それすらも恐らくは平穏な日々 15

駅前のニノキンの横に、見たことのある鼻の長い男が所在無さ気に立っていた。
ゾロを見つけて軽く頭を下げる。
ゾロも首だけで頷いて走り寄った。

「呼び出して悪いな。」
「ほんとだよ。」
「あ、なんか言ったか?」
「いえなんでも。」
ゾロは自販機で缶コーヒーを買うと、ウソップに投げて寄越した。
並んでベンチに腰掛けて、ほとんど同時にプルトップを開ける。

ひと口飲んだ後、ウソップは恐る恐る口を開いた。
「俺は、サンジの親友なんだ。」
「・・・」
「学年は違うけど、サンジがどう思ってるかもわからねえけど、親友なんだ。」
きっと意を決したようにゾロに顔を向ける。
「だから、親友として聞くぞ。あんた、サンジのことどう思ってるんだ?」
唐突な問いにゾロは答えられなかった。
確かにサンジの行方を知るためにウソップを呼び出したが、もし見つけたら自分はどうするつもりなのか。
「サンジは、めちゃくちゃ軽そうに見えるけどな、実際めちゃくちゃ軽いけどな、でも半端な気持ちで
 付き合うんならやめてくれ。」

ゾロは黙ってウソップの顔を見た。
普通に見ているつもりだが、睨みつけられたと思ってウソップは震え上がっている。
それでも気丈にコーヒーを飲み干すと、缶を握りつぶす勢いで裏返った声を絞り出す。
「ああ見えて、すげえ一途な奴なんだ。二股かけたりしないでくれ。」
「二股あ?」
ゾロの声にビクついて、取り落とした空缶が足元を転がる。
それを拾ってゾロは胡乱気にウソップを見上げた。
「そういやあ、あいつもそんなこと言ってたな。彼女がどうのとか・・・」
「彼女、なんだろ。この間の日曜、一緒に歩いてるのを俺ら二人で見たんだ。」

はたとゾロの動きが止まった。
そうか。
自分ですら見間違えたたしぎ。
サンジがそうだと思っても仕方がない。
「畜生、勘違いだあの野郎・・・」
「ち、違うのか?」
どことなくほっとした声でウソップが聞いてくる。
ゾロは黙って頷くと、う〜んと声もなく唸った。
勘違いは分かったが、サンジを見つけて、それからすべきことは・・・

「あのー・・・」
存在をすっかり失念していたウソップがおずおずと話しかけてくる。
「少なくともサンジは、あんたのことが好きみたいだ。あんたのこと話してる時すげー幸せそうだったし、
 いい顔してた。」
ゾロの表情が微妙に和むのを、ウソップは見逃さない。
「確かにあいつ、今まで色んなことがあって胡散臭いこともあっただろうけど・・・」
「ああ、確かにあるな。昔の男が乗り込んで来たり、ストーカーが来たり―――」
「・・・ギンが、来たのか!」
ゾロの目が、物騒な色をたたえてウソップを見やる。

「知ってんのか。ありゃあ誰だ。」
ウソップはうつむいて黙ってしまった。
「俺があいつを見つけて、これからも付き合うんなら、漏れなくあいつも付いて来るんだろ。
 知る権利はあると思うぜ。」
ゾロのセリフにウソップは肩を落としてため息をついた。
そうだなと小さく呟く。




「ギンは、俺らの中学ん時の先生だったんだ。」
「はあ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
あんなヤバ気な男が教師だったなんて・・・

「前はあんなんじゃなかったんだぜ。先生になりたての新任で、すげー張り切ってて熱血教師だった。
 俺らに年が近いせいもあって、頼れる兄貴みたいだったのに・・・」
ウソップはどこか遠くを見る目で数度瞬きした。
「それが、二学期が始まった頃からなんかおかしくなってきて、冬休みの間に辞めちまった。ノイローゼに
 なったんだと。」
ゾロの脳裏にナミとサンジの言葉が交互に甦る。

――― 中学ん時、教師が一人サンジ君に手出して退職したって話よ。ノイローゼになったらしいわ
――― あいつは、地縛霊だ。俺が縛っちまった

「なに、やらかしたんだ、あのアホは」
「わからねえ。けどそれからギンはサンジの側に張り付くようになったんだ。ただ見てるだけでなにも
 しないんだけど、まるで成仏しきれない亡霊みたいに・・・」
「亡霊よりタチ悪いぞ。生きてやがるからな。」
ゾロはがしがしと頭を掻いた。
関わり合ってからろくなことがない、トラブルメーカーのサンジを・・・
それでも見つけ出したいと思うのか。
何もかもひっくるめて抱え込めるのか。





鞄に入れた携帯がブルブル震えた。ルフィからだ。
「どうした。」
「ゾロ、サンジを見つけたぞ!四丁目の交差点だ。スタバの前!」
「なに!」
「早く来い、変なおっさんらと一緒だ。急げ!」
「お前が引き留めろ。奴の飯が食いたいんだろが。」
「だめだ、ゾロじゃなきゃサンジは帰らない。早く来い!」

言いたいだけ言って切れてしまった。
ゾロは舌打ちして立ち上がる。
「なんだなんだ、どうした?」
「四丁目のスタバの前にあいつがいるらしい。・・・どっちだ?」
方向すら皆目検討もつかないゾロに、ウソップは苦笑いしながら立ち上った。

「よーし、じゃあキャプテンウソーップについて来い!」
一声叫ぶと二人して駆け出した。

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