それすらも恐らくは平穏な日々 19


「生憎だが、俺にはもう、幸せのカタチってやつが見えてんだ。」


ゾロはサンジの顔を見据えたまま穏やかに口を開いた。
「つまらねえ生き方とまではいわねえが、てめえほど劇的でもねえ生活を送ってきた。このまま適当に生きてく
 つもりだった。だがよ、こうなりてえって夢見る生活ってやつを見つけちまった。」
夢見る――ってとこでサンジは小さく吹き出した。
失礼にも笑いを堪えられないらしい。
構わずにゾロは続ける。

「例えば俺が、会社に勤めて。定時きっかりに家に帰ってよ。それとも残業して遅くなって帰ってよ。
 そうすっと部屋に灯りがついてんだ。『ただいま』って扉開けたら、部屋ん中からあったかい湯気とか
 漂ってきて、いい匂いもしてよ。そいでてめえが『おかえり』ってんだ。風呂でも飯でもどっちが先でも
 いいから、てめえと話してよ。今日はなんかむかついたーとかよ、おもしれーことがあったとかよ。
 そうやって・・・」
ひと呼吸置いて、再び唇を湿らせてた。
視線はサンジから外さない。
「そうやって、平凡でも普通の生活っての。そういうのが俺の幸せになっちまった。」

サンジは、呆けたように視線を落として固まっている。
いつの間にか、口元に張り付いた笑みも消えていた。
「そのためにどうすりゃいいかって考えたらよ。会社に入るにはまず勉強しなきゃいけねえだろ。
 大学いっとかなきゃな。だから、今からじゃ無理だから来年。一浪して勉強すっかなーと思ってよ。
 一浪できかなきゃ二浪、三浪?まあそのうちなんとかなるだろ。とにかく大学に入って、どこでもいいから
 会社に勤めて。目指せサラリーマンだ。家帰ったらてめえがいる生活を俺は目指す。」

ゾロが口を閉ざすと沈黙が流れる。
サンジからの反応がない。
ゾロは対面にいるのがもどかしくなって立ち上がった。
俯いたままのサンジの隣に寄り添うように腰を下ろす。

「あくまで俺の勝手な将来像だがよ。俺の目指す幸せん中にはてめえがいなきゃはじまらねえんだ。」
ゆるゆると、サンジが顔を上げた。
まだ目の焦点があってない。
それでも振り絞るように声を出した。

「そこに、俺の・・・居場所があんの?」
「居場所どころか、てめえがいねえと成りたたねえっつってんだよ。てめえが俺の側にいることが第一条件だ。」
「だって俺・・・」
「過去も亡霊もクソオヤジもあるかよ。俺はこれからのことを言ってんだ。そいつらがどうしようが俺の
 知ったこっちゃねえ。けど俺は俺の生活を守るためにはなんでもする。てめえは言うなれば俺の幸福のメインだ。」
「・・・なんだよそれ。」

サンジは、笑おうとして失敗した。
心にもないときはあれだけ笑えたのに、今はうまく笑えない。

「だってよ・・・お前だっていつかはちゃんと結婚して・・・嫁さんと平凡な家庭って奴を作るだろ。」
「アホか。家庭はてめーと作るんだ。だから当然SEX付だぞ。俺はてめえを抱くからな。毎晩だってやっちまう
 かもしんねえ。」
サンジが頭を振った。
口端がおかしな方向にひん曲がっている。
「ゾロ、同情なら――――」
「ぶん殴るぞ。俺は俺の幸せの為にてめえ巻き込んでるんだ。嫌なら嫌って言え。言ったって離さねえけどよ。」
薄い唇が戦慄いて、ほたりと小さな雫が落ちた。
ますます顔を俯ける。
「俺と暮らすの、夢か?SEX込みで?」
「おう、新婚並みだな。」
「信じらんねー、今までそんな素振りも見せなかったのに。むっつりかよ・・・おかし、すぎるー――」
「おかしきゃ笑え。泣くな。」
泣いてねーと抗う声が小さく途切れた。
代わりに漏れた嗚咽を隠すようにゾロの肩に顔を埋める。
零れ落ちる金髪をやや乱暴にかきあげて、身体ごと胸に抱きこんだ。








自分の胸にしがみ付いて、時折肩を揺らしてしゃくりあげる様は子供のようでゾロの庇護欲を掻き立てる。
自分の掌よりも体温の上がった薄い身体を何度か撫でて、鼻先を擽る髪に口付けた。
ひ〜とかう〜とか、意味不明な声を漏らしながらゾロのシャツに顔を擦りつけて、また小さくうめく。
無理して泣き止まなくてもいいのにと思って、そう言った。

「・・・だから、泣いてねー」
顔を上げて強情に睨む目尻から透明な雫がいくつも零れ落ちる。
吸い付くようにそこに唇を落として舐め取ると、観念したように目を閉じた。
流れ落ちるままに目尻から頬へと舌を這わせ、唇を舐める。
渇いたそれを潤すように舌でなぞり唇で食んで深く合わせた。

何度も、確かめるように吸い付いて開いた歯列から舌を差し入れた。
おずおずと応えるサンジのぬめる舌を絡めて捉える。
室内に湿った水音が響いてゾロの下腹が重みを増した。

散々貪って漸く解放した唇は、充血してぷくりと腫れている。
ひどく淫猥で、足りずにまたぺろりと舐めた。
サンジが呆れたように笑う。
「てめー、ノンケじゃなかったのかよ。」
「ノンケだ。」
「けど、俺にこんなことすんの。」
「おう、てめーみてっと勃起する。」

向かい合って、サンジは足を開いて胡座をかいたゾロの膝の上に乗っかっていた。
ゾロはサンジの腰を掴んで強く引き寄せる。
熱い昂ぶりを押し当てられて、サンジが声を立てて笑った。
「信じらんねー。そんな素振り、全然見せてなかったじゃねーか。」
「隠してたからな。でもずっとやりてーと思ってたぞ。」
「たいした精神力だ。」
ゾロの顔を両手で挟んで、サンジから口付けた。

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