それすらも恐らくは平穏な日々 2

「S高の金髪?」
ナミの大きな瞳がくるりと上を向いた。
「ああ、サンジ君ね。」
「知ってんのかよ。」
さすが情報屋だな、と続けるゾロに不満気に眉を寄せる。
「彼くらい、私じゃなくてもほとんどの女の子知ってると思うわよ。有名だもの。」
「えふほーのひんひんあはははら、ほへもひっへふほ。」
「ルフィ、あんたは食べるか喋るかどっちかにしなさい。」
ルフィはナミの隣で3人前の定食を平らげている。
「前にゲーセンでやりあったとき、へらへら笑って止めに入ったのが金髪だった。
 サンジってのか。名前は知らねーけどな。」
頬に米粒をつけて、飯をかきこむ。
「いー蹴りしてたぞ、あいつ。」
そんなに有名人だったのか。
「なんせ目立つからね。でもなんでゾロが知ってるの?接点なさそうだけど。」
至極当然な質問に、少し詰まる。
「―――痴漢を、助けたんだ。」
「・・・ゾロ、日本語くらいまともに使いなさい。」
それ以上説明するのはなんだか億劫で、ゾロは黙ってしまった。





とりたててゾロを問い詰めることもなく、ナミは情報だけ教えてくれた。
街でよく遊び歩いていること。
タチの悪い友人とつるんでること。
要領はいいらしく、まだ補導員の世話にはなっていないこと。
女の子にやたらと声を掛けるが余所見が多くて、長続きしないこと。
家のことはよくわからないが、北欧の血が混じっているらしいこと。

「私にも熱烈にコナかけてきたことがあったから、2度ほどデートしたけど、まあ楽しかったわね。」
そういうナミには、大学生と社会人の彼氏がいる。
しかし、どうやら本命は、隣で飯を喰らう欠食児童らしい。
―――女ってわかんねえ。
ゾロには理解できない人種が多すぎる。
「何にしても、あんたが他人に興味を持つなんて、凄い進化じゃない。応援するわよ。」
何か絶対誤解しているナミに、適当な言葉で反論できないゾロだった。









結局、その後サンジとやらとは同じ電車になることはなかった。
ゾロとて意識して探したわけではないが、恐らくあっちが敬遠したのだろう。
何となく気に掛かりはしたが、学校とバイト、稽古と忙しい日々を過ごすうち一週間が過ぎていた。





「あんたが来ると女の子が増えるのよ。」
「高3の分際で、合コンもねえだろ。」
ゾロの抗議も聞き流して、ナミは勝手に計画を進めている。
ナミは適当に遊んで適当に生活していた。
勿論大学進学も控えている。
「お前一体、いつ勉強してんだ。」
これで優等生だ。
ゾロには信じられない。
「あら、勉強なんて凡人のすることよ。点数取るのはまあカンが大事よね。」
「お前・・・、いつか後ろから刺されるぞ。」

ナミの彼氏の大学生と女子高生の合コンらしい。
大方ゾロに近づきたいナミの友人達が、合コンをネタにセッティングを頼んだのだろう。
「あんたは黙って酒飲んでたらいいから。」
パターンは決まっている。
ゾロに話し掛けたくて集まってきた女たちは、結局話し上手な他の男達と消えて行くのだ。
「あたしって、頼まれると嫌って言えないのよねー」
―――こいつ、絶対会費取ってる。
しかも多めに。
ナミの笑顔に、ゾロは確信した。








予想通り、店を出て残ったのはゾロとナミだった。
その他大勢はそれぞれ散っている。
「お前なんで彼氏と行かなかったんだ。」
自分はともかくナミは相手が居たはずだ。
「あいつ、来年社会人になれそうにないのよ。早めに手切った方がいいと思って。」
オススメの子、付けといたから。
そう言ってケラケラ笑う。
酔いも廻っているだろうが、恐ろしい女である。

