それすらも恐らくは平穏な日々 16

ウソップは直線コースで走っているらしく、ゾロにはどこをどう通っているのかさっぱりわからない。
ただ案外早い彼の足に合わせて見失わないようについて行くだけだ。

見覚えが有るような無いような路地を抜けて、交差点に出た。
斜め向かいの信号機の下でルフィが大きく手を振っている。
車道を隔てた路肩に止めてある黒塗りの車の中に、確かに金髪を認めてゾロはまっしぐらに走り寄った。

まるで逃げるようにウィンカーを出してゆっくりと車が動き出す。
ゾロは信号を無視して車道に飛び出すと、通り過ぎようとする車体を叩いた。
驚いて止まる車のボンネットに飛び乗ってフロントガラス越しに中を覗く。
えらく人相の悪い運転手と助手席の男の間から、後部座席で目を丸くしているサンジを見つけた。


「降りて来い!」
ドスの効いた声で一喝すると、サンジも睨み返してくる。
後方からクラクションを鳴らされて、車はゾロをボンネットに乗せたまま路肩に駐車し直した。
ハザードをつけて、運転手が顔を歪めながら降りてくる。

「ダレダ。アブナイ。アッチイケ。」
小山のような身体で胸を張って威嚇するが、たどたどしい日本語だ。
「俺はそいつの連れだ。話がある。降りて来い。」
ゾロは前に立ちはだかる男を無視してサンジだけ見て言った。
渋々と言った表情でサンジが窓を開けると、ゾロはボンネットから降りてドアに手を掛けた。

「帰って来い。」
窓越しに顔を突っ込めば、サンジは拗ねた子供みたいな表情で仰け反るように座席に背中を引っ付けている。
「荷物持って、歯ブラシとシャンプーも持って出てったからって、逃げられると思うなよ。帰って来い。」
サンジの視線が、ふるりと揺らいだ。
「・・・俺なんかいたら、迷惑だろが。成り行きでてめーんとこに入り浸ってただけだ。」
「無責任なこと言ってんじゃねえや。猫の子でもどっか行きゃ心配するだろ。どこでのたれ死んでようと
 関係ねーなんて、思えるほど情は薄かねえよ。」
サンジが身を竦ませるから、ゾロは狭い窓から無理やり身体を押し込める。
「大体てめえが買った揃いのカップがそのまんまじゃねえか。揃いだぞ。緑と黄色と。戸棚でそのカップ
 見る度にてめえのこと思い出してむかつくじゃねえか。責任取れコラ。」
巻き舌でドスまで効かせて怒鳴る姿はまるで脅迫者だ。
けれどサンジはほんの少し身体を浮かせてゾロに近づいた。
「責任取れって・・・」
「帰ってきてちゃんと話しろ。そいでもって、もうどこにも行くな。」

サンジは、ふいと隣を見た。
あきらかに異国の、初老の男が腕組みをしたままシートに深々と腰掛けて、黙ってこちらを見ている。
眼光鋭い眼差しに怯むことなく、ゾロはその男をも睨みつけた。
「あんたもこいつと関わり合いになるとろくなことがねえぜ。悪いこたあ言わねえから手え引け。」
日本語がどこまで通じるのかわからないが、はったりでも脅しを掛ける。
男はふんと鼻を鳴らすとゆっくりと口を開いた。

「確かに、ろくなガキじゃなさそうだな。」
流暢な日本語だ。
「一体どんな育ち方をしたやら。我が孫ながら頭が痛い。」



――――へ?
ゾロはぱちくりと瞬きして、サンジと男の顔を見比べた。
髪の色とか、似てなくもないか?
サンジは情けなく眉を下げて苦笑いを浮かべる。
「どうやら俺の、ジジイらしい・・・」
「らしいって・・・」
「ようやく探し出したと声を掛けたら、このアホは俺に向かって『いくら出す?』ときたもんだ。」
吐き捨てるように呟く男・・・祖父の横で、サンジはあちゃ〜と顔を顰めている。

ゾロはすうと息を吸うとサンジの額の前にまで身を乗り出して怒鳴った。
「掛け値なしのこのドアホ!!うっかりふらふらしてんじゃねえ!」
きいんと耳に響きながらも、サンジはへへ、と口元を歪める。





「ジジイ、ちゃんと話してくっからよ。降りていい?」
男が腕を組んだまま鷹揚に頷くとゾロは慌てて身を引き、ロックを外した。
重いドアを開けて降りるサンジの腕をしっかりと掴む。
連行するみたいに2、3歩下がって車を見返した。
「連絡しろ。」
男がそう言い終えると、乗り込んだ運転手がウィンカーを出して静かに車を発車させる。
遠ざかる車体を見送って、二人同時に息をついた。



向かいの歩道ではルフィとナミがウソップと一緒になって腕を上げて合図してくる。
そのまま三人でどこかに歩いて行ってしまった。
ゾロは会釈だけ返して、気づかないサンジに歩くように促す。




「腕、掴むなよ。拉致られてるみてえ。」
ゾロは掴んでいた手を下にずらして手首を持った。
ぐいと引っ張って大股で歩き出す。
「なんかそれも連れられてるみてえ。」
後ろでサンジがぶつぶつと文句を言っているが気にしない。
ずんずん前を進むゾロの手を、宥めるようにサンジが軽く引っ掻いた。

「どこ行く気だ?」
「・・・」

ぴたりと止まって振り向くと、サンジが笑っている。


「家は、こっちじゃねえぞ。」
ゾロの手を握り返して、今度はサンジが引っ張る。
子供みたいに手を繋いで、黙ったまま、二人でただ歩いた。

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