それすらも恐らくは平穏な日々 3

「大人を舐めると痛い目に遭うんだよ。」
両サイドから腕をつかまれ、口を塞がれた。
両足も押さえつけられて、シャツのボタンごと引きちぎられる。
乱暴に前をはだけられ、下着ごとずり下ろされた。
「――−んっ・・・ん―――!」
不自然な体制で便座の上に押さえつけられ、足を開かれる。
目の前の男はビデオカメラを回しながら、にやにやと笑っていた。
「いー構図だなぁ、高く売れるぞこれ。」

―――やっぱり変態だ。
―――変態繋がり?
―――エロおやじの逆襲?

少々現実逃避しながら、サンジは必死で抵抗を試みた。
両手足を浮かせて掴まれているので、力を込める場所がない。
もがいていると、後孔に冷たい感触が流れた。
身体が竦み上がる。
「乱暴にして、裂けちゃうといけないからね。」
オヤジの太い指が何かを塗りたくっている。
おぞましい感触に大きく口を開けて、塞いだ指ごと噛みついた。
「――って!」
ぱしりと、払いのける手で頬を打たれる。
「やめ・・・ろぉ!」
自由になった口から小さな悲鳴を漏らした。
その刹那。




―――バキ・・・!




低い、だが何かが確実に壊れた音が後方から響いた。
オヤジ達が一斉に振り返る。
押し倒されたサンジの眼前で、引き戸の向こうから目つきの悪い男が現れた。










オヤジ達は反撃する間もなかった。
実に鮮やかに、掃除用のモップとは思えないほど華麗な動きで次々と声もなく倒された。
サンジは呆けた顔で、ただ黙って見ているだけだ。

ゾロは足元に落ちたビデオを拾い、中からテープを取り出してぺきりと割った。
それからオヤジ達の胸ポケットを探り、携帯を取り出す。
カメラ付きの物はことごとく便器に投げ入れた。
テキパキと処理をするゾロにぼうと見蕩れていたサンジは、我に帰って慌てて前を合わせる。
ボタンは千切れて飛び、ジッパーは壊れていた。

―――なんか・・・いかにもナニかされましたって感じだな。
仕方なく服を引っ張って腕を組んだ。
ゾロはその様子を不機嫌そうな顔でちらりと見て、足元に落ちていた携帯も液晶部分から折って
水の中に落とした。
「あ!」
サンジの頓狂な声があがる。
「それ、俺の携帯・・・」
「え!」
二人の眼前でサンジの携帯は便器の底に静かに沈んでいった。









「あーもう信じられんねえ。やるか普通。」
「うっせえな。知るかよ俺が。」
大声で会話しながら、まだネオンの明るい街中を自転車で走る。
終電を逃しただの、みっともねえ格好だの、替えの服売ってるとこ閉まってるだの散々ごねられて、
結局ゾロはサンジを家に連れ帰る羽目になった。
―――なんだって、こうなるよ。

ついさっき、ルフィがナミを乗せて走った街を、自分は男を乗せて走っている。
しかもその男は自分の背中でさっきからうるさい。
「あん中にはこないだやっと聞き出したお姉さまのメアドまで入ってたんだぜ、ああそう言えば、あいつの連絡先も・・・」
「そろそろ静かにしろ、住宅街に入る。」
駅から自転車で10分。
小さな2階建てのアパートに着いた。






「・・・すっげーレトロなアパート。」
「いつまでも引っ付いてんな。さっさと降りろ!」
さっきからゾロにへばりついていた体温が離れる。
サンジはもそもそと服を抑えながら、不自然な格好で自転車から降りた。
―――たしかにこれじゃあ、歩けねえよな。
間の抜けたサンジの姿を、ついじろじろ見る。

「ナニ見てんだよ。部屋どこだ?」
連れて来てもらって、どこまでも横柄な男だ。
ゾロは自転車に鍵を掛けて階段を上がった。
「静かに上がれ、音が響くんだ。」
「ほんと細かい男だなー。」
2階の一番奥の部屋。
扉を開けて電気をつける。
「うわ、神田川に出てきそう。」
「アホ、それよか広いだろ。」
「知らねーよ。」
サンジはさっさと中に入って、部屋の隅に座った
煙草に火をつけて、物珍しそうにぐるりと見回す。

「灰皿ねえぞ。」
「空き缶でいいぜ。」
「アホか、分別に困るだろうが。」
がくりとサンジの身体が落ちる。
この男・・・マジで凄いかも。



壁に掛けられた制服に目が止まる。
「弟、いるのか。」
「いねーよ。」
「一人暮らし?」
ああ、あったあったとゾロが灰皿を持ってくる。
「じゃあ、あの制服・・・誰の?」
恐る恐るといった風に、サンジが聞いてた。
「俺のだよ。」
ウソ!
サンジのリアクションは一々派手だ。
「こんなおっさんくさい男が、高校生・・・こんな説教オヤジが―――」
壁に張り付いて、失礼なことを口走る。

「俺は高3だ。てめえとタメだよ。」
「―――嘘ぉ・・・って、なんで知ってんだよ。俺のこと。」
ゾロは今度は箪笥をごそごそしだした。
「まあ、てめーは有名人だから。」
適当にシャツとジーンズを投げる。
「洗ってあんだろうな。」
「多分。」
サイズは合わないだろうが、ベルトで何とかなるだろう。
「さっさと着替えろよ。」
服を点検していたサンジは、顔を上げてゾロを見た。
「この部屋、風呂ついてる?まさか銭湯?」
「一応ユニットバス、ついてるぜ。」
よかった、と軽く笑う。
その顔があまりに子供っぽくて、ゾロは目を奪われた。
「風呂、貸してくれ。」
慌てて我に帰る。
「なんで風呂なんだよ。さっさと着替えて帰れ。」
「気持ち悪ーんだよ。ケツ。」
「―――は・・・」
サンジの顔が、今度はバツの悪そうな表情になる。
「さっき、おっさん達になんか塗られたんだ。」



途端、ゾロの脳裏に先刻の光景が広がった。
男達に押さえつけられて、無理やり開かされた部分が露になって――――
急に思い出して、慌てて天井を見る。
そういや、引き戸を開けたらモロだったよな。
いきなり頭を上げて天井を凝視しだしたゾロに、サンジは耳元で囁いた。
「風呂、借りていいかな?」
「勝手に行け!」
「じゃ、パンツも貸してくれ。タオルもなー。」
灰皿に煙草を揉み消して、サンジは洗面所に消えた。
後姿を見送って、ゾロは脱力して畳に寝転がった。







とんでもない奴を拾ってしまった。
うるせーし厚かましいし、危なっかしい。
それに――――
男の股間なんて汚ねーだけかと思ってたけど・・・
―――案外、やらしーもんだな。

どうしても頭がそっちに行く。
太腿の白さが目に焼き付いている。
やけにてかって見えたのは、なんか塗られてたのか。
余計な部分が熱くなってきて、身体を起こした。

いきなり浴室のドアが開いて声を掛けられ、飛び起きる。
「なー、シャンプーねえのー。」
「ねえよ。」
慌てた声が上擦っている。
「頭なんで洗ってンの。」
「石鹸」
「―――信じらんねえ・・・。」
心底呆れた声を残して、ドアが閉まった。

まだばくばく言ってる心臓に、ゾロは舌打ちする。
そんな自分を誤魔化すように立ち上がって、新しい下着とタオルを探し始めた。


next