロが鬼のような形相で真後ろに立っている。
「何すんだ。クソ腹巻!」
「アホかてめえ、アレしようとしやがったろ!」
それがなんだ?
「自分の格好をちったあ考えやがれ!!」

言われてはたと気が付いた。
そういや俺、バスローブの下は素っ裸だ。
これでカジ・クーをした日には・・・
そら恐ろしい事態を引き起こしただろう。

慌ててしゃがみ込んだサンジの横で、ゾロが腰を落として構える。
「無刀流・・・」
いきなり漫才を始めたふたりに気が抜けたように夜盗どもが近づいた。
刹那

「竜・・・巻!!」

思わぬ風圧と切り裂く空気に男達は何が起こったかわからぬまま巻き上げられ、壁に叩き付けられた。
―――こいつ、ぜってえ人間じゃねえ。
サンジは床に臥したまま、バスローブがはだけないように抑えて蹲る。



「大丈夫ですか!」
粗方片付いた頃、ガラスの割られた玄関から、自警団と思しき集団が灯りを手になだれ込んできた。
うめきながら床に横たわる夜盗の数にギョッとしながらも、宿泊客らの無事を確認している。
「怪我人とレディはあっちだ。」
サンジに言われてカウンターの隅で応急処置を始めた。
今の間に着替えをと上を見れば、上層部は黒煙に包まれて近づくことができない。
「うお、火事か!」
「ああ上はもうだめだ。客達は裏口から避難させてたけど、俺らの部屋の前から出火したからな。」
あのランプかよ。
「ずらかるぜ。」
自警団の注意が他の客達に向いている間に、そっと玄関から飛び出す。
客であり被害者には違い何のだが、何せ自分達も海賊でお尋ね者だ。
ゾロは刀を持っていないとは言え、片耳のピアスと胸の傷が目立ちすぎる。
服と煙草を諦めて、闇の街に飛び出した。



あちこちで火の手が上がっているが、消防団がいち早く出動しているせいか思ったほどパニックにはなっていなかった。
それでも多くの人が表に出て、自主的に明かりを灯している。
暗闇でもサンジの金髪と白いバスローブが目立つ為、何度も親切な街の人に保護されかけた。
(ちなみにゾロは暴徒と間違えられた。)



「あー、やっと着いた・・・」
路地をいくつか間違えて、同じような道をくるくる廻りながらようやく皆が泊まっている安宿に辿り着く。
古ぼけた扉の前で一息ついて、肝心なことを思い出した。
「やべえ、俺鍵がねえ。」
部屋の鍵はスーツの内ポケットの中だ。
「そういや俺もだ。」
金はジーンズのポケットに入れてあるが、鍵はシャツのポケットに入れっぱなしだった。
どちらにしても今ごろは灰まみれで歪んでいるだろう。

「はー・・・どうするよ。」
思わぬ締め出しにあって途方にくれる。
フロントに申告すればいいのだろうが、停電による暴動が起こっている中で、上半身裸の男とバスローブ姿のままでは
怪しいことこの上ない。

「俺の部屋、窓が開けてあるから登るかぁ。」
「何階だっけ?」
「3階」
「・・・」
背に腹は代えられぬ。
お互いに化け物じみた体力と身軽さを生かして、ひたすらに壁を登った。
これで見つかったら明らかに不審人物で言い訳できねえぞ。
どうかこれ以上恥を晒しませんように。
祈りながら3階まで到達して、部屋を求めてぐるりと移動する。
ようやくゾロの部屋を探し当てて転がり込んだ。

「つ・・・疲れた・・・」
ベッドに倒れ込んで続くゾロごしに空を見上げれば、東の方角は白み始めている。

「とんだ夜になったな。」
やれやれといった具合にゾロも隣に腰を下ろす。
無性に可笑しくなって、サンジは笑い出した。
「あーすっげえ、もう最高の1日だったな。」
「最低だろうがよ。」
薄暗い中でもゾロの苦々しい表情が見える。

「ったく、せっかく抜いてきたのに水の泡だ。」
何?
「何を抜いたって。」
サンジはだるそうに身を起して横を向いたままのゾロに顔を寄せた。
「今日はてめえに無理させねえように、風呂で3発抜いてきたんだ。」
「はあ?」
それでか。
それであんなに遅かったのか。
「なのにてめえは人の目の前で足やらケツやらちらちら見せやがって、てめえがあいつら蹴り飛ばす度にとんでもねえ
 ことになってたんだぞ。」
「く、暗かったからわかんねえだろ?」
「いーや、あいつらもそっちに気い取られてた。」
きっぱりと断言する。
ゾロの不機嫌な理由はそこにあるらしい。
「ちょいと運動したのと、てめえのあられもねえ姿見せ付けられたせいで又やべえことになってる。
 ちょっと待ってろ。」
実に男らしく言い切って、立ち上がろうとするゾロをサンジは腕を掴んで引き止めた。
「また無駄弾打つ気かよ。」
手を絡めて、肉厚の肩にこつんと額を当てる。
「押さえが、きかねえぞ。」
切羽詰った状態を如実に表す、ゾロの低い声が好きだ。
サンジは胸に走る傷跡をちろりと舐めた。
「今日1日、すげえ楽しかった。めちゃくちゃ珍しい、普通のデートができた。けど、俺らにとって普通のセックスってのは、これだろ。」

ゾロの首に腕を廻してサンジから口付けるより先に、ゾロはその唇に噛み付いた。










「停電で一部暴徒化、海賊の襲撃ねえ・・・」
ロビーに放り込まれた号外に目を通しながら、ナミはコーヒーに口をつけた。
「この宿は表通りから離れてるし、海賊に狙われるほどいい宿でもなかったから無事だったって訳ね。」
「俺全然気がつかなかった。すっかり寝てたもんなあ。」
「俺も。」
「俺もだ。」
お子ちゃま3人を前に、ナミはちらりとフロントに視線を走らせる。
ゾロがなにやら小声でフロントマンと交渉しているようだ。

「だから、11号室と12号室の鍵を無くしたから、弁償するって言ってんだよ。」
「ですがお客様、12号室にお泊りの方に直接申告していただかないと・・・」
「あいつは今起きれねえ・・・じゃなくて、ちょっと具合が悪くて出られねえんだよ。」
「そもそも鍵を無くされたのに、どうやって部屋に入られたのです。もしや鍵を開けたままにして外出されたのでは・・・」
「そうじゃねえよ。窓から入って・・・」
「窓?3階ですよ。」
「ごちゃごちゃ細けえ野郎だな!」

小競り合いを続けるフロントに背を向けて、ナミは他人の振りをした。
昨日のデートは果たして成功したのか失敗したのか。
肝心のサンジ君が起き上がれない状態だとすると、見事に失敗ってことになるんだけど・・・
今回の出費にしっかり手間賃をプラスしてゾロの借金を上乗せしながら、ナミはくすりと笑いを漏らした。



答えは、サンジだけが知っている。


END

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