それすらも恐らくは平穏な日々 12

簡単に食事を済ませて洗濯と掃除を終えると、街へ出た。
目新しいレシピを探しにネットカフェに入る。
すぐ側から顰めた声で呼び止められた。

「サンジ!」
振り向けば、長い鼻が笑って手を振っている。
「ウソップ。」
「元気そうじゃん、最近ガッコでもあんまあわねえから心配してたんだぜ。」

二人してペアシートに場所を移した。
「まだ携帯買ってねえのか。連絡が取れねえじゃねえか。」
「まあな、当面必要ないしよ。」
どことなく嬉しそうなサンジの表情に、ウソップは安心したぜ、と呟いた。
「まだあいつんとこいんのか。その…うまくいってんだな。」
「おう、お陰さんで、けど言っとくけどてめえが想像してるような間柄じゃねえぞ。」
「って、何言ってんだ。俺が何想像してるってえの?」
「何顔赤くなってんだよ。」
ウソップは慌ててアイスコーヒーを一息に飲み込んで、ちろりとサンジに視線を送った。
「・・・ほんとに、奴とはなんでもねえの?」
「ああ、まだな。」
がくりとウソップの首が折れる。
まだ、かよ。

「冗談だって。まあ、あいつといると気ィ楽だからな。しばらく塒にするつもりだ。」
「じゃあまた遊びに行っていいか。」
「おう、あいつ殆ど家にいねえからOKだぜ。」
いいのかよ、と笑いながら何気なく外を見たウソップが「あ」と声を上げた。
「噂をすればだ。あいつだろ。」

ウソップの視線の先、人々が行き交う歩道にその姿を見つけた。
サンジも口を「あ」の形に開けて動きを止める。

―――あの人・・・
ゾロの隣に背の高い女性が寄り添うように立っている。
眼鏡をかけているが、あの写真の彼女に違いない。
ゾロが大切に取っておいた古びた写真。
ガキ大将そのまんまの幼いゾロと並んで映っていた、勝気な目をした少女。

素敵なレディになったじゃねえか。
ゾロを見上げる目には、写真の面影のままに強い光が宿っている。
それでも時折表情を崩して笑いながら顔を近づける仕種は親密さを感じさせて、サンジは何故だか
見ているのが辛くなった。
ゾロは―――
ゾロは何故か呆けたような顔をして、彼女の顔ばかり凝視していた。
彼女が一方的に話してるのに見蕩れているみたいだ。
信号待ちのためにしばし立ち止まり、話し終えたらしく彼女がふっと信号機を仰ぎ見た。
その後ろで、ゾロがなんとも言えない優しい瞳でその後ろ姿を見つめているのに気づく。
一緒に暮らしていても、サンジが見たこともない優しいまなざし。
なぜか胸がきりきりと痛んで、サンジは視線を逸らした。

信号が青に変わり、二人は寄り添うように並んで歩いて行く。
遠ざかる姿を見送って、サンジはどこかとぼけた表情でウソップを見た。
見られたウソップは内心盛大に困ってしまった。
「い、今の・・・あいつの彼女?」
もしかしたら聞いちゃいけないかもしれないが、この状況で聞かないのは却って不自然だろう。
ウソップは背中に嫌な汗を掻きながら、さり気なく聞いてみた。
「おう、そうだな。俺写真で見たことある。」
サンジはへへ・・・と声だけで笑うと画面に向き直った。
「あんだあ、今日もバイトかと思ったら、デーとかよ。ったく、今夜も遅いのかコラぁ。」
独り言みたいに呟きながら、パチパチ画面をクリックしている。
その背後にかすかな怒りのオーラを感じて、ウソップは慄いた。
これは早々に退散した方が身のためだ・・・
そろりと後退るウソップにサンジはきっと振り向いた。

「ウソップ!今日は付き合え!!」
「だ、だめだだめだ!俺はこれからカヤとデートが・・・」
嘘じゃない。
ほんとにこれから食事をする約束をしている。
真っ青な顔でぶんぶんと首を振るウソップを、サンジはしばし凶悪な顔で睨みつけていたが、
ちっと舌打ちして顔を背けた。
「じゃあしょうがねえ。代わりにお前の携帯からあいつらに連絡取れよ。一緒に遊ぶ。」
「ええ〜」
携帯を壊してから久しく遠のいていた遊び友達だ。
ウソップははっきりいって奴らが好きではないから、嫌そうに顔を顰める。
「なあサンジ・・・これを機会にあいつらとの縁は切った方が・・・」
「じゃあお前が付き合うか?」
そりゃ無理だ。
カヤが待ってる。
ウソップは渋々携帯を取り出した。















くだらない仲間とくだらない話で盛り上がって暇をつぶす。
クラブに行っても費用は全部サンジ持ちだ。
呼び出せば喜んで飛んでくる。
今日はツイてんな。
食いついてきたレディ達は年上だけど、レベルが高い。
「俺をお持ち帰りして〜v」
サンジはハート目でお姉さまの豊満な胸に飛び込んだ。
華やかな嬌声を上げて女達が抱え込もうとする。
「可愛いわね。うちにいらっしゃい。」
「いやん、うちがいいわよ」
「見てこの金髪。本物よ。」
玩具にされながらサンジはされるがままに目を閉じていた。
やっぱりレディはいいなー。
やーらかいし、いい匂いがするし・・・
綺麗にマニキュアの塗られた指先が、サンジの頬をなぞる。
濡れたように艶やかなピンクの唇が近づいてきた。
だがサンジは何故か、身を引いた。
―――もしかしたら、昨日ゾロとキスしたかもしれない。
ふいと背けられた顔に、女は形のいい眉を顰めた。
「なによノリ悪いわね。」
「ああ〜ごめん、だって俺ハジメテだし・・・」
「やだあ、何言ってんのぉ?」
きゃははと笑うけたたましい声に続いて、サンジもバカ笑いした。

情けなくて、泣きたくなった。


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