「なら、送ってくぜ。」
「ああ、いいのよ。迎えが来るわ。」
さっきこそこそメール打ってたのはそれかよ。
あからさまに嫌そうな顔をするゾロの背中から、聞きなれた声が掛かる。
「ナーミー・・・腹減ったぞ〜」
ルフィがチャリキで走ってきた。
「ありがとー。これからご馳走するからv」
・・・そういうことかよ。
ルフィの後輪にひらりと飛び乗って、ゾロを振り返る。
「じゃ、ゾロお先」
「ゾロぉまた来週なあ。」
立ったままのナミを乗せて、ルフィはあっという間に街の中に消えて行った。



「―――アホらしい・・・」
口に出して呟いて、ゾロは駅の駐輪場に向かった。
明日は土曜日だが、バイトは午後からだ。
今からゆっくり寝てしまおう。
それでも少々不貞腐れたような表情で鍵を出そうとして、目の端に映る光るモノに
反射的に振り返った。
一瞬、見えた気がした。
視線の先から消えるのは灰色の背広の塊。
酔っ払い集団にしか見えないが、どこかにちらりと金色が見えた気がする。
こんな時の自分のカンは、外れたことがない。
ほとんど本能的にゾロは行動した。











それより少し前ー――。

サンジは夜の街中で、ドラマに付き合わされていた。
トレンディと言うより、昼メロだ。
ナンパして連れ歩いていた女の子の前に、元カレらしい男が現れた。
なにやら熱く、語っている。
これで女の子の方が嫌がってるならサンジも動き様があるが、満更でもなさそうなので、
救いようもない。
はっきり言って付き合っていられない。



軽くため息をついてそこからフェードアウトする。
背中で女が何か言ってるが、もう聞こえない。
勝手にやっててくれ。
思いもかけずフリーになって、ふらふらと彷徨う羽目になった。
もう一度ナンパしてもいいけど、面倒くさいし。
うっかりするとナンパされそうだし。
仕方なく駅に向かう。







終電の近い駅は人影もまばらで、皆疲れたような顔をしていた。
構内の柱にもたれ、煙草に火をつける。
明日は土曜日だけど、もう寝腐れるしかないなと顔を上げたら、直ぐ横に気配を感じた。
いつの間に忍び寄ったか、背広姿の男がぴたりと付いている。
舌打ちしかけて、わき腹に当たる感触に気付く。
ナイフの切っ先が光っていた。
―――なんだこいつ、危ないおっさんか?
後頭部のハゲ具合は、どこかで見たような気もするが・・・

「坊や、こないだは世話になったね。」
ねっとりとした口調だ。
もしかして前に狩ったオヤジの一匹か?
一々覚えてねえけどよ。
服の上から刃を押し付けているので迂闊に動けない。
しかも、手が小刻みに震えてるし・・・
素人は何するかわかんねえよな。
「おっさん、慣れねえことするもんじゃねえよ。」
やんわりと諭すように耳元で囁いた。
ハゲ親父の首筋が赤くなっている。
ちょろいもんだと踵をそろえた瞬間、サンジの背中に強い衝撃が走った。

「――――ぁっ!」
弾かれて声も出ず蹲る。
まだ明るい構内だが、誰もサンジに注意を向けるものはいない。
「大丈夫かい。」
わざとらしい声がかかる。
ハゲ親父ともう一人がサンジを両方から抱え上げた。
ポケットから取り出したスタンガンを、睨みつけるサンジに押し付ける。
「声を上げたらもう一発食らわすよ。」
耳元で囁いて、引きずるように歩き出した。





足早に通り過ぎる人たちは、目もくれない。
酔っ払いを介抱してるサラリーマンくらいにしか映らないんだろう。
駅の隅の身障者用トイレに連れ込まれた。
男がノックをすると中から扉が開く。
広いトイレの中に男が3人入っていた。
サンジには覚えもないが、多分、今まで狩ったオヤジたち。
身を竦ませるサンジを後ろから抱えて、手で声を塞ぐ。
声を出そうとして身体を捩るサンジを引きずり込んで、トイレの扉は閉まった。

